67:魔王が暴きし悪し企み
【登場人物】
*レグルス・スレイグ(四十二歳)……無表情無愛想が常の寡黙な英国人。口を開いたかと思えば嫌味や皮肉の毒舌。全身黒ずくめの大男で肩まである漆黒の髪と目の容貌も手伝って、彼に畏怖を抱かない者はいない。歩けば誰もが道を開ける。職業は人文科学教授だが、国立図書館長も任されている。読心超能力者で纏依の婚約者。身長189cmの大柄でガッシリとした体型。
*在里 纏依(二十二歳)……男装姿にシルバーアクセで身を包み、まるでビジュアルバンドの様なゴシックパンクファッションを着こなす、男言葉を操る勝気な女。普段は栗色に染めた長髪を後ろ一つに束ねて、顎までの前髪を右分けにしている。職業は業界では一目置かれる存在である、新生有名画家。イラストレーターの仕事も請け負っている。レグルスの共鳴者。身長160cmのスリムな体型。現在行方不明中。
*ユリアン・ウェルズ(四十六歳)……過去に後輩だったレグルスへ犯した罪を、償う為に来日してきた英国人。予知夢能力者で自分の死が近い未来を見ているが、本来自分に関する予知は不可能な為に詳細までは分かっていない。天然ウェーブのミディアムロングに、前髪は顔に掛かるヘアスタイルの朱金髪に碧眼で、あやめの恋人。職業はソフトウエア開発者。身長180cmで細身の引き締まった体型。
*星野 あやめ(二十歳)……文化芸術を専攻する大学生にも関わらず、人文科学の授業にも参加している。高い学識を持っている筈なのに、天然おっちょこちょいの不思議ちゃん。纏依の親友にして後輩。ルーズな極ユルパーマの黒髪で前髪は眉毛の高さに切り揃えられたミディアムロング。ユリアンの共鳴者。身長154cmでバランス良いグラビア体型。
*東城 空哉(二十五歳)……纏依の従兄でライタージャーナリストを職業にしている。サイコメトラー能力者で相手のオーラを読み取れる。茶髪にクリーム色のメッシュが入ったサラサラのショートヘア。実は纏依を嫌悪し、一生奴隷として地獄の人生を与えるべく企んでいる。細身の体で身長173cm。
*クラウディア・ラザーフォード(四十二歳)……学生時代のレグルスの同級生で、ユリアンの実妹。家庭持ちでありながら夫公認の好色を趣味とし、個人勝手で一方的な初恋相手のレグルスと、性行為を実現すべく纏依との仲にあれこれ罠を仕掛けてくる悪女。緩やかなロングウェーブの亜麻色の髪だが、普段はアップに纏めている。アイカラーはへーゼル。ナイスバディーの身長170cm。
一次元の世界。
そこに纏依がいる事までは解かったが、その入り口や場所がどこにあるのかまでは、解からない。何せこの三次元との世界を繋ぐ、言わば表裏一体だ。生と死の狭間。それが一次元の世界の一つだった。
ここは今現在、レグルスが仮住居にしている纏依が借りているマンションの一室。
翌朝目覚めたユリアンとあやめは、早速レグルスを訪ねてやって来た。そして侵入夢で見聞きした事を詳細に、彼へと説明したのだ。ユリアンとあやめから話を聞き、すっかりレグルスは黙考してしまった。
植物人間に意識侵入をしても、そこへは辿り着けないのは記憶を探る為に一度、入院中である住職へ、意識侵入をした事で了承済みだった。かと言って、レグルスには霊体で自由にどこへでも行き来出来るタイプの、超能力者ではない。せいぜい対象に向けて意識を飛ばせるだけ。対象がなければ、実行不可能なのだ。
レグルスは無言のままユリアンを一瞥する。彼は自分の死の予知夢を見ている。その死をチャンスに活かす事が出来るかも知れなくとも、その彼の死がいつ、どこで、どんな状況で、何によって直面するのかまでは把握しきれていなかった。
リビングにある炬燵で暖を取りながら、コーヒーを飲んでいるユリアンと、ジュースを飲んでいるあやめを他所に、続き間になっているダイニングで、脚長の椅子に腰をかけているレグルスは密かに超能力を解放する。
顔さえ見知っていれば、例え遠くに離れていても読心だけで相手の居場所や、心の中を見聞き出来る。勿論レグルスが心で話しかけでもしない限り、相手は自分達がその標的にされている事には全く気付かない。
相手は纏依の従兄である東城 空哉と、ユリアンの実妹クラウディアだ。何かヒントはないかとこの二人の思考を探る為に、二人をイメージした。
案の定、二人は一緒にいた。外にいるようだ。そこでレグルスは、我ながら衝撃的な事を知ってしまった。
クラウディアが実兄であるユリアンの、殺害計画を東城と練っている事だった。東城は凶器として水を挙げている。彼の超能力、サイコメトラーの基本能力を強く発揮出来るのが水に関する事くらい、超心理学を熟知しているレグルスには、すぐに予測出来た。
更に東城の思考を探って、ユリアンの殺害計画の全容を把握すると、読心能力を収める。そして抑揚のない口調で静かに低い声を発した。
「ユリアン。今から某が申す内容を黙って聞き、受け入れよ」
突然の神妙な言い回しに、ユリアンは眉宇を寄せる。だがすぐに、ゆっくりと首肯する。
「聞かせてくれ」
「そなたは己の死を予知している。それを某は利用させてもらう」
「利用……? どういう事だ」
今回の一次元の正体から、ユリアンの心中に彼への危険が脳裏を過ぎる。
「貴兄が死に直面した瞬間、某が貴兄の意識に侵入する」
「しかしいつどこで俺が死ぬかまでは、解かっていない……」
言いかけるユリアンの言葉を、レグルスが賺さず遮った。
「解せたのだ。あの若造がユリアン、そなたの殺害計画を練っている。手段は奴が貴兄に浴びせんとする、特殊な“水”だ」
それに迷わずユリアンは勿論、あやめも驚愕を露にする。
「東城が!? なぜ俺なんだ?」
「今しがた読心したゆえ、異論ない」
ユリアンの心境を考え、妹クラウディアも一枚噛んでいる事は、伏せておいた。ユリアンは理解に苦しんでいるようだった。慌てるようにあやめが訊ねる。
「水、ですか? 溺死させるとか、ですか?」
「否。思念体が大量に含まれている水だ」
それを聞いて、ユリアンが黙り込む。その彼の様子をあやめが、まるで答えを求めるように不安げに見詰める。やがてユリアンは、少しずつ考えを纏めるようにして口を開いた。
「水は死者の思念を吸収しやすい……。それで尚且つサイコメトラーである東城ならば、より多くの死者の思念の強力さを、測定しやすい。生に対する憎悪や未練のあるそれらの欲望は、俺の意識を奪う為に肉体の外へと引き摺り出そうとしてくる。そういう事だな……?」
ユリアンは言い終わると、翡翠色した双眸を真っ直ぐにレグルスに向けた。
「然様。その代理を、某がなるのだ。然らば某の意識はそれら魍魎から引き摺り出され、一次元への介入も可能になる」
「だがそれではお前が意識を失う事になる!」
するとレグルスは、煩わしそうに嘆息を吐いた。
「黙って受け入れよと、申した筈だ。それに以前も述べたであろう。貴兄を死なせはせぬと。意識侵入は云わば己の意識を自由に移動出来る能力。対象がいない限り、幽体離脱如し真似事は不可能だが、意識侵入させる相手である対象がいれば可能。此度の件にてその一番身近な対象が、ユリアン。そなたなのだ」
「大丈夫だと、信じていいんだな?」
ユリアンは真顔を崩す事無く、レグルスへ確認する。
「無論。そなたの無事は保障――」
「俺じゃない。お前の事だレグルス。俺はお前を犠牲にしてまで、助かる気はない」
「安心致せ。意識侵入を扱うからには、己の肉体への帰り道くらい心得ている。何も貴兄の死を代行する訳ではない。貴兄の死を一次元への入り口にするのだ。その上、本来貴兄の死の運命とやらを、屈折させられ救出にも繋がる。……某へ過去に行なった過ちを詫びに来たからには、生き延びて生涯を以って償え」
すると突然、あやめの明るい声が割って入った。
「つまりユーリと仲良く一緒に、長生きしたいんですね教授は! 素直にそう言えばいいのに☆」
「……」
怪訝な表情になり黙り込んでしまったレグルスに、ユリアンは我が彼女ながら口元を引き攣らせる。しかしあやめはニコニコと満足そうな笑顔を浮かべている。打開策が明確になり始めて、それまですっかり落ち込んでいたあやめの心は、勝手に希望の光を見出してしまい、本来の明るさを取り戻しつつあった。
よって空気を読まない悪乗りが、つい顔を出してしまった。真剣な空気がカランと音を立てて、腑抜けた感覚に陥った気がした。だが何とかユリアンが持ち堪えて、話を戻す。
「分かったレグルス。そう言う事なら喜んで、一次元の中継役を引き受けよう。しかし……、まさか奴から殺意を抱かれようとは」
「某が行なった、操心による記憶の歪曲も原因の一部にあるようだが、もっと根底に執念らしきものを感じ得た。某よりも、貴兄の方が若造と会っている機会が多かったのもあるだろう。纏依への復讐を、邪魔されたと言った理由が見受けられる。何れにせよ奴の貴兄への殺害理由は、その時に某が貴兄から意識離脱した後にでも、ゆるりと本人から聞き出せば良い」
それにユリアンは厳しい表情ながらも、静かに首肯した。
だがレグルスが告げなかった為に、今はまだ実妹からまで殺意を持たれている事を、ユリアンは知らない。
細かい理由は何にせよ、従兄である東城が纏依に憎悪を抱いたように、クラウディアもまた然りだった。今レグルスから聞かされなくとも、その時が来れば嫌でも思い知らされるだろう。
そのショックの大小は、どんな形で知る事になろうとも変わりはない。それなら一層、本人の目で、耳で受け止めさせるべきだ。わざわざ身内から命を狙われている事まで、他の口を通じて知らせない方が良い時もある。下手な誤解が生じない為にも。
身内――両親に読心能力を持った為に嫌悪され、捨てられたレグルスにとっては、それを思うと充分彼の心境を理解でき同情に値した。それはまるで恰も、超能力者は人生から迫害を受ける運命であるかのように。
そしてあやめも、いつしか真顔に戻り半ばユリアンに待ち受けている死の運命を改めて不安に思って、彼へそっと寄り添うのだった。
その頃、東城とクラウディアは、とある山中にある自殺の名所へと車で到着していた。
広大な湖の遥か上には、長い橋が架かっている。周囲の景色は美しかったが、昼間でも静寂に包まれている。鳥の囀りが遠くから聞こえはしても、その距離感が返って不気味さを醸し出す。
「本当に水なんかで、溺死もさせずに殺害出来るわけ?」
東城がサイコメトラー能力者とは知らないせいで、疑心感を抱くクラウディアを他所に、彼は湖の周辺を見渡していた。どす黒い、澱んだ残留思念が渦巻いているのが、彼のメトラー能力を解放した眼力により一目で分かる。
足が着いている地面の湿った土を通して、死者達の思念が駆け上がってくる。
生きたくても生活苦や不幸にて、死を選ぶしかなかった者達の、生への無念と執念。叶うなら、また人生をやり直し生き返りたい。生者を妬み、嫉む死者の怨念。残留思念は、液体と混入しやすい。
その呪怨の残留思念が強烈であればあるほど、生者から精神意識を引き摺り出し憑依を試みようと、肉体を求め水中を彷徨う。
その強烈な思念を読み取り味わうと、東城は満足そうにクラウディアの疑問に答える。
「……ああ……。最高に絶好調な凶器だよ。まさか水を浴びただけで、他殺により死亡するなど警察も分かりはしねぇさ。単なる心臓麻痺としか診断は出ないだろう」
亡者のこれだけの執念が沈殿してりゃあ、奴の生を妬んでその魂を引き摺り出し、同じ亡者の仲間にしてくるだろうよ。
東城はそう密かに確信した。
だが彼はまだ知らなかった。生き物に、二種類のエネルギー体が存在すると言う事を。以前にも述べたように、生物は霊魂と精神を兼ね備えているのだ。
仮にこの残留思念で汚染されている、呪われた水を浴びせかけられたとしても、精神意識を引き摺り出す事は出来るが、霊魂までを抜き取り確実に死亡させる事は出来ない。尤も、この湖で泳がせでもすれば、死霊達の手で溺死はさせられるが。
だが例えその程度だけで、せいぜい植物人間までにしかさせられなかったしても、東城とクラウディアは自分達の人生から目障りでしかないユリアンを、露払い出来ればそれで充分だった。
自分までもが魍魎の餌食にならないよう、東城はサイコメトラーの霊力を最大限にまで上昇させ、それらの怨念を押さえ込むと、ポリタンクを湖に沈めて中へと水を汲み入れた。
死で澱み切り、彼等が生きていた頃の執念が沈殿し、普通の目では透き通ってしか見えない濁った水を。
あ、ヤベ。
今度はSFファンタジーからホラーに入っちゃったよ……(汗。
ちなみにアニマとスピリッツの詳細は、60話の冒頭にあるので忘れた方や知らない方は宜しくです☆
長らく更新されないと、忘れちゃうよね。内容……(苦笑)
実は作者の私もそうだったり←黙れww
すみましぇん……orz