71:解放されし魔王の力
超能力者であるレグルスは、本来普通の一般人より遥かに霊力エネルギーレベルがずっと高い。
精神体だけを唯一の武器に突進してくる事しか出来ない彼らとは違い、レグルスの場合は有り余る霊力を自分の想像した物に具現化出来た。
場所が一次元世界だからこそこの世界独自の一次元的存在は自由に操れる。霊力もその一つだ。
今回のケースが初めての彼は、そこまではまだ知らなかった。
気が付くと目前まで迫っていた一体のスピリッツが、彼の振り翳した手から無意識に放たれた閃光の直撃を受けて吹っ飛んでいた。
一瞬理解出来ずに眉宇を寄せるレグルス。彼からの先制攻撃を受けたそのスピリッツは、もがき苦しむとそのまま気を失って動かなくなった。
レグルスは無能力者である一般人達からは“魔王”と呼ばれ恐れられてはいるものの、現実には進化した人間である超能力者だ。しかし、それでも充分一般のスピリッツ達には、レグルスの登場は脅威的だった。
一方レグルス自身、俄かに信じられない出来事ではあったが実際に、現実世界ではその存在は曖昧であり漠然的な存在である、一次元の世界に彼は身を置いている。
彼も精神体ではあるが、つまりこの世界は現実の常識を覆す存在でもあると言う事だ。現に霊力を高めたレグルスのスピリッツは超能力者――しかも高レベルな――特有の金色のオーラを纏っていた。
しかもそこに彼自身の感情も含まれていて、その霊力は金と赤の二色が混ざり合っている。一見するとまるで炎のようだった。
試しに再度、確認の為レグルスは人差し指一本だけ突き出した手を、他のスピリッツに向けて振るってみた。すると指先から彼の超能力の源であるオーラエネルギーが、雷のような閃光と共に手の動きに合わせて放出された。
見事にそれを喰らった邪悪なるスピリッツ数体が、奇声を上げながら倒れてゆく。
レグルスは無表情ながらも、この世界特有の便利さに感心すると改めて彼を取り囲むスピリッツに向かって、右下から左上へと左腕を勢い良く振り上げた。
その動かした手の範囲内にいた数体のスピリッツは、彼が放った閃光で次々と倒れてゆく。それを目の当たりにした他のスピリッツ達が怯み始める。漸く彼が、並の人間ではない事に気付いたらしい。
「……申した筈だ。邪魔立てする者は容赦せぬと」
ポツリと呟くように、それでいて威圧感のこもった低い声でレグルスは口にする。
だが同時に一つ、気付いた事があった。攻撃した分だけ霊力を消耗する。当然の事ではあった。しかも肉体を通して体力との併合が出来ない分だけ、頼るは精神力のみ。つまり本来は、肉体力との二重エネルギーで補える能力使用消費が、この場合だと直接的で疲労が早まると言う欠点だ。
余り必要以上に、霊力エネルギーを使用すべきではないと悟ったレグルスは、先程の行動から攻撃的なスピリッツ達に脅迫意識を与えておいてから、威圧的な態度で彼等からの襲撃を行えないように画策した。
レグルスの思惑通り、彼の常識を超えた力に怯んだスピリッツ達は、安易に襲いかかろうとはしてこなくなった。レグルスはその漆黒の双眸で睨みを利かせると、悠然と言い放つ。
「――道を開けよ」
それに邪悪的なスピリッツ達は悔しそうながらも萎縮し、渋々と道を開け始める。
レグルスはその様子をザッと視線を流して確認すると、足元で漂う暗雲からスッと浮き上がり纏依がこもっている暗黒の球体へ向けて、飛行した。
そして球体の前に辿り着くと、漆黒のロングコートをたなびかせながら足元に広がる暗雲へと降り立つ。球体の真下には、嘗て自殺を図ったレグルスを助け、そして行き場を失った纏依に住居を提供した元住職者の、矢渡 重幸のスピリッツが胡坐を掻いた姿勢で瞑目していた。
ブツブツとお経を唱え、邪悪なるスピリッツから球体への侵入を防いでいる。球体側で向かい合うレグルスと矢渡を、邪なる欲望を抱いているスピリッツ達が恨めしそうに遠巻きで見ていた。
「もし、ご老人」
レグルスから静かに声を掛けられて、矢渡はゆっくりと開眼するとレグルスを認める。
「おお、若いの。ようやっと、ここへの道を見つけなさったか」
「苦労した」
「フォッフォッ……そうじゃろう、そうじゃろうとて。肉体が生死を彷徨わぬ限り、決して辿り着けない世界じゃからのぅ。この次元は。さすがは超能力者じゃ。健康体の身で、よくぞ参った」
相変わらず胡坐を掻いたままの姿勢で、矢渡は佇んでいるレグルスの巨躯を優しい表情で見上げている。レグルスもまた、相変わらず無表情のままで言葉を交わす。
「ここを見つけられたのも、偏にあなたのおかげです」
「なんの。ワシはヒントを与えただけに過ぎん。ここへ来れたのはお前さんの力じゃよ」
「この中に、纏依が?」
レグルスは真上に浮かぶ巨大な暗黒の球体を見上げる。矢渡はしゃがれた声で静かに答えた。
「うむ。あの子はとても傷付いておる。その傷が余りにも深くて、現実世界からの逃避を強く願うばかりに、あの子の精神体はここへと迷い込んでしまった。やがてあの子の心の闇は具現化されて、こうして球体となりこの中に沈んで行ってしまった。あの子の心の傷は強烈じゃったのだろうて。現実世界からの逃避願望は引力を生み、肉体までをもこの次元に取り込んでしまった」
「……」
彼女に心の傷を負わせたのは彼にも責任がある。いくら不本意的な事故だったとは言え、まだ誤解が解けていない以上彼女の中では傷のままだ。レグルスの心は鬱屈としていた。レグルスは無言のまま、彼の言葉を聞き続ける。
「本当ならばこの次元では存在出来ん三次元的肉体は、一次元の持つ一方向のみの働きから分解されて、ただの要素と化してしまうところじゃが、この具現化された球体に守られて無事に形は保たれておるじゃろう。ゆえに、この球体の外へあの子の肉体を引き摺り出すのは至難の業じゃぞ。どうなさるかね? 若いのよ」
訊ねられて、レグルスは躊躇う事無く力強く答える。
「ならば某とて同様たる事を行うまで。某の霊力を彼女の肉体に覆わせる。一次元たる存在の霊力を防具に具現化してしまえば、それを覆う纏依の肉体は守られる」
すると矢渡は嬉しそうな顔して首肯した。
「それは良い案じゃな。高い資質ある霊力を持つ、お前さんだからこそ成せる技じゃ。では行きなされ。球体の中へ。あの子はきっと、お前さんからの救いを待っておる」
「……纏依を守護して頂いた事に、感謝致しますご老人」
「なぁに。まだ寿命ある者、その時まで生きてゆくのが当然じゃよ」
矢渡の仏のような笑顔を認めると、レグルスは首肯すると同時に目礼してから、フワリと精神体を浮き上がらせた。そして球体の中間までの高さへ飛行すると、手を持ち上げて小さく呟いた。
「纏依……」
そのままゆっくりと球体へと手を伸ばす。
すると微かに反発的な感触の後に、ズブリと彼の手は漆黒の球体内部へと沈んだ。今まで唯一この次元に存在する“肉体”に対する執着心から、纏依を狙い続けことごとく矢渡からの経文にて阻まれ続けた生への欲深きスピリッツ達の、妬み嫉みの悲鳴にも似た絶叫が湧き上がる。
それらの雄叫びを背にしながら、レグルスはゆっくりと静かに球体へと身を押し沈めていった。
中に入ると予想通りに周囲は真っ暗な闇だった。だがその中心だけがポカリと淡く光っている。
レグルスはその光を目指して、己の精神体を前進させてゆく。徐々に近付くごとにはっきりしてくる、淡い光の正体。
それは膝を抱く姿勢で丸くなっている纏依の姿だった。
「纏依!」
レグルスは珍しく声を大にして叫ぶと、更にスピードを上げて前進した。そして完全に彼女の元に辿り着いたが、纏依の全身は幾重にもなる鎖で包まれていた。
そう。まさに現実世界で彼女が鎧のように身に付けていた、シルバーアクセサリーを思わせるようにして……。