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28:不機嫌な魔王と魔女の店にて

「え! うっそ! 先輩お店持ってたんですか!?」

「当然だろう。何の為に個展まで開いていると思ってんだ。その辺のストリート絵描き売りと一緒にするなよ。ま、もっぱら美術専門の画商に店長として、任せてんだけどさ」

 驚愕を露にする、後輩且つ友人である星野あやめの反応に、纏依(まとい)は心外そうに答えながら好物のバナナミルクを口にする。この辺りはしっかり女の子の纏依だった。

 ここは喫茶店。丁度昼時を迎えて二人は昼食を取っていた。ちなみにあやめはフルーツパフェ。勿論食後のデザートである。

「行ってみたい!!」

 あやめは目を輝かせて、テーブルを挟んで向かいに座る纏依へ、身を乗り出す。

「買いもしねぇのにか? からかい客扱いされるか、素人扱いされるぜ。下手に行くと。ああいう画廊屋ってのは客の足元を見る。そういう気取った雰囲気が好かん」

「でも自分の店でしょう?」

 纏依の言葉に、あやめは不思議そうに小首を捻る。

「だからプロの画商を雇って任せてんだよ。一応これでも世界進出してる身だからな。店を出すべきだと半ば強迫宜しく気が進まんままに、店は出したが所詮専門は画家だ。客商売は苦手なんだ」

 纏依はかったるそうな顔をしながら言うと、すっかり空になったグラスをテーブルに置く。

 すると目敏くあやめが自信有り気な笑顔と一緒に、人差し指をピンと立てて言った。

「あ! じゃあ先輩、私をバイトで雇いませんか? 私も美芸術文化専門の学生だから、そういう業界にも詳しいし、店の華にもなるだろうし♪」

 言うなりあやめは、パチンと纏依にウインク。それを片手で宙を掴み受け取る振りをしながら、纏依が苦笑する。

「自分で言うか? 店の華なんて……。そうだな。いいんじゃね? どうせ大学の暇や休みを利用して、だろう? ああいう所は大して忙しくないからな。それくらいのバイトならやってみるか? もっぱら雑用とかだろうけど。しかもあやめがいるんなら、店にも顔を出しやすくなる。自分の店のくせして、用がない限り行きにくくててな。あの画商が苦手で」

 纏依はそうして空になったグラスを、指先で弾きながら弄ぶ。

「男の人なんですか?」

 あやめは器の底に残る最後の一口のパフェを、口に運びながら訊ねる。

「いや、おばさんだよ。五十代後半の。これが凄いお喋り好きな人でな。俺が根本的に無口な方だから、あの人に捉まって茶菓子出されて約五時間も喋り倒されるのが、億劫(おっくう)なんだよ。俺は相槌(あいづち)しか打てねぇからな。悪い人じゃあないんだけどな。寡黙な俺と正反対の、ど明るい声高おばさんだ」


 こうして、纏依はこの友人の星野あやめを、自分の画廊にバイトで雇う事にした。






「フン。成る程。とりあえず貴様の経緯は分かった。そう言う事なら構うまい。貴様の気が済むようにするがいい」

 レグルスは館長室のデスクの皮椅子にドッカリと鎮座する姿勢で、ユリアンからこれまでの話を聞いた。

 それは今まで悪夢に(うな)され続けた事。そして今朝はまるで嘘の様に目覚めが良かった事等だ。

 ユリアンは接客用のソファーに身を委ねながら、苦笑してぼやいた。

「悪事我が身に帰るってのは、本当なんだな。あの頃の私も考えが余りにも幼稚すぎた。今ならもっと、冷静な判断が出来たものを」

「その貴様の幼稚ゆえに、(それがし)は知識と経験を得た。実に皮肉なものだな」

 レグルスは重圧的な低い声で答えると、少し片目に掛かった漆黒の髪の隙間を通して、白々とユリアンを睥睨する。

 彼はセミロングで、中央から左右に分けたヘアスタイルではあったが、前髪から両サイドにかけて軽いシャギーが入っている。なので良く目に掛かりやすくなっていた。

「ところでレグルス。例えば何かこう、普通は客に飲み物を勧めたりとかしないのか」

「客? 誰の事だ」

 そう威圧的に吐き捨てたレグルスは、相変わらず目に掛かる髪をそのままに、少し顎を上げてこのまだ心底からは歓迎しかねる、嘗ての先輩を見下す。

 そんな彼の相変わらず冷淡な対応にユリアンは、ヒュッと息を吸ってレグルスの様子を確認すると、一瞬息を止めた。

 暫くの沈黙。の、後ゆっくりと息を吐くとユリアンは、諦めたように首を振った。

 この後輩に自分が与えた心の傷は、予想以上に深いのだと。

 それもそうだ。学生時代、卒業するまで軟禁状態の上、全員に忌み嫌われる環境の中で過ごしたのだ。そう簡単に“はい、そうですか”と心開けるはずもない。

 今の彼があるのも(ひとえ)に、その時代を過ごした所以(ゆえん)である。

 両親に捨てられ、親友且つ兄の様に慕い甘えたユリアンに裏切られた上に、学生時代を最後まで異端扱いされるという、予知夢侵入を行われたのだ。

 寧ろ、今こうして一緒に同じ空間にいてもらえるだけでも、奇跡に等しい。

「……分かった。自分で作る。お前もコーヒー飲むか」

 ユリアンはソファーから立ち上がり、館長室にある簡易キッチンに置いてある、コーヒーメーカーへと歩み寄る。

「否。(それがし)はもっぱら紅茶だ」

 レグルスがそう答えたのを証明するかのように、メーカーはまだ空っぽだった。

「では私の分だけで良いな」

 ユリアンは言いながら、メーカーにコーヒーの準備を始める。

「……」

 レグルスはデスクに頬杖を突くと、無言でそんな彼の背後を冷ややかに見遣る。

 その背後の彼の朱金のウェーブヘア姿が一瞬、幼き頃の楽しかった懐かしき日々を脳裏に蘇らせて、レグルスは不快感を覚え頭を振り忘却へと追い遣る。

 あんな記憶など今となっては偽証でしかない。レグルスは自分に言い聞かせる。そして今こうして過ごしている時間も、互いの心を慰め死する瞬間の気休めにする為の、偽善行為でしかない事も。

 そんな彼の視線に気付いたユリアンは、苦笑して見せながら声を掛ける。

「何だ。その凄みの眼つきは。紅茶も別に作れと言わんばかりの目か?」

「構うな。毒でも入れぬとも限らん」

 レグルスは平然と吐き捨てる。

 ()したコーヒーの雫が下へと全て落下するまでの間、ユリアンはステンレスに背後から両手を突いて、すっかり愛嬌の欠片すらなくなった彼へと向いてから、また苦笑した。

「チクチク嫌味と皮肉を言われる上に、しっかり未だ疑いを掛けられるのは、さすがにキツイな」

「……」

 無言のままレグルスは眉宇を寄せると、改めて白々と彼を睥睨する。室内に(かぐわ)しいコーヒーの香りが立ち込める。

「了解。自業自得と言いたいんだろう。結構なセルフサービスだよ」

 嘆息吐いて、両手を上げて降参ポーズをして見せる先輩の態度に、レグルスはやはり愛想笑いの欠片どころか、気の緩みすら億尾(おくび)も出さずに見捨てた。

「フン」

 その一言だけを非情に吐くと、レグルスは改めてデスクに向かって、大学で引き取って来た学生達のテスト用紙に採点し始めた。

 そんな後輩の冷遇にユリアンは、思わず自分が情けなくなってきたが、これも我が身勝手さから起こしてしまった事態だ。(くじ)けていては、元も子もない。

“それでも私は、必ずレグルス、お前に笑顔を返還してやる。それまでむざむざ死ぬ訳にはいかない。これが私のお前に返せる、精一杯の詫びの形だからな”

 無意識の内に、ユリアンはデスクに顔を伏せて採点行為をしているレグルスを見詰めながら、そう力強く誓った。その為に、否応無しにこの心の声が、レグルスに届いた。

「……」

 レグルスは一瞬手の動きを止めると、苦渋の表情を浮かべたが、それをユリアンに悟られぬように何事もない如く、採点作業を続けた。

 ユリアンのその想いが、レグルスにはとても辛いものだった。心の苦痛を人一倍知っている、彼だからこそ……。しかしだからと言って、易々と許せる程の寛大な心も、まだレグルスは持ち合わせてはいなかった。

 だから、苦しいのだ。だからこそ余計に、彼との今回の再会は、レグルスを悩ませていた……。

 その時、レグルスの携帯電話に纏依(まとい)から、メールが入った。

 それは閉館後のいつもの迎えは、今日は画廊店の方に来てくれと言う内容だった。それを見たレグルスは、ふとある事に気付いて口を開く。

「……ユリアン。貴様が身を寄せているマンスリーマンションとやらは、中心区のメインストリート沿いではなかったか」

「ん? ああ。そうだが。何だ。来たいのか」

 ユリアンはメーカーからコーヒーをカップに注ぎながら、ふと微笑を見せる。

(いな)

 賺さずレグルスが容赦なく否定するその一言に、ユリアンは口元を引き攣らせる。

「お前……。言葉には時に、オブラートも必要だぞ。さすがの四十六歳のおじさんでも、いい加減トラウマが入る」

「一層それを抱えて死ぬがいい」

 どうしても素直になれないレグルスは、懲りずに容赦ない罵倒を淡々と浴びせかける。

「それを改善する為にお前といるのに、意味がないだろう。それだと」

 ユリアンはカップを片手に、再びソファーに戻る。

「……念の為に聞くが、貴様。交通手段は入手してあるか」

「ああ。一応中期滞在だからな。ひとまず中古車を購入してある。今日もそれで来ている」

 ユリアンのその言葉を聞いて、安堵の息を吐くレグルス。

「そんなあからさまに感情を表現するな。何もいくらなんでも大の四十代男が車内二人っきりは、さすがにキツイ事くらい私とて把握している」

「仮に無くても、初めから貴様を我が車に乗車させる気は、毛頭ない」

 呆れながらぼやくユリアンに、憮然としてレグルスは答えた。

「じゃあそんなあからさまに、安心した息を吐くな」

「貴様との会話どころか、この空間に二人きりでいると思うだけでも、息が詰まりそうだからだ」

 レグルスはとにかく無愛想に吐き捨てると、またわざとらしく大きな嘆息を一つ、吐いた。








「有り難う御座います。店長。もう暫く私達はここに残りますので、戸締りはこちらでしておきます。今日もお疲れ様でした」

 本当は十八時閉店なのだが、十七時閉館のレグルスの迎えを考えて纏依が、あやめの面接をさせた後に、今日は十七時閉店にしたのだ。

 どうせこういう格式高そうな店というのは、多忙を極めるほどの客入りは滅多にない。売り物が高額商品なだけに、一日一人でも充分な売り上げは確保出来る。

 しかも来客種も限られているので、この際閉店を一時間早めたとて、何の支障も無かった。

 店長として普段この店を任されている、五十代後半の女画商は快く笑顔で帰って行った。

「いや〜、ほんと、先輩の言う通りのマシンガントークでしたねぇ。あの店長。まぁ、私はあれでも全然普通に対応出来ますから、平気ですけど。楽しそうなおばさんで、逆に安心しました。見て下さいよ。こんなにいっぱいミカン貰っちゃった☆」

 あやめは言いながら笑顔で、ネット入りのミカンを手に下げて見せる。

「お似合いだぜ……。よく息も合ってたしな。まるで親子を見るようだったぜ。あんな感じなんだろうな。親子というものは」

 纏依は半ば疲れ気味に、奥の部屋の鍵を開けて中にあやめを勧める。

「そうとも限りませんって! あのおばさんが特別人懐っこいだけで、うちの母親なんか教育ママですよ。だからどうせ大学行くなら、小うるさい親元離れる口実にして、今こうして在学中の一人暮らしを、レッツエンジョイしてるんですもん。親がいるから必ず良いとも限らないんですから、そんなに恨めしがらないで! 何だったら、私が先輩の母親代理してあげてもいいですよ!」

 あやめは部屋にあるベッドに腰を下ろして、少し寂然さを垣間見せた纏依を、明るく励ます。

「クス。後輩のお前がか? 無理だろう」

「年齢なんて関係ありません!! 世の中ね! 親と同年代の男を夫にしてくる娘だとか、実娘より年下の女の子と再婚してくる父親とか、いるんですから!!」

「……何だ。俺に対するあてつけか」

「それはただの先輩の被害妄想(ひがも)です。誰もその事を突くつもりで言っちゃいないですよ。そうと決まれば、さぁママの胸にいらっしゃい。可愛い……娘……息子……息子娘?」

 あやめはここまで言って両手を纏依に広げて見せてから、小首を傾げる。

「娘に決まってんだろ!! メンズファッションしてるからって、性別まで息子になる訳なかろうが!! 変なところで悩むなこのバカ親!!」

 纏依はそんなあやめの頭を、賺さずベシッとハタく。そして側にある椅子に腰を下ろして、改めてあやめに訊ねた。

「ちなみにどうする。俺はあの、レ、レグ……いや、ゴホン、スレイグ教授に送ってもらう事になってはいるが、良かったらお前も一緒に同乗して家まで送ってもらうか?」

 少し顔を赤らめて言いにくそうに言う纏依の肩を、あやめは意地悪げな笑いを浮かべて叩いた。

「クス! そんなぁ〜! お邪魔ですよぉ! 大丈夫です。気にしないで下さい! どうせここから二駅向こうだから、その気になれば徒歩でも帰れるし、電車もあるし、タクシーもありますから!」

「そうか? 大丈夫か?」

 あやめにハタかれた肩を怪訝そうな顔して擦りながら、纏依はもう一度気遣いの言葉を掛ける。

「いつもの事で慣れてるから大丈夫ですって! しかもここからだと大学から帰るより、断然距離近いし! しかもカップルの車に乗車するより気が楽です。返って気まずいじゃないですかぁ!」

 あやめはケラケラ笑いながら言うと、コロリとベッドに横になった。

「しかしいいですねー。ここにもオリジナルルーム、隠し部屋があるなんて」

 そう言いながら、手元のクッションをポンと天井に投げては取りを繰り返しながら、溜息雑じりで言葉にする。

「ここは画廊の仕事とか、個展前とかで、仕事缶詰めになった時専用に、使用しているだけだ」

 纏依は苦笑しながら答える。

 画廊の奥の方に2DK程度の纏依専用の個室があり、勿論本人以外は立ち入り禁止である。

 スタッフルームは画廊の入り口側だ。

 この建物はオフィスビルになっていて、一階の全フロアが纏依の画廊になっていた。

 上は二階がファッションデザイナー事務所、その上は金融関係の事務所などが入っている。

 そうこうしている内に、来客を告げるチャイムが鳴る。

「スレイグ教授だ。ちょっと出迎えてくるから待ってろ」

「はいは〜い♪」

 あやめのニンマリ顔に、纏依は赤面してチッと舌打ちしながら立ち上がると、部屋を出て玄関に向かった。

 ドアは全面ガラスになっているので、外の様子を見て纏依は顔を顰めた。そしてドアを開けながらぼやく。

「こんばんわ。おたくまでご一緒であるからには、うちの絵を買って下さるんでしょうね?」

 レグルスの横で、爽やかな顔で立っているユリアンに皮肉を言う。

 するとニッコリ笑いかけて口を開き、答えようとしたユリアンを押し退けるやレグルスが、纏依の腕を引いて中に入りながら耳元で呟いた。

「奴の借り受けている住居が……見ろ。あれだ」

 そうしてレグルスに回れ右をさせられて、指差す先を目で追うと、この画廊の道路を挟んだ真向かいから、右三軒隣にマンスリーマンションが建っていた。

「うわぁー……。偶然にも程がある近さだな」

 最早呆れ顔のレグルスに、纏依は顔を引き攣らせてぼやいた。

 そこにあやめが、部屋から痺れを切らして出て来た。

「何ですか。昼間の方までお揃いで。まだ帰らないんですか?」

 キョトンとしながら、声を掛けてくる。

「……そなたのご友人までおられたのか……」

「だってまさか連れて来るなんてこっちも思わないから、ここでレグルスが来次第解散の予定で、二人で話し込んでたんだよ」

 そうしてレグルスと纏依は顔を見合わせて、暗黙の了解のように溜息を、二人同時に吐いた。

 それはつまり、年齢立場はお構いなく、男女ペアがここに成立している上に、まだ夕食はこれからの時間である事を、示していたからだった……。










  今回は更新遅くなって、期待して下さっている読者の皆様、大変お待たせしました。思いつきで歴史短編を書いたので、そっちに時間を掛けてしまいました。今回も楽しんで頂きまして、有り難う御座いました♪

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