57:図らずも魔女は秩序を乱したか
【登場人物】
*在里 纏依(二十二歳)……男装姿にシルバーアクセで身を包み、まるでビジュアルバンドの様なゴシックパンクファッションを着こなす、男言葉を操る勝気な女。普段は栗色に染めた長髪を後ろ一つに束ねて、顎までの前髪を右分けにしている。職業は業界では一目置かれる存在である、新生有名画家。イラストレーターの仕事も請け負っている。レグルスの共鳴者。身長160cmのスリムな体型。
*レグルス・スレイグ(四十二歳)……無表情無愛想が常の寡黙な英国人。口を開いたかと思えば嫌味や皮肉の毒舌。全身黒ずくめの大男で肩まである漆黒の髪と目の容貌も手伝って、彼に畏怖を抱かない者はいない。歩けば誰もが道を開ける。職業は人文科学教授だが、国立図書館長も任されている。読心超能力者で纏依の婚約者。身長189cmの大柄でガッシリとした体型。
*星野 あやめ(二十歳)……文化芸術を専攻する大学生にも関わらず、人文科学の授業にも参加している。高い学識を持っている筈なのに、天然おっちょこちょいの不思議ちゃん。纏依の親友にして後輩。ルーズな極ユルパーマの黒髪で前髪は眉毛の高さに切り揃えられたミディアムロング。ユリアンの共鳴者。身長154cmでバランス良いグラビア体型。
*ユリアン・ウェルズ(四十六歳)……過去に後輩だったレグルスへ犯した罪を、償う為に来日してきた英国人。予知夢能力者で自分の死が近い未来を見ているが、本来自分に関する予知は不可能な為に詳細までは分かっていない。天然ウェーブのミディアムロングに、前髪は顔に掛かるヘアスタイルの朱金髪に碧眼で、あやめの恋人。職業はソフトウエア開発者。身長180cmで細身の引き締まった体型。
*クラウディア・ラザーフォード(四十二歳)……学生時代のレグルスの同級生で、ユリアンの実妹。家庭持ちでありながら夫公認の好色を趣味とし、個人勝手で一方的な初恋相手のレグルスと、性行為を実現すべく纏依との仲にあれこれ罠を仕掛けてくる悪女。緩やかなロングウェーブの亜麻色の髪だが、普段はアップに纏めている。アイカラーはへーゼル。ナイスバディーの身長170cm。
*東城 空哉(二十五歳)……纏依の従兄でライタージャーナリストを職業にしている。サイコメトラー能力者で相手のオーラを読み取れる。茶髪にクリーム色のメッシュが入ったサラサラのショートヘア。実は纏依を嫌悪し、一生奴隷として地獄の人生を与えるべく企んでいる。細身の体で身長173cm。
*五十嵐……父との離婚で別居した空哉の実母で、纏依を虐待してきた育ての伯母。
「クスクスクス……。随分と警戒しているな纏依。だが同時に恐怖と悲しみも感じている。恐怖は俺に対して、ではその悲しみはどっちに対してだ。信じていた者の裏切り――例えば優しい筈だった従兄の俺か。はたまた或いは、恋人の浮気か」
――浮気――
この単語が頭の中で反芻される。
再び溢れ出る涙を止める事が出来ず、纏依は現実逃避するが如くに布団の中に潜り込む。そんな彼女に空哉は、布団越しからいやらしく顔を重ね合わせる。
「お前は裏切られてばかりの人生だな。纏依。ここまで裏切られて、一体何を信じようとしてるんだ? ん?」
瞬間、布団越しから熱を感じて空哉は、ヒョイと顔を上げる。直後、物凄い力で布団ごとベッドの下へと、跳ね飛ばされてしまった。
「黙れえええええええええぇぇええぇえーーーーーーー!!」
そう怒号と共に上半身を起こし、片膝を突いた姿勢の纏依が憤怒の形相で、床に転がる彼を睥睨していた。紅い、深紅の色をした強烈な怒りを示すオーラが、彼女の肉体を渦巻いている。
「おやおや。羞恥から来るオーラの熱かと甘く見たら、一丁前にこの俺に対して怒りを向けてくるとは。随分と偉くなったもんだな纏依。それにしても、すっげぇ馬鹿力――」
と、気付くと纏依の体が宙に浮いていた。これにはさすがの空哉も仰天したが、時既に遅し。仰向けに引っ繰り返っている空哉の腹部目掛けて、片膝を打ち付ける飛び技ダイビング・ニー・ドロップが炸裂した。
「ぐほあぁぁっっ!!」
ひとまず腹腔に全力を込めて受身防御に備えたので、纏依の軽い体重で内臓破裂させるまでの重体は与え損なったものの、それでも普段から体術を使用しない素人に効果は抜群である。
「この俺を女だからとナメてんじゃねぇぞコルアアアァァァァーーー!!」
纏依の悲しみは、怒りからやがて……――八つ当たりへと変わっていた。
ヒステリーを起こしただけでも女は手が付けられないと言うが、最早男女の纏依に至っては対象外だった。しかももう、仲間ではないただの敵が相手ともなれば余計に容赦無用。特に相手が男であれば尚の事、性のコンプレックスから気性は荒くなる。こうなると女戦士以前の問題、それをも超えた狂戦士と化していた。
ただでさえダイビング・ニー・ドロップでクリティカルヒットを受けているにも関わらず、そのボディーへ纏依は更に胸部に向かってジャンピング・ニー・スタンプをやってのけた。それは倒れている状態の相手に対し、自らもしゃがみ込んでから使用する跳躍膝蹴りである。さすがにこれは、何か鈍い音がしたが暴走する狂戦士に相手への気遣いは無用だ。
「死いいいいぃぃぃぃに腐れこのクソ外道がああああああああぁぁーーーーー!!」
そうして馬乗りになり何度も、彼の頬を拳で殴りつける。
男でも素手で殴ると拳の骨にひびが入る程痛い。しかし今の彼女には、過度の興奮状態により大量のアドレナリンが放出しまくっていて、痛覚を麻痺させていた。ここから見た人は、最早どちらが外道なのかすら、分別がつかない。空哉は当然ながら、鼻や口から出血しボロボロになっていた。
「どいつもこいつも賺しやがって! 女を弄ぶクソ共はあぁっっ!! この俺がミンチにしてやるあぁぁぁあぁぁああーーーー!!」
どうやらその中には、レグルスも含まれているらしい。今の纏依は盲目と化していたが、ここまで凶暴化しておきながらもまだ、自分も“女”という意識は残っているようだ。そんな中、まさか纏依の性格がここまで変貌している――半二重人格覚醒化とも言える――とは思いもよらずに、すっかり不意を突かれてこてんぱんに伸されてしまった空哉は何とか隙を見つけて、朦朧とする意識で声を絞り出した。
「そうやって俺も殺すがいいさ。親父を殺したみてぇにな……。お前が俺から家族を奪ったんだ纏依。お前が俺から親父を奪ったんだ……! 一生俺はてめぇを許さない……!!」
瞬間、纏依の中の意識が爆発した。
「ぅぉあああああぁぁああぁぁあぁあああぁぁーーーーーーー!!」
咆哮と共に立ち上がると、大粒の涙を零しながらもしっかり空哉にとどめの足蹴を、その頭に放った。
そしてもう気を失っている空哉の傍らに立ち崩れると、まるでゴキブリにそうする如く手元にあったスリッパで、パンパン彼の顔を両手を使って叩き回しながら泣きじゃくった。
俺がこいつから家族を奪った? 俺が伯父さんを奪った!? どう言う事だ! どう言う事だ!!
「どう言う事だあああぁぁあああぁあああぁぁぁーーーー!!」
瞬間、空哉の意識が、記憶が、纏依の中に飛び込んできた。混乱する纏依。
どうして今レグルスが側にいないのに、読心能力が使えるんだ!?
それは空哉が気を失いながらも苦悩損壊を引き起こした影響と、そして纏依がレグルスと同調する魂の共鳴が所以だった。
普段は能力者自身が傍で一緒にいて触れ合ったりする事で、一時的に能力が共鳴者である相手に感染する。だが特別な場合により、離れていて長らく触れ合っていなくても、完全にお互いの心の繋がりが切れてしまわない内は、ただの人間でしかない共鳴者でも相手の能力が強制的に繋がる。つまり霊力接続状態に陥るのだ。
勿論レグルスはその事を知っていたが、只今全身麻酔の混濁で無力化しているし、纏依自身この事を知らずにいた為、自分が今彼の能力を引き継いでいる理由が分からなかったが。
纏依は知らぬ内に空哉の意識に侵入して、空哉視点になっていた。
そこには、空哉が纏依に抱く怒り、嫉妬、憎悪、悔しさ、そして――悲哀が混在していた。
それまで普通だった母親が、纏依を引き取ったのを期に変わってしまった事。そのせいで夫婦の中も悪化してしまった事。両親二人を何とか立てる為に、空哉は子供ながら必死に相反する父と母の味方をそれぞれに合わせて、演じていた事。纏依の不評が原因で結局自分まで、高校生になってもアバズレ魔女の従兄だとからかわれ続けた事。そのせいですっかり自暴自棄になって、女遊びをするようになった。
しかし纏依の両親を初めその母親であり実妹のせいで、異性交流は不潔な性行為の第一歩と言う思考に執着する母親から避ける為、口煩くない父親の方が都合がいいので離婚後そちらに付いて行った。何よりも、優しい父親が大好きなのもあった。
しかし結局ぐれていく息子より、行方不明になった従妹でしかない纏依への扱いにいつも後悔し、酒に逃げるようになっていた父親を見るのが嫌で仕方なかった。そしてついに飲酒運転で事故死した後に発覚した、纏依名義の保険金。父親としては、息子の空哉には母親の五十嵐がいるから大丈夫だろうと思ったらしいが、やはり空哉は純粋にショックだった。その保険金は弁護士が預かったままだ。
元を辿れば纏依を空哉の家に押し付けて出て行った、彼女の身勝手な両親にある。しかしそのせいで家庭環境が狂ったなら、憎むべき相手は自ずと親戚でも本来家族の部外者でしかない纏依に、その矛先が向けられてしまうのが世間一般、よくある形と言うものだ。
ここまで知った時、纏依は愕然とした。
手元には、すっかり知らずとは言え自分が八つ当たりしてボコボコにしてしまった、空哉が気を失っている。
「ごめん……。ごめんクー兄ちゃん……俺がお兄ちゃんを、苦しめてたなんて……」
再び溢れ出す涙。
ユラリと力なく立ち上がると、無意識に纏依の足は外へと向かう。
タクシーで自分の一人暮らし用マンションに戻ってくると、そのままベッドに潜り込んだ。
俺は今まで、自分が被害者だと思っていた。でも本当は、俺がクー兄ちゃんの家族の憩いを壊していたんだ。きっとレグルスだって、俺が知らない内に密かにそれを知ってこんな被害妄想な俺に呆れて、陰でこっそりあの女の人と――!!
バカみたいだ。俺は何の為に運命に抗って来たんだろう。情けなくて。恥かしくて。みっともなくて。こんな俺なんか、いなくなって消えちゃえばいいんだ。そしたら誰にも迷惑を掛けずに済む。どうせ誰も俺を必要としていない。いや、しようともしないだろう。俺がいなくても誰も困らない。もう誰も悩まない。
――俺ハ、生マレテキチャイケナカッタンダ――
本来素人であるただの人間の纏依が、特別執行状況下とは言え読心能力の中で高レベルとなる意識侵入を、レグルスの補助なしで行った。挙句に悲愴感と喪失感、虚無感ですっかり精神力が弱りきってしまっていた纏依は、そのまま眠るようにゆっくりと意識を失った。
まるで心の灯火が、フッと儚く消え果るかのように……。
あやめ「スレイグ教授! 纏依先輩、完全に沈黙しました!」
レグルス「所詮、人間の敵は人間だよ」
ユリアン「お前、本当にそれでいいのかレグ……」
妃宮「問題ない。すべては想定の範囲内。予定通り順調だよ♪ あ~、楽しい♡」
纏依「キャラをナメてんじゃねえぞこのクソ外道がああああーーー!!」
後に、ボロ雑巾化された妃宮が病院に搬送されたww。
*この度番外編として、R18指定女性専用サイト“ムーンライトノベルズ”に、『♥甘き愛を召しませSEXY♥』の連載を始めました! オリジナルより性描写も過激になっていますので、キャラのイメージを壊したくない方や、過激性描写が苦手な方はご遠慮下さい。ちなみに恋愛はあっても物語としての進展はありません。ただひたすらキャラクター達のラブ世界を綴ったものです。