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23:朱金の夢魔が奏でし悪夢の旋律

「また一人でいるのか」

 朱金のウェーブヘアを、風に揺らしながらユリアンは、優しい声で言った。

「ええ。どうも集団の環境が馴染めなくて……」

 黒髪の少年レグルスは、控え目な口調で答え、苦笑する。

 それもそうだった。

 まだ当時十三歳のレグルスは、まだ上手く自分の超能力がコントロール出来ず、嫌でも人の心の声が四方八方から聞こえてくる。

 そんな状況で集団の中にいて、居心地がいい訳がなかった。いろんな人の醜い部分を否応無しに、思い知らされるのだ。

 それなら一層、一人で孤独に時間を過ごす方がまだ楽だった。

 だが、彼だけは違った。

 この四つ年上である先輩の、当時十七歳のユリアンだけは。

 不思議な事に、彼の心の声だけは外に流れ出てくる事がなかった。なのでレグルスも、安心して心許せる相手だった。

 勿論、レグルスが彼の心の声を聞こうと、意識を集中させれば聞けない訳でもなかった。

 しかしもう、齢七歳にして散々両親や近所の人間から、異端児扱いされた事に懲りて、自ら能力を使用する事をやめていた。


 

 ここは町にある、寮付きの学校。

 田舎にある実家の両親が、異端の息子を遠ざける為、この学校に放り込んだのだ。

 その新入した時の、一番最初の部屋長がユリアンだった。

 十人使用の大部屋に、各一人ずつの寝室を主にする個室があり、そして大部屋の中央に位置する談話室。

 そういった構造の大部屋が各学年ごとに幾つかあり、教師から指名された優秀な先輩が、それぞれの後輩に当たる大部屋の室長となり、年下の後輩を先導する役目に任命される。

 レグルスとユリアンの付き合いは、それからの仲でもう六年に渡っていた。

 勿論、もう十七歳になったユリアンとは別々になってしまったが、今では先輩後輩の仲を超えて友人、もしくは兄弟とも呼べる間柄だった。

 なのでレグルスは、辛い時や悲しい時、悩める時はいつもユリアンを訪ねた。

 そして彼を兄の様に慕っては、甘えた。そんな無邪気なレグルスを、ユリアンも弟の様に可愛がっていた。

 レグルスは本当はユリアンの事を、奇妙にも思っていた。どうして彼だけは、他の者と違って心の声が漏れる事がないのかと。しかしその謎を解明する事はなかった。

 そのせいでせっかくの仲が壊れてしまい、更に彼にまで自分の能力を知られる事で、疎み嫌われてしまう事を、レグルスは恐れたからだ。



 そんなある日の事だった。

 ユリアンはその夜、夢を見た。

 自分の妹がレグルスに恋をして、告白し結ばれる夢。しかし最終的には彼が原因で、妹は不幸の末自殺するという内容だった。

 妹はレグルスと同級生の十三歳だったが、大人しくて控え目なせいもあり、まるで目立たない女の子だった。

 妹は兄ユリアンの知らない所で、いつも遠くからレグルスの事を見詰めては、胸をときめかせていた。

 あんまり遠くからなので、レグルスも彼女の心の声を捉えるに至らず、まさか自分が親友の妹から恋慕を寄せられているとは、予想にすらしていなかった。

 自分は人に気味悪がられ、嫌われる存在だと思い込んでいたし、相手の心の声を嫌でも当初は拾っていたので、それを聞いて自分が傷付くのを恐れてもいたからだ。

 だからユリアンと以外は、行事活動や授業以外は極力一人でいる事を、既にこの頃からレグルスは好んでいたのだが。

 

 実はユリアンも、超能力者だったのだ。

 彼の能力は“予知”だった。

 予知夢は勿論の事、口に出して直接相手に伝えた事を、十分後には現実化させる“予知実行”。

 しかしこの予知実行の方は、相手の未来を操る分、失敗すればリスクも大きい。なのでその予知実行に関して、何も知らずに第三者が介入すると、失敗に終わる。

 よって、第三者が介入してその実行中の予知が破られた時は、他人の未来を屈折させて出来た運命のばねが、失敗と言う反動により激痛と言う形に変えて、跳ね返ってくるのだ。

 よってこれを使用すると、万が一失敗して反動を受けた後は丸一日、全身を襲う痛みとの戦いとなる。

 そんな訳で、ユリアンは予知夢にて本当は、レグルスの能力の存在も知っていた。

 なのでユリアンは能力エネルギーで心に張ったバリアにて、心の声が外に漏れるのを遮断して、防いでいたのだ。

 常に先見の出来た彼は、自分のこの能力の事はレグルスと違って、周囲に一切秘密にしていた。

 能力者というだけで、人がその者を恐れ異端扱いする事を、夢で以ってしっかり理解していたからだ。

 だから既に田舎の方で異端児扱いされているレグルスを、しかも読心の能力者の彼を妹の恋人にするのは、兄としてユリアンは反対だった。

 レグルスとの呼応し合える対象ではない、心の波動が合わず同調も出来ない妹は、レグルスとの相性も最悪だった。

 尤もこれは個人が理解できない範囲の、自然が織り成す現象だ。俗に言う赤い糸、運命の相手というものだ。

 なのでユリアンの予知夢の中に、必ず一緒になっても妹が不幸になり、最終的には自殺する結果として現れたのだ。

 それを兄として、ユリアンは阻止しなければならなかった。

 レグルスに予知実行を行って、妹を嫌わせる方向に仕向けるにしても、その能力を発動させるエネルギーの肥大化により、レグルスに自分の能力が気付かれてしまう。

 だけでなく、その時解く事になる心のバリアにより、こちらより先に自分の考えをレグルスに読まれてしまう。

 よって一か八か妹の方に、レグルスの事を諦め嫌わせる方向に予知実行を行う事にした。

 本当は万が一失敗した時に襲う反動のリスクに、あまりこの能力の方は使用するのを、苦手にしていたのだが。

 結局は妹の友人の介入により、せっかく仕掛けた妹への予知実行は失敗。

 友人がどうせ諦めるのなら、潔く告白してからその恋心を散らせろ、という余計なアドバイスをした為に、再び妹の心にレグルスへの想いが芽生えたのである。

 よって、その反動のリスクはしっかり術者ユリアンに直撃し、彼は全身に走る激痛に苛まれながら、その痛みのせいで理性を失ったユリアンは、とんでもない八つ当たりともいえる憎悪を、レグルスに対して抱いてしまったのである。

 ついにユリアンは、予知最大能力を発動した。

 他者の夢に侵入し、レグルスの読心能力を知らせてそれを現実のものにする、“予知夢侵入”。つまり他者の夢を操って、それをその者の予知夢として実行させるのだ。

 それをレグルス以外の、全校生徒及び学校関係者全員に行った。

 妹一人だけに行っても、高い確率で妹の狂言として受け取られ、妹の方が逆に馬鹿にされるのが分かっているからだ。

 だから全員をレグルスの敵にしてしまえば、妹も群集心理の作用で同じようにレグルスを恐れ、諦めると踏んでの事だった。

 いわゆるユリアンがメインコンピューターとして、自分が描き出した夢を一斉送信するようなものだった。

 ちなみにこの能力にもリスクが伴う。この場合は、その使用能力発動範囲の威力相応の日数分、無能力化してしまうという事だ。

 つまり、充電期間が必要になり、その間ただの人間に戻ってしまうのだ。



 そしてあくる朝。それは突然の出来事だった。

 その日目を覚ましたレグルスは、いつもと変わらぬ日常を送るべく、寝室から談話室に出て来た。そんな彼を、部屋のみんなは白い目で見ていた。

 嫌でも聞こえてくる。みんなの心の声。

“こいつは人の心を覗き読む力を持っている”

“人の心を読むなんて最低だ”

“近付かない方がいい”

 レグルスは目を見開いた。

 どうして? どうしてみんなが僕の能力の事を……。田舎の両親か近所の人間が、わざわざ言ってきたのか。

 しかしそれだけでこれほど大勢の人間を信用させるのは、不可能なはずだ。僕自身がやって見せない限り、ただの狂言として笑われるだけに終わるはず……。

 田舎で受けた恐怖が、レグルスの中に蘇る。一気に顔が青褪めるレグルス。

「ユリアン!!」

 咄嗟に彼の名前を叫んで、駆け出していた。助けて欲しくて。そんな事ない。大丈夫だよ。そう言って欲しくて。

 ユリアンのいる部屋に向かうまでの間、周囲から飛び交う心無い罵詈雑言。

「気持ち悪い!」

「近付くな変態!」

「化け物め! どこかへ行け!!」

「恐ろしい悪魔!!」

 レグルスは混乱と恐怖で、次々と涙が零れて止まらなかった。

『やめてレグルス! 人の心を読むなんて最低よ!!』

 そう悲鳴を上げた、恐怖に顔を引き攣らせる母親の言葉。

『何のつもりだレグルス! 優位な立場になって親を嘲笑っているのか!!』

 そう息子を呵責し、激昂した父親。

 ただ、凄いねって、褒めてもらいたかった。それだけだった。自慢の息子だ。そう言われたかった。


「ユリアン!!!」

 漸く彼を見つけてレグルスは、無我夢中で飛びついた。

「助けてユリアン! みんなが僕を……ユリアン?」

 全身の痛みから漸く解放されて、冷静さを取り戻していた彼は、レグルスの顔を見ようとはしなかった。その時聞こえてきた、ユリアンの心の声。

“すまないレグルス。そんなんじゃないんだ。全ては妹の将来の為だった。ごめん……”

 その声は、他から聞こえるのと違って、罪悪感に満ちていた。

 ……どういう意味だ? どうしてユリアンはそんな事を思って……。

 おもわずレグルスは、ユリアンの心に向かって読心の能力を集中させていた。本のページを、開くように。

 一気にレグルスの中に流れ込んでくる、ユリアンの考え。気持ち。本音。そして、本性――――――

「そんな……ユリアン。君が……!? ユリアン、君の仕業なのか!?」

 はっとするユリアン。そう。今の彼は最大能力解放のリスクにより、無力化中なのだ。

「ユリアン。君も、能力者だった、の……? どうして? 親友だと思ってたのに! 妹を僕に近付けたくなければ、そうきちんと理由を言ってくれれば良かったじゃないか!! そんな事情が理解できない程、僕だって苦労しちゃいない!」

「無理だったんだよ! どんな方向に予知してみても、見える妹の未来はどうしてもお前のせいで不幸になり、自殺する妹の将来だけだった! 妹を守りたかった! 妹をお前の存在のせいで死なせる訳には……!!」

「僕の“存在”のせいで……?」

 再び、しまった、と言う表情で気まずそうに、顔を逸らすユリアン。

「もういい……。充分だ……。よく、分かった……。結局ユリアンが見る未来でも、やっぱり僕は、化け物扱いされていると言う事が、よくね!!」

 レグルスは叫ぶと、彼を突き飛ばすようにして離れた。そしてその場から逃れるべく、足を踏み出す。

「レグルス待て!! 待ってくれ!!」

 ユリアンに呼び止められて、立ち止まるとレグルスはもう一度、心の内を吐き出した。

「残念だよユリアン。最高の親友で、兄としてでも慕っていたのに。こんな酷い仕打ち……! しかも、僕の辛い気持ちを知っておきながらの、この仕打ち……!! 許さない。許せない。こんな人の人生を踏み躙り楽しむようなやり方……。いくら妹を守る為でも、こんなの残酷非道すぎる! あんたが今まで生きてきた中で、一番最低最悪な人間だ!! あんたの望み通り、二度とあんたには関わらない!! 二度とだ!!!」

 そうしてレグルスは、ユリアンの元から走り去った。


 その後のレグルスは、この学校を卒業するまでの間、半ば軟禁に近い形で与えられた個室で、更なる孤独の中たった一人で、学校生活を送った。

 ユリアンはそれ以降、罪悪感の気まずさからレグルスを避けるようになり、十八歳の時彼から逃げるようにして、学校を卒業して姿を消した。

 そのユリアンの行動が、更にレグルスの心をズタズタに引き裂いた……。





 共鳴しているせいで、レグルスの当時のショックや感情がそのまま纏依(まとい)の中に、流れ込む。

 寧ろ今の纏依は、レグルス自身と言っても過言ではなく、彼の苦しみや悲しみを受け入れ、共に傷付いた。

 まるで纏依自身が、レグルスとして生きたかのように。

 信じていたのに。まさかこんな形で裏切られるだなんて。悲しくて。悔しくて。憎くて堪らない。絶対に許さない。二度と会いたくなんかない。

 二度と、会いたくなんかなかった。なのにどうして、今になって――――!!

 レグルスに代わってそう思っていたのは、纏依の方だった。

 レグルスの方はもう意識を切り離していたので、彼女の意識ももう現実の自分の元に、戻っていた。

 だが余りもの辛さに纏依は、その事すら気付かずに(むせ)び泣いていた。

 あんまり彼女が自分の事で泣き続けるものだから、今度は逆にレグルスの方が失意の内に嘆き悲しむ纏依を、慰めるように彼女が落ち着くまで抱き締めていた。

「だから言ったであろうに。きついと……」

 溜め息雑じりで呟くレグルス。

「でもこれで、楽になっただろう。これだけの苦痛を、分け合ったんだから……。ずっとこれを、レグは一人で抱え続けて生きてきたんだね……。もう二人で一つだよ。レグ」

「そなたこそ(それがし)と大差ない人生を歩んでいように、そこまで泣けるものなのか」

「だから悲しいんだよ。自分の大切な人が同じ辛さを味わっている事が。ヒック」

「如何にもだな……」

 現実世界では短い間の出来事ではあったが、まるで当時の時代を長らく過ごしたかのように、二人は静かに車内で抱き締め合っていた……。










  本作品を毎回楽しみにして下さっている愛すべき読者の皆様。大変長らくお待たせしてしまい、申し訳有りませんでした。ちょっとスランプ入ってて、書けませんでした。今話も、果たしてこれでいいものかと、悩みながら書きました。なので不安のある出来になってる気がします。もし何か無理矢理感があるとお思いの方、お知らせ下さい。あ、でも、だからって、無理矢理探すのはやめて!(苦笑)。自然と読めたのなら別にいいですが、ちょっと引っ掛かったって所があれば、です。もし違和感なく楽しんで頂けたのなら、幸いです。素直に恋愛ネタで通せば良かったかな(苦笑)。

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