48:紅に染まりし魔女の烙印
「お願い。どうか忘れさせてレグルス。その闇色の黒で忌まわしき過去を覆い隠して……」
「某がこの身に包みし黒は、最早戒めなるものを隠し覆う物ではない。纏依。今や愛するそなたを守り隠す為、その身に纏わせし安らぎの闇だ」
二人は唇が重なるほどの至近距離で、囁きながら語り合う。
「だったらレグのその闇で、俺を包み込んでくれ。その穏やかなる漆黒の闇に抱かれたいんだ。レグルス――」
「それで纏依。そなたの心が癒されるのであらば、いくらでも――」
そうして静かに唇を重ね合わせる。まるで互いを確認しあうような、触れ合う程度のソフトキス。そして唇が離れる度に、二人互いの瞳を覗き込み彷徨わせる。それを合図の様に相手を想う愛情が昂ぶっていく。そんな中、纏依は辛苦の表情浮かべると気まずそうに目を逸らし小さな声で、ポツリと呟いた。
「レグルス。俺は、アバズレなのか?」
「否」
レグルスは即答してクイと彼女の顎を持ち上げると、再び口づけをする。その彼から与えられるキスに、再度蘇った苦痛が安らぐのを感じる。それを更に確かめるように、もう一度訊ねる纏依。
「俺は淫乱魔女か?」
「否」
再度レグルスは一切の躊躇いもなく即答すると、次に与えたキスで彼女の口内に舌を差し入れてきた。それに応えて同じく纏依も舌を動かし、絡ませあう。自然と二人の息が荒くなり、熱を帯びてくる。そのせいなのか、纏依の中でざわつく劣等感はどんどん静まっていく。その己の中に蟠る負の感情へ、止めを刺すかのように更なる最後のレグルスからの一声の力を求めた。
「俺は要らない存在なのか?」
「否。某は在里 纏依を必要とす――」
そしてレグルスは纏依の首筋に唇を落とし、紅い華を咲かせる。そこに帯びる熱に、纏依は湿った吐息を洩らす。そのまま背後に手を回して、纏依の潤んだ瞳をレグルスはしっかりと見据えた。
「某が保証しよう。そなたはこの上なく、誰よりも美しいと。自信を持たれよ纏依。そなたはこの焼印すらも美に魅せる程、限りなく綺麗だ――」
レグルスはその道標を愛撫する如く、ゆっくりと指先を火傷跡の上に這わせて、なぞる。顔を傾けた状態で見詰めている彼の顔に、その湿った漆黒の髪が掛かりその隙間から、闇色をした目の片方が見え隠れする。そしてそのまま視線だけを動かし彼女と目を合わせると、艶のある低いセクシーボイスで静かに言葉を紡ぎ出した。
「某はこの焼印も含めてそなたを愛している、纏依」
言い終わると共に、グッと彼女の細いウエストを抱き寄せて仰け反る姿勢になったその上半身の焼印に、口づけした。それまですっかり昼間の騒動のせいで、再び忌まわしく思っていた筈のその<魔女の烙印>がやけに敏感に感じる。カァッと体が熱を覚える。
「ハァ……」
吐息と共に声を控え目に洩らしながら纏依は、自分の胸元にある彼の漆黒の髪を両手で優しく掻き上げる。
熱を持ったせいで、魔女の烙印は鮮やかな美しいまでの紅色に染まり、浮き上がって魅せる。それを纏依自身は客観的に見たことはなかったが、特別にレグルスだけが唯一知っている彼女だけが持ち得る魅力として、独占出来る官能なる美だった。
「纏依。やはりそなたは、何者よりも見目麗しい」
相変わらず顔に掛かったままの乱れた黒髪の状態で、その低音のセクシーボイスを湿らせる。
「ああ、レグルス。貴方の囁きが、私の心を癒してくれる」
乱れた彼のセミロングが、余計にその顔を色っぽくハンサムに魅せた。そして彼の耳の後ろへと顔を上り詰めると、大きく鼻から息を吸い込んだ。
「いい匂い。レグルスの匂いがする。とても大好きよ」
「――綺麗だ纏依」
「レ、グルスゥ……! 愛してる。誰よりも、貴方だけの事を――」
「もっとだ」
「え?」
「もっと激しく某を求めよ。甘美なる、悦楽を。愛してる纏依。某の中で壊れ行け……!」
「もう、何も考えらんない……」
「ならば更なる悦楽で、完全の空白を与えてしんぜよう」
「レグの全てが愛惜しい……」
「纏依。今のそなたは得も言われぬ程美しい――」
それにようやく纏依は微笑みを浮かべながら、改めてレグルスが抱き寄せてくれた腕の中に納まった。
「そなたは必ず、某が守ろう纏依」
「うん。私もレグの存在だけで、強くなれる」
二人は囁きあいながら、飽く事無き口づけを交し合うのだった……。