61:魔女を求めし黒き魔王
【登場人物】
*在里 纏依(二十二歳)……男装姿にシルバーアクセで身を包み、まるでビジュアルバンドの様なゴシックパンクファッションを着こなす、男言葉を操る勝気な女。普段は栗色に染めた長髪を後ろ一つに束ねて、顎までの前髪を右分けにしている。職業は業界では一目置かれる存在である、新生有名画家。イラストレーターの仕事も請け負っている。レグルスの共鳴者。身長160cmのスリムな体型。
*レグルス・スレイグ(四十二歳)……無表情無愛想が常の寡黙な英国人。口を開いたかと思えば嫌味や皮肉の毒舌。全身黒ずくめの大男で肩まである漆黒の髪と目の容貌も手伝って、彼に畏怖を抱かない者はいない。歩けば誰もが道を開ける。職業は人文科学教授だが、国立図書館長も任されている。読心超能力者で纏依の婚約者。身長189cmの大柄でガッシリとした体型。
*星野 あやめ(二十歳)……文化芸術を専攻する大学生にも関わらず、人文科学の授業にも参加している。高い学識を持っている筈なのに、天然おっちょこちょいの不思議ちゃん。纏依の親友にして後輩。ルーズな極ユルパーマの黒髪で前髪は眉毛の高さに切り揃えられたミディアムロング。ユリアンの共鳴者。身長154cmでバランス良いグラビア体型。
*ユリアン・ウェルズ(四十六歳)……過去に後輩だったレグルスへ犯した罪を、償う為に来日してきた英国人。予知夢能力者で自分の死が近い未来を見ているが、本来自分に関する予知は不可能な為に詳細までは分かっていない。天然ウェーブのミディアムロングに、前髪は顔に掛かるヘアスタイルの朱金髪に碧眼で、あやめの恋人。職業はソフトウエア開発者。身長180cmで細身の引き締まった体型。
*東城 空哉(二十五歳)……纏依の従兄でライタージャーナリストを職業にしている。サイコメトラー能力者で相手のオーラを読み取れる。茶髪にクリーム色のメッシュが入ったサラサラのショートヘア。実は纏依を嫌悪し、一生奴隷として地獄の人生を与えるべく企んでいる。細身の体で身長173cm。
「……てっきり、纏依の男が押し掛けてくるかと用心してたけど、まさかあんたとはな。ラザーフォードさんの兄貴なんだって? 何だ。今度は妹に手を出すなって、抗議しに来たのか?」
玄関でユリアンを出迎えた東城 空哉は、侮蔑的な表情で口角を上げるとニヒルに笑う。
「いいや。妹の方はもう、今更庇護する気もない」
「じゃあ何しに来た」
空哉はふと真顔になると、威圧的に目前の長躯な外国人を睨み上げた。そんな彼の態度に、一切怯む事もなく悠然と腕を組んだ姿勢で、ユリアンは冷静に答える。
「我々と一緒に来てもらおう」
「どうしてだ。理由を言え」
彼の言葉に剣呑さを覚えた空哉は、自分より高い霊力を持つユリアンを警戒しながらも、虚勢を張って見せる。するとそれまで、ドアの影に隠れていたあやめが突然ユリアンの前へ進み出るや否や、仁王立ちで言い放った。
「あんたのせいでね! 纏依先輩が昏睡状態になっちゃったのよ! ショックの余り、幽体離脱してね! 行方不明なの! 纏依先輩の中身が! 責任取って、あんたのサイコメトラー能力で先輩の意識思念体を、探しなさい!!」
それを聞いた途端、空哉はさも心外とばかりに顔を顰める。
「ハア!? ショックを受けてだと!? ふざけんな! 逆にやられたのはこっちなのに、一体何にショックを受ける必要があ――ィテテテテ……!」
我鳴りかけたものの、その振動で生じた激痛に空哉は鳩尾の脇辺りを押さえながら、ズルズルとその場にしゃがみ込む。
「? 怪我でもしているのかね?」
そう声を掛けながらも、微塵も心配そうな様子を見せないユリアン。
「ああ。そうだよっ。クソ纏依にボコられた時に、肋骨一本やられちまってな。病院から戻ったばかりだ。本当は入院させられていたけど、性に合わねぇから勝手に抜けて来たんだよ。だから残念ながら、こいつが回復するまでは能力を使用したって、不安定になるから仮に協力しようにも無意味でしかないぜ。纏依の自業自得だ。クハハハハハ――ィッッッッ……!」
玄関でだらしなく座り込んで、足を投げ出している空哉は懸命に平然さを装い辛口を叩きながらも、呼吸のリズムも短く時折走る激痛に顔を顰めている。
一方、彼の言葉を聞いて思わず唖然とする、あやめとユリアン。
「さすがは纏依先輩。ただで転びはしませんね……」
「男の肋骨を折るほどの力量の持ち主だったとは……」
それを聞いて屈辱そうに、空哉は慌てて否定する。
「あ、あんな細腕にそこまで力がある訳がねぇだろうっ。攻撃技が巧みなんだよ」
しかしユリアンが、あっさりと空哉の虚勢を一蹴する。
「そんな細腕の彼女にやられて、そのザマか。不様だな」
するとそれに負けじと、空哉は再度ニヒルな笑みを浮かべると応酬した。
「あいつが思念体を失って昏睡してんのなら、お互い様だろう。何が理由かまでは解かんねぇけど、少なくとも俺がどうやらあいつをそこまで追い込んだのが原因だってんなら、こっちもただのやられ損じゃないと分かって一安心ってヤツだぜ」
そうして静かに空哉は憫笑する。ユリアンも静かに嘆息を吐くと、これといって彼の言葉に動じる事なく落ち着き払った態度で、肩に掛かった自分の長いウェーブした朱金髪を、サッと片手で払い除ける。
「そうか。では今の貴様は、ただの役立たずなのか」
「そういうこった。お生憎様だったな」
「そうでもないさ」
ユリアンは穏和な口調で冷静に言いながら、自分の前に立っているあやめをそっと脇に押し退けると、唐突にへたり込んでいる空哉の襟首を掴み上げ渾身の力を込めて、拳を彼の頬に叩き込んだ。
「ぎゃぐぅ!! う、ぐ、ガッ! ――ペッ!」
倒れ込んだ拍子に更に治療した肋骨を痛め、苦悶に喘いで口から二~三本の歯を吐き出す。
「おっと。すまない。指輪を外すのを忘れていた」
悠然とした態度でユリアンが翳して見せた拳の中指には、ハーキマーダイヤモンド――クリスタルの一種――の球体がはまった金の指輪が光っていた。予知夢能力者である彼の、必需品であるパワーストーンだ。夢見のパワーを秘めている。
ユリアンは身を翻して空哉に背を向けると、肩越しから威圧的に最後の一言を吐き捨てた。
「完治後にまた貴様を迎えに来る。逃亡を図っても無駄だ。この私の能力からは逃げられない」
そうして乱暴にドアを閉めた。そんな普段滅多に見せる事のない、彼の男らしい勇敢な言動に惚れ直したあやめが、嬉しそうにユリアンの腕にしがみ付く。
「凄くカッコ良かったよ! ユーリ」
「後輩の為、そして君の親友を思う気持ちの為さ」
ユリアンは謙遜気味に言うと、彼女と腕を組んだままその場を後にした。
「纏依に重傷を負わされて、能力使用不可能ですと……?」
纏依の治療を行っている病院で、ユリアン達から受けた報告に彼女が横たわるベッドの傍らで付き添っていたレグルスは、怪訝な表情を浮かべる。
「ああ。間違いない。仕方がないから一発殴って、歯を数本へし折って帰って来たよ」
ユリアンは嘆息を吐きながら、静かにそう述べる。だがレグルスは、憮然とした様子で椅子から立ち上がった。
「奴の事情など無用。やむを得ぬ。直接某が出向き、否応なしに虐使する」
「しかし奴は肋骨を――」
声を掛けるユリアンの言葉を、忽ち遠慮なしに遮ってしまうレグルス。
「然様なもの、操心で抑圧してしまえば重傷は愚か痛覚すらも、その間だけ忘却させられる」
「……俺もそんなお前のサポートが出来るように、一刻も早く新能力開発に全力を注ぐよ……」
抑揚なく低音で吐き捨てるや、颯爽と病室の出入口に向けて歩き出すレグルスを追うように、そう呆れながらユリアンも後に続く。だが、その彼らの動きはあやめの鋭い声によって阻止された。
「待って! 待って下さいスレイグ教授! 先輩が――!!」
彼女の悲鳴に、素早く身を翻し振り返るレグルス。一瞬遅れてユリアンも振り返る。
――そこには。
ベッドに横たわる纏依の肉体が、透けていく光景があった。
その有り得ない状況に驚愕しつつも、レグルスは慌ててそんな纏依へと駆け寄る。
「纏依!」
肩を掴むや必死に揺すってみるが、どんどん彼女の透明化は増してゆく。
「纏依先輩しっかりして!!」
あやめも顔面蒼白でベッドに縋りつく。
「何てことだ……!」
ユリアンだけがその場に立ち尽くしたまま、この信じがたい光景に固唾を呑んで見守る。
「纏依っっ!」
レグルスはまだその手にある感触に、急いで彼女の体を抱き起こし守る様にして抱き締める。
しかし、それも束の間。
纏依の体は、一瞬眩い光を放ったかと思うとリンと軽やかな音と共に弾け、無情にもレグルスの腕の中で光る粒子となって霧散し、消滅してしまったのである。
彼女を失った彼の両腕が、空しく宙を掻く。そしてベッドの上を慌てて何度も手で探り、突然目前で消滅した纏依の体を捜すが、その行為を繰る返す分だけ今起きた不可思議な現象を、再認識させられるばかりだった。
ベッドに両腕を突いたままの姿勢で、愕然と立ちすくむレグルス。
纏依の腕に繋がっていた筈の点滴の管も、今やその対象を失いだらしなくぶら下がっている。ただ枕だけが、確かに纏依がそこにいた証を刻むかにして、頭部の跡を残していた。
「ウソ! そんな! こんなことって! 纏依先輩!!」
悲痛な声を上げながら、あやめは溢れ出る涙を流しながら彼女を求める。
「一体どういうことだ……。ミス在里の身に何が起きていると言うんだ……」
ユリアンも狼狽し、すっかり理解不能に陥っていた。
ただ、レグルスだけが相変わらず無言のまま、ゆっくりとベッドから両手を離して立ち上がると、自分の手を見詰める。
つい今しがたまで彼女に触れていたその手。未だに彼女の感触をありありと残している。しかし、消えてしまった。確かにこの、目の前で。
やがてレグルスはゆっくりと瞑目すると、全神経を集中させて己の霊力を最大限にまで高めてゆく。そして能力全てを一気に全解放すると、纏依の痕跡を探り始めた。
その影響で、身に纏っている漆黒の重厚なロングコートがまるで、下から強風に煽られたかのようにして、激しくはためく。
全力でテレパシーをも放出したので、壊れた無線機のようなノイズ音が同じ能力者とその共鳴者である、ユリアンとあやめの脳内を駆け巡る。
その鋭い電流の様な能力放出の影響で、ユリアンとあやめの二人は苦悶しながら頭を抱える。時折、調整の狂ったスピーカーみたいな甲高い超音波が脳を劈くようにして、反響するのだ。
そのレグルスが与える影響は、他所にも現れていた。
能力者ではない一般人には、耳鳴り程度でしかないがこの瞬間、同時期に病院内の、街中の、そして都市部の、この日本中の、ついには世界中の人々がレグルスの全解放された能力の犠牲になっていた。
尤も一般人たちはただの耳鳴りとして受け流し、特に気にしてはいないようだったが世界各地の能力者や共鳴者等は、ユリアン達同様の影響を受けていた。よって当然、空哉も別所にて突然脳内に訪れた異変に、訳も分からぬまま悶絶していた。
とうとう堪らずにユリアンが、何とか声を振り絞る。
「レグ……っ! 落ち着、け……!!」
直後、ピタリとレグルスの能力全解放が止んだ。
それまでバタバタと忙しなくはためいていた彼のロングコートも、ゆっくりと能力収縮に合わせる如く重力に従い、元の位置に舞い降りる。
「……居る」
「……なん、だって?」
その後静かに呟いたレグルスの一言に、脂汗を滲ませてその場に崩れ落ちていたユリアンが、息を切らしながら顔を上げた。
「纏依はまだ何処かに居る。死した訳ではない。纏依を悟性得た」
低い声で唸るように静かにそう言うと、バサリと漆黒のコートを翻し足早に退室しながら毅然とユリアンへ、振り向きもせずに声を掛けた。
「若造の元へ行く。そなたらも即刻付いて参れ」
そんなレグルスに振り回されながら、ユリアンとあやめはヨタヨタ立ち上がると、フラ付く足で二人一緒に彼の後を必死に追うのだった。
……空哉ボロボロww。
しかも今後更に酷使されるかと思うと……(苦笑)。居た堪れないww。