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49:魔王から交わせし約束



 両手で(すく)い上げて顔に浸した冷水が、まだ意識に(わだかま)るまどろみを解き放つ。

 最初の一浴びは身が引き締まる程の寒冷を感じるものの、二度三度と繰り返す内にそれは気持ち良さに変わり、レグルスの目を覚まさせ頭を爽快にさせてくれた。その心地良さに心を委ねながら一息吐いて、フェイスタオルを手に取ると水に濡れた顔面へ当てる。顔の周囲にある髪の毛先からも、水が滴り落ちている。そのまま(しばら)く、タオルに顔を埋めたまま心地良さにもう少し浸りたくて、瞑目(めいもく)していた。

 するとふとタオルを通して鼻を(くすぐ)る、美味しそうな朝食の匂い。はたと我に返りタオルから顔を上げる。纏依(まとい)が朝食を作っているのだ。彼女をこの家に連れ込んでからは、こういう朝をもう過去何度か迎えてきたが今朝に至っては、やたらとこのひとときが身に沁みた。思えば朝食の香りに誘われて目を覚まし、リビングへと起き出して行ったのはいつ以来だっただろう。もう長らく忘れていた、家族の営み。


 幼き頃の思い出が、蘇る――。

 母親の笑顔。新聞を広げて座っている父親。ヒョコッと幼い彼が顔を出すと、口を開くより先に聞こえてくる両親の言葉。

“あら起きたわね。私の可愛い坊や”

“おやおや。まだ眠そうだな”

 それに対して無意識に首肯し、答える幼いレグルス。

「うん……」

 二人からの、心の声に。

「おはようレグ。朝食が出来たわよ」

「顔を洗えば目も覚めるぞ」

「おはようママ、パパ。分かった。顔、洗ってくる……」

 その時はそれが当たり前の事だと思っていた。みんなも同じように心でも会話をしているんだ。自分がそうであるように。だが、違った。いつからだろう。その事に違和感を覚えたのは。それが自分独りだけが、持ち得る特別な能力である事に気付いたのは。自分は特別なんだ。きっと褒めてくれるだろう。両親二人揃って、凄い息子を持って自慢だと――。


 言わずに黙ったままでいれば、もっと長く続いたであろう“普通の家族”としての生活。

 気が付くとレグルスは、キッチンの流し台に立つ纏依の後ろ姿をダイニングと続き間になっているカウンターから、無意識の内に辿り着き見詰めていた。

「ん~? 何だレグ? おはよう」

 突然、そう纏依が背を向けたまま答えて来た。彼がまだ声に出して、言葉を言ってもいない内から。

 そう。まだレグルスの能力同調の影響で、彼が無意識に心で唱えた彼女の名前に、纏依が返事をしたのだ。彼女にとってそれは、もうレグルスと過ごす当たり前な事として馴染み、日常的に受け入れていた。それにハッとする。両親は自分達の心の声に応える子供を受け入れるどころか、この読心能力を知った途端に脅え慄いて息子である筈の我が子を手放し、親子の縁まで早々に切った。

 しかし今、目前にいる彼女は違う。元は他人にも関わらず、しかも他人には知られたくもない陰惨なる過去を抱えていながらも、自分の心の声にもきちんと応えてくれて、そんな自分を受け入れ必要とし、愛してくれている。

 無意識にレグルスは、そんな彼女を背後から抱き締めていた。そんな彼に、纏依は自分を包み込むその(たくま)しい腕に手を当ててから穏やかな声で、幸せそうに声を洩らす。

「ああ。俺もさ。レグルスを一生涯愛し続ける――」

 どうやらレグルスは、気付かぬ内に心で纏依に愛の言葉を紡いでいたらしい。そんな意思疎通の関係が嬉しくて、至福の余り充実感を覚えずにいられなくなったレグルスはそっと唇を割ると、囁くようにして声を出した。


(それがし)と終生の伴侶に、なってはくれまいか。纏依」

 

「……――え?」

 耳元でそう言われて、ピクンと纏依の体が俄かに弾む。彼女から胸の高まりを感じる。喜びの感情が流れ込んでくるのが分かる。ゆっくりと、振り向いた纏依の顔は紅潮し、瞳は輝きを帯びて潤んでいた。何を言っていいか分からずに、感動が先走って言葉が出ないようだ。それを促がす様にして、レグルスが再び言葉を続ける。

(もっと)もそなたが、(それがし)を夫にしたいと望むのであらば、だがな」

 珍しく、レグルスは彼女の真っ直ぐな瞳に羞恥心を覚え照れ臭そうに、視線を逸らす。

「それってこの俺を、妻にしてくれるって事か?」

 纏依は微かに声を歓喜に震わせる。

「う、うむ」

 その言葉にレグルスは気恥ずかしげに、首肯する。

「じゃあ、結婚、するんだよな!? 俺とレグ!」

 少しずつ声が高まってくる纏依。

然様(さよう)

 引き続きその彼女の言葉を、認知すると共に改めて今自分が口にしている言葉を実感し、ついレグルスまで赤面を覚える。

「そしたら夫婦になって一生死ぬまで、ううん、死んでもずっとずっとレグルスと一緒に、いられるんだな!?」

 ついには興奮し喜び更に訊ねてくる纏依に、レグルスは改めて視線を戻すとしっかりと見詰めて、断言した。

「無論だ」

「じゃあ俺、在里 纏依(ありざとまとい)から、纏依・スレイグになるのか!?」

如何(いか)にも」

「うん! うん! うんうんうーん!! なる! 俺レグの伴侶になるぜ! 絶対俺の夫になりやがれよレグルス! 愛してるぞこのヤローッッ!!」

 すっかりはしゃいでピョコピョコ飛び跳ねると、全身にその喜びを駆け巡らせ噛み締める纏依。

「婚約中にこの言葉遣い、叩き直すべきですかな……?」

 そうして自分の首っ玉に飛びついてくる、仔犬の様な纏依を片手で抱き止めると半ば呆れながら、小声で呟くレグルスであった。




「ええ!? プロポーズされた!? あの(・・)スレイグ教授から!?」

 戦慄――もとい、驚愕の声を上げるあやめの横でユリアンが口に含んでいたコーヒーを噴き出し、咽込(むせこ)んでいる。そんなユリアンをお構いなしに纏依は、もうすっかりご機嫌で本来の勝気な男気魂が緩みきっていた。

「そうなんだ♪ だから所謂(いわゆる)? 只今婚約中ってヤツ? キャハ♡」

 服装は相変わらずとしても、今の纏依は不気味に清純な乙女らしさを照れ臭そうに(かも)しだしていた。すっかり紅潮させた顔で口元を両手で覆い隠しながら、肩を竦めて見せる纏依。

「キャーーーーー!! グッジョブ! グッジョブですよ先輩! 同じ事をそうスレイグ教授にも言ってあげたいくらいです! 良かったですねぇ先輩~!! で、で、でー? いつですか? 結婚の方は♡ キャーー!!」

 まるで自分の事の様に喜びはしゃぐあやめ。

「う~ん。それはまだ未定だな。今後ゆっくり話し合うつもりだよ。いつにすっかな♡」

 今の纏依は幸せに満ちていた。それに感化されて同じく喜びを分かち合うあやめ。こうして二人、はしゃぐ女子を他所に、一方のユリアンはというと。

 あの魔王のような男がプロポーズだと!? いや、結婚はこの際受け入れたとしても、問題はその儀式だろう。神に、教会で愛を誓おうと言うのか!? 有り得ん! あいつが神の面前で愛を語るなど――!!

「アンチ教か?」

 思わずボソリと口の中で呟くユリアンだった。

 そうして三人がいる纏依の画廊に、一人の来客が現れた。我に返って慌てて立ち上がると、あやめは事務所からそそくさと出て来て接客対応する。

「いらっしゃいませお客様。当画廊へようこそお越し下さいました。絵には関心がおありなのですか?」

「いや、実は情けない事に全く……。ただちょっと、仕事の関係で絵について調べる事になったものですから。それで、今偶然この前を通りかかったので少し覗いて見て、ついでに良ければ少しその、いろいろとお話をお聞かせ願えたらと思いまして。ちなみに僕は、こういう者です」

 相手の男性客は慇懃(いんぎん)な対応であやめに接すると、自分の名刺を差し出した。一見カジュアルな装いで、とても絵とは無縁な感じのする男ではあったがその外見を裏切る対応の良さに、あやめも(うやうや)しく笑顔で接客する。

「ご丁寧に有り難う御座います。では少々お待ち頂けますか? 今こちらのオーナーに伝えて参りますので」

 あやめは軽く会釈するとその名刺を受け取って、事務所の方に戻ってきた。そして声を潜めながら纏依の座る隣へと、ソファーに着席する。

「纏依先輩。今いらっしゃってるお客様、若い――と言っても私達よりかは年上の、二十代の男性客なんですけど恐らく、取材関連だと思うんです。これ、その人に貰った名刺です。どこかで私、見た覚えがある顔なんですが――」

 あやめは小首を傾げながら、名刺を纏依に差し出す。そこにある名前を見て、纏依は目を見開いた。

「これは本当か!?」

「え? はい。確かに本人から貰った名刺ですけど……」

 しかしあやめの言葉が最後まで終わらない内に、纏依は画廊の方へと飛び出して行っていた。その男性客は、まるで別世界でも来たかのように不思議そうな顔をしながら壁に飾られている、纏依の作品をゆっくりした足取りで見て回っていた。そんな彼に纏依はよく通る声で、離れた場所にいる彼へ側面から訊ねる。

東城 空哉(とうじょうくうや)さんは貴方ですか」

「――はい。そうですが」

 纏依の声掛けに、相手は少しキョトンとした表情をして振り返る。彼女の放った声がどこか、威勢がこもっていたからだ。相手は確かに若い男性客ではあったが、纏依よりかは年上に見えるのは確かだった。その彼に向かって纏依は、険しい表情を次第に緩めていくと珍しく、笑顔を見せた。

「クーお兄ちゃん。纏依だよ! 在里 纏依(ありざとまとい)!」

「……ま、とい? 纏依って、あ、の……?」

 その一見男性的な、この画廊の雰囲気とは明らかに異なる彼女のパンクロックな服装に、相手の男性客が理解に苦しむのも無理は無かった。そう訊ね返してくる彼に、改めて一度浮かべた笑顔をふとぎこちなくすると、少し気まずさを覚えながら首肯する纏依。しまった。声を掛けない方が、彼の為だったかな。一瞬そう纏依の心に、後悔の念が浮かぶ。しかしそんな彼女の気持ちを振り払うかのように、相手は見る見るその表情を輝かせ始めた。

「纏依ちゃん! 本当に君なのか!?」

 その男性客は驚愕を交えながらも、笑顔で纏依へと歩み寄った。その様子をコッソリ伺っていたユリアンとあやめも、ハッとして顔を見合わせる。そう。東城空哉は纏依の過去の記憶に登場していた、五十嵐(いがらし)の伯母の息子である、纏依にとっては従兄(いとこ)に当たる人物だった……。










 



 あー、びっくりした。書いてて私も驚いたよ。

話の流れとはいえそのまま勢い付いて、プロポーズさせる事までは想定外でしたからねww。

と、言うわけで纏依の婚約編に突入って事になりますか?ww。

婚約しても、結婚までの道のりはまだまだ続きますよん♪

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