29:魔性達プラス女学生の晩餐
そう言う訳で、レグルスと纏依は互いの友人を連れ立って、シティーホテルの最上階にある多国籍鉄板料理の店に、やって来た。
狙いは当然、ただ一人の人間の我が侭なる希望による、カウンターテーブルであった。
ここでなら男二人、横に並ぶか向かい合って座るかなどで、至近距離内に収まらずに済むと言う、レグルスの案だった。
ユリアンは彼の意見に、顔を引き攣らせながらも承諾した。
この階から望む絶景に、初めてこういう店にきたあやめは感激して目を輝かせているのを、纏依が自分の隣に座らせる。
「分かるぞお前のその気持ち。俺もな。こういう格式高い店に連れて来られた時は、新鮮だったものさ。外人はこういう店を好むらしい」
纏依はそうあやめを諭す。外人全てがそうとは限らないが、特別彼らがそういう種類の外人だった。特に独身貴族であるレグルスは、こういう店での一人の食事を好んだ。
尤も、纏依と付き合いだしてからも、その趣向に変化はないようだが。それがレグルスの、生活スタイルになっているようだ。
一方ユリアンは、レグルスよりかはもう少しラフな生活を好み、必ずしも格式ある店だけではなく、抵抗なくファストフードやコンビニ食も問題のないタイプだった。
ともあれこうして、カウンターに女二人座る間を挟む形で、纏依の左隣にレグルスとあやめの右隣にユリアンという並びで、レグルスの思惑通り男二人、それぞれ端に座り顔も合わせる事もなければ、距離も離せるポジションに着く事が叶った訳である。
「すまんな。あやめ。せっかくこういうオシャレな店に来れたのに、相手がおじさんで。若い男の方が良かっただろう」
纏依なりに、この若い後輩に気を使って言ったのだが。
「別に気にしてませんから大丈夫ですよぉ! 見せ掛けだけなら、纏依先輩のルックススタイル利用して、周囲の目を誤魔化し若い男の代役に立てますから! だって基本おじさんは、私の恋愛対象じゃないですもん!!」
ズーーーー……ン。
このあやめの無邪気で悪意のない言葉に、色んな意味で当てはまる纏依と対象外扱いにされたユリアンは、気が沈む。
「お前……悪気がない分一層、失礼だな……。もう少し言葉に捻りを加えて、気を使う事を学習しろ」
「そうですかぁ? これでもスレイグ教授の授業にも参加して、文学とか学んでるつもりですけど」
纏依の引き攣った言葉に、あくまでも無邪気に答えるあやめ。
「それに一番問題があるかも知れないな……。そもそも、文学と会話のマナーは似てるようでジャンルが違う」
続いて口にするユリアンを、レグルスは無言でギロリと横目で睥睨する。
そもそも普段から嫌味と皮肉で会話を成立させているレグルスに、確かにお似合いの学科とは言え、どう生徒に教えているのかがこうなると、気になってくる。
昼間もユリアンに言葉をオブラートで包めと、レグルスは指摘されている。まぁしかしそれは、あくまで相手がユリアンだからこその言動だろうが。しかも明らかに悪意が込もっている。
そこは無邪気なあやめとは違うので、彼の教鞭が原因ではなく元々の彼女の性格のようだった。そんなあやめは、あからさまなまでに純粋に“飯食い”に付いてきたというオーラが、満々に発揮されていた。
少なくともこの顔ぶれの男相手に、色気を魅せる気も意識する気も欠片もないようだったが、一応学生の立場という事で教授であるレグルスには、身分上気を使っているようだ。
しかし当のレグルスに至っては、いつも通りに寡黙の無表情であやめの存在は、眼中にもないらしい。せいぜい大学の学生、もしくはそこら辺の小娘程度の対応だ。
元来、人嫌いのせいで他人には、あからさまなる薄情ぶりだった。だからこそ余計に他人から、恐怖感と違和感を威圧感を抱かれているのだが。
かと言ってそんな彼だからこそ、人前で彼女の纏依とイチャついて見せる事も当然ない。纏依もそこは同じだ。
元々クールな性格同士がくっ付いているのだ。人前でプライベートな行動は、決して見せる事はないカップルなのである。特に纏依は今時の典型的ツンデレタイプなのだ。
まぁ、レグルスと纏依はこんな感じではあるが、ややお邪魔扱いされているユリアンはまだ親切だ。
娘ほどの年齢差があるものの、あやめも列記とした女性としてきっちりと、レディーとして扱った。
「やっぱり外国の男性は違いますね。こっちは慣れていない分恥ずかしくて、照れちゃうくらい女性として親切に扱ってくれるから、まるでお姫様になったみたいです」
あやめは無邪気に笑って、ユリアンに言いながら食事を口に運ぶ。
勿論、この“外国の男性”としてのレグルスは、しっかり除外されていたが当の本人はまるで気にも留めずに、他人事の様に無視している。
そんな彼女に、ユリアンは英国紳士らしく爽やかな微笑を浮かべて、言った。
「今はミス星野はまだ幼い所も見受けられるが、今後更に色んな経験をする事により、磨きがかかってそれこそプリンセス並の、お嬢さんになれるだろう。女性は若いのも良いが、年齢を負うとまた違った魅力が身に付くものだからね」
「なれるかなぁ? そんな素敵な大人の女に。何かただひたすらおばさんへと急降下しそうで、年取りたくはないなぁ」
あやめは言いながら、啜ったスープのスプーンを置いてから、続いて再びレアステーキを刻み始める。とにかく会話中でも食事の手は休めない。何せ目的は食事なのだから。
そんな、ひたすら休みなく手を動かし続けるあやめが可笑しくて、隣で纏依は愉快そうな顔をしている。
レグルスはあくまで無表情で、目の前にある鉄板の上で調理しているコックの手の動きを、無言で見詰めながら食事をしている。ユリアンとあやめの会話にまるで無関心だ。
ユリアンも、あやめの忙しなく動く手を見て笑いながら、言葉を続ける。
「女を老けさせるか輝かせるかは、男次第だ。だから男選びは慎重でなければいけないが、慎重過ぎるのも困る。何にでも言える事だが、バランスが必要なんだよ。男女の間にはね。なぁ? レグルス」
そうしてヒョイと、ユリアンは背後からレグルスの方へと覗き込んで、同意を求めてみる。
そんな彼に、レグルスは不愉快そうに視線をコックの手から外し、更にその背後の全面ガラス張りの向こうにある、夜景に視線を移しながら無愛想に言葉を投げる。
「貴様の会話に、某を巻き込むな」
「……後は相性だな」
そんな後輩の自分への態度に、ユリアンは苦笑しながら言った。そんな彼の大人のアドバイスに、しみじみと納得するあやめ。
「そうか〜。ね。先輩達は、どうですか?」
突然ここに来て食事の手をやっと緩めたあやめが、纏依の方へと顔を向ける。
「ぐ……っ! な、何でそこで、こっちに話題を振る!?」
纏依は野菜サラダをフォークで纏めていた手を止めて、顔を顰める。するとあやめは少しだけ小悪魔風な笑顔を浮かべて、意地悪そうに言いやった。
「是非、参考にと思って♪」
何たってこんな奇妙な二人が、恋人同士なのだ。あやめじゃなくても、好奇心を覚えるはずである。あながちその辺は、ユリアンも興味深々だった。
彼にとっても、纏依の存在は充分不思議だったからだ。言動もファッションセンスも、男性的なのだから。俄かにレグルスの好みにも、疑いを覚えるところであった。少なくとも英国紳士にはこういった女性は、理解出来ない。
余談だが、だからかどうかは知らないが、かのジャンヌ・ダルクを死刑に追いやったのも、イギリスの取引間に含まれていたらしいし。男勝りの女を、理解しにくい国なのかも知れない。
「そりゃあ……」
纏依は呟いて、チラリと左隣に座るレグルスの顔に、視線をやる。
レグルスは彼女の視線に気付いて一瞥すると、何も言わず夜景に視線を戻して水に口をつける。
そんな彼らしい態度を確認して、ふと苦笑すると纏依は静かに答えた。
「俺にとっては、全く問題のない相手さ」
途端、あやめがまるで自分事のように顔を赤らめながら、喜びはしゃいで纏依の右肩を自分の左肩で小突く。
「キャハ〜! 惚気ちゃってもう! 羨まスィ〜ですなぁ! 私も早く、“若い”イケメン見つけなきゃ!」
「うるさい! それはうちのナイスミドルへの侮辱か!」
纏依の言い返しに、俄かにレグルスは正面を向いたまま眉宇を寄せる。“侮辱”とはどういう意味だと、内心思ったらしい。ちなみに、“ナイスミドル”とは和製英語なので、外国では通じないのを覚えておこう。
それはそうとフォローのつもりで言った事が、墓穴を掘っていることに纏依は気付いていない。それを密かにユリアンが気付いて、忍び笑う。
「いぃえぇー! そんな! スレイグ教授を侮辱するなんて、と、とんでもないですから!!」
必死に大慌てで、あやめは両手を振って否定の意を表しながら、レグルスの反応を伺いながら言い直す。学生としての悪い癖で、つい思わず単位を気にして諂ってしまう。
特に恐怖で謎深き教授を敵に回す事ほど、恐ろしいモノはないと大学でも囁かれている。
しかしレグルスは、あやめに対しては全く反応を見せる事はなかった。そんな細かい事で生徒に目を付ける程、度量も小さくなければ、興味もないからだった。
一教授として、一生徒に関心を持つまでとしては、どうでも良かったからである。彼にとってあくまで個人的人生の暇潰しとして、人文科学を研究する為の、ただそれだけの職務でしかないのだ。
そしてどうやら大丈夫そうだと、安心したあやめは更に言葉を続けた。
「ウェルズさんも、さぞご家族を大切にされてるんだろうなぁ〜」
「ん? ああ、まぁ、それなりにね……」
突然自分の家族に話題が移って、ユリアンは口元に笑みを浮かべながらも、微妙に顔を顰めた。ウェルズとは、ユリアンの苗字だ。ユリアン・ウェルズと言う。
そのニュアンスの変化に気付いたレグルスが、横目だけで彼の様子を無言のまま伺う。
それに気付かないあやめは、構わず質問する。
「お子さんはもう大きいんでしょう? 何人いるんですか?」
「二十二歳の娘が一人と、二十歳の息子が一人」
迷いなくずばりとそう答えてきたユリアンに、思わずレグルスが軽くむせ返った。
「おやおや。どうした。何を咽ているレグルス? 恋愛に年の差など、成人を過ぎれば関係あるものか。気にする事はない」
ここに来て初めて優位な立場になったユリアンが、白々しく愉快そうに声を掛ける。
「へぇ〜。纏依先輩と私と、同じ年かぁ〜……。ですよね。うちの両親は父が五十で、母が四十六ですから、ウェルズさんと母は同い年になりますもんね」
あやめはレグルスの人間らしい反応を初めて見て、一瞬気が楽になって笑った。謎多き教授の思いがけない様子を、知る事が出来たからだった。
自分の先輩且つ友人の彼氏としては、幾分か接し易くなった気がしたからだ。やはり友人同士、今後もこうした付き合いがある以上、少しでも気楽である方がいい。
そうしてあやめは安心したように、笑顔で纏依の顔を覗き見た。
「ん? どうかしたか」
「いえ。ねぇ先輩。これからもずっと私と、お友達でいてくれますか?」
「何だよ突然。俺は、そのつもりではいるが、あやめには他にも友人が多いだろう。だから束縛する気は……」
「学生時代での友人ってのは、社会に出るとごっそり減ったりするものです。いつかそこから最後に残る友人が、纏依先輩であって欲しいと思って。こうして夕食に同行させてもらって、良かったなって。上手く言い表せないけど、先輩達みたいなカップルも素敵である事にも、気付かされたし。エヘへ☆」
「あやめ……。最高だぜ。サンキューな」
纏依は呟くと、嬉しそうに微笑んでからあやめの頭を撫でた。
「そうと決まったらトイレ行きましょう!」
あやめは言うや、イスから下りて纏依の腕を引いた。
「は? 何でそこでトイ……、いや、お手洗い!?」
場所を弁えて言い直しながら、あやめに引っ張られるままイスを下りる。
「それが女友達同士が取る行動なんです!」
「いやいやいやいや、超マジ意味分かんねぇよ! それって儀式か何かか!?」
こうして女二人は、トイレへと姿を消した。
そしてナイスミドルと呼ばれる、初老紳士二人が残った。
「……貴様。妻を愛していないのか」
二席分向こうに座っているユリアンに、静かにレグルスは顔を正面へ向けたまま声を掛ける。
「心を読んだのか?」
苦笑するユリアン。
「いや、貴様の負の念が流れ込んできたのだ。そっちから一方的に思いを放出するくらいなのだから、貴様にとってはよっぽど、家族の話題は不快なのであろう」
ほぼ食事を終えたレグルスは、相変わらず彼の方を向かぬまま、テーブルナプキンで口元を押さえる。
「そうか。意識漏れ予防に、精神に防御エネルギーを張っていたが、それでも漏れたか」
「昔の某とはもう訳が違う。己の能力の扱いなど、呼吸をするに等しい。その程度では、貴様の中に芽生えた強烈な感情は某からは隠し覆せぬ。どうしても秘密裏にしたくば、集中的に防御を張る事だな」
そう静かに答えたレグルスの言葉は、昼間での会話と比べ若干、冷淡さが緩和されているようにも思えた。
そんな彼に改めて苦笑するとユリアンは、レグルスの隣の席を指差して視線を送った。どうやら声に出して話しにくい問題らしい。
レグルスはやむを得ず、無言のまま促がした。そして隣に座ったユリアンは、諦めた様に静かに唇を割ると、ここからは英語を使用して語り始めた。
「……妻を愛していたさ。少なくとも最初の頃はな。だが実際は、私は妻にとってただの飾りとしての、夫だったらしい。娘も息子も、私と血の繋がりはない。最近になって知った事だ。私は、弱少型精子だったらしく種付けの働きが、機能していない体だったらしい。それをこっそり病院で検査して知った妻は、影で愛人を作った。その子供だったんだよ。自分の事に関しては、能力が使えないのはお前も同じだろう? それこそ五年前さ。妻に関する予知夢を見て、愛人の存在を知った。子供との関係は夫婦喧嘩で妻に知らされた。よっぽどその時別れてくれた方がまだ楽だったが、妻の言い分は、家庭的で子供好きな私を夫としては文句なかったから、利用したそうだ。その代わり、愛人側の男とは、男女の関係として付き合い続けた。つまり家庭用と恋愛用とで使い分けられていたのさ。不様だろう?」
ユリアンはここまで言うと、スパークウォーターを口に含む。そして咽喉を潤すと、再び会話を続けた。
「お蔭で妻との関係は冷え切っているが、それでも私が家庭に納まっているのは、皮肉にも子供達に情が入ってしまっているからだ。子供達は純粋に私を父親として慕ってくれている。その気持ちを親の都合で壊してしまいたくはない。子供には罪はない。よって私は他所の男の子供を育ててきた。その子供達も、もう自立だ。そんな時に予知夢での死亡宣告だ。ここまで来て思う。私の人生は、何だったのかとな……。その時に、叩き付ける様にしてお前にした事が蘇ってきてな。すると急に恐ろしくなってきた。死ぬ事が。この惨めな人生、せめてお前だけが突然、心残りになった。この未練を抱えて死にたくはないと、思ったのさ。ここまで全てを語るのは、重くなるだろうから避けておこうと思っていたんだがな。済まん。聴かせる気は毛頭なかったんだ。まさかお前がそこまで、能力を高めていた事までは、計算に入れ損ねた」
そうして自嘲するユリアンに、それまで両手の指を組み口元に当てて、黙って聞いていたレグルスが静かに、同じく英語使用で声を洩らす。
「お前のお得意の、予知夢侵入でどうにかしようとは?」
「……今更だろう? そんな気力も失せたさ。とにかく子供が自立したら、妻と別れて第二の人生をとは、考えていたが、死の宣告だ。お手上げだ。お前に懺悔しに来るのが精一杯だった。若い頃は能力の扱いにも慣れてきたから、調子に乗って使い遊んだ予知実行でその反動のリスクを喰らい過ぎて、体内細胞イカレるしな。まぁこれは自業自得だとして、今はもう自然に見せられる予知夢以外は、全く超能力を使用していない」
「……某が思っていた以上に、お前はお前なりの苦労をしっかりしているではないか。最早、某への懺悔は不要に思うがな」
「そう言ってくれると、有り難い。しかし、この手で壊し失った輝きが、今一度取り戻したくてな。死ぬ前に思い出が欲しい。それがお前である事に、問題はあるか」
「……否。しかし……某も随分久方振りにて、今一つ慣れぬ。それでも構わなければ……付いてくるが良い」
「感謝する。レグルス」
ユリアンは嬉しそうに微笑むと、ポンと肩に手を置いた。
「懐くな。気味が悪い」
ここからは、また日本語に戻してそう言いながらレグルスは舌打ちするも、もうその手を払い除けようとはしなかった。それに気付いてユリアンは、改めて彼の幅のある肩をポンポンと軽く叩くと、自分の席に戻った。
するとタイミング良く、あやめのはしゃぎ声を引き連れて纏依が戻って来た。
「食事中に席を外して、失礼しました。少しは会話は、弾みましたか?」
纏依はどちらにともなく改めて非を詫びてから、レグルスの肩を二回、叩いた。それに気付いた男二人の内、ユリアンが苦笑する。そして静かにレグルスに言った。
「成る程。お前が彼女を選んだ理由が、分かった気がするよ。恐れ入りました。ミス」
ユリアンはそう纏依に向かうと、胸に片手を当てて軽く頭を下げて、微笑んだ。そして今度は、彼女の背後にいるあやめに顔を向けると、訊ねた。
「ミス星野。良ければお宅まで御送りしよう。いくら慣れてはいても、うら若き女性が夜道を一人は放ってはおけない。レディーファーストのつもりで、甘んじて貰えないだろうか」
「でも……」
困惑気味のあやめに、更にユリアンは優しく諭した。
「我が子と同じ年の女性に、下心は持たないから安心しなさい。純粋に心配しての事だ。確かにまだ夜とはいえ街は明るく賑やかだが、せっかく今夜の縁なのだし。無理強いはしないが、いかがだろう」
そうしてニッコリと、ユリアンは満面の笑顔を見せる。
「んー、じゃあお願い、しちゃおうかな! 大丈夫ですよね? 教授。これ」
あやめはレグルスに尋ねながら、ユリアンを指差した。
「これ……」
「おいコラ! 人に指差すなと習わなかったのか! “これ”とセットで使用するとは悪気ないだけに、生殺しだそれじゃあ!」
口元を引き攣らせるユリアンを気遣って、微妙な説教をする纏依。
「その方には、害はないでしょうな」
無愛想に静かな口調で、素っ気無く答えるレグルス。大学でもこんな感じなので、あやめは気にしなかった。そう聞いて安心したあやめは、ユリアンに同行する事になった。
こうして外に出て来た四人は、それぞれ二対二に分かれるとあやめが口を開いた。
「先輩。今日は教授も一緒であるにも関わらず、食事に誘ってくれてありがとう。凄く楽しかったです。良ければまた誘って下さいね。お邪魔でなければ、ですが」
「おう。こちらこそ嬉しかったぜ。勿論今後も誘う事はあるだろうが、お前が彼氏を作らん限りは、もれなくそれが……、いや、もとい、ウェルズさんが憑いて来るからな」
「人をゴースト扱いとは、伊達ではないな……」
レグルスの彼女として、と言う意味でぼやくユリアン。
「了解! 極力全力を注いで急がせてもらいます! 彼氏作り!!」
「君……」
纏依に敬礼するあやめに、更に苦笑するユリアン。
「ではおやすみ。あやめ」
「おやすみなさい! 先輩!」
あやめは言うと、纏依に投げキッスを寄越した。苦笑しながら仕方なく受け取る纏依。
「では二人とも、これにて失礼するよ」
そう言うユリアンに会釈で応える纏依。レグルスも無言のまま、視線だけで応じた。
こうしてそれぞれ別れると、レグルスと纏依は駐車場のクラウンに乗り込んだ。
それからやや間を置いてから、二人同時に大きな溜息を吐いた。そして纏依が先に、口を開く。
「人付き合いに一日かけると、さすがに疲れるものだな」
「そなたが今の内からそうであってどうする。これから慣らしてゆかねばなるまいぞ」
「だな」
時間は八時を回っていた。
そうして二人帰路に向けて、レグルスは車を発進させた。
一方こちらの二人は、あやめに教えられたマンションの前で、ユリアンは車を停車させた。
その間、ユリアンはいろんな楽しい話を披露して、車内中のあやめを飽きさせることなく、喜ばせた。
「お話、とても楽しかったです。ウェルズさんって、スレイグ教授とは正反対のタイプなんですね」
「それは君達も同じだろう」
「纏依先輩とですか? 確かに、そうですね」
そう言うとあやめは、愉快そうに笑った。キャンキャンはしゃぐ、まるで小型犬のような彼女はユリアンから見ると、本当に幼さの残るあどけない女の子だった。
しかしそれが、今まで周りにいなかったタイプなだけに、新鮮さがあった。
もし実子の娘を持てたのならば、こういう娘の父親でありたいと改めてユリアンは思った。
イギリスの娘は、纏依は論外としてあやめとはまた違ったタイプだった。そもそも異国の若者は、十八歳で成人扱いされるせいか、もう少し落ち着いている人が多い。
日本での第二の娘として、父親代理の親子関係で付き合うのも悪くないと、あやめに対して思えた。あくまで彼は、家庭に納まった男親としての考え方が、主流だった。
「ミス星野。良ければ明日、この辺の観光案内の相手を務めてくれないかい? 色々日本の事を知ってみたい」
「私ですか? クス。いいですよ! 纏依先輩も土地勘ないまだ新参者だし、教授はあの性格だと論外でしょうしね。あ、今言った事は、くれぐれの教授には黙っておいて下さい。単位に影響したら怖いから」
あやめは言うと、口元に人差し指を当ててみせる。それが可笑しくて、愉快気にユリアンは笑った。
「とにかく、せっかく日本に来たのなら楽しんで欲しいですもんね! あ、でも日本の歴史を聞くのはやめて下さい? 日本人のくせして歴史が苦手で。それでも構いませんか?」
「クスクス。結構だよ。楽しければそれでいい」
ユリアンの答えにあやめはニッコリ笑うと、携帯電話を取り出してからユリアンと連絡交換してから、降車した。
「ではおやすみなさい!ウェルズさん」
窓から彼を覗き込むあやめ。
「ああ。君のお蔭で素敵な夢が見れそうだよ」
「キャハ! ホント外人さんって、キザですね〜! 素敵だからいいですけどね。じゃあ、送ってくれて有り難うございました! また明日電話しますね!」
あやめは笑顔で手を振ると、マンション内へと姿を消した。
ユリアンは改めて笑顔を浮かべると、日本に来て漸く得られた楽しさに喜びを覚えながら、自分が身を置いているマンスリーマンションへと、帰って行った。
すいません。今回はやたらと文量が多くなってしまいました。無駄が多かったらゴメン☆ww。