表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/81

30:国立大学で魔女とのお勉強


「本日は絵画の歴史について、独学ながら身に付けた私の知識を語ろうと思う。正直語りは余り得意としていないので、聞き取り辛い事もあるかと思う。その時は遠慮せず聞き直してくれても構わない。尚、話している途中からの質問等は遠慮してくれ。段取りが飛ぶ恐れがあって、授業が中断されてしまうかも知れないのでね。よって、全て話し終えてから、挙手してもらいたい」

 軽いユーモアを交えつつ教壇に立つこのゲスト講師の言葉に、参加した学生達の間から笑いが起こる。

「それでは僭越(せんえつ)ながら、今回も宜しくお付き合い願いたい」

 ゲスト講師の改めて口にした挨拶に、続いて拍手で学生達は歓迎を示した。

「さて、今日は現代美術について語ろう。時々、私の独断と偏見が混入される恐れがあるので、そこは参考にせず斬り捨てて無視してくれ。でなければ、私の様な偏った人間に君達までさせてしまうのは、忍びないからね」

 それを聞いて再び学生から笑いが起こりつつも、拍手も交じっている。確かに偏ってはいるが、このゲスト講師はビジュアル的にも学生から人気があった。

 そんな事は知らない当の本人は、タイミングを見計らって授業に入った。

「まず、現代に於いては主に、超現実主義(シュルレアリスム)と抽象主義の二つがあるのは、ご存知の事と思う。そこから更に、流派が細かく分かれていく訳だが、その中で野獣派(フォーヴィスム)なる流派についてまず語ろう。この派名の由来を誰か、知ってる人は?」

 そうしてこのゲスト講師、在里 纏依(ありざとまとい)は質問して周囲の学生達をザッと見渡す。チラリと当然今回も出席している後輩且つ友人の、星野あやめに視線をやると彼女は指をクロスさせ、ペケマークを示しながら顔をプルプル振っている。

 内心呆れながら、嘆息吐きつつ他へと首を巡らして一人の挙手している男子学生を、首肯しながら手で指示する纏依。

 彼は立ち上がると、若干自信なさそうながらも答える。

「確か……、今まで統一的だった構図から外れて、どこか野蛮的でそれまで一般常識とされていた表現とはまるで違った、(いびつ)さからだったと思います」

「そうだな。確かに間違いではないが、必ずしも正解ではない。今、君が語ったのは由来よりか理由と言うべきかな。そして歪さと言うのは残念ながら外れている。その言葉を用いるのなら、それはこの後に紹介する立体派(キュビスム)にこそ、相応しいだろう。有り難う。座ってくれ」

 そして何やら強烈な視線を、あやめがいる方向から感じて振り返って見ると、どうやら纏依と初めて知り合った頃のときめきを思い出したらしく、あやめはうっとりとした眼差しでこちらを見詰めていた。

「……欲求不満だな。早く彼氏作れ」

 纏依は小さく口の中で呟くと、彼女の熱い眼差しに辟易(へきえき)しながら気を取り直し、授業を推し進める。

野獣派(フォーヴィスム)の由来は、“(あたか)も野獣の檻の中にいるようだ”と批評家ボークセルが嫌味を込めて、酷評した事からきている。辛口酷評が、逆にこれらの流派に拍車を掛けたんだ。皮肉ながら世の中、かにも面白いだろう? だからこそ美芸はそこにも存在出来る、絶対なる意識とも言える。ボークセルが見苦しいと思った不細工品が、今では立派な一つの美の表現となされているのだからね。物事の誕生とは、分からないものだろう?」

 この纏依の独断に、数人の生徒が感嘆する。構わずに彼女は再び続けながら、用意した小型映写機の電源を入れる。

「ボークセルがそう酷評した理由が、先程の学生君が述べたのに一理含まれる。色彩はデッサンや構図に従属するものとは決して限らずに、感覚を重視し、その芸術家本人の主観的感覚を表現する道具として、自由に使用すべきという考えにより本来のその存在を、それを表現する者次第でこれまでの常識が変更されてしまった作風だ。しかし野獣派(フォーヴィスム)たる言葉のイメージとは裏腹に、明るい強烈な色彩でのびのびとした雰囲気なのは、それまでの常識感が、まだ薄暗く漠然的且つ幻想的雰囲気を理想としていた為だ」

 ここまで言うと纏依は、一枚のフィルムを反映版の上の左端に置き、スクリーンにその映像を映し出す。

「分かるだろう? これは基本よく見かける昔ながらの画風で、近代期以前の物だ。抵抗なく受け入れ易いだろう? それは先入観からくる、君達の中の常識でありまた同じく世界の常識、特に欧州地方の意識だからだ。ご覧の様に、今私が述べた雰囲気の色彩だろう。これがそれまでの“普通”。これに馴染んでいたからこそ、野獣派(フォーヴィスム)の画風を初めて見せ付けられたボークセルは、醜いと酷評したんだ。初めて目にする物に抵抗を覚えるのは、大半の者が同じだろうね。そんな酷評的だった流派に最も影響された有名画家に、フィンセント・ファン・ゴッホやポール・ゴーギャンがいる。これはゴッホの作品で有名な、“ひまわり”」

 続いて纏依は今度は空いている右端に、ひまわりがコピーされているフィルムを置き、並べた。これでスクリーンには、二枚の異なる色彩の絵が映し出された。

「お分かりの通り、彼等の書く絵は眩いまでにはっきりした色彩だろう? 左側の絵の暗い印象とは、見て明らかなまでの違いだ。当時、その作風は下品であり、どきつい印象があって歓迎されなかったんだ。多くの現代画家の作風が死後になって認められ始めるのは、皮肉にもそういった背景がある。つまり流行の最先端を行過ぎたゆえに、理解されなかった者達だ。今の時代ならば、例えどんなガラクタでも本人が作品だと言えば、芸術として認められる。誕生の早すぎた天才はいつだって、当時の歴史から迫害された。ここ百年だ。それこそこうも極端に、世界が急成長的に進歩し、何もかもが受け入れられるようになったのは。さて、これ以上この私の意見を続けると、路線を逸するので次に移ろう」

 纏依は言うと、二枚のフィルムを引き取りながら、次の作業に移る。

「続いて先程チラリと出て来た立体派(キュビスム)だが、これは素人から園児までが見て分かるように、非常に(いびつ)な画風になっている。これはそれまでの具象絵画が一点に基づいて描かれているのに対し、この流派はいろんな角度の視点から物の形を描いてゆき、一つの画面に収める画法だ。代表的な画家はご存知、バブロ・ピカソ。そしてフアン・グリスがいる。まずここまで話を聞いて質問は」

 纏依はここまで語ると、言葉を切った。スクリーンには、今度はピカソの絵が映し出されている。

「はい」 

 挙手した学生に目をやると、それはあやめだった。

「……」

 纏依は敢えて彼女を避けるべく、他へと頭を巡らすも、あやめの声は騒がしさを増した。

「はいはいはいはーい!!」

 最早、身を乗り出している。

「く……っ。ではそこ」

 纏依は煩わしそうに、口元を引き攣らせて投げやりに、あやめを指名する。

 するとあやめは、賺さず嬉々と質問した。

「在里先生は、今の二つの内どちらがお好みなんですか!?」

 暫く静まり返る教室。一番上の隅端の方から、クスクスと忍び笑いが聞こえてきたが、スクリーン投影の為、ライトを薄闇に落としているせいでその位置の人物が見えない。

 本気で授業に参加する生徒なら、もっと前列に座るはずだ。

 美術担当教授などの見学者かと、纏依は思いながら、あやめの質問に重い口を開いた。

「君が知りたいのは、そんな個人的なことか」

 纏依は大きく溜息をあからさまに吐きながら、片手に持った鞭でもう片手の平に軽くテンポを取りながら打つ。

「駄目でしたか?」

「……」

 無邪気に小首を傾げるあやめに、暫く黙考してから纏依は仕方なく、ズバリと吐き捨てた。

生憎(あいにく)、どちらも好かない」

「えええ!? じゃあ何でそれを題材にしたんですか!」

「これも授業の一環だからだ。そこに個人的好みは必要ないだろう? 野獣派(フォーヴィスム)は画風が苦手で、立体派(キュビスム)は流派からしてまず嫌悪する。あんなものは、あくまで私の完全なる独断と偏見で言わせれば、絵の屁理屈だ。だから私は近代美術、特に抽象主義は正直大嫌いだ。今言ったように、それこそガラクタすら芸術にされるのが許せん。そこに捻じ曲がったフォークを放って、“タイトル『歪曲した近未来』”と名付けたとする。途端、それが一つの美の形と見なされる。私に言わせれば所詮ゴミだ。それは腹いせ任せに捻り上げた、ただの鉄屑だ。では丸めた紙屑。これを“タイトル『地球の崩壊』”とする。それをも美に加えると言うならば、それこそ犯罪すら芸術となる。まぁ、これは人それぞれの価値観の問題であり、くどいようだがあくまで私の偏見だ。参考にしないように。そうだな。せいぜい現代でまだ私がマシだと思うのならば、それはエコール・ド・パリだな。これは野獣派(フォーヴィスム)と似た画派で、流派は立体派(キュビスム)を先取りした独創的な絵でも、そこには超現実主義(シュルレアリスム)が混在している分、まだマシに見える。根本的に現代は趣味ではない」

「じゃあ何がお好みなんですか」

 最早纏依とあやめの抗論会と化しつある。

「近世・近代美術だ。それは私の作風を見ても、お分かりの事と思うが?」

「あ゛」

 纏依の決定打に、あやめは固まる。

「それにも気付かず、私の個人的質問を続ける気なら、出直してからにしてくれないか。ここは講義の場だ。なるべく授業の一環として参加願えないかな」

 纏依は言い切ると、俄かに意地悪な笑みを浮かべた。

「くぅぅーーーーー」

 あやめは小声で歯噛みした。




 授業が終わり教室を退席して行く生徒達から、数人の生徒達が敬意を込めて纏依に握手を求め、それに応えて見送ってから教材の片付けを始めると、最後まで残っていたあやめがプリプリ怒りながら下りてきた。

「先輩ったら! 人前で恥じ掻かせるなんて、イジワルです!!」

「あのなぁ。俺は本当の事を言っただけだぜ。俺の画廊で働き始めた新人バイトさん。そんな調子で本当に大丈夫なんだろうな?」

 すると最後方の隅端から、今度はハッキリとした笑い声がした。見るとそれはユリアンだった。

「いやはや。さすがは大したものだなレグルス。お前の彼女の教鞭は」

 見ると黒いカーテンに溶け込むようにして、レグルスもそこに居座っていた。

「いたのか!?」

 今度は纏依が驚く番だった。

 それに答えるようにレグルスは相変わらずの無表情で、ゆっくりと立ち上がり纏依のいる教壇へと、悠然と下りて来ながら低い声で言う。

「この男が見学を要求し、(それがし)もそなたの振るう教鞭に、興味がありましてな。いくら独学とは言え、見事なものでしたぞ。その辺の博士や教師とは、引けを取らんのではないか」

「クス。そりゃあ褒め過ぎだよ」

 恥ずかしそうに、苦笑する纏依。

 そんな彼女の隣で、あやめがポロリと口にした。

「次は人文科学でしたよね? スレイグ教授」

「……!」

 レグルスが言葉を詰まらせ、眉宇を寄せて動きを止める。

「何? 聞いてなかったぞ俺」

 即座に反応を示す纏依に、ユリアンも同意する。

「ほぉう。私もだ。これは是非とも……」

見物(みもの)だな」

 纏依とユリアンが声を揃えて、ニンマリと笑って彼を見遣る。そんな二人に、あやめがあっけらかんと言い捨てる。

「大して面白くないですけどね。(のぞ)いても」

如何(いか)にも」

 あやめの言葉に、レグルスも慌てて早口で答える。

「おや? 初めてお前があやめの言葉に、同意するところを見せたな」

 ユリアンの意地悪そうな言い方に、思わずギョッとして纏依を伺うレグルス。

 今ではすっかりユリアンはあやめの名前を呼び捨てで呼んでいるが、あくまでも親子の様な関係としての仲だった。

「もっともだ……!!」

 唸るように言ってレグルスを下から見上げるように睥睨すると、纏依はガンッ!! と教壇の床を力強く足踏みして威嚇を示した。嫉妬である。そんな彼女をあやめが面白がってからかう。

「キャハ! ジェラってる纏依先輩、しっかりメスしてる〜! カワイー♪」

「やかましい! あやめは黙ってろい!」

 纏依は喚くと、賺さず少し先に立っているレグルスへ大股で詰め寄る。

「どうなんだよ! そこんとこ!!」

「喚くな。見苦しい。了解した。やむを得ん。見学していくが良い」

 鬱屈(うっくつ)そうにぼやくレグルスの反応に、更に機嫌を損ねる纏依。

「見苦しい!? 誰が! 俺が!? 何だよレグは俺の素人講義を無断で見学しておきながら、本職教授である自分の講義姿は、俺には見せらんないって言うのか!? 嫌? 嫌なの!? 俺に見られちゃ嫌なのか!?」

 最早ユリアンとあやめの存在は、纏依の念頭からスッパリ消し飛んでいる。

 そんな二人の痴話喧嘩に呆れながらも愉快そうに、ユリアンとあやめはコッソリと二人だけを教室に残して、後にした。

「す、すまぬ。もう言わぬから、落ち着きたまえ。続きは帰ってから存分にて聞くゆえ、今この場では見逃しては頂けますかな」

「だって!」

 もうほぼ半泣きで目を潤ませている纏依に、思わず胸ときめかされたレグルスは、自分達二人以外誰もいないのを確認してから、纏依を抱き寄せるとたっぷりとキスをした。









   ……何だかな……ww

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ