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79:再会叶いし魔王と魔女



 ようやく取り戻した互いの存在。

 一次元での再会ではレグルスが精神体だったせいで満足に纏依(まとい)の肉体を抱きしめる事も叶わなかったが、今ならしっかりと感じる事ができる彼女の温もり。

 纏依もまた同様に然りだった。超克したそれはきっと眩いばかりに光を放つ真実の愛する輝き。

 二人は確認しあうように唇を、互いの舌を貪る。そしてひとしきりキスを交し合ってからようやく唇が離れる。街灯が照らす夜桜の下、恍惚と見詰め合う二人。今はもう、誰として二人の仲を邪魔する者はいない。

 ただ舞い落ちる桜の花びらだけが二人の再会を称えているかのようだった。例え季節が色を変え移ろいゆこうとも、そして今咲き誇るこの桜が全て風に吹かれ散りゆこうとも、この二人の気持ちは決して枯れない。何者にも崩せない互いを想う気持ち。

 だがふと、レグルスの漆黒の巨躯がよろめく。

「!? レグ!」

 慌てて纏依は彼の体を支える。

 ずっしりとした彼の重量感に咄嗟に支えたまでは良かったが纏依も思わずよろめく。しかし必死に足を踏ん張って体を立て直す。

「すまぬ。安堵したせいでつい力が抜けた。まだ完全には体力が回復しておらぬようだ……」

 相変わらず魅力的に聞く耳を擽る甘くて低いレグルスの声は、掠れていたが色っぽい響きは失われてはいない。

 レグルスはよろめきつつも姿勢を戻すと、支える纏依に体重がかからないように気を配る。しかしそんな彼を纏依は先程自分が横になって寝ていたベンチに座るように促す。

「再会の喜びはひとまず後でもゆっくりできるよな?」

「無論だ。もう決してそなたを手放しはしない」

 ベンチに腰を下ろすやレグルスは彼女の目を真っ直ぐに見据える。

「だったら体力回復だ。一次元で俺と別れた後も相当なオーラエネルギーを使ったんだろう? その様子からとあの巨大スピリッツ体を相手にしたとなると」

 纏依の問いに彼は首肯すると、頭上の夜桜を仰ぎ見た。

「うむ……ひとまず彼奴等(きゃつら)から受けた邪なる思念をエネルギーに循環活用させたが、量が膨大すぎて体に負担が出ているようですな。精神力はともかく体力を通常以上に費やしたのか、未だ疲労が抜けぬ。(それがし)は一体今まで……」

 それを纏依が遮り、彼の片手を取る。

「その話は後だ。先に点滴を打ちに病院へ――」

「否。病院は苦手ゆえ」

 そんな纏依の言葉を更に今度はレグルスが素早く遮る。

「え? レグの弱点ってもしかして病院だとか?」

 まるで子供みたいな事を言うんだなと思ったが、それには彼なりの理由があった。

「弱体化している時は能力のバランスコントロールも崩れ弱る。よって病院に来院する病人の心の声を否応なしに受信してしまう。ああいう場は負の感情ばかりが渦巻いているゆえ好かぬ。ただでさえ一次元にてそうしたスピリッツ共と対峙した後にて、余計に今は拒絶願いたいのだ」

 ここまで言ってレグルスは、重い溜息を漏らした。恐らく今の彼の体力状態では長い会話も辛いのだろう。それを聞いて納得すると纏依は彼の大きな片手を握ったまま暫し黙考してから、切り出した。

「成る程な。そうか……――分かった。じゃあひとまず今夜は俺のマンションに戻ろう。タクシー呼ぶけど歩けるか?」

「歩行くらいなら」

 敵わぬ訳ではあるまい、と言う無意識に唱えた彼の言葉の終わりが心の声で聞こえて纏依は大きく頷いた。

「よし」

 触れ合う事により纏依にも久し振りに彼の超能力が共鳴者として一時感染したのだ。

 すっかり虚弱気味なレグルスの様子に纏依は心配そうながらも微笑みかけると、改めて二人はベンチから立ち上がりレグルスを支えながら彼女は携帯電話でタクシーを呼び出した。

 そして正面玄関側のベンチに移動して再度レグルスを座らせてから、タクシーを待つ間に纏依が素早く図書館内の戸締りを彼の代わりに済ませて戻って来る。

 そこへタイミング良く丁度タクシーが来たので二人してそれに乗り込んだ。

 

 途中ドラッグストアに寄ってタクシーにレグルスを待たせておいてから、店内をてきぱきした動きで歩き回って経口補水液タイプの飲用点滴三本と、マルチエネルギー/プロテイン、マルチミネラル/ビタミン、ロイヤルゼリーの栄養素が含まれている三種類のゼリー飲料と共に必要な食料品も買い込んで戻って来た。

 そしてマンションへ向かう車内でひとまず先に飲用点滴とゼリー飲料全てを、まるでぶち込むかのようにしてレグルスに与え飲ませた。

 それを摂取するだけでも、ない時よりも随分違うものだ。

 おかげでマンションに到着してから、タクシーを降車した彼の足取りは最初と比べてすっかり支えが不要なくらい、しっかりとしたものになっていた。

 部屋に上がると纏依はレグルスへ楽にするよう伝えてから、買ってきた食料品の入った買い物袋と共にキッチンへと向う。

 レグルスは厚手のコートを脱ぎ、重々しい腕時計を外す。

 そしてキッチンに立つ纏依の背後を無言のまま見詰めていると、そんな彼に気付いて彼女は笑顔を向けた。

「夕食の準備だよ。ずっと長い間レグ、何も食べてないから少しでも栄養あるもの食べて体力回復しないとな! あ、何だったらその間にシャワー浴びてもいいぜ。俺が一次元へ留守にしている間、レグここにいたんだろう? いくつか着替えや私物がある辺り。だから大丈夫だよ。今はひとまず体調が戻るまではここを第二の我が家と思ってくれ」

 しかし先程までの酷い倦怠感はかなり払拭されたらしいレグルスは、口調も悠然と落ち着いたいつもの彼に戻っていた。

「あれだけの医薬飲料類を服用させられたからには体力疲労も長引きますまい。今夜一晩こちらでゆるりと休息するだけで充分、明日には回復しよう」

 そんな彼に纏依も安心感を覚えて少しだけ軽口を叩く。

「そうか。ならいいんだけど。あまり老体を酷使すると晩年に応えるだろうと……」

 それに賺さずレグルスがれっきと応酬する。

「そこまでまだ老いてはおらぬ。何であらばそなたの体を(もち)て証明致しても良いですぞ」

 予想以上に早いレグルスお馴染みの巻き返しに、咄嗟に纏依はうろたえる。

「レ、レグルスったら……! そんなに焦らなくてももうずっと離れないから、今晩はひとまずゆっくり休んでくれよ」

 長らくご無沙汰な纏依はつい顔を紅潮させると、どぎまぎしながら夕飯準備に勤しむ仕草で照れ臭さを誤魔化す。しかし長らくご無沙汰なのは当然レグルスも同じだ。

然様(さよう)か。然らば後日、すっかり疲労回復してから存分に余す事無くそなたを味わい尽くす事に致そう纏依。さて、お言葉に甘えて浴室を使わせて頂きますぞ」

 しっかりいつもの彼らしい倍返しで悪戯に彼女の心を翻弄させてから、レグルスはするりと浴室へと姿を消した。

 一方纏依は、彼がその場からいなくなったのを確認してから内心密かに思う。

 レグのバカ。そんな言い方されると変に期待しちゃうじゃないか! 気が早いんだから、まったくもう!

 すると脳裏にかけられるレグルスの心の声。

“聞こえてますぞ”

 それにハタと思い出したかのように纏依は手の動きを止める。

 久し振りにまともな彼からのテレパス交信にふいを突かれて、改めてレグルスが心的精神感知能力者(メンテレパスト)であった事を再確認するやドキドキと高鳴り早打ちする心臓に更に顔が熱くなるのを感じながら、つい何事もなかったかのように忙しげと無心で手を動かす纏依だった。


 目が痛い。

 まるで眼精疲労に似た、しかも片目のみの違和感にすっかり全身を洗い終えたレグルスは肩までの長さがあるその漆黒の髪から水滴を滴らせながら、浴室にある鏡の曇りを手で拭い去って覗き込む。

 すると本来暗黒の双眸であるはずが左目だけ、紫に変色していた。

 レグルス自身、初めてのケースでもあるせいで気付く事も知る由もなかったが一次元での戦いの末、膨大な量の負の感情をオーラエネルギーとして吸収循環し放出した際、肉体がその許容値を上回ってしまいその負担で両眼が紫色に変化していたのだ。

 そしてその後封印の影響で意識を失っている間、右目の方は本来の色に治まっていたがこうして封印から解放されて現次元に戻ってからも、左目だけはまだその影響が残ったままこうして今尚痛みを伴っている。

 館長室で意識を取り戻してからずっと感じていた左目の痛みの原因が判明して納得したレグルスは、黒のバスローブを纏うと浴室を出た。

「さっぱりしたか? 丁度いいタイミングでこっちも夕食が完成したから食べようぜ」

 纏依に促されてフローリングのリビングにある座卓タイプのテーブルに向かうと、パスタサラダと共にレーズン入りオートミールが並んでいた。胃に優しく尚且つ栄養価の高さを考慮してのメニューだろう。

 レグルスは促されるままに座椅子に腰を下ろす。ダイニングテーブルもあるのだが、彼に楽な姿勢でリラックスさせようとも思っての纏依なりの配慮なのだろう。

 下に敷かれているカーペットがグレーの生地で黒の十字架にコウモリの羽根が付いたデザインなところが纏依らしい。ちなみにコタツは季節的にももう片付けられている。

 そして後からやって来た纏依にレグルスは用を頼んだ。

「目薬を頂けますかな? そしてもしアイマスクがあれば睡眠時に目を温めたいのだが」

「ん、あるよ。ちょっと待っててくれ」

 纏依は寝室へと行くとそこにある薬箱から目薬を持って戻ってくる。

「アイマスクは寝る時に渡すよ。俺も絵を描いた後とかにアイマスクを愛用してるんだ」

 言いながら彼に目薬を渡すと向かいに座る。そして目薬を求めたレグルスの目を気にして覗き込み、ようやく彼女も彼の左目の変色に気付く。

「あれ!? 片方目の色が違う!」

 今まで薄明かりの元や暗くなった外にいたせいで気付かなかったが、こうして明かりの下で改めて直視して初めて気付いたらしい。それ以前に纏依の方も、まさか彼の片目が紫眼になっているとは思いもよらなかったのもある。

「体力の限界を超えたオーラエネルギー使用による悪影響のようだ。(それがし)も目の痛みにて鏡で確認し、今気付いた。一晩療養すればこの変色も終息して元の色に戻ろう」

 言うとレグルスはその紫の左目に目薬を点眼する。そうしてしばらく目を瞬かせて目薬を馴染ませている彼を、頬杖突きながらまじまじと見詰めてくる纏依。

「へぇ~……」

 その興味深そうな彼女の視線に、ようやく目を落ち着かせたレグルスがわずかに眉宇を寄せる。

「……何だね?」

「いや……それはそれでカッコイイなぁとか、思っちゃったりしたものだから」

 ゴシックパンクなビジュアル趣向な纏依にとって虹彩異色症(オッドアイ)も充分その範囲に入る。

 しかし全身黒ずくめではあるがそうした趣向のないレグルスには余計でしかない。さっさと元の色に戻したいのが本心だ。

 確かに頭の天辺から足のつま先まで全て黒に統一している中に一点だけ紫が混入しているのも、視点を変えれば魅力さに映えるがレグルス本人にとっては特別関心はない。

「ねぇねぇ! 後で写メ撮っていい? 滅多に変化のあるレグを拝めないから貴重だよ❤ 勿論、写メっつっても他に転送とかせずに自分だけのファイルに保存するだけだからさ!」

 彼が目の痛みに煩わされている事もすっかり棚上げして一人はしゃぐ纏依。思わず怪訝な表情と共に束の間黙考してから、レグルスは渋々嘆息を吐いた。

「食後であらばそれに応じよう」

「ホントに!? ヤッタ♪」

 それに喜びを露にしてから纏依は、嬉しそうにサラダパスタに手を付ける。

 写真などには縁のないレグルスだったが、ようやく得られた愛する女との再会と純粋に嬉しがる彼女の様子に妥協せざるを得なかった。それに、今後恐らく二人の家庭を持ち思い出を築く上でそうした機会が増える事も考慮して。

 こうしてレグルスも一次元ダイブ以来初めての食事として、ミルクに浸っているレーズン入りオートミールを口に運ぶのだった。




 今気付いたけど纏依の部屋にはソファーがないんだw

 そういえばこの作中で唯一登場していないのはあやめの一人暮らししている部屋なんだよね。


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