47:陰鬱なる魔女の嘆き
普段穏和な実兄に頬を張られて、クラウディアはその頬に手を当てながら驚愕の表情を見せる。いつも口煩くても寛大なユリアンが、まさか自分に手を上げるなど思ってもいなかったのだ。
なので実兄であるユリアンを、心のどこかで馬鹿にし見下して甘く見ていたクラウディアは、彼にぶたれた事を屈辱的に思い反省するどころか、人前で恥を掻かされた方向に受け取った。彼女の中で兄に対する、矛盾した嫌悪感が沸き起こる。
突然の出来事にしばらく言葉が出ないクラウディア。大きく見開き充血していく目で、ユリアンの顔を凝視する。その彼の表情からは拭い去る事の出来ない激昂が、色濃く現れていた。
しかしユリアンの中には、こうでもしなければ黙らせられない妹になってしまった悲愴感に、空虚な錯雑さを味合わざるを得なかった。
その場にいた纏依もあやめも、彼が初めて見せる心からの憤怒の様子に思わず息を呑む。二人の目には、ユリアンの表情から普段湛えている優しさは欠片も見当たらず、一切の慈悲なき厳格さに強張って見えた。
その場の空気がピンと張り詰める中、その沈黙を先に破ったのはユリアンだった。
「お前がミス在里の関係者を召喚した辺り、あながち探偵にでも彼女の身辺調査を依頼して、弱点を掴む企みだったのだろう。だったらお前はミス在里の、沈痛なる悲惨な過去を知った筈だ。その上で平然と取った行動であるからこそ、俺は兄としてお前を許す訳にはいかない。悔しいが、さすがは俺の妹と言うべきだな」
クラウディアを冷静な口調で淡々と叱責しながら一緒に、自分が過去に弟同然として可愛がっていたレグルスに当時行った仕打ちも含めて、自ら皮肉る。
だがすぐに気持ちを切り替えるや、自分にも言い聞かせるかのようにして声を荒げた。
「だがそれでも俺とお前とでは、起こした行動に対する理由の格が違う! 俺はお前を守る為に兄として、当時は後輩として可愛がっていたレグルスを裏切り、傷付けた。しかしクリス。お前はどうだ。己の卑猥なる欲望を理由にあいつの彼女であるミス在里を傷付け、そしてその身勝手さから彼の私生活までもを乱し兄である俺にすら、恩を仇で返そうとするその行為は断じて許す訳にはいかん!」
「……? 一体何を言ってるのリアン兄さん! 恩を仇って、何よ!?」
ようやく声を搾り出し震わせながら、息を荒げて向きになって叫び頬に当てていた手を、下に振り下ろすクラウディア。そんな妹の言葉を追い駆けるかのように、ユリアンは引き続き彼女への返答に繋げる。
「兄妹としての、家族としての事を言ってるんだ! 身に覚えがなくても知らぬ内に助け守りあうのが家族だろう! だから今がある。その事を言っているんだ! それ以前に人間としても、今回お前がした事は卑劣な行為だ。彼女に、ミス在里にお詫びしろ!」
兄の言葉に、しばらく懸命に思案を巡らし過去を振り返ってみるクラウディア。しかし思い当たる節もなければ、知らぬところで守られてたと言われても顔を顰める事しか出来ない。開いた口が塞がらないとばかりにユリアンを凝視すると、吐き出すように応酬した。
「何よそれ。恩着せがましい。誰が詫びるものですか!」
二人の諍いを、あやめが纏依に通訳している。ここまで聞いて、纏依が間に割って入った。
「ミセス・ラザーフォード。別に詫びなくても結構ですよ。どうせ心にもないでしょうから。しかしこれだけは言っておく。レグルス・スレイグは渡さない。決して。あなたの様な低劣な女性に気品高明な彼は相応しくないし吊り合わないだろう。どうぞお引取りを。国に帰って同じ趣向の色情夫に慰めてもらうがいい」
それをあやめが通訳する。するとクラウディアはフンと鼻であしらってから、両腕を組んで顎を上げると纏依を見下した。
「帰る帰らないは、私の勝手。そんな事までお嬢ちゃんが指図しなくてもいいの。低劣な女ですって? 低劣な両親から生まれておきながら、よくもいけしゃあしゃあと上から目線で言えるものね。いいわお嬢ちゃん。今日は引き下がってあげる。でもこうなったら、とことん楽しませて貰うわよ。せっかく日本に来たんですもの。遊び相手になって頂戴な。バァイ。ミス在里」
クラウディアは大胆不敵に宣戦布告をすると、纏依に向かって投げキッスを放った。それを賺さずあやめが立ち塞がって、手をブンブン振り回し見えないキスの痕跡を消し払う。
「好色菌がうつる!! 汚らしい!!」
「お前はホントにあからさまだな。あやめ……」
そんな後輩に、苦笑する纏依。それもそうだ。あやめにとっては小姑との戦いなのだ。今後の為にも、手を抜く訳にはいかない。それを他所にユリアンは、言うだけ言って立ち去ろうとする妹の手を捕まえる。
「どういう意味だ。今度は何を企んでいるクリス!!」
「フン! 触らないで!! 邪魔をするなら例えリアン兄さんでも、今後は容赦しないわよ! 兄さんなんて、大嫌いよ!!」
引き止めた兄の手を、クラウディアは渾身の力で振り払うとツンとそっぽ向き、画廊のドアを乱暴に開け放ち出て行ってしまった。
「それはこっちのセリフよ! 二度と来んなクソババアーーー!!」
いつの間にやら事務所から持ち出した塩を、通行人を無視して足早に去って行くクラウディア目掛けて、投げつけるあやめ。仮にも恋人を前にしてその妹へ向け、意気揚々とクソババア呼ばわりをするのだからユリアンは、そんな彼女に苦笑するしかなかった。
「お。元のユリっちの顔に戻ったな」
纏依がそんな彼にサラリと声を掛ける。それに気付いてふと困り顔で溜息を吐くと、ユリアンは改めて彼女へと向き直り、妹の代わりに陳謝した。
「今回は愚劣な妹が引き起こした騒動で、貴女には心から嫌な思いをさせてしまった。本当に心から申し訳ない」
「気にしないでくれ。ユリっちが悪い訳じゃあないんだから。それにさ、結構清々した気もするんだ。あの伯母に、積年の恨み辛みの文句が少しはぶつけられたんだから。きっとこれで俺は、あの人から乗り越えられる。そしたらもっと心が強くなれる。今回はその為の、試練を与えられたと思えばいい。だから、大丈夫さ」
纏依は冷静に言うと、ニッと不敵な笑みを浮かべて見せた。それを確認してからユリアンは、ようやく少しは安心したらしく、更に顔を普段通り穏やかな表情に緩めた。
「では今回までは、貴女の言葉に甘えさせて頂くよ。だがもし二の次があれば私自身、もう妹には容赦しない気でいる。ここまで縺れるともはや我々兄妹の問題だから、どうか貴女も気になさらずに手出し無用で頼むよ。ミス在里」
ユリアンの優しい表情ながらも真面目な言葉に、纏依はうなずき受け入れると、威勢良く両手についた塩をパンパンと払いながら戻ってきたあやめへ、声を掛けた。
「了解――あやめ。面倒掛けてすまなかったな。お前にまで気分悪い思いをさせちまった。だが――ありがとな。俺はあやめのお蔭で助けられ救われた。だからユリっち。あんたにも礼を言わせて貰うよ。ありがとうな。駆けつけてくれて」
するとユリアンは大きく頭を横に振りながら、纏依の左肩に片手を置いて彼女の目を見詰めると、励ますかのように優しく唱える。
「何をおっしゃる。これは平等だよ。礼など必要ない。貴女からそんな言葉を受け取ったりしたら、私がレグルスにまた嫌味を言われてしまう」
彼の冗談交じりで、レグルスの名を出してくれたさり気無い優しさに思わず纏依は、嬉しそうにようやく心から笑った。そしてふと気付く。やはりユリアンは、確かにレグルスよりか年上の大人なのだと。幼い頃、レグルスが彼に懐き慕ったのも何となく頷ける纏依だった。
「さてでは、俺はまたアトリエに戻るからユリっちもしばらく、ここでゆっくりして行くといい。その方があやめも喜んで暇を弄ばずに済むだろうが、程々に頼むぜ」
「ヤッダー! 纏依先輩ったら~! 促がしてるんですかぁ~!? この隠れスケベ~♡」
「誰が隠れだ! もっと堂々としとるわ! しかも促がしてねぇからそのつもりなら帰れ!」
纏依とあやめのじゃれ合いに苦笑するとユリアンは、彼女の気遣いに甘えた。
「では一応念の為にも用心を兼ねて、今しばらくここの事務所に居させて貰うよ。お使いなど用事があれば、何でも言いつけて構わないからね。在里画伯」
「クックック……。画伯なんて、ユリっちから言われるとくすぐったいな。では失礼するよ」
纏依は答えると、ユリアンとあやめを背後に残して奥のアトリエへと歩き去って行った。その背中は少し、疲労を感じさせた。
やはり威勢を張ってはいるが、相当な神経を使ったのだろう。そうユリアンと、同じくあやめも思わずにいられなかった。
そしてどちらともなく事務所に入り二人して、一つのソファーに無言のまま並んで落ち着く。しばらく沈黙が続いたが、その重い空気を破らんと、先に口を開いたのはあやめだった。
「あの、妹を本気で叱った時のユーリの顔、凄く恰好良かったよ」
それを聞いてユリアンは彼女へ顔を向けると、無言のまま溜息交じりで苦笑する。両膝に両肘を置き、組んだ両手を前方に下ろした姿勢でユリアンは、まるで否定するかのように少しだけ頭を横に振る。それに合わせて朱色掛かった金髪ウエーブが揺れる。
「なんて、こんな事を言うあたしは、不謹慎、かな」
少し気まずい顔をしてあやめは、落ち着きなく座り直してみたりする。そんな彼女が可愛くて、ユリアンはその小さな肩を抱き寄せ、眼下にある背の低いあやめの頭部に優しく口づけをした。
「君にも話したが、クリスの命と人生を守りたくて、レグルスを私は傷つけ裏切った。その時はそうしてでも、クリスに幸せな人生を歩んで欲しかったからだ。しかし結局それどころか、妹を介して再びレグルスを苦しめる事をしてしまっているのではと言う気がして、超能力もどう扱えば良いのか分からなくなって嫌になってくる。若かりし頃に起こしたその事件が原因で、一時期眠るのが嫌だった。夢を――視たくなくってね。こんな能力など、なければいいと何度思ったか知れない」
そのせいで、睡眠を妨げる為に夜な夜な街へと繰り出し女遊びをしては誤魔化そうとしたが、襲い来る睡魔から逃れられる事はなかった。
「ユーリ……」
あやめは頭上で彼の声を感じながら、ユリアンの腕の中に身を委ねる。
「しかし君に出会った。あやめ。あやめのお蔭で私は初めて、この能力を持って良かったと思えた。今回の様に誰かから感謝されたのは初めてだ。君と一緒なら、この能力もきっとプラスになってくれるだろう。現に君から実際、助けられたりしているしな」
先日レグルスが思った事と同じ考えを、偶然この時ユリアンも思ったのだった。そしてそのまま肩を抱いている側の手で、あやめの顎をクイと上へと向かせるとユリアンはそれ以上何も言わずに、黙って彼女に優しくキスをした。
それまでの様子を、画廊の道路を挟んだ真向かいにあるファストフード店のガラス越しから、覗き見ていた人影があった。以前チラリと出てきた、茶髪の若い男だ。セーター、Gパン、ブルゾンとラフな恰好をしているが、どことなく裏社会のオーラを漂わせている。
店内は冬休みを迎えた学生やカップル、家族連れで賑わっているが今時そうな彼の外見に、違和感を覚えるものは誰もなく普通に周囲と、彼は溶け込んでいた。ガラス張りになっている手前のカウンターに座れば、道路側を向いた状態になる。本来はそうして、目の前を行き交う車や歩行者などの風景を楽しみながら、バーガー等を食す形を取るのだろうが。
クックック。こいつはまた、随分勇ましくなったもんじゃねぇか。いいねぇ。それでこそ楽しみ甲斐があるってもんだ。纏依。そうやって過去に歯向かい世間に抗い、自分の弱みを見せたがらなければそうである程、その鎧を脱がしていく喜びが味わえる。待ってろよ纏依。お前の恥辱の蜜を、たっぷりと味わってやるぜ――纏依♡
男は遠い有名都市から彼女に接近する為に、わざわざこの地へとやって来た。電話で頼まれて。勿論クラウディアが関わっているのは、おおよそ見当が付く事と思う。今や纏依は名だたる有名画家の、一人なのだ。そこを更に突付かぬ訳がない。上手くいけば彼女の名声を破壊させる絶好のチャンスだ。幸せになどさせない。その人生を狂わせ更に地獄を見せてやる。他人に恨まれる謂れのない纏依は、つくづく周囲を取り巻き近寄る他人の人間性に、恵まれていないらしい。どいつもこいつも人の不幸で腹を満たす、邪道ばかりだ。彼はマスメディアの仕事を手がける人間の一人だった。スクープネタの為なら、どんな手段も人権も厭わない。
男は小さな携帯用パソコンをしきりに操っている。
在里 纏依が一緒にいる男、英国中年男で教授兼図書館長をこの国側から委任されているそうだが、余程信頼や頭脳明晰に長けているんだな。しかしどんなに探っても、こちら側はこれと言って特別目立った話題や情報、スキャンダルなる類は一切見当たらない。本当に存在しているのか、不気味なくらいに息を潜めた謎の人物だ。まぁ恐らく、単に大人しいだけの外人で、これ以上探ったってこの男からは何の埃も立たねぇだろう。一見、陰気臭そうだったしな。
実はこの男、ここに来る前に図書館側に寄って出入するレグルスを、遠目からチェックしてきたのだ。最初はその雰囲気に我が目を疑った。しかし外人はどう見ても彼だけだったし、聞いた情報とも一致する。なので間違いなく彼が、纏依の相手と言う男だろうと判断したのだが。
あんな根暗そうな不気味でただデカイだけの、黒一色な男のどこに一体惹かれたかは知らねぇがここはやっぱり、纏依を相手にした方が話題や立場的にも楽しめそうだな。それに、肉体的にもな――纏依。
纏依以上にレグルスの方が余程埋没し兼ねない程の、世界が引っ繰り返るスクープネタを持っているがそんな事は、誰だって予想すらしやしないだろう。それ以前に信用すらされないかも知れない、真実の持ち主である。
男は不気味な笑みで唇を歪ませると、手元にあったダブルバーガーを豪快にかぶり付いた。その時、携帯電話が鳴った。男はしきりに口を動かして中にあるバーガーを嚥下すると、携帯の通話ボタンを押した。突然耳を劈く女の怒鳴り声。男は顔を顰めると、面倒そうに言いやった。
「ああ。分かった分かった。大丈夫だって。何だよ。この俺が信じられないって言うのか?――よし。それでいいんだよ。じゃ、切るぜ」
そして容赦なくすぐさま携帯の通話を終了する。携帯越しで、まだ相手が何か叫んでいたようだったが、お構い無しだ。そして男は煩わしそうに嘆息吐きながら、耳を指で掻っ穿るのだった。
「此度の騒動、見事な啖呵を切られておりましたな」
その夜、パジャマ姿でうつ伏せに枕を抱き締め物思いに耽っている纏依に、レグルスは背後からそっと声を掛けた。
「聴いてくれたか。俺の心からの叫びを」
纏依は相変わらず枕に伏したまま、苦笑する。昼間自分の画廊で伯母、五十嵐に向けて放った罵声中傷の怒号をレグルスにも聴いて欲しくて、敢えて心底で彼へテレパシーで送信してもいたのだ。なので場所の離れた国立図書館長室にいたレグルスは、時同じくして読心能力を駆使しその場の状況を心で傾聴していた。勿論、万が一への心理攻撃にも備えてだが。
「勇敢でしたぞ」
レグルスは両腕を組みドア枠に寄り掛かる姿勢で、枕を抱き締めたままこちらを見ようとしない彼女の後ろ姿を、ジッと見詰めている。それに合わせて彼女の肩が揺れる。
「クク! だったらいいけどな。本音言うと、あれが精一杯の虚勢だったんだ」
「……」
そう自嘲しながら呟いた彼女の肩は、言い終わっても尚、しかも今度は小刻みに震えていた。その様子を黙って見詰めながらレグルスは、ゆっくりと歩み寄って纏依がうつ伏せになっているベッドの足元に、静かに腰を下ろす。足元のベッドスプリングが沈むのを感じてか、再び彼女は言葉を紡ぐ。
「そりゃあ怖かったさ。本当言うと。だってガキの頃から植え付けられた、支配的恐怖を象徴し存在してきた立場の人間なんだぜ。俺にとって。このトラウマは、早々簡単には消えやしないさ。だがあやめが守ると言ってくれた。だからそれが勇気になった。でもやっぱり発狂しそうな気持ちに襲われて、それを防ぐ為に慌ててレグルスにも助けを求めるように、テレパシーで俺の口にしている心境を送って、それを励みの拠り所にした。だからやり遂げられた。――あやめがあの場にいてくれなければ、俺は怯んでいただろう。レグルスの存在が心の中になければ、俺は震え慄いていただろう。あの顔が、目が、声が飛び込んできた瞬間、足が竦みそうになって一気に過去受けてきた恐怖が、全身を駆け上がるようにして蘇ってきたよ。それくらい――俺にとっては人生最大の弱点なんだ……!」
纏依は語尾を荒げる。その声は低くくぐもり、咽喉に詰まらせているのが分かった。未だ彼女は枕に顔を突っ伏したまま、見せようとはしない。そう聞こえるのは、そのせいなのだろうか。しかしそんな彼女の背中に広がる栗色のサラサラ長髪に、レグルスは指を滑らせるとその内の一房を手に取りそっと、口づけをした。
「某が保証しよう。纏依。必ずそなたは乗り越えられる。そなたが某を求める限り纏依、そなたの心は某と共にあるからだ。だから」
ここまで言うと一旦言葉を切って、一つ大きな溜息を吐くと低い声ながらもはっきりと、言い切った。
「――独りきりで泣くな」
「レグルス……!」
ここでようやく枕から頭を上げた纏依の顔は、涙でグッショリ濡れていた。そんな彼女の泣き顔に、若干呆れながら再度今度は小さく嘆息吐くと、レグルスはスッと片手を伸ばした。
「来られよ。我が胸に。そなたは何の為にこの家にいるのかね。某の家にいるのであらば、この腕に抱かれて泣けば良いのだ。さすればいくらでも、そなたをこの胸に受け止めよう。このレグルス・スレイグなる男は、在里 纏依たる女ただ独りだけの物だ」
「レグ――!!」
纏依は堪らず、彼の広い胸の中に飛び込んで泣いた。声を上げて唯々泣いた。気が済むまで。そんな彼女をレグルスは、何も言わずに優しく包み込んでいた。時折髪を撫でたり、背中を擦ったり、頭部にキスを降らせながら。
長らく離れていたお蔭で受ける事のなかった、一番嫌いな言葉――<淫乱魔女、アバズレ、恥女>――この言葉をまた久方振りにぶつけられた、屈辱。身に覚えがないだけに、開き直るにも開き直れない。そう思うとやはり、そう言われる切っ掛けを与えた身勝手に自分を捨て浮気相手の方へと行ってしまった、両親を恨まずにはいられなかった。
幼い頃、あんなに恋しがり求め欲した両親の愛情。家族の温もり。しかし今では、憎悪の対象へと変貌を遂げていた。愛と憎しみは紙一重なのだから。対成るものは常に、表裏一体がこの世の理――。
「頼む。レグルス。忘れさせてくれ。今日の出来事を。俺はアバズレなんかじゃない事を。レグルス。貴方が俺の一番最初で最後のただ独りだけの男である事を――どうか私の全てに刻んで……」
纏依は潤む瞳でレグルスを見上げると、下から掬い上げるように彼の唇へと口づけをした。そんな彼女の哀切なるキスを、しっかりと受け止めるとレグルスは愛しそうに、纏依と舌を絡ませあうのだった――。
心理攻撃は悪魔の得意技で有名。
レグルスを敵に回したら大変な目に合うんだろうな。魔王の称号を持つだけに…。意識侵入と憑依って大体同じだしねw。