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54:魔王の心を焦がす激情の炎



 食事を終えてレグルスは、三人を館長室に(いざな)うと本棚から分厚い蔵書を一冊抜き取り、二メートル先に離れて立っているユリアンに投げやった。

 それは縦五十cm、横三十cm、厚さに至っては二十cmにもなろう書物で、最早万が一の凶器にもなり得る程の重厚さだった。それを易々と(ふところ)に放り込まれたのだから、それを慌てて受け止めた側のユリアンはひとたまりもない。

「お前は砲丸投げでもやってるつもりか! 少しは考えろ!」

「いい大人がキャンキャン吠えるな見苦しい。その本が(それがし)の参考にした、超心理学の書物だ」

 唾を飛ばして怒鳴る先輩に、そう(わずら)わしげに嘆息を吐くレグルス。彼の言葉に、それまで怒りを露にさせていたユリアンは、ふと真顔に戻る。

「え? まさかこれを俺に読めと? お前が直接手解きしてはくれないのか」

「相変わらず愚劣だな貴様。元来、能力の種類すら違う上、努力せず誰かに甘んじようなど笑止。その調子では能力の基準を上げたとて、精々たかが知れる」

 低い声で冷淡に吐き捨てられ、ユリアンは不貞腐れ気味にひとまず適当に片手で抱えた書物の、中央を割り開く。

「……ふむ。純正イギリス英語クイーンズイングリッシュか。安心した。ジャパニーズや俗悪合衆国英語アメリカンイングリッシュだったら、余計な頭脳まで要しなければならなかったところだ」

 ユリアンはそう安心しながら、書物の文面に関心を露にする。英国人は世界一プライドの高い国民である。よって、米国英語を下品で聞き苦しい低劣英語として、馬鹿にする傾向があるのだ。

「無論だ。愚劣な貴様を思って、敢えてそれを寄越してやったのだ。後は実力で会得するのだな」

「そう言うからには、お前はもうこれを読破したんだろうな」

 ユリアンの精一杯の虚勢に、それまで本棚へと体ごと向いていたレグルスは半ば呆れたように、眉宇を顰めて顔だけを向ける。

「如何にも。(もっと)(それがし)は日本語文でも苦ではないゆえ、仮にまだ不会得なる知識があろうとも、それらの書籍で充分補える。不満や愚痴を零す暇があったら、()くと帰って一刻も早く知識を得よ」

 (しば)しの沈黙。当然先に折れたのはユリアンである。彼は渋々と嘆息を吐きながら首肯すると、バタンと大袈裟に本を閉じて片手に持ち直した。

「……all right(オーライ)


 四人は図書館を出ると、駐車場に停めてあるそれぞれの車の前で足を止めた。

 レグルスは漆黒のトヨタ クラウン、ユリアンは深赤茶のマツダ アテンザ。二人のイメージカラーにピッタリだ。しかしレグルスは、ユリアンの車内を見て眉宇を顰めた。暗いので中までは完全に見えはしないものの、バックミラーやフロント部分の装飾品くらいは確認出来る。そこはガールズアイテムに染められていた。あやめの趣味であるのは一目瞭然である。

「……つくづく賑やかな共鳴者で何よりだな」

「分かっているならもう放っておいてくれないか……」

 一言皮肉を残して早々に運転席へと乗り込むレグルスに、苦笑しながら諦め気味に力なくも応酬し返すユリアン。あやめに至っては自分の事とも知らずに、他人事の様にして冬の寒さに身震いしながら、アテンザ車の助手席に乗り込んでいる。纏依(まとい)もクラウン車の助手席に乗り込むとドアを閉める前に、アテンザ車の運転席のドアを開けるユリアンに向かって、声を掛けた。

「ユリっち!」

 彼女に呼ばれ、体を(しゃ)に向けて振り返るユリアン。無言ではあるが穏和な表情を見せる彼に、自分の思いを纏依は告げる。

「その、改めて礼を言わせて貰うよ。体を張ってまで俺に目を覚まさせてくれて、ありがとな。もう俺、甘い過去を振り返って縋ったりなんかしない。これからは、しっかりと真実だけを見極め受け止めながら、前進するよ」

 その彼女の言葉に、優しい彼はふと微笑み返す。

「礼など不要だよミス。私は過去、貴女の従兄が取った軽薄な行動に身に覚えがある分、偉そうな立場ではないのだし、ただ――また自分の可愛い後輩を傷付けて同じ過ちを、繰り返したくなかっただけなのだから。これ以上レグルス(そいつ)に余計、捻くれられては困るしね」

 ユリアンの言葉に纏依は安堵感を得ると、愉快気に笑い返す。すると静かにクラウン車の運転席側から、低い声が届けられた。

「後悔し反省しながら生きていた者と、憎悪し復讐心に(さいな)まれながら生きていた者とでは、切っ掛けはともかく根本的に違う。貴様の心情は、()うと充分承知の上ゆえいつまでも――案じずとも良い」

 そうして(ほの)かな車内ライトに照らされた、レグルスの顔が珍しくユリアンへと素直に向けられ、その漆黒の双眸(そうぼう)が真っ直ぐに見詰めていた。そんな彼の目を見て思わずユリアンは、幼い頃の純粋だったレグルスの目と重ね見ずにはいられなかった。

「レグ……――Thanks(サンクス)

 ユリアンの微笑みにレグルスは、無言無表情のままではあったが珍しく目礼をすると、再び顔を背けた。それを確認してから纏依も微笑を浮かべると、改めてユリアンに向き直って別れの挨拶を告げた。

「じゃあおやすみ! あやめ、ユリっち。またな!」

「はい! おやすみなさいませ纏依先輩、スレイグ教授!」

 あやめに声を掛けられレグルスは無言のまま、間にいる纏依とユリアン越しに再び目礼で応える。そして最後に、ユリアンの言葉で締め括った。

「Have a good(ハヴァグドナイト) night!(お疲れ様!)」

 そうしてユリアンと纏依がそれぞれドアを閉めたのを合図に、二台の車はお互いの帰路に向けて発進した。




 レグルスの家に帰った纏依は、彼がシャワーを済ませた後でゆっくりと湯船に浸かっていた。

 日本人は昔からお風呂に浸かり、愛着を持って楽しむ習慣を持つ民族なのでともかく、欧米人は元来そこまでの習慣が文明に織り込まれてはいない。――貴族王族は特別として――なので今でこそ庶民間にも湯船に浸かる贅沢が当たり前のものになり、女はそのひと時へ身を委ねる喜びを知ったが特別男は、滅多にそうする事はない。余程のゆとりと暇、気分がなければ湯船に浸かろうとはしない。なので体や頭を洗う必要最低限の用事を済ませると、のんびりとした動作ではあってもすぐに上がってきてしまう。

 なので纏依はそれを知って以来、今ではほとんどレグルスの後にゆっくりと、バスタイムを楽しむようしていた。スズランの香りの入浴剤で寛ぎながら、今日一日の出来事を思い返す。確かに信じていた従兄の空哉の裏切りを知り、受けたショックは計り知れなく大きかった。しかしそれよりも更にもっと、強くて固い愛情と友情、そして絆のお蔭で今ではもう淡白なくらいに平然と、落ち着きを取り戻していたのだが。いろんな事がたくさん起きた一日の中で、忘れた頃に突如として思い出される、衝撃的な出来事。

 ――空哉に与えられた口づけ。

 それが脳裏に過ぎった瞬間、それまで口元まで湯に浸して寛いでいた纏依は、ビクリと体を弾ませるや慌てて体を立て直した。まだ彼の正体を何も知らずにいたあの時は、ただ初心(うぶ)にパニックするだけでしかなかったが、今となっては身の毛もよだつ嫌悪なる出来事でしかない。

 纏依はまるでその事を払拭すべく頭ごと湯に潜ると、水中でゴシゴシと両手で洗顔する仕草をしてから、湯から一気にオーバーアクションで頭を振り上げた。濡れた栗色の長髪が大きく宙で弧を描き、水飛沫を撒き散らしながら纏依の背中に勢い良く張り付く。そしてまるで、急き立てられるかのようにしてバスタブから上がると、湯を抜き急いでバスルームから出た。

 脱衣所で髪をドライヤーで乾燥させて、バスローブ姿で嘆息吐きながらドアを開け廊下に出ようとして、目前に立ち塞がっている壁に思い切りぶち当たった。勿論突然現れた壁の正体は、説明するまでもないだろう。

「痛っ! 何だよレグいたの――か!?」

 言葉が終わらない内に纏依は、レグルスから同じ目線の高さまで突然抱き上げられたかと思うと、強引にキスをされた。その乱暴で荒々しくまるで犯すような口づけに、思わず逃れようと必死になる纏依。そんな中、レグルスはそのまま一気に足早で二階の寝室まで向かうと、ポイとベッドに彼女を放り投げた。と同時に纏依を仰向けにさせるとまるで、ベッドに張り付ける様にしてグッと両手首を押え付けてきた。

「ちょ……っ、何だよレグルス! どうしたんだ急に――」

 だが賺さず纏依の言葉をレグルスは遮ると、鋭く自分の言葉を割り込ませた。

「昼間そなたの方から助けを求めるべく、テレパシーにて現状報告してきたことをよもや、忘れたとは言わせぬぞ!」

 それはつまり、空哉とのキスを指摘していた。

「あ……」

 レグルスの威圧するような厳しい低音に、思わず纏依は畏縮(いしゅく)すると怖じ気付きながら、彼の双眸を覗き込む。そして懸命に謝罪を口にしようとするが、声は震えて掠れてしまう。

「ご、ごめんな、さ……俺が、隙を見せちまったせいで……」

 そんな自分の下で、小さくなっている纏依の様子がいたたまれずにレグルスは、つい顔を苦心に歪める。そして吐き出すようにして、ボソボソと自分の中に沸き起こる止めどない想いを、洩らし始める。

「……存じておる。一向にそなたが悪くない事は。しかし(それがし)とて斯様(かよう)な激しい感情に駆られたのは、正直初めてでな。己でもどうしようもないのだ」

「レグルス……」

 すると彼は漸く纏依の両手を解放すると、愛惜しげに彼女の髪を撫でもう片手は口唇をそっと親指でなぞりながら、少し呆れつつもこの感情に囚われてしまっている自分の屈辱と、空哉への侮辱に低音の声を俄かに強張らせた。

「これを世間では〝嫉妬〟と呼ぶのであろうな……。()って、初めての経験ゆえに(それがし)自身、思うように調節出来ぬ。(しか)して今宵は暫し、この感情に付き合って貰うぞ。纏依」

「うん……うん! 嬉しいレグ!」

 纏依はそれまで浮かべていた不安な表情を、一気に歓喜へと変えるとレグルスの首にしがみ付いた。そして改めて二人は、熱く濃厚なキスを交し合うのだった。





 普段クールな男が感情を見せる姿って、妙にキュンとしたりしませんか?ww。

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