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37:リリスと交わりて夢魔は更なる欲情を解放す

「あやめ。実は君に話しておきたい事が、あるんだが……」

 散々悩みながらも、ユリアンは意を決したように彼の部屋でテレビを見ている彼女に、背後にあるベッドに腰を下ろした状態でその小さな背中に、そっと声を掛けた。

「……――ヤダ」

「え?」

 あやめはテレビ番組を見ながら、一言だけ返した。問答無用の拒否に、ユリアンは目を(しばた)かせる。

 沈黙の中、テレビのバラエティー番組の音声だけが楽しそうに、室内を響いている。あやめは相変わらず、背後のユリアンを振り向く事無くテレビへと顔を向けたまま、それっきり何も言おうとしない。ユリアンは改めて声を掛けなおす。

「いや、あやめ。これは今後の事ではっきりと……」

「もう! ヤダって言ってるじゃないですか!! うるさいなぁ!!」

 更に言葉を続けてきた仮にも年上の彼に対して、あやめは相変わらず振り向く事無くテレビに顔を向けたまま、イラただしげに声を荒げた。

 そこまでしてバラエティー番組に夢中なのだろうか。とも思ったが、面白い場面でも一切彼女からのいつもの明るい笑い声は、漏れる事無くただ無言に黙々とテレビに顔を向けていた。

 いよいよ以ってユリアンは、そんなあやめの対応に疑問を覚えて静かに立ち上がると、そっとあやめを覗き込む。すると彼女は、クッションを抱き締めて口元を埋めたまま、ポロポロと大粒の涙を零して泣いていた。

「……一体どうしたんだ突然。なぜいきなり泣いたりしているんだね?」

 ユリアンは驚愕を露にして、あやめの肩にそっと手を置く。すると彼女は相変わらず姿勢をそのままに、涙声で喚いた。

「そんなの、ユーリが一番分かってるでしょう! 今から何を話そうとしているかくらい、想像つくもの! だから、聞きたくない! もう知ってるから。私も見たから。昼間、スレイグ教授が話してくれた超能力の感染とかってので、以前一緒に眠った時に夢で見たから。ユーリの未来を。これって、予知夢になっちゃうんでしょう? だからもう、わざわざ言わないで下さい!!」

「あやめ……」

 ユリアンは泣きながら八つ当たりしてくる彼女を、優しく腕の中に包み込む。その温もりを与えられて、あやめは余計に悲痛な声を上げながら、クッションを投げ捨てるとユリアンに縋り付く。

「バカ! バカバカバカ!! 酷いよこんなの。私、絶対ユーリと一緒だから。絶対離れたくなんかないもの。ユーリと一緒ならどこにでも付いて行く。だから万が一の時は私も一緒に逝く……」

「やめなさい、あやめ! 若い君がそんな事を言ってはいけない」

 ユリアンはあやめのそれ以上の言葉を遮ると、抱き締める腕に力を加える。しかしあやめも負けじとその込められた力を振り解き、体を起こしてユリアンを見上げる。

「だって! じゃあこの気持ちはどこに向ければいいんですか!? ユーリがいなくなったら……ううん! やっぱりそんなの、ヤ!! ユーリは大丈夫! 絶対大丈夫!! ユーリの苦しみは私が治してあげる! だから――」

 それ以上の言葉は、ユリアンの口唇で塞がれてしまった。優しくて、柔らかい彼の口づけ。たったこれだけのキスで、こんなにも強く意識した事は一度も無かった。そしてそっと口唇を離すと、ユリアンは静かに囁いた。

「ずっと私だけに、その気持ちを向け続けていればいい……」

「だったらお願いです……。悲しい話は聞きたくない。苦しいのなら私がずっと一緒にいて、治してあげるから……どうかいなくなったり、しないで下さい……」

「ああ……愛している。あやめ」

 彼女の潤んだ瞳にいたたまれなくなり、ユリアンは感情の赴くままに舌先であやめの口唇の割れ目を、そっとなぞる。それに応えるようにあやめも口唇を割って自分の舌を覗かせると、ゆっくりと彼の舌に絡ませてきた。

 柔らかい舌触り。絡みつく二人の唾液。息が熱くなる。夢中になって何度も交わす、浅くて深いキスの嵐。

 そのままあやめは、彼の首筋に手を当てる。するとユリアンの脈打つリズムが、その手に伝わってきた。

「私がユーリの痛みを取り除いてあげる……」

 あやめは熱い声を湿らせながら、小さく呟く。それに応えるようにユリアンは、あやめを抱き上げると、ゆっくりとベッドに横たえた。

「こんなに激しい情熱は、正直私も初めてだ。本当に心の底から君を、愛しているよ。あやめ」

 ユリアンは湿り気の帯びた声で囁く。

「ユーリ……」

 今まで意識して出していたのとは、明らかに違う。心の底から自然に漏れる本気の自分に、あやめは初めて気付くと何だか急に恥ずかしくなってきた。

 ユリアンも伊達に若い頃より、経験を積んでいないようだった。しかも四十六歳の年齢となると、女の扱いにユリアンの場合は()けていた。

 ()らすだけ焦らされる前戯だけでも、あやめは自分が異常ではないかと疑ってしまうくらい、激しく感じて体はガクガクに震え、心はもうドロドロに溶けきっていた。

「ズルイ……初めて抱いてくれた時、こんなんじゃ、なかった、くせにぃ……!」

「あれは君からの誘いだったからな。謙虚にわきまえた。しかし今は……――私からの欲求だよ。あやめ」

 あやめは、ユリアンの上半身にしがみ付き声を上げると、ゆっくりと力を抜いてゆく。そんな彼女の赤らんだ顔をユリアンは陶酔した碧眼で、愛らしそうに覗き込みながらそっと声を掛けた。

「どうしたんだ……? もう超えてしまったのかい?」

「んん……! だって凄く……その、こんなの初めてだったから、あたし……」

 彼の言葉に恍惚とした表情を浮かべて、艶めかしく呟くあやめ。その声は熱がこもり、まだ幼さの残る陶器の様な瞳はうっとりと、しっかりユリアンを映し出していた。

「――気持ち良かった……? しかしこんなのは、まだ序の口だ。あやめ。本物がどういうものか……たっぷりと教えてあげよう。私の中で、更なる大人の女になれ。あやめ」

 その静かに囁くユリアンに恥ずかしさの余り少し顔を背けるあやめ。

「大丈夫。何も恥じる事は無いんだよ。とても綺麗だあやめ。そんな今の君を更なる最高に綺麗な女に……高めてあげよう……」

 ユリアンは彼女の髪を優しく撫でながら、耳元に口を当てて熱く囁いた。

 過去、何人もの女を抱いてきたユリアンだったが、その違いは歴然としていた。

「クス。これはクセになるな。この調子だと、暫くはやめられそうにない……」

「じゃあ余計……死んだりしちゃいられないね。ユーリ……」

 二人は見詰めあいながら微笑み合うと、ユリアンはあやめの横で仰向けになった。

「ああ。そうありたいものだ……」

 そうして天井を見詰めて苦笑するユリアンの肩を、あやめは優しく抱き締めて彼の朱金の長髪に顔を埋めた……。







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