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58:嘆きの魔女を慈しむ魔王



 レグルスが目を覚ますと、もうそこにクラウディアの姿はなかった。

 彼の中でどす黒い怒りの闇が心を支配するも、まだ麻酔の効果で頭痛と嘔吐感、そして倦怠感がただでさえ巨躯(きょく)な全身にずっしりと、重く残っていた。とても超能力を駆使する程、まだ体力は戻っていない。このまま気だるさに身を任せて、まだ横になっていたい気分でもあったが纏依(まとい)の事が蘇る。

 レグルスは重力に押さえ込まれそうな肉体を、(ようや)く起こしながら中央テーブルの向こう側にあるソファーへ無残に投げ出されている自分の衣類を見つけると、引力に抵抗する様に懸命に歩を進めてそちらに移動する。これだけの運動でも一苦労だ。四十二歳にして半ば介護が必要な程、麻酔で受けたダメージは大きかった。

 その思い通りスムーズにいかない、いちいち一つ一つ体の動きが重々しい(わずら)わしさを忌々しく思う度、更にクラウディアへの憎悪が増大していく。早々に退散しておいて、彼女は正解だったろう。

 漸く全てを着衣すると、内線で職員にタクシーを呼ぶ様指示する。今の体ではとても運転なんか出来ない。

 以前たまたま通り掛かった骨董品店で見つけた、古風的(おもむき)のある風流な西欧仕上げの杖が、ここで初めて役に立つ時が来た。本来は館長室の装飾品として購入したものだったが、まさか使用する事になろうとは思いもしなかった。

 無駄に重く感じるフラ付く体を杖で支えながら、辛うじて上手く立たせるとゆっくりと歩き出す。いつもの軽快な早足を繰り出す事も出来ず、ユルユルと進むと普段滅多に使用する事のないエレベーターで、降下する。

 あくまで冷静さを保ち、ゆるりとした足取りで正面玄関に向かうものだから、いかにも館内の様子をじっくりチェックする様に歩いている感じが、図書館職員達を脅かした。思わず畏縮し、目敏くミスを見つけて指摘されはしないかと彼が外へ出るまで、固唾を呑んで見守っている程だった。これにより、久し振りに副館長の毛髪生存危機レベルがアップした……。

 そんな周囲の緊張を他所に、平静さを装いながらも脂汗を滲ませていた漆黒の大男は、館内を通過するだけでも必死だった。こうしてレグルスが玄関に辿り着いた時には、既にタクシーが待機していた。

 それに乗り込むと、目的地を告げてまだ麻酔の余韻が残る体を任せるべく、シートに身を沈めて瞑目する。そして内心密かに、クラウディアをどう始末してやろうかと思案するのだった。


 タクシーは彼の告げた場所で停まった。

 そこは纏依のマンションの前。ショックを受けて身を隠すとしたら、ここ以外に他はないと分かっていた。

 レグルスはタクシーを降りると、彼女の住居階へとエレベーターで目指す。霞む視界に鞭打つ様に頭を振るが、それにより生じた頭痛で忌々しげに舌打ちしながら渋面する。

 エレベーターを降り、纏依の部屋の前までやって来る。これだけの動作で、半ば肩で息をしていた。ドアノブを回してみると、思いの他アッサリと開いた。

 2LDKは一人暮らしには広い気もするが、寝室とは別にアトリエ用にと使い分ける為らしい。キッチン、ダイニング、リビングと通過し、まるで(いざな)わんばかりに開け放たれたままでいる、奥の部屋へと歩を進めるレグルス。

 中に入るとカーテンは閉め切られ、中は暗かった。

 時間的にも夕刻を迎え、確かに冬空ももう薄暗くなってはいるもののこの部屋は、ヒヤリと冷え切った空気が残留し更に暗く、重々しい雰囲気を醸し出していた。そんな中手探りでスイッチを見つけ照明を点けると、ベッドが人の形に盛り上がっていた。こちらに背を向けている為、起きているのかどうかさえ分からない。

 レグルスはベッドに歩み寄ると、手にしていた杖を放り出してベッドに手を突き這う様にして、彼女が向いている方向へと身を寄せる。しかしそれでも彼女の長い前髪が、顔を覆い隠していてはっきりと表情を窺えない。そっと名前を口ずさむレグルス。

「纏依」

 しかし反応を示そうとはしない。レグルスは手を伸ばすと、彼女の顔に掛かっている髪をそっと指で払い除ける。すると纏依は、寝息を立てていた。そんな彼女の頬にレグルスは、愛しそうに優しく手を触れる。と、その手を濡らすものがあった。涙だ。

 纏依は確かに眠っていたが、涙を零していた。レグルスは自責の念に駆られながら、彼女の顔に自分の頬を合わせる。

「纏依……すまぬ」

 そうして、まだ体内に残る麻酔効果の微睡(まどろ)みが手伝い、彼女の元に辿り着いた安堵感から彼もまた、そのまま纏依に顔を寄せ合ったまま眠りに落ちていった。



 翌朝、先に目を覚ましたのはレグルスだった。

 もうすっかり麻酔の影響は消えている。ふと纏依を見ると、彼女はまだ寝息を立てている。レグルスは優しく彼女の髪を撫でると、額と瞼、そして唇にキスをした。

 確かこの近所に、ベーカリーカフェがあった事を思い出す。そこは出勤者や学生等の朝食提供に、朝は六時から開店している。勿論テイクアウトも可能だ。少なくとも彼は、昨日の纏依手作りの朝食を口にして以来、何も食べていない。車も図書館駐車場に置きっ放しだ。

 レグルスはもう(しばら)く彼女を寝かせておく事にして、ひとまず車取りと朝食のパンでも買って来ようと静かに玄関に向かい、マンションを出るとタクシーを拾った。


 そして自分の艶黒の愛車(クラウン)に乗り換え、引き返して来たついでにその纏依のマンションの近所にある、ベーカリーカフェでセルフタイプに並んでいるパンを幾つか選び取り、纏依の分も一緒に買い込む。

 しかしレグルスは、空腹に耐えかねて車内に戻ると先に一つ、パンを齧った。そうして少し腹を満たすと、突如熱湯が沸騰する様な勢いで昨日のクラウディアの件が、ありありと思い出され(はらわた)が怒涛の如く煮え繰り返りだした。

 一層、今すぐここから意識侵入により精神破壊でもしてやりたい気分だったが、あんな淫乱熟女でも先輩であるユリアンにとっては、過去彼を犠牲にしてまで守った妹だ。兄の彼から許可なしに手を下す訳にはいかなければ、昨日の強制情事証拠カメラを持っているのだ。先にそれを取り返しておく必要があった。

 レグルスは携帯からユリアンに電話をすると、妹の居場所を聞き出して即行、彼女の宿泊しているホテルへと向かった。


 ……一方、そんなレグルスから電話を受けた後のユリアンは、病み上がり早々叩き付けられる様に知らされた、実妹が後輩に仕出かした行為にソファーに身を委ね頭を後方に反る形で、魂の抜け殻宜しく放心状態に陥っていた。その側で彼女のあやめが一人、オロオロしているのだった。


 ノックと共に、ドアの向こうから姿を現したクラウディアは悪辣な艶笑を浮かべながら、色目を送り嬌声めいた言葉を口にしてきた。

「まぁウフフ。もう私の元に通い始めてくれたの? 嬉しいわ。よっぽど昨日の効果が良かったのかしら? クスクスクス……」

 そうして思わせ振りに、ドアをポールに見立てて体を摺り寄せ片足を絡ませ、まるでストリッパーの様な仕草でレグルスを誘惑するクラウディア。しかし、漆黒の大男はまるで反応せずに、無愛想な一言をボソリと口にした。

「よこせ」

「え?」

 クラウディアは笑顔を浮かべたまま、悪戯そうに訊ねる。途端、彼はその低音の声を静かながらも、威圧的に放った。

「昨日の行為による証拠物品を全て、此方に譲渡せよ」

 瞬間、クラウディアの体がビクリと弾むや、表情を強張らせる。そしてそのまま黙って彼女は室内へ戻ると、暫くしてから紙袋を持って現れ無言のままレグルスに手渡した。

 レグルスは彼女を無言で侮蔑(ぶべつ)しながら、中身を手に取って簡単に確認する。やがて不快な表情を浮かべると紙袋へ戻してから、その開け口を丸めて封じると大きく嘆息を吐き嫌悪の眼差しで、クラウディアを睥睨(へいげい)し冷ややかに吐き棄てた。

「Forget all the yesterday’s matters.And Never appear(昨日の件は全て忘れよ。そして二度と姿を曝すな)」

 そうして重厚な漆黒のコートを大きく翻すと、颯爽とレグルスはその場から姿を消した。

 ドアの前でクラウディアだけが、人形の様に硬直したまま立ち尽くしていた……。





 何か久し振りww。

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