70:夢魔が最後に与えし決別の予知夢
【登場人物】
*レグルス・スレイグ(四十二歳)……無表情無愛想が常の寡黙な英国人。口を開いたかと思えば嫌味や皮肉の毒舌。全身黒ずくめの大男で肩まである漆黒の髪と目の容貌も手伝って、彼に畏怖を抱かない者はいない。歩けば誰もが道を開ける。職業は人文科学教授だが、国立図書館長も任されている。読心超能力者で纏依の婚約者。身長189cmの大柄でガッシリとした体型。
*在里 纏依(二十二歳)……男装姿にシルバーアクセで身を包み、まるでビジュアルバンドの様なゴシックパンクファッションを着こなす、男言葉を操る勝気な女。普段は栗色に染めた長髪を後ろ一つに束ねて、顎までの前髪を右分けにしている。職業は業界では一目置かれる存在である、新生有名画家。イラストレーターの仕事も請け負っている。レグルスの共鳴者。身長160cmのスリムな体型。現在行方不明中。
*ユリアン・ウェルズ(四十六歳)……過去に後輩だったレグルスへ犯した罪を、償う為に来日してきた英国人。予知夢能力者で自分の死が近い未来を見ているが、本来自分に関する予知は不可能な為に詳細までは分かっていない。天然ウェーブのミディアムロングに、前髪は顔に掛かるヘアスタイルの朱金髪に碧眼で、あやめの恋人。職業はソフトウエア開発者。身長180cmで細身の引き締まった体型。
*星野 あやめ(二十歳)……文化芸術を専攻する大学生にも関わらず、人文科学の授業にも参加している。高い学識を持っている筈なのに、天然おっちょこちょいの不思議ちゃん。纏依の親友にして後輩。ルーズな極ユルパーマの黒髪で前髪は眉毛の高さに切り揃えられたミディアムロング。ユリアンの共鳴者。身長154cmでバランス良いグラビア体型。
*東城 空哉(二十五歳)……纏依の従兄でライタージャーナリストを職業にしている。サイコメトラー能力者で相手のオーラを読み取れる。茶髪にクリーム色のメッシュが入ったサラサラのショートヘア。実は纏依を嫌悪し、一生奴隷として地獄の人生を与えるべく企んでいる。細身の体で身長173cm。
*クラウディア・ラザーフォード(四十二歳)……学生時代のレグルスの同級生で、ユリアンの実妹。家庭持ちでありながら夫公認の好色を趣味とし、個人勝手で一方的な初恋相手のレグルスと、性行為を実現すべく纏依との仲にあれこれ罠を仕掛けてくる悪女。緩やかなロングウェーブの亜麻色の髪だが、普段はアップに纏めている。アイカラーはへーゼル。ナイスバディーの身長170cm。
あやめは自分に跨っている空哉から逃れようと、懸命にもがくが彼女の両手首は頭上にて彼の片手で押さえ込まれていた。
「離せ! このバカヤロー! お前なんか、メトラーの能力で人の顔色を覗う事しか出来ないくせに! そうやって子供時代を過ごしてきたんでしょ! なっさけない!」
「!? 黙れこのクソ女!」
空哉の平手があやめの頬を打つ。
「キャア!」
悲鳴を上げるあやめ。日本語で言い争っているので、クラウディアには二人が何を言っているのかさっぱり理解出来なかったが、その様子を楽しむ事は出来た。
しかし、さすがは女らしいあやめである。
空哉をフルボッコにした男勝りな纏依とは違い、彼の力を跳ね除ける力も技もない。
「どうやって俺のガキの頃を知ったかは知らねぇが、男が超能力者だったからって調子に乗るなよ、女。だいたい、てめぇまで俺の計画を邪魔しやがって、生意気なんだよ。だけどてめぇの男は死んだ。俺が殺してやったよ。纏依はどこにいるのか見当も付かねぇから、雌奴隷にして生涯苦しめる計画はまだ実行出来ねぇが、少しはこれで清々したぜ」
空哉は先日、纏依探索の件をレグルスの操心力で忘却させられたせいで、すっかり覚えてはいなかった。そんな彼に組み敷かれているあやめは、ささやかな抵抗に空哉の顔めがけて、プッと唾を吐きかける。
「この……、クソ女がぁぁ!!」
空哉は顔を顰めると、顔面に付いた唾を袖で拭い取ってから、今度は握り拳をあやめの顔面にめがけて、振り下ろす。同時に、突然横腹に強い衝撃を受け空哉は、脇へと吹っ飛んだ。
――そこには、今しがた空哉を蹴り飛ばしたであろう片足を上げた姿勢で静止している、ユリアン・ウェルズの姿があった。彼は驚愕の表情を見せている空哉を冷ややかに見下すと、抑揚のない落ち着き払った口調で静かに言い放つ。
「私の女に、手を出すな」
「ユーリ!」
「such!!(そんな!)」
あやめの彼の名を口にする声と共に、クラウディアの悲鳴の様な声が上がる。
しかしそんな二番手の声など、まるで聞いていない具合で無視するとユリアンは、床で仰向けに倒れているあやめの手をとって引っ張り起こした。
「私に黙ってこのような危険な行動を、勝手にされては困る」
「だって! どうしてもこの二人が許せなかったんだもん!」
半泣きでそう訴えるあやめの、空哉にぶたれて赤くなっている頬を優しく擦るユリアン。
「そうか……。しかし次からは、必ず私に相談しなさい」
「It‘s just a bit ku^ya! This is what say a matter! be、be alive!(ちょっとクーヤ! これはどうゆう事よ! い、生きてるじゃないの!)」
クラウディアは顔面蒼白になり、掛け布団を盾のように引き寄せる。
「てめぇ……っ! なんで!」
脇に転倒していた空哉も、一気に冷や汗を噴き出しながらへたり込んだ姿勢のまま、手で後退りユリアンを見上げる。そんな彼に体を向けると、ユリアンは白々と見下す。
「我々は、君が私を標的に殺害を企んでいるのを事前に知っていた。その為にある秘策を打ち立てていた。だがただ一つ、予想外だったのはその企みが貴様一人だけではなかった、と言う事だな」
ユリアンは淡々とした冷静な口調で述べると、横目でクラウディアに睥睨を寄越した。
「Damn it! Damn it! ku^ya! quick! Anything else a way or are!? murder! Murder this fellow once again!!(チクショー! チクショー! 空哉! 早く! 何か他に手立てはないの!? 殺すのよ! もう一度こいつを殺しなさい!!)」
慌てふためきながら絶叫するクラウディアの口からは、もう“兄”と言う呼称は出なかった。だが自分でも不思議なくらい、ユリアンは冷静だった。それだけもう、自分の中に答えを決めている証拠でもあった。
「やはり何度聞いても、疑う余地はないようだ。私への殺意は明白らしい」
ユリアンもまた、もう彼女を妹として意識する事を放棄していた。
「貴様も充分重罪に値するが、一番最初にきっかけを作り、ミス在里に害を成す為に貴様をこちらへと召喚して、自分の欲望の為に手を組んだのは……――貴様だ」
空哉を見下しながら言うとユリアンは、最後にクラウディアの方へと顔を向けてその翡翠色の双眸に鋭利な光を宿し、一言吐き捨てた。そしてそのまま、今度は英語で言葉を続ける。
「If you wanted to do the purpose of own sexual play and visited Japan and did not disturb the Miss Arizato outskirts, the problem did not become big here.You are already last(貴様が自分自身の性道楽目的を実行したく来日し、ミス在里の周囲を掻き回さなければここまで事は大きくなりはしなかった。貴様ももう、終わりだ)」
ユリアンは無感情にクラウディアへそう告げると、傍らにいるあやめを自分の背後へとかくまいながら、能力エネルギーを開放した。
サイコメトラーである空哉は、ユリアンの全身から立ち昇る黄金のオーラを確認すると、その場から逃げ出そうと慌てふためく。
その様子を見てクラウディアも、一緒になってベッドから大慌てで飛び出す。しかしそれは、あっけなく阻まれた。
「Don‘t move(動くな)」
ユリアンからのその一言に、まるで金縛りにあったかの様にして、動きを止める空哉とクラウディア。動こうとしても体が言う事を利かない。つまりふたりは、彼の“予知実行”で動けなくなったのだ。
しかし、暫く間を置いてから二人は虚ろな目になると、のそのそと動き始め身支度を整えて何事もなかった風に、ユリアンとあやめを顧みる事さえないままにその部屋から出て行ってしまった。まるで心ここにあらずの様にして。
あやめは一体何が起こったのか分からなかったが、後になって知る事になる。
ユリアンは予知実行を二人に掛けた後、この度新たに開花させた新技“白昼夢実行”を行ったのだ。
それは白昼夢と言う形で、相手にユリアンが描いたシナリオ通りの霊夢――正夢――を見せて、その白昼夢を現実の物にしてしまう能力だった。
白昼夢とは、昼間など普段目を覚ましている時などに見る、妄想や空想などへの没頭を主に指すがもう一つこれとは別に、現実的な非現実の体験をも指す。ユリアンの扱う新能力は、その後者の逆パターンだ。
今までの“予知実行”は自分の伝言を予知として口に出す事で相手に命じ、しかし第三者が伝言に関係する言葉を掛けるとその予知が壊されてその反動が、呪術者ユリアンに激痛をもたらした。
だが今度の“白昼夢実行”は、それをレベルアップさせた上に互いが眠っている時にしか発動出来ない、“予知夢侵入”を白昼夢版として合体させた能力だ。
これにより第三者の有無に関係なく、一生涯与えた霊夢――正夢、予知夢も含む――を現実の物として継続させる。なので予知実行崩壊の反動による激痛を受ける事無く、確実に実行させる事が出来るのだ。
レグルスが彼へ、レベルアップ向上にと託した超心理学書の賜物である。
「何をしたの? ユーリ……」
ユリアンとの二人以外、誰もいなくなったその部屋で半ば不安げに、あやめが訊ねる。
「もうあの二人が我々の前に姿を現す事は、二度とないだろう。二度とね。ひとまず私達も帰ろうあやめ。説明はそれからだ」
そうして彼は、心細そうにしているあやめを抱き寄せると、改めて呟いた。
「君が無事で良かった。あやめ……」
「うん。心配掛けちゃって、ごめんなさいユーリ……」
ユリアンは、東城空哉へはサイコメトラーの能力を消失させ、二度と纏依に関わらせない様にと彼を一生記憶喪失に、そしてクラウディア・ラザーフォードには過去でユリアンが運命を歪曲させてまで守った、彼女が自殺する運命を返還する内容の、白昼夢実行をそれぞれに与えていた。
誰もいなくなった部屋をあやめと二人、後にしながら最後に心の中でユリアンは思った。
せめて国に帰り色情夫の元で、本来の運命を全うするんだな。永遠にさよならだ。妹よ。
歪んだ空間を潜り抜け、生と死の狭間で彷徨う精神が集う一次元に入り込んだレグルス。
本来、肉体が延命治療などで生かされながら死ぬ事も蘇る事も叶わぬ精神体は、自動的にこの世界に引き擦り込まれる。
それが一次元の摂理を無視し、自分の意思で中に侵入してきたレグルスの意識は、肉体を生かす為の霊魂と接続されたままである帯が繋がっている姿なので、この世界では異色を放っていた。
霊魂から完全に精神が切断されているその他とは、異質な存在である彼が周囲の精神体――意識――から歓迎される事はない。
ざわつく周囲を無視して、天地上下が曇天になっているこの灰色の世界の中央にある、一際異質さを漂わせている黒い球体を見つけるやレグルスはそちらに向かって、移動を始めた。
しかし、この世界で唯一肉体を持ちながら紛れ込んでいる纏依の存在は、生の世界を求める精神体にとっては憧憬と欲望の的だ。
彼女の肉体を奪いたがっている精神体達には、この異質な救世主は邪魔者でしかない。邪な願望を抱く精神体達は、早速レグルスを排除すべく不気味な声を発しながら周囲を取り囲む。
行く手を阻まれたレグルスは、静かに意識を集中させると能力エネルギーを高めて、そのオーラを放出した。
「邪魔立てする者は、容赦せぬ」
そう口にしたレグルスの言葉を合図に、邪悪なる精神体達は奇声を上げながら、一気に彼へと襲い掛かった。