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63:抗えぬ時間分岐地点への帰着

【登場人物】

*レグルス・スレイグ(四十二歳)……無表情無愛想が常の寡黙な英国人。口を開いたかと思えば嫌味や皮肉の毒舌。全身黒ずくめの大男で肩まである漆黒の髪と目の容貌も手伝って、彼に畏怖を抱かない者はいない。歩けば誰もが道を開ける。職業は人文科学教授だが、国立図書館長も任されている。読心超能力者で纏依の婚約者。身長189cmの大柄でガッシリとした体型。


在里 纏依(ありざとまとい)(二十二歳)……男装姿にシルバーアクセで身を包み、まるでビジュアルバンドの様なゴシックパンクファッションを着こなす、男言葉を操る勝気な女。普段は栗色に染めた長髪を後ろ一つに束ねて、顎までの前髪を右分けにしている。職業は業界では一目置かれる存在である、新生有名画家。イラストレーターの仕事も請け負っている。レグルスの共鳴者。身長160cmのスリムな体型。


*ユリアン・ウェルズ(四十六歳)……過去に後輩だったレグルスへ犯した罪を、償う為に来日してきた英国人。予知夢能力者で自分の死が近い未来を見ているが、本来自分に関する予知は不可能な為に詳細までは分かっていない。天然ウェーブのミディアムロングに、前髪は顔に掛かるヘアスタイルの朱金髪に碧眼で、あやめの恋人。職業はソフトウエア開発者。身長180cmで細身の引き締まった体型。


星野(ほしの) あやめ(二十歳)……文化芸術を専攻する大学生にも関わらず、人文科学の授業にも参加している。高い学識を持っている筈なのに、天然おっちょこちょいの不思議ちゃん。纏依の親友にして後輩。ルーズな極ユルパーマの黒髪で前髪は眉毛の高さに切り揃えられたミディアムロング。ユリアンの共鳴者。身長154cmでバランス良いグラビア体型。



 あやめの博識な意見に、思わず一緒になって推測すべく黙考を始めた、レグルスとユリアンの二人。だが黙考する必要もない程の刹那、レグルスは憮然とした様子で嘆息と共に首を振った。

「不可能ですな」

 方法を考えたと同時に、その答えまでの過程を素早く導き出したレグルスはこれ以上、時間分岐変換現世タイムブランチトランスパラドクスの件についての議論は続けるだけ無駄とばかりに思案する事を、放棄してしまった。

 続いて、ユリアンも同じように首を振りながら残念がると、あやめに声をかける。

「ありがとうあやめ。だがもういい。これ以上考えても仕方がない」

 すると普段滅多に怒りを見せない彼女が、憤怒の形相で声を荒げた。

「でも何かあるかも知れないじゃない! 纏依(まとい)先輩を連れ戻せる方法が!」

「分かってるだろう君も! 方法を見つけたところで、それを実行するなど絶対的に無理である事は」

 ユリアンの厳しい口調に、あやめは悲しそうに目を潤ませる。

「そんな……だってこんなの、悲しすぎる。先輩は一体何の為に、今まで必死に生きてきたの? 辛くて孤独な十代を過ごしてきて、やっと心安らげる相手であるスレイグ教授と巡り合えて、(ようや)く自分の居場所を見つけたのに。誤解したまま姿を消すなんて、悔しいよ。ユーリ。ユーリには悪いけど、今回ユーリの妹であるクラウディアさんがした事も、そして先輩の従兄である東城(とうじょう)がした言動も、二人とも憎くて堪らない! だから、だから余計に、このまま諦めたくなんかないんだもん……!」

 (たちま)ち次々に大粒の涙をポロポロ零すと、悔しそうに声を震わせながら戦慄(わなな)いた。

「あやめ……。すまない。私ももう少し、君の気持ちを尊重すべきだった……」

 ユリアンは彼女の側に椅子ごと持って寄り添うと、泣きじゃくるあやめを優しく抱き寄せた。


 時間分岐変換現世タイムブランチトランスパラドクス

 それはもう一つの現在。もう一つの未来。自分の選択した道次第で、変更された現実。過去と現在と未来が混同する世界。

 もし纏依が両親に愛されて育っていれば、今の纏依とは違う形で進行したもう一つの世界。

 そしたらきっと、コンプレックスから男装に至った纏依にあやめが一目惚れする事もなく、また親友は愚か友人として出会わなかったかも知れない世界。

 レグルスが超能力を持たずに、普通の人間として生まれてきていれば違う人間として、母国イギリスで別の人生を生きていた世界。

 ユリアンがもし生殖機能が通常だったなら、そのままイギリスで実子と共に変わらず家庭を育み、あやめとは出会う事のなかった世界。

 “if”――ひょっとしたらで変わる人生。

 仮に、万が一纏依が姿を消してしまった異次元が、そんな時間分岐変換現世タイムブランチトランスパラドクスの世界だったら。

 そう思ったのだ。なぜならレグルスが纏依の存在を、気配を感じたのだから。現世であるこの世のどこかに必ずいると。なので、この世――現世に繋がる別次元と言ったら、今のところ考えられるのはその世界だった。

 しかし、“時間の矢”の言葉がある通り一度放った矢は一直線にしか進まないように、時間も“未来”という一方向のみに流れるものだ。

 可逆と不可逆。時間の働きは不可逆に分類される。可逆可能にする……つまり過去方向へと時間を逆流させるには、莫大なエネルギーが必要になる。それは、時間に逆らうだけのエネルギー。光ですら、時間の流れには適わない。

 光速で移動しても、距離によってかかる時間という名の下の作用で、瞬間移動は不可能だからだ。そこで科学者は考えた。光よりも早い存在を。それは“タキオン”と呼ばれた。その余りの早さのせいで、未来を通して過去への伝達が可能という説だ。

 が、これは科学者達が生み出した願望であり、架空の産物でしかない。実在しないのだ。この在りもしない空想論を、一般人から見たら天才だと思える科学者が、まるで子供がおとぎの世界に憧れるかのようにして真剣に議論される事がある、この上なく空しい展開が行われているのが現実だった。

 世の中調べれば調べるほど、タイムトラベルやパラレルワールドについての論弁は存在するが結果的に、ではそれだけ熱弁するのだから可能かと訊ねれば、その論弁者は渋面しながら口惜しそうに言う答えはただ一つ。Noだ。

 一つだけ、これをYESと答える者がいるとしたらそれは所詮、牽強付会(けんきょうふかい)でしかない。生きて幽体離脱を行うか生命の危機に晒されて、臨死体験をするか。そして残る一つは当然ながら、死んでこの世(現次元)を去るかの“最低限の(・・・・)手段”だ。

 これを現実に研究し、研究所まで設けている学者が存在する。挙句にアメリカ当局(特に陸軍)は、この理論に注目しているという事実まで存在するのだから我々一般人には、思わず呆れ果て嘲笑したくなる。

 だが分かっていても、念の為にそんな知識も会得しておかなければならないのが、超能力者である立場の心苦しい現実でもあるのだ。

 実際、纏依自身強烈な現実逃避から幽体離脱を引き起こし、おまけに肉体までもを一緒に持って行っているのだから。しかし彼女が出来たからと言って、簡単に幽体離脱は自分の意思で出来る物ではない。

 レグルスの能力の一つである意識侵入は、幽体離脱に似てはいるが意識がある点に於いて、大きく異なる。しかも対象がいなければ不可能な能力でもある。幽体離脱の様に対象なしでも可能という訳ではない。

 こういった結果を知っている彼らだからこそ、ハッキリと断言できるのだ。時間分岐変換現世タイムブランチトランスパラドクスに移動不可能だと。そんじょそこらにあるライトノベルの様に、お約束感覚でポンポンとパラレルワールドにお手軽宜しくトリップするなんて事は、現実では夢どころかそれさえも容易く粉砕するほどに、無理である事は夢見る学者よりもよっぽど一般人の方が知っている。

 それでも超能力者である事実だけは否めない、レグルスとユリアンの半ば納得いかない違和感。そこでもう一つの可能性が出てくる。それは彼らと同じ超能力者。時空間を移動する者、タイムトラベラーの存在。これが今の彼らが求める、最も身近で容易くそして、超能力者の間では当たり前とも言える“一般的な(・・・・)手段”だろう。


 暫く、あやめの啜り泣き以外この三人が座るテーブルは、重苦しい沈黙だけが続いていたが、先に口を開いたのはレグルスだった。

「纏依は、幸を得ている」

 あやめは頬を涙で濡らしながら顔を上げると、ユリアンと共にそんな彼を見詰めた。それを確認しつつ、レグルスは言葉を続ける。

「そなたほどの確固たる友情を尊重すご友人を、授かったのですからな。代わって礼を申す。感謝致しますぞ」

 レグルスは相変わらずの無表情で低い声ではあったが、無愛想さは感じられず寧ろ僅かではあったが柔和さがこもっていた。一番辛いのは、レグルス本人だろうにさり気なく労わってくれる、彼の貴重な優しさに触れた気がしてそれがより一層、あやめを余計に切なくさせた。

「そんな事、言わないでください。結局何も出来なければ、友情なんて意味ないですもん」

「意味は成している。少なからずもそなたの言葉、この心には響いた。(それがし)は諦めぬ」

「教授……」

 レグルスの力強い口調と、厳格な顔付きを見てあやめはまるで、逆に激励されたかのように涙が止まった。そして誰に言うでもなく、レグルスは言葉を紡ぐ。

「実行不可能な確答しかなくとも、“最低限の手段”は残存ある」

 それを聞いて、ユリアンは驚愕の表情で彼を凝視した。

「……もしかしてお前、死ぬ気か!? 死んだら何の意味もないのに!? ここは大人しく、タイムトラベラー能力者を地道に探し出す選択をする方がよっぽど利口――」

 だが賺さず彼の言葉を容赦なくレグルスは遮り、厳しく否定した。

「否。(それがし)は死なぬ。尚且つ、他人の力を借用してまで愛する女を救おうなど、己の了見に反する。纏依は(それがし)の女だ。(ゆえ)に我が力で直接救出する」

「しかし、一体どうする気だ」

「ユリアン。そなたも死なせぬ」

 彼は闇色の双眸(そうぼう)を深遠なまでに濃くすると、ユリアンの眼を真っ直ぐに見据えた。

「……俺が予知夢で見た、近い将来の俺自身の死の事を言っているのか」

「然様。共に生きるのだ。我々が呼応にて見つけた共鳴者を、孤立させぬ為に。その互いが愛した女を、もう二度と泣かせぬ為に。()って、安心なされよ。ユリアン。我が――兄者よ」

 その為にも、そなたの運命を利用させて貰う。

 内心密かにそう付け加えながら、レグルスは千円札をテーブルに置くと立ち上がった。

(それがし)へ懺悔しに、わざわざ来日した甲斐がありましたな」

 最後に彼らしく皮肉たっぷりの嫌味を残すと、身を翻して颯爽と一人店を後にした。そんなレグルスを見送りながら、苦笑するユリアン。

 すまないレグ。昔から今に至るまでも尚、妹を介して俺はお前を苦しめてばかりいるのに。それでもお前は俺を、兄と慕うと言うのか。だったら俺も、いい加減自分が出来る最低限のけじめを、衝けるとしよう――。

 ユリアンは片手であやめを胸の中に抱き寄せると、彼女の毛髪に鼻を埋めながら翡翠色の双眸に燃え上がる炎を宿して、そう心の中で固く誓った。



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