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42:餓狼なる魔王と羊たる夢魔達




 

 ムスッ……。

 ここは創作洋食店の個室。

 そこで物凄く不機嫌そうな顔をしているのは、言わずと知れたレグルスである。彼はテーブルの向かい側に座っている、目前のユリアンをその闇色の双眸で睥睨(へいげい)してから嘆息を吐く。

「……おい。どうして私は、お前にそんな態度を取られる必要があるんだ?」

 ユリアンは顔を引き攣らせながらも、不愉快そうに声を掛ける。

「……別に」

 素っ気無く、それでいてとても無愛想に言いやるレグルス。溜息雑じりで答えている辺り、最早その一言を口に出すのすら面倒そうである。

「理由がないならそんな対応の仕方は、やめてくれないか」

 ユリアンは言うと碧眼でそんな彼を見詰めつつ、煩わしそうに指に朱金のウェーブヘアを絡み付ける。

(それがし)の事は放っといてもらおう。今貴様の面と声を見聞きするだけで苛立ってくる」

「……」

 そう言われると最早反論出来ずに顔を引き攣らせてユリアンは、そっぽ向いて肘を突いた手で口元を覆い静かに瞑目(めいもく)しているレグルスを、口惜しそうに睥睨し返すしかない。

「話はひとまず、飯食い終わってからで構わないだろう? あやめ」

「そりゃ内容だけにそのつもりではいますけど、どうかしたんですか?」

 苦笑しながらそう訊ねる纏依(まとい)に、不思議そうな顔を浮かべるあやめ。

「いや、どうもしないけど、ただ今は話より先に胃袋を満足させるのを、優先させたくてさ」

 そう少し言いにくそうにすると困り顔で、纏依はチラリと横目で隣に座るレグルスを見遣る。それに気付いたユリアンは、ふと途端に意地悪な笑みを浮かべた。

「――何だお前。そうか。飢えてんのか。それでご機嫌斜めなんだな。空腹で不機嫌とはまるでガキだな」

 いくら年下とは言っても、四十代男にガキ呼ばわりは頂けない。しかも特にこの暗黒の大男に対しては特に。それが言えるのも、ユリアンだからこそでもあるのだが。しかしいくら後輩とはいえ、やはり相手が悪いのは否めない。早速手痛い逆襲を浴びせられた。

如何(いか)にも。だからこそ今貴様を見聞きさせられて余計、気分も悪くならぬ訳がなかろう。何だったら更にガキっぽく八つ当たりに、貴様の心中を探って何らかの恥を露見してくれようか」

「分かったスマン。もう何も言わんからよせ」

 ユリアンは慌てて早口で言うと、悔しそうにレグルスを睨み付ける。それを横目で確認してレグルスは、フンと鼻を鳴らして再び先程の姿勢を崩す事無く瞑目する。するとそんな年上の恋人の慌てぶりに、目敏く反応したあやめが白々と訊ねる。

「へぇー。そうなのユーリ」

「あやめ。君はまだ若いから、勝手に被害妄想して嫉妬したくなるかも知れないが、人間誰しも一つや二つ、何かしら恥ずかしい経験は持っているものだ。あやめにもあるだろう? だからからかったり妬いたりしては、いけないよ」

 ユリアンは隣に座る幼い彼女へと向き合うと、両肩に手を乗せて大人らしく諭すように優しく言い聞かせる。どうやら気まずい事があると、この手口でまんまとあやめを誤魔化しているらしい。少し卑怯である。しかしあやめにはそんなさり気無い彼の態度が、無償に魅力的に取れるらしくすっかりコロリと、猫撫で声で甘える。

「エヘへ☆ はぁ~い♡ 分かったユーリ!」

 瞬間、キュピン! とレグルスに鋭利な光を宿した眼で冷酷に睥睨されて、あやめは思わず硬直すると恐怖に顔を引き攣らせる。

「す、すまんがあやめ。今だけは飢えた狼の前でキャンキャン小型犬のようにはしゃぐのだけは、やめておいた方がいい」

 纏依は半ば申し訳なさそうに、声を潜めながら自分の目前に座るあやめに、顔を近付ける。そうでなくても纏依がワンワン吠えたせいで、一晩中餌食にされたのだ。で、その結果がこれである。体力を擦り減らした狼は、今度は食べ物に飢えているわけだ。

「は、はい。そうですね。じゃないと授業中のように、ハリセン攻撃される……」

 あやめも同じく纏依へと顔を近付けて、ヒソヒソと脅えながら呟く。

「え゛!? あのレグのハリセンって、大学の授業中にも行われてんのか!?」

「はい。寧ろ機嫌を損ねた時に繰り出される、スレイグ教授の専売特許ですよ? ハリセンじゃなくても、丸めた本とかで容赦なくスパーン! と頭を……」

「そうだったのか。だからあの時図書館のカウンターにハリセンが……」

 それは、対国立図書館職員用のものであった。よって、その日の職員会議でハリセン片手に現れた時は、その日の彼の機嫌が計れるアイテムにもなっていた。

「ま、まさか纏依先輩、喰らっちゃったんですか!?」

「おう。初顔合わせ二回目にして早速いきなりな。しかもその時まだ赤の他人だったんだぜ!? どんだけ横暴だよこのジジイ!! とか思って館長室に乗り込んで……」

 そしたら何故か愛が芽生えたと言う、何とも奇妙な話だが、そこは読心能力者のレグルスだったからこそ、起き得た出来事でもある……。

「ヒャアァァ~~~!! それで今や彼女ですか!! 先輩度胸ありますね――」

 途端、言葉が終わらない内に向けられた暗黒の睨み。ギロリ!! ――ビクゥッ!! 恐怖に跳ね上がるあやめ。そして更に纏依に顔を寄せて、あやめは耳打ちした。

「は、早くエサを与えて下さいよ。先輩……っ」

 するとせっかくのあやめの耳打ちの努力も空しく、纏依は声を大にして反論した。

「そんなのここのシェフに言え! ってか、最早お前はロックオン済みだ。次の授業、気を付けた方がいいぞ」

「ええ!? ヒャアアァァ~~~~~!! 勘弁して下さい教授ーーー!!」

 あやめは脅えると、頭を両手で防御しながらレグルスに向かって訴えた。そんなこの女学生に煩わしそうに嘆息吐くと、自分の先輩であるあやめの彼氏に命令した。

「おい。その小娘を黙らせろ。今だけはお前同様、気に障る」

「レグルス。お前なら世界中を恐怖のどん底に叩き落せるよ」

「お前の妹よりかは如何(いかん)せん、まともだと思うがな。その(それがし)を標的に出来るのだから」

「ぅぐ……っ!!」

 こうしてレグルスによってショックを与えられ、共に頭を項垂(うなだ)れ落ち込むユリアンとあやめのカップルを、纏依は同情的に口元を引き攣らせながら哀れむのだった……。




 モクモクモクモク。――黙々黙々。

「おかしい。どうも味がしないぞ。今日の料理は」

「ヤダなぁ、ユーリ。私は寧ろ、心なしかしょっぱい感じが……」

 お互い自分の味覚に、意見を言い合うユリアンとあやめ。そんな二人に苦笑しながら、優しく纏依は声を掛ける。

「落ち着け。それは自分達の気持ちの問題だ。もう大丈夫だから、安心していい」

 纏依に慰められて、情けない顔を見せるこのカップルに纏依は顔を引き攣らせて、横目で隣のレグルスを見る。そんな三人を他所にレグルスは、ただひたすら無言で肉をナイフで切り刻んでは、口に放り込んでいた。

 こんな事なら、もう朝方までの夜伽(エッチ)は無しだ。全く……。

 内心呆れながらそう思う纏依の心の声に、ピタリとレグルスは手を止めて彼女をジッと無言のまま見詰めてきた。それに思わず顔を赤くして、慌てて食事に戻る纏依。そして一つ溜息を吐くと、更に心の中で言い聞かせるように呟いた。

 今度から軽食くらい、用意しておこうな。

 するとそれに納得したように素直に纏依の言う事を聞いて、レグルスは再び手を動かす。

 クス。こういうところは結構、可愛いんだから。レグったら♡

 纏依が思うと同時に、カチャンとナイフとフォークを取り落として、改めて何事もなかったかのように無言で食事を再開する、レグルスだった。








「して? 話と言うのは?」

 そう先に悠然と口を開いたのは、すっかり落ち着きを取り戻したレグルスだった。のんびりと食後の紅茶を(たしな)んでいる。そんな優雅なる魔王に、未だ不信感を持った奴隷……いや違った。先輩であるユリアンが、半ばムキになってこの黒き大男である後輩へと承服を迫る。

「その前に約束をしろ。あやめをハリセンのターゲットから外す事を!」

「……愚劣(ぐれつ)な。そんな程度の低い事など最早、()うに忘却の彼方だ。それよりも、さっさと本題に入れ」

 レグルスは呆れながら低い声で、冷ややかに吐き捨てる。この誰もが恐れる大学教授の言葉に、一生徒であるあやめは心から安堵の息を吐いた。

「はあぁぁ~~~~!! 良かったー!! 怖かったよユーリィ~!!」

「すまなかったな。私がこいつの性格を腐らせたばかりに……」

 人間悪い事は安易に出来ないものだ。いつか何らかの形で戻って来ては、弱みを握られて逆らえぬまま弱者に転落する。初めは被害者だったレグルスから、すっかり犠牲になっているユリアンだった。

「夫婦寸劇であらば、(それがし)達は帰る」

 カチャンとコースターにティーカップを置く音に、あやめが慌てふためき引き止める。

「ああぁあ!! すみませんすみません!!」

 一方纏依はというと自分の事というだけに、食事を終えてからはほとんど寡黙(かもく)気味になっていた。顔も少しずつ険しい色が濃くなっている。時折出る溜息も、重々しい。そして心ここにあらずの様子で、ボンヤリと遠い眼をしたまま俯いて手元のホットココアを見詰めていた。

 そしてふと、どうやら静まり返っているこの場に気付いた纏依は、(ようや)く苦々しい顔をしつつ重苦しげに口を開く。

「ん……? ――ああ。もういいのか? 訊ねても」

「失礼。申し訳ない。邪魔をしてしまったね」

 纏依の微妙な作り笑いに、ユリアンが先にそっと詫びる。

「いや、いいよ別に。気にしないでくれ。こっちもなるべくなら内心、引き伸ばそうとも思っていたし……」

 そう言うと纏依は、あからさまな溜息を大きく吐いてからスッと、目前に座るあやめを真っ直ぐに見詰めた。

「さてそれではあやめ。俺の一体、何を()た」

 ただでさえ普段はハスキーボイスな纏依は、更に少しその声のトーンを落としてから無表情で、静かに訊ねた。その彼女の真摯(しんし)な態度に、あやめは気持ちを切り替える。

「全てを視た訳じゃないんです。ただ先輩が脅えて、泣いていました。その辛さが夢主である私にも当然伝わるので、どれだけの辛さを先輩が抱えているのかも手に取るように、分かりました。その押し潰される心に、恵まれた人生ではなかった事も察しが付きました。内容も理由までもは全く分かりませんが、先輩の心情だけは分かった。その苦痛だけは。凄く凄く私の心も、その時痛くて堪らなかったから」

 あやめの言葉をここまで聞いて纏依は、眉宇を顰めて無意識に彼女を睥睨する。まるで以前レグルスにも同じ反応を見せた、警戒する野良猫のような顔付きだ。今の纏依はここにいるみんなに出会う前の、孤独だった頃の自分に心境が戻っていた。

 ガシャガシャガシャン!! という音が聞こえてきそうだった。それくらいの勢いで、今の纏依の心が中央から外側に向かって次々に、シャッターが下ろされるように防壁が幾重にも渡って張られていくのが、レグルスには分かった。彼の超能力の一つである、閉心力にも似ていたが少し違う。

 なぜならばまだ纏依のは、逃避によるものなのでその防壁を作り出す精神的要素が弱いのだ。突付かれれば脆くも崩壊する簡素なものだ。これはただの、俗に言う世間一般なる“心を閉ざす”というだけの程度である、心境状態だった。

 しかしそんな警戒心を露にする纏依に、あやめは真っ直ぐ視線を逸らさずに見詰めたまま、ふと微笑んで見せるとテーブルの上にある彼女の手に、自分の手を重ねた。思わずビクッとして引っ込めようとする纏依のその手は、しっかりとあやめから捉まえられてしまって叶わなかった。それに驚愕した纏依は、目を見開いてあやめを見直す。するとあやめは静かに囁いた。

「言ったでしょ。夢主の私にも夢での先輩の心情が分かったって。つまり少なくとも夢の中で私は先輩自身になっていた。だから今の先輩の気持ちも何となく分かります。電話で今朝言った筈ですよ。覚悟して下さいって。誰だって逃げる時はありますよ。でも先輩。先輩は私を捉まえてくれたじゃないですか。まやかしの恋に逃げてる私を。だから私も先輩を捉まえます。それで少しでも助けてやれるなら」

 そう言って笑うとあやめは、一筋の涙を零した。

「……!!」

 改めて彼女の涙に驚く纏依。どうして泣いているのか分からなかった。混乱する頭で、それまで警戒色を露にしていた纏依は、ふと顔を顰めてからそしてニヒルに笑った。

「恐らくお前には受け止めきれないさ。重過ぎる。俺の腹の中にあるもん、吐き出したらあやめはきっと潰れちまうよ。やめておいた方が――」

 途端、彼女の言葉を遮りあやめは声を荒げた。

「だったら二人一緒に抱えればいいじゃないですか! いいえ、もう教授の方は先輩の全てをご存知でしょうから、私にもお手伝いさせて下さいと言うのが正しいですね。ねぇ先輩。私が教えてあげる。友達ってね。建て前じゃない。いいえ、親友とはどんなものかと言うべきですね。親友ってのは、人生の中に存在する大切な友人の事です。その人物を含めて人生だと、言える相手です。それとも先輩の中には、私はいませんか? だったらどうして私は今、ここで先輩とこうして一緒にいるんですか? 私が嘗て付き合ってきた彼氏がそうであったように、先輩にとっても私はまやかしの友達でしかないんですか? 友情には心は要らないんですか? 友情にも恋愛同様心が存在するからこそ、その人と一緒にいようと思うんじゃないんですか!? だから私に呼ばれて先輩はここに来たんじゃないんですか!? このバカ纏依!!」

 ここまで思いの丈を吐き出すとあやめは、ついに堪えきれずにポロポロと大粒の涙を流して泣き出した。それを見て纏依は絶句すると、小さく声を震わせながら呟いた。

「……あ……やめ……」

 

 暖かい。穏やかな温もり。

 レグルスの時とは、違った優しさ。

 あやめ。これが、お前なんだな。

 少しずつ崩れ落ちてゆく、心の防壁。

 レグルスの超能力による余波から、纏依はあやめの感情を心で受け止めると、ふと溜息と共に微笑みながら呟いた。

「お前には敵わねぇよ。あやめ」

 そんな若い彼女達の友情を、無言で見守るレグルスと――あやめの言葉にクリティカルダメージを負いながらも同じく見守る、ユリアンの二人だった。









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