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44:眠れる魔女にリリスの友情を

 こうして母方の伯母に引き取られた纏依(まとい)だったが、面倒を見る条件にそれまで借家生活だった伯母一家に、纏依がまだ両親二人仲の良かった頃に生まれた時から育った、思い出深いこの新築一戸建てを譲る事になった。

 (ようや)く家に再度戻れても纏依にしてみれば、幸せ一杯に溢れる大切な家に突然親戚とはいえ、両親以外の一家に我が物顔で占拠(せんきょ)されて、これまで(つちか)ってきた両親との大切な思い出を塗り替えられてしまう。そんな気がして内心歓迎出来ないのが本音だった。しかしまだ所詮幼児でしかない纏依に、とてもそんな拒否する権力も権限もない。

 今までママが立っていたキッチンに、嫌味な伯母ちゃんが立っている。

 以前は輝いて見えたキッチンが、立つ人間次第でこんなにも色褪せて見える。纏依は物心ついた時から、この伯母を苦手としていた。顔を合わせる度に、母親に小言ばかり口(うるさ)く捲くし立てるからだった。まさかそんな相手に引き取られるなんて、纏依自身幼いながらにツイてないと思った。

 

 夕食を終えた時、伯母は五歳の纏依に叱責(しっせき)した。

「女の子なんだから、家事手伝いは今の内から身に付けなさい」

 食事を終えてダイニングテーブルから離れようとした纏依は、伯母の言葉に暗い声で首肯(しゅこう)する。

「うん……」

 途端、テーブルの上の汚れ物を纏めていた伯母が、キッと顔色を変えるや金切り声を上げた。

「“うん”じゃない!! “はい”でしょ!!」

 そのヒステリックな声に、吃驚(びっくり)して顔を上げた纏依のプックリした白桃の様な頬を伯母は容赦なく、ダイニングリビングまで反響する勢いでバシッと平手打ちにした。今まで受けた事のない仕打ちに、当然ながら混乱と与えられた痛みに、涙を一杯に零しながら泣き声を上げる纏依。

「泣く暇があったら、さっさと食器を洗い場に運びなさい!!」

「はぁい……。ヒック、うう……」

 纏依はポロポロ止めどなく溢れる涙で顔を濡らしながら、自分の身長ではギリギリの高さがあるダイニングテーブルから、懸命に汚れ物の食器を引き寄せる。

 そして一つずつチョコチョコ運んでくる纏依に、伯母は苛立だしげに一層声を荒げる。

「そんな一つずつ運んでたら、いつまで経っても終わらないでしょ!! 要領が悪い子ね!!」

 その声に脅えて纏依は、小さな悲鳴を上げて体を(すく)める。すると先に食事を終えて、リビングで息子と一緒にテレビゲームを楽しんでいた伯父が、堪らず声を掛けてきた。

「おい。まだそんな小さい内からはちょっと、厳し過ぎるんじゃないか。無理しなくてもいいんだぞ。纏依ちゃん。ほら、こっちにおいで。伯父ちゃんとお義兄(にい)ちゃんと一緒に遊ぼう」

 途端、纏依はパッと顔を輝かせるや無邪気な子供らしい笑顔で、嬉しそうにはしゃいだ。

「うん!! わぁい!!」

 しかしそうは問屋が卸さぬ方針なのは、意地が悪い伯母の方である。一気に目の色を変えるや、夫へと振り返って声を荒げる。

「何を甘い事言ってるのあなた!! この子の母親である私の妹はね、お母さんや姉である私達に甘えていたせいで、家事手伝い一切をする事無く大人になったのよ!! だから御覧なさい! 遊びばかりを先に覚えて、結局家庭がありながらも別に男を作ってこのザマじゃない!! どうしてそんな自分勝手なアバズレ妹の娘の面倒、私が見てやってると思ってるの!! この子の分の児童手当やこの家を貰い受ける条件がなければ、こんな子とっくに見捨ててるわよ!! だから預かるからには、母親と同じ遊び好きアバズレ女の大人にさせない為に、今の内から徹底的に(しつ)けておかなきゃ駄目なのよ!! 女の子はね!!」

 そんな妻のヒステリーにウンザリしながら、リビングソファーで伯父は手を振り払う。

「分かった分かった! もういい! 自分の家の話になると口煩いんだから」

「纏依ちゃん、可哀相(かわいそう)

 八歳になる従兄(いとこ)も、父親に続いてそんな母親に抗議する。

 夫と息子の言葉に、更に伯母は逆上する。そして遊びたい子供心と、伯母の言い付けを守るべきかと戸惑っている纏依に、構わず伯母はその怒りの矛先(ほこさき)を向けた。

「だいたいあんたが、して当たり前の事を注意されただけでメソメソ泣き出したりするから、まるで私があんたを(いじ)めている様に見られるのよ!! そうやって男を取り入るところは、母親そっくりね!!」

 そう喚きながら、伯母は側で立ち尽くしている纏依の背中を押して、ダイニングテーブルへとやる。

「……グス……。ママ、悪くないもん……」

 纏依は小さく口の中で呟きながら、再度汚れ物の食器を運び出すのだった。






 そして年月は流れ、纏依(まとい)は五歳から十歳にまで成長した。

 相変わらず、現代のシンデレラの様な生活を余儀なくされていた纏依は、この日も洗い終わって乾いた洗濯物を持って、二階の従兄の部屋を訪ねた。

「お兄ちゃん。これ、洗濯物……持って来たの」

「ん? ああ、ありがとう」

 この時従兄は、十三歳になっていた。彼は優しい笑顔で、纏依が運んで来た衣類を受け取ってからふと、触れた彼女の手の異変に気付く。

「纏依ちゃん……! どうしたんだよこの手!?」

「え? 別に? いつものただの、(あかぎれ)よ」

 思ってもいなかった従兄の反応に、纏依は不思議そうに答える。こんな事、毎年の事だったから本人としては、今更特別な物でもなかったからだ。

 しかし従兄にして見れば、そんな痛々しい女の子の手を見るのは、初めての事だった。慌てふためきながら、纏依を引き止める。

「ちょっと待ってろよ。今ハンドクリーム、塗ってやるから」

 そうして纏依の手に、ハンドクリームを塗ってくれる従兄である義兄。

「ごめんな纏依ちゃん。母さん、厳しくてさ。辛いだろう? どうしても我慢ならない時は、僕や父さんがいるからな」

「お兄ちゃん……。グス、ありがとう……! フェェン……!」

 義兄の優しさに、思わず涙が溢れて泣き出してしまう纏依。

「まったく……。泣き虫だなぁ、纏依ちゃんは。よしよし……」

 こうして義兄は、優しく微笑みながらそんな纏依の頭を優しく撫でるのだった。従兄は母親である伯母がいない場所では、いつだって普通に優しく接してくれた。

 それは彼の父親である、伯父もまた(しか)りだった。そうして労わってやらずにはいられないくらい、伯母の纏依に対する仕打ちは目に余るものだったからだ。

 例えそれが単なる同情によるものであったとしても、当時の纏依の心の()り所になるには充分だった。だから素直に頑張る事も出来たのだ。

 それともう一つは、両親から幼い頃に貰った、大きなヌイグルミ。これらが纏依の心を紙一重に、守ってくれていたのだった。

 だがしかし、事はそう上手く進んでくれないのが現実だ。そんな愛息子が纏依に優しく、ハンドクリームを塗ってやり挙句の果てには泣き出す(めい)を、愛しそうに励ます様子を影から盗み見る伯母の姿があった。

 息子はあくまで、妹として接しているに過ぎずまだ異性として意識したりなんて感情は、抱きもせずに纏依に接していたのだが母親としては、将来に不安を抱かずにはいられなくなる。


 ついに夫と息子が留守の間を見計らって、伯母は纏依の両手両足を縛りガムテープで口まで塞ぎ、拘束した。しかも上半身を裸にして。年齢からして胸の成長も始まる頃なので、ほんの僅かに胸が膨らみ始めていた。

 そんな纏依の女としての体の成長を確認するや、伯母は更に憎悪の含んだ険しい顔をしながら電気だけでなく、更にその上先端を火に(あぶ)って真っ赤にした鉄鏝(てつこて)を、纏依の眼前に(かざ)した。

「ううううーーーーーっっ!!!!」

 塞がれた口からは、呻き声しか出ない。恐怖の余り零れる涙はその眼前に翳された鏝の熱で、蒸発してしまうんではないかとも思えた。

「男を惑わせて誘惑する、淫乱(いんらん)魔女め! フン。流石(さすが)はあの浮気両親にこの娘在りね。そうやってすぐ異性に色目を使うところだけ、そっくり似ちゃって! そんなメス猫には悪さが出来ないように、今の内から罰を与えておかなくちゃね。これもあんたの為なのよ。両親みたいに浮気や誘惑も気軽に出来ないよう、いつもこの焼印を見て思い出しなさい。淫乱魔女にならない為の封印だと、感謝しなさい!!」

 そう言い放つや、伯母の表情は今まで見せた事のない不気味な般若の様な形相へと、変貌した。その伯母の顔に目を疑うが早いか否か、纏依はその胸元に脳を(つんざ)く刺激と共に想像を絶する熱さを超えた、強烈な痛みが走った。

 咽喉の奥から込み上げる絶叫は、無情にも外に漏れ出す事無く口内で空しく反響して、ただ悪戯に声帯を痛めるだけだった。

 痛い! 熱い! 助けて! 誰か、助けて!! パパ! ママ! 熱い、熱いよぉーーー!!!!

 誰にも届かない、心の底からの悲鳴。そしてそのまま僅か十歳の纏依は、余りの激痛からくるショックにそのまま意識を失った。


 以降、伯母は狂った様に近所や学校にまで自分が預かっている姪は、とんでもない淫乱女で自分は被害者だと、恥も知らずに触れ回った。

 それが原因で纏依への学校からの(いじ)めは勿論、従兄である義兄にまでその悪影響は及んだのだった。

「悪いけど、こっちまで嫌がらせを受けて迷惑してるんだ。切っ掛けはうちの母さんかも知れないけど、それで受けた纏依ちゃんのイメージの悪さでからかわれるのに、もう疲れたんだよ。だからもう今後一切、兄だなんて呼んで僕に近付く事はやめてくれないか」

 ついにそれまで優しくしてくれていた、従兄すらも纏依を見捨てた。丁度思春期を迎えた年頃の影響も手伝って、人の目などを気にする様になったせいもあった。それに狂喜したのは、当然伯母であった。

 夫や息子を勾引(かどわ)かした憎き小娘から、少しでも多く味方を減らし孤立させてやる。絶望の淵に追いやって、この家から追い出してやる。いつしか伯母にとって、纏依は妹の娘である姪から家庭を乱す危険の対象である、一人の女となっていった。


 纏依が中学生になってから、ますます苛めは卑猥(ひわい)なる物へとエスカレートしていった。

「おい! アバズレ女! 今日どんなパンツ穿()いてんのか、スカート捲ってみんなに見せてみろよ!」

「ヤダー!! ちょっと男子、やめなさいよ! そんな酷い事やらせるの! 淫乱臭さがこっちまでにおったら、堪んないでしょー!!」

「アハハハハ!! 性病持ってっかもなー!!」

「犬とでもするって、ホントー? 在里(ありざと)さーん!!」

「ウッソ!! 超キモいんですけどーー!! キャハハハハ!!」

 この時から、纏依はスカートを穿くのを避けるようになり、学校でもジャージ姿で過ごす事が増えていった。しかし世間は、そんな纏依をそう簡単には淫乱魔女のイメージから、解放してはくれなかった。

 ある日いつもの通学路である道路や壁に、でかでかと書かれたスプレーによる誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)の文字。

 “在里纏依は淫乱魔女”

 “誰とでもSEXしまくります”

 “変態尻軽女”

 “ハメたい男は在里纏依まで連絡してね♡”

 ――どうして……!? どうしてここまでされなきゃいけないの? 私が女だから? 女として生きてるから? 女として振舞うのは、そんなに見苦しい事なの!? 女だから、女だから、だから馬鹿にされるのなら、もう女らしくなんかしなければいい!! 女だからこそ、女である自分を馬鹿にする連中が許せない!! 女だからと言ってなめられるくらいなら、一層男っぽくしながら女として生きてやる!! それで馬鹿にされずに済むのなら!!


 こうして登校拒否と共に、女らしい言動も少しずつ避けるようになっていった。そんな纏依の様子についに見兼ねたのは、伯父の方だった。

 女の子なのに、女の自分を責め(さいな)みながら生きさせられるのは、余りにも酷だ。そうして伯父は、別にアパートを借りてこっそりとそこで、纏依を住まわせながら保護者として面倒を見てくれた。

 だがそれも、たった一ヶ月にして伯母に知られ押し入ってきた際に、あれだけ大切にしてきた宝物の両親からプレゼントされた唯一の、思い出の品であったヌイグルミを目前でズタボロにされてしまった。

 これがとどめとなって、纏依の心はガラスの如く粉々に砕け散った。

 もう、いい。

 もう、要らない。

 何も、誰も、一切の全てを、僕は拒絶する。

 思えば初めから僕は、誰からも必要とされていなかったんだ。

 あんなに助けを求め続けたパパもママも、来てくれる筈もある訳がない。

 だって二人とも、子供である僕より、相手である浮気男と女の方を選んで邪魔になった僕を、見捨てたのだから。一緒に過ごした幸せだと思っていたあの頃。思い出の詰まったあの家も、今や偽りと苦痛に塗り替えられてしまった。

 全て最初から、嘘だったんだ。幸せそうな振りをしてその影で、パパもママも違う相手と一緒だった。今になって思い出してみれば、僕が小さくて何もまだ分からないのをいい事に、お互いがお互い留守を見計らっては相手を連れ込んでいた。

 今まで大事にしていたあのヌイグルミですら、幼かった僕を誤魔化す為の偽りの代物。優しさから与えられた物では、なかったんだ。

 ――だったらどうして、私なんかを産んだのよ。一層早い内に、堕胎(だたい)して私を殺してくれれば良かったのに。要らなければ破棄(はき)すれば良かったんだ!!!!!!!

 そして自殺目的で、車道に飛び出そうとした纏依を救出してくれたのが偶然通り掛かった、ボランティアで登校拒否や人生失望者、不良等を引き取り在宅療育支援者をしている住職だった。

 こうして色んな問題を抱えた人々と共に、住職に提供された部屋で面倒を見てもらえるようになってから、そこで絵描きの才能を開花させ十八歳で自立。

「今までお世話になりました。これからは、もう俺一人で頑張って生きていきます」

「強くなったのぅ纏依。じゃが、最後の最後まで、その獣の様な眼つきを解く事がなかったのは、残念に思うよ。いつかその目が、優しい眼差しに変わってくれる事を祈っておるよ。せっかく綺麗な瞳を、しとるんじゃから」

 それが住職と別れる際に、纏依と交わされた最後の会話だった。

 以降二年間は住職の近場にある借家で、一人暮らしをしながらも彼とは一切会おうとしなかったのは、彼の優しさや自分に甘んじたくなかった強い意志によるものだった。

 そして掛け持ちアルバイトで生活費を稼ぎながら、画家としての名声を上げていった纏依は、本格的に他所の街に独立する。

 それから二年後の、二十二歳になるこの年に今度はこの地方都市へと越して来たのだった。








 女性としての屈辱的虐待シーンは流石に見るを耐えないと、ユリアンは纏依(まとい)が焼印を付けられるシーンの直前で自らレグルスに頼んで、彼女の意識侵入を解いてもらって離脱した。

 よって最後まで見届けたのは、あやめだけだった。

「……!!」

 あやめはショックの余り言葉が出ず、ただただ自分の口元を手で塞いでいた。しかし目からは次々と、大粒の涙が溢れている。

 あやめの、まるで自分が纏依の人生を歩んだかのような意識により、そこから来る憎悪なる心の叫びが纏依には届いた。

「ごめんな、あやめ。お前にまで辛い思いをさせちまって。ごめん――」

 纏依はあやめの元へと回り込むと、泣きじゃくるあやめを優しく抱き締めた。それはまるで、過去の自分を慰めているような、そんな感じだった。そして体を離してあやめの顔を覗き込むと、優しく微笑みかけた。

「有り難うな。あやめ」

 その言葉だけを残して、ふと纏依は突然意識を失い立ち崩れる。

「!? 纏依先輩!!」

 あやめが言うが早いか、いつの間にかそれを既に予期していたらしいレグルスが、片手で彼女を支えていた。

「先輩? 先輩! スレイグ教授! 纏依先輩、一体どうしちゃったんですか!?」

 あやめは必死な顔で、相手が恐怖の対象であるレグルスである事もすっかり忘れて、無我夢中で彼の纏依を支える腕を掴む。

「……精神疲労ですな。本来超能力者ではない、並の人間が媒介影響力のみでしか使用不可能である超能力を駆使すれば、当然ながら普段以上の精神エネルギー大量使用で、意識に負担が掛かる。元々持ち得ない能力のエネルギーは、精神力や意識等で補う。それを今回纏依は、“意識侵入”という高度な技を更にユリアンとお主、二人分に使用したのだ。(ゆえ)に、精神力が底を尽きて意識を失った。回復するまで(しばら)くは、もう目覚めませんな」

 ここまで静かに低い声で語り終えると、レグルスはあやめに目配せして腕を掴むその手を放すよう、促がす。それに気付いて、あやめは慌てて手を放す。それを確認してからレグルスは、改めて纏依を抱き上げた。

「レグルス、お前その事は……」

 不安そうに尋ねるユリアンに、彼の碧眼(へきがん)を見据えながら再び答えるレグルス。

「無論、本人には前以って説明済みだ。その覚悟にての行動ゆえ、主等が気に病む必要はない」

 するとレグルスの腕の中にいる纏依の額に、あやめは手を伸ばしてそっと囁きかけた。

「お礼を言うのは私の方です。纏依先輩。辛いのを我慢してまで、私に見せた先輩の過去、確かに受け止めました。今後は更に、先輩に気を使う事無く何かあったら助けてやれます。どうぞゆっくり休んで下さいね」

 そうして纏依の額を優しく頭部にかけて撫で上げると、手を戻してあやめは大柄のレグルスを見上げて、真摯(しんし)な顔で自分の考えを伝え始めた。

「スレイグ教授。今回私が先輩に、ここまで無理をさせてまでその心の傷を(えぐ)るような真似をしたのは、予知夢を視たからです。もしかしたら先輩の身に、今後過去の苦痛に再び囚われる何かが、起きるかも知れません。一応警告しておきます。勿論、纏依先輩の事情を知ったからには、私も注意して見守る覚悟です。余計なお世話かも知れませんが、気を付けてあげて下さい」

 そんな彼女を無表情に、視線のみで見下ろしていたレグルスは僅かに眉宇を寄せると、相変わらずの低い声で返答した。

「……承知した。(それがし)からも、そなたに感謝致そう。彼女をここまで気に掛けてくれるご友人殿として、今後も是非纏依との良き付き合いを、宜しくお頼み申し上げますぞ」

 思いもよらない恐怖の教授からの言葉に、あやめは目を輝かせて喜びを露にすると明るい声で、嬉しそうに大きく頷いた。

「スレイグ教授……! ――はい! 有り難う御座います!!」

「彼氏と違って、信頼が置けそうですな」

「ぐ……っっ!」

 レグルスのさり気無い嫌味に、ユリアンは言葉を詰まらせる。そして言い難そうに、言葉を発す。

「だ、だからその懺悔の為に、こうして来日してるんだろう。しつこいぞ」

「心得ておる。単なる嫌がらせだ」

「……」

 無表情の中にも不敵な視線を向ける生意気な後輩に、ユリアンは口惜しそうに口元を引き攣らせた。

「では、帰って先輩をゆっくり休ませてあげて下さい。また何らかの予知夢を視たら、先輩なりスレイグ教授のどちらかに、ご連絡致します」

 あやめは満面の笑顔を見せると、深々と纏依を抱きかかえているレグルスに頭を下げた。

「纏依への心遣い、感謝致しますぞ。ご友人殿。ではお言葉に甘えて、これにて失礼する」

 そうしてレグルスはテーブルに自分達の分の料金を置くと、退室しかけてふと思い出したようにユリアンを振り返った。

「貴様が予知能力者当人なのだから、頼んでおくぞ。あくまでも彼女であるご友人殿は、共鳴者に過ぎぬゆえ」

「分かっている。ここまで来て、また裏切り逃げる様な卑劣な真似は、しやしないさ。でなければあやめからにまで、叱られるだけでは済まなそうだしな」

 苦笑しながらユリアンは、あやめを一瞥(いちべつ)しながら答えると彼女と共に、纏依を抱え行くレグルスを見送った。
















  今回は文字数が多く、話が長くなってしまいました。

今回は重苦しくなったけど、改めてレグと纏依は似た人生を送ってましたね。

この共通点の多さが、二人の波長を合わせて呼応しあったのかも知れません。これを俗に、分身とも言う。世の中どこかに自分の分身がいると、子供の頃に聞いた事があるのを、今思い出しましたww。

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