52:夢魔の助言と魔王の補助
「そんな、そんなの信じらんねぇ……っ。クーお兄ちゃんが超能力者……」
纏依はショックの余り、視線を足元に彷徨わせている。
ここは国立図書館の接客室及び談話室。もう閉館時刻をとっくに過ぎて職員達も全て帰宅し、ここに残る関係者はレグルス・スレイグ館長ただ一人だけ。――に、彼個人の関係者が三人。勿論紹介するまでも無い、いつもの顔ぶれだ。
今回は事態が事態なだけに、ここを集結場所にした挙句例のレグルスの顔利きで多国籍料理店から四人前を、デリバリーしてもらいすっかり食卓の場となっている。
「そう。彼の能力は外見や残留思念から相手を分析、測定出来る能力――所謂オーラ読み、“精神活動測定者”という超能力者だよ。尤も、我々よりも能力的にも種類、経験も含めて惰弱だから、恐れるに足らずだがね」
この台詞回しから、当然そう切り出したのはユリアンだった。更に言葉を続ける。
「こちらは何せ、読心能力者と予知能力者だ。彼の行動も出方も一足先に分かるし、彼の測定能力程度では我々には敵わない。ただオーラを読んで、相手のその場状況を理解するだけだからね」
空哉の正体も行動も先読みしたのは、夢で予知したユリアンだった。それをあやめに伝えて、一緒に纏依のマンションに駆けつけた訳だ。そして彼女を連れて、レグルスの元に直行した。纏依本人がそれを望んだのも、当然あった。
先程ユリアンが言った空哉の能力。“精神活動測定者”とは、他人の外見から霊気を視るのは勿論、その場にいた人間が立ち去った後も暫くそこに、霊気が残る。それを俗に“残留思念”と言い、それさえ見つけられれば相手の足取りや、それまでの相手の“状態”が分かる。霊気は生物の肉体を包み込む形で、外側に放出されている。イコール生命エネルギーとも言って、感情や健康状態などがそれを見れば解かる。個々によってオーラの大きさ、威力、色も違い又、変化する。例えば病気だったら冷涼色でその部分から滲み出る。良好なら温暖色。感情に合わせてオーラの波も変わる。老若次第でも違うのでおおよその年齢も解かるし、そういったオーラを瞬時に分析、測定する事でそれらはおろか、色めき立つオーラから性格、趣味、好み、欠点、はたまた新鮮な残留思念では相手の体の大きさまで解かる。だが、それだけである。勿論普通の未能力者である人間にとっては、それだけでも充分魅力的だが、他能力者にとっては下級能力だ。
ナンパや友人作り、相手の接触には役に立つ。つまり目で視る情報収集だ。だから空哉が纏依のマンションで、彼女がほとんど帰っていない事を言い当てたのもそこに、普段の生活痕跡の残留思念がほとんどなかった事。そして硬直している纏依の隙を突いて唇をまんまと奪ったのも、彼女の状況をオーラから分析したからである。纏依の心の動揺も、オーラの乱れを測定した上で巧みに利用して言葉を選びながら、自分側へと彼女を思い通りに引き込んだに過ぎない。
「先程も言ったが、私が掛けた予知実行も所詮、暗示程度の効果に過ぎない。定着浸透決定打に欠けるから、第三者があなたの事を彼に伝えてしまえば再び本来の目的を思い出し、アウトだ。当然その時点で予知実行は失敗に終わり、その代償が私に返ってくるだけだ」
テーブルの斜向かいからユリアンは、熱弁する。その後に今度は恋人である、向かいに座っているあやめが続く。
「その辺はもう今、私がいるから大丈夫です。逆予知実行で私がユーリの痛みを、消してやれますから。ただ少なくとも、従兄さんは先輩が思っている程、好意的ではない事は残念ながら確かだと思います。何か裏がありますよ。だってユーリの予知夢では従兄さんに苦しめられている先輩への、警告を表しているんですよ。せっかく先輩にとっては好意的相手との再会なのに、それへ水を注すようで申し訳ないんですけど……。でもこれ以上、先輩には傷付いて欲しくないですもの」
しかし纏依は、あやめの前で相変わらず愕然としたままだ。そして肝心なレグルスはと言うと、ただ黙々と食事をしているだけだった。それに向けられるように、大きな嘆息が室内を響き渡る。そしてその本人が唇を割った。
「お前そんなに腹が減っていたのか? レグルス。お前からも何か言う事が、ある筈だろう。お前の事だから彼女の従兄の顔を、過去の記憶を通して知っている以上遠隔読心も可能な筈だ。もう読んでいるんだろう? 従兄の本心を」
「……」
ユリアンの言葉を無視して、相変わらず無言一貫で食事の手を勧めている無表情のレグルス。そんな後輩に、ユリアンはテーブルを片手の全指先でリズムを刻むように叩いて、更に詰問する。
「なぁレグルス。俺の本音は正直、これ以上お前を催促したくはないんだがな」
そう皮肉雑じりに言う。するとレグルスは嘆息吐くと共に、手にしていたナイフとフォークを半ば乱暴に放った。ガチャンと食器が甲高い音を立てる。そしてテーブル用ナプキンを口に当てながら、無言で視線のみを隣に座っている纏依に向けた。しかし彼女は相変わらず、ショックで呆然としている。そんな婚約者から視線を外すと、レグルスは瞑目してボソリと一言だけ吐き捨てた。
「任せる」
彼のその一言に、ユリアンは眉宇を寄せた。そして挑発的な声音で応酬する。
「相変わらずお前の言葉は不充分だな。その一言だけで、全てが解釈出来る訳がないだろう。返って選択肢が増えて、戸惑うだけだ」
そんなユリアンに鋭い眼光で睥睨を寄越すレグルスだったが、この対応にも最早すっかり慣れきった様子で当人は、嘆息でやり返す。
「お前が不機嫌であるのは百も承知だし? そうならざるを得ないその性格も、否応無しにもう理解の上だ。だがな。それで先に進むのか? では何の為に俺達をいつまでも、この場に残している。しかもご親切にデリバリーで接待とは、歓迎的な事だ。俺等の協力も必要だからの事だろうが。さぁ吐いてしまえ。そのどす黒い呪詛なる言葉を」
これでもかとばかり、珍しくユリアンが積極的にレグルスを煽る。朱金にウエーブ掛かった長髪の先輩へ、半ば屈辱さを含んだ睥睨を逸らす事無く向けていたが今の立場じゃ、普段とはすっかり逆転してしまいそのユリアンの余裕さを、射抜き落とす事も出来ずにいた。ついにレグルスは諦めたように視線を逸らすと、手にしていたままの布きんをテーブルに軽く投げつける様にして置いてから、両手をテーブルの上にして改めて纏依へ顔を向け、見据えた。彼女は変わらず俯いている。
「――胡乱者ですぞ」
「……う、ろん……」
レグルスの低音の声に、漸く反応して纏依はゆっくりと隣にいる彼へと顔を向けるが、目は少し虚ろっている。胡乱とは、“怪しい”“疑わしい”と言う意味だ。
「然様。最早某からその従兄の本心を報告するまでもなく、ユリアンの予知夢による警告だけで充分理解出来よう。そなたがショックを受けている気持ちは心得ている。故にこれ以上止めを刺すように従兄の本心を伝えて、余計に傷心を与えたくはない。依って、判断は纏依。そなた自身に任す」
「俺、自身に――?」
愛する男の言葉で、漸く目の焦点を彼にしっかりと合わせた纏依は不安げながら、うわ言の様に呟く。
「如何にも。相手が胡乱者と知りながらも今後変わらず親しくするか、けじめをつけるかと言う事だ。その判別が出来ぬ程、そなたも空け者ではあるまい纏依」
「……」
纏依は必死にレグルスの闇色の双眸に、困惑しながら縋りつく様にして見入る。涙が零れてしまいそうな熱い目頭を、必死に耐える。そんな瑞々しく潤んだ彼女の瞳の訴え掛けに、何とか抱き締めたい衝動を抑えながらレグルスは、窮屈そうにより一層低めた声を絞り出す。
「某はそなた次第で、補助役に回るまで」
そう言って彼は、持て余したような仕草でテーブルに置いた両手の、纏依側にある片手を動かす。つまりレグルスに触れて空哉の心を読み、本音を探る判断も纏依次第と言う訳だ。しかしどうしても纏依の心境に、一抹の不安を抹消出来ずにいた。
だけど、怖い。今まで信じていた人間が結局は、伯母であり彼の母親である種類と同じく腹黒い人間だったのだと、知る事が。ずっと騙され続けて来ていたのだと、突き付けられる事が。
「ミス。こんな事を私から言っても、説得力に欠けるだろうが、少なくとも周囲から虐めを受け傷ついているあなたを、自分までその飛び火を受けたくないが為に見捨てて逃げた相手だ。確かにそれまではあなたに優しかったかも知れない。兄の様な存在だったかも知れない。しかしどうだろう。それらも全て、精神活動測定者で巧く計算しながらだけの、世渡りする術だけのものであったとしたら。そこに本当の思い遣りも労わりも感情もない、ただの自己中心者では――っっ、くぅっ!!」
ここまで言って、突然ユリアンが苦悶の表情と共に体を丸めた。そして呻きながら、声を必死に絞り出す。
「予知実行が破られた……! ぃ、今なら、今ならあなたを陥れようとしている、第三者が彼と一緒にいる筈だ……! ミス在里っ、あなたの存在を、今後の行動を彼に伝えた者が、傍にいる、証拠、だ……! うっ、ぐぅっ!!」
そうしてそのまま、ユリアンは椅子から倒れ込んだ。あやめが大慌てで彼の元に駆け寄る。ユリアンは激痛で脂汗が噴き出している。息も荒い。余程跳ね返ってくる反動が大きい証拠だ。こんな姿のユリアンを見たのは、正直レグルスも初めてだった。思わず息を呑まずにはいられなかった。確かにこれを何回も受け続け体内に蓄積していけば、体の組織を崩壊しても仕方がないだろう。もがき苦しむユリアンに、あやめが包み込むように抱き締めながら、癒しの言葉を口にする。ユリアンの意識に呼応し同調する事で、その能力が一時感染を促がしあやめにも予知実行が可能になる為、それを利用してその激痛を取り除くのだ。
「ユリっち……!!」
纏依は立ち上がり、床に転げて苦しむ様子を目の当たりにしてから漸く自分の為に、ここまで周囲が気に掛けてくれているのだと思い知らされ、今まで思い悩んでいた自分の弱さを恥じた。と、同時に纏依は最早、迷う事無くレグルスの大きな片手を強く握り締めた――。
ユリアンに言われっぱなしのレグルス。ここら辺でそろそろ、本来の彼等の立場と年相応の関係に少しずつ修復させていこうかと思っています。つまりユリアンは昔の様に良き先輩としてまるで家族の様な義兄として。レグルスは捻くれたけど後輩として彼に懐く義弟としてw。不気味?w。いい加減レグルスに心を開かせないと、ユリアンに残されている最初のイベントが失敗に終わるのよ!!ww。