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68:夢魔が予知した己が死の時


 

 ユリアンは、自分が居住しているマンスリーマンションの駐車場へ出て来る様、妹のクラウディアに電話で呼び出された。

 時間は夜の十一時を回っていて、多くの駐車に囲まれていて見通しが悪い。

 ユリアンは恐らく、前回彼女がアレルギーを持っている生物――食材でも可――を与えた悪戯の件で、湿疹が治まった今頃文句を言いにわざわざ訪ねて来たのだろうと思い、外泊に来ているあやめを自分の部屋に待たせて、一人だけで降りてきた。

「Why do you know my house place well. I don’t teach you yet where it is.(よく俺の住居先が分かったな。確かまだ、教えていなかった筈だが)」

 ユリアンは妹を見つけるなり、以前の悪戯を思い出し必死に笑いを噛み殺したが、どうしても引き攣る口端を隠せなかった。そんな兄を後目に、クラウディアは投げ遣りな口調で答える。

「ku^ya taught it(クーヤが教えてくれたのよ)」

「クーヤ?」

 すると車の陰から人影が動いた。

「俺さ。毎度どうも。世話になってるな」

 東城 空哉(とうじょうくうや)は手にバケツを持って現れると、ゆっくりと足元に置く。

「……君か。成る程。私のオーラの痕跡を辿って来たと言う訳だな」

「あんたのせいで俺は、散々な目に遭ってきたし計画の邪魔ばかりされて、つくづく困っているんだ。目障りで仕方ない」

「それは君の悪意に問題があるからだろう」

 ユリアンは東城の足元に置いてある、バケツに視線を送る。街灯や看板のネオンなどが反射して、中に水が入っている事を物語っている。

 それを確認するとユリアンは、レグルスへと心の声で語りかけた。

“今、東城が水の入ったバケツを持って俺の前に現れた。恐らく邪念体の溶解水だろう”

 兄がレグルスとコンタクトを取っているとも知らずに、クラウディアは腰をくねらせて両腕を組むと冷ややかな視線を、ユリアンに送った。

「私もね。クーヤと同じ気持ちなの。だから今回改めて、彼と手を組んだのよ」

「? どういう意味だクリス」

 妹の言葉に理解に苦しんだユリアンは、眉宇を寄せる。

「だから、彼が今言った通りの意味そのままよ。それとも彼の言葉を借りずに、私の言葉で改めて伝えましょうか?」

 彼女の真意を一切知らないユリアンは、ますます疑問を抱く。そして思った。

 確か東城は、俺を持参した思念水を凶器に殺害を目的として、訪ねて来た筈だ。しかしよくよく考えてみれば、どうしてこの場にクリスまで一緒なんだ?

 自然、疑問は声となって吐き出される。

「……ところでクリス。お前は何しに東城と一緒にここへ来たんだ」

 するとそれまで両腕を組んでいたクラウディアが、一歩前に進み出るや毅然とした様子で言い放った。

「単刀直入にはっきり言うわ。正直ね、前々からずっとリアン兄さんが邪魔で仕方なかったのよ。いつも私の行動に口出ししてつくづく目障りだと、今回痛感したの。おまけに私の弱点に付け込んで、行動を阻んだりして。私の受けた苦痛を、手始めにリアン兄さんの彼女であるあの生意気な小娘から差し向けてやろうかとも思っていたけど、生憎今回一緒じゃないなんて残念だわ。仕方がないからリアン兄さん、あんたを片付けた後にでも、後を負わせてあげるわ」

 妹の次から次に吐き出される本心に、ユリアンは衝撃の余り全身に電流が駆け巡った。

「何だと……!? クリス、お前自分が今何を言ったのか、分かっているのか!?」

 高ぶる感情に声も大きくなるが、ショックのせいで若干震えている。クラウディアもつられて声が大きくなる。

「分かってるわよ! もっと分かり易く言いましょうか!? 殺してやりたいくらいに今までずっと、リアン兄さんが邪魔だったのよ! だからクーヤと相談して決めたの。私の人生から消えて、一層の事死んで頂戴!」

「クリス! それはお前の本心なんだな?」

「ええ、間違いなく本心よ。ジョークでクーヤと一緒に、ここまで来ると思う? さよなら。リアン兄さん」

 実妹からの告白に、衝撃による硬直で体が動かない。まるで雷に打たれた様だった。クラウディアは両腕を組んだまま改めて冷淡な声でそう吐き捨てると、ゆっくり後退りして東城の隣に並んだ。

 そんなユリアンのオーラの様子を、面白そうに東城は窺う。彼の感情は怒りや驚き、そして悲哀などで複雑に乱れて覇気すら失っている様だった。そこから危険はないと悟った東城は、愉快そうに小さく笑った。

「クッハッハッハ! そういうこった。あんたも哀れなもんだな。ここまで実の妹に憎悪されていたとは」

 東城は悪辣な笑みを湛えると、足元にある邪悪なる思念体が溶け込んでいる水の入ったバケツを、再度手に取った。

 纏依(まとい)は身勝手な両親に捨てられ、親戚である伯母に虐待されその息子である従兄の東城に、憎悪された。

 レグルスもまた、能力者ゆえに両親に嫌悪されて捨てられ、そして信じて心を許し兄と慕っていた先輩である彼、ユリアンの手によって孤立化させられた。

 ユリアンがレグルスを裏切った理由は、当時妹のクラウディアがレグルスと恋仲になり、その読心能力による不幸の中で死んでしまう予知夢を見たからで、家族として妹を守る為だった。つまり本来あるべき運命を、ユリアンが歪曲させたのだ。本当なら、その運命に従っていれば妹はもうこの世にいなかったのを、兄である彼が救った。

 にも関わらず、何も知らないとは言えその妹に裏切られようとしている。嘗て家庭を持っていた時の妻にも裏切られ、そして次は家族である実妹から殺意を向けられている。

 レグルスの人生を犠牲にしてまで守った、妹から。

 これが彼に与えられた罰なのか。天はユリアンから家庭一つを奪うだけでは足りないと、示しているのか。それともそれが、ユリアンに与えられていた本来の運命で、死ぬべきだった妹の死の刃が、運命を歪曲した彼に跳ね返ってきたのか。

「クリス……っっ――クラウディア!!」

 ユリアンは歯を食いしばると、硬直している筋肉に抗って大きく一歩、足を踏み出した。それを見たクラウディアは、兄の形相に大慌てで東城に叫ぶ。

「は、早く! 早くやっちゃってクーヤ!!」

「恨むなら、てめぇの行動を恨むんだな、おっさん。あばよ!」

 言葉が終わらない内に、東城はユリアンに向かってバケツを振ると、中に入っていた水を一気に彼へと浴びせ掛けた。

 氷の様な水の冷たさに、体は凍え筋肉が一気に凝縮する。同時に眩暈を覚え、ユリアンはガクリとその場に片膝を突く。

 人の声ともつかない別の不気味な呻き声が、彼の耳の中から全身に駆け巡る。大きく見開いた目を、妹のクラウディアに向けながら、ユリアンは口をパクパクさせて震える右手を上げ、懸命に妹へと伸ばした。

 視界に映る妹の顔は、青褪めていたが手を伸ばしてくる兄を恐れて、後ろへよろめき背後に止まっている車にぶつかった。混濁してゆく意識の中で、ユリアンは妹の悲鳴に近い叫び声を聞いた。

「死ね! 早く死んじまえ!」

 ――クラウ……ディ、ア……。

 やがてユリアンは前のめりに倒れ込むと、動かなくなり意識を失った。

 彼は脳内で、レグルスの声を聞いた。

「ご苦労だったユリアン。貴兄の死する運命、この瞬間から(それがし)が預かる。意識侵入した我が意識により、本来である死の運命から逃れられよう。一時(いっとき)まで、さらばだ」

 そうしてユリアンの体内で、邪念体に身を委ねたレグルスの意識が抜き取られてゆくのが分かる。亡者達の、手によって。

 ありがとう。そしてすまない、レグルス。こんな俺の為に、本当にすまなかった――。


 東城とクラウディアは、倒れこんだまま動かなくなったユリアンを見詰めていた。

 そして嘆息を吐くと東城は、空になったバケツをユリアンに向かって放る。バケツは彼の頭に当たってから、アスファルトの張られた駐車場の地面へと虚しい音を立てながら、転がった。

 それを確認してから、クラウディアは口元を引き攣らせると震える声を漏らしながら、ヨロヨロと兄の方へと二~三歩、歩み寄った。

「フ……フフフフ……ウフフフフフ……! アハハハハハハ!」

 クラウディアは夜の闇に包まれた天を仰ぐと、高らかに笑った。そして手を叩いて喜びを露にすると、倒れている実兄を今度は見下ろしてはしゃいだ。

 その外からの騒音に、七階にあるユリアンの部屋の窓が開いて、あやめが顔を覗かせる。そしてそこから見えた光景を捉えるや否や、大慌てで顔を引っ込めて玄関へと走った。

「Julian died! Julian died!(ユリアンが死んだ! ユリアンが死んだ!) キャーッハハハハハハハ!!」

 喜び勇んで大はしゃぎするクラウディアへ、東城が蓋然(がいぜん)とした自信を持って声をかける。

「だから言ったろう? 俺が水をかければ簡単に殺せるって」

「もう最高よクーヤ! これですっきりしたわ! もう私の人生に口喧しく邪魔してくる奴は、いなくなったんだから!」

 そうしてクラウディアは嬉しそうに、東城に抱き付いた。

 マンションのエレベーターの中で、あやめが落ち着きなく降下してきている。

 すっかり安心しきった東城とクラウディアは、二人仲良く腕を組みながら車へと戻り乗り込むと、その場を後にする。

 二人を乗せた車が駐車場のゲートを潜り、一般道へと滑り込んで行く中、ユリアンの指先がピクリと動いた。

 マンションのエントランスから、あやめが彼の名を叫ぶ声が響いた……。


 一方、予想通り亡霊の手を借りてユリアンの体から、意識離脱を成功させたレグルス。

 自分自身の力では不可能ではあるが、形的には幽体離脱化した事になる。そしてレグルスの意識は、まるで陽炎(かげろう)の様に歪んでいる空間を見つけた。自ずとそこが、一次元への入り口だと分かる。

「纏依」

 レグルスは彼女の名を呟くと、その歪んでいる空間へと飛び込んだ。




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