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22:魔王は魔女に過去を斯く語りて


 あやめを帰して二時間程、自宅マンションで映画鑑賞を楽しんだ後、(くつろ)いでいた纏依(まとい)は、レグルスからの到着合図である携帯着信ワンコールに気付いて、シングルベッドから起き上がった。

 部屋を出てエレベーターで下に下りると、マンション前に停まっているクラウンを見つけて、思わず笑顔が零れる。

 浮かれる心で歩道を横切り、こちら側になる運転席の彼の様子を、ヒョコッと覗き込んだ。

 ところがレグルスは、口元に屈折させた指を当てた状態で、横目でチラリと纏依を見るだけに(とど)まる。

 その顔は普段無表情の彼ながらも、一層の険しさを含んでいるようにも見えた。

 ……何だろ。何かあったか? いつもの無愛想さが更に増してるところを見ると。

 纏依は何となくもう、彼の様子を見た目だけで自然と読めるくらいにまで、詳しくなっていた。

 ひとまず道路側に、車に気を付けながら回り込むと、素早く助手席に乗り込んだ。

「お疲れ! 何だ。暗くないか? まさか何かあったのか。レグル、ス――――」

 言葉が終わらない内に、纏依は運転席側から身を乗り出してきた彼に、強引に抱き寄せられていた。

 力強い、レグルスの抱擁(ほうよう)。まるで何かから逃れんばかりに、(すが)り付くようにきつく抱き締めてくる。俄かに、彼の息遣いが荒く乱れている気がした。

「何……? どうしたんだよレグルス。大丈夫だよ。私がちゃんと傍にいるから……。どうしたの? 何かあったんだな? 大丈夫だよレグ。大丈夫……」

 まるで脅える子供を(なだ)めるように、優しく抱き締め返して、その広く大きな背中をポンポンと軽く叩いては、優しく(さす)る。

「ね、レグ……こっち向いて。私を見て。私の目を。ほら……」

 そう彼女に静かに(すか)されて、それまで固く目を閉じていたレグルスは、彼女に従う狼の様にゆっくりと身を起こして、纏依の瞳を見詰める。

 そんなレグルスの目は、苦渋に満ちている感じがした。

「珍しいね。レグが感情的になるなんて。大丈夫よレグルス。いつだって必ず私が一緒に居るから。貴方さえ良ければ、どうか私に今貴方が(いだ)いている苦しみや悲しみを、分けて頂戴。いつでも受け入れられるから。私の中に、その心を注ぎ込んで。きっと少しは楽に、してあげられるから……」

 そう微笑みながら語りかけて纏依は、レグルスのそのしっとりとした黒髪を優しく撫でる。

「纏依……。そなたは何故(なにゆえ)そんなに、優しいのだ……」

 レグルスは彼女の目を見詰めながら、しっとりする低い声で囁いた。その声はどこか、哀愁を帯びていた。

「それは貴方が私に、同じようにしてくれるからよ。愛してるのよレグルス」

「纏依……」

 そうして人ごみや交通量の多い街中の、路駐の車内で二人は求め合うように、夢中でキスをした。

 やがて漸く落ち着いた二人は、ゆっくりと吐息を絡ませながら口唇を離す。

 それからレグルスは、纏依の頬に手を当てて、静かに言った。

「ならば(ゆだ)ねよう。(それがし)の……心を……。その代わりきついぞ。覚悟は良いか」

 レグルスの黒き双眸(そうぼう)からは、どことなく儚げで、どうしようもない切願さが現れていた。

 何て……哀しそうな目をするんだろう。彼もこんな表情をする事があるのか。寂しい。切ない。虚しい。侘しい。あらゆる負の感情が凝縮しているかのような、悲愴感溢れる眼差し。

 何とかして、その苦しみから彼を救ってあげたい。愛しい私のレグルス……。

 纏依は彼の顔に掛かる、乱れたその肩まで長い黒髪を、優しく左右に分けながらフワリと微笑んだ。

「レグルス……。貴方を失う以上の辛さはない。私は平気だ。構わない。行くぞ?」

 覚悟を決めて腹を括った途端に、纏依の中にある男心に気合いが入る。(もっと)も、男としての心と言うより、女としての纏依なりのプライド心の表現法なのだが。

「いい度胸だ。良かろう。来い」

 レグルスは、纏依の覚悟を決めたその顔つきを受け止めて首肯すると、ぐっと纏依を抱き締めた。

 そして己の中の苦痛が少しでも和らぐように、纏依の首元に彼は顔を埋める。

 纏依もまた同じく、彼を力一杯抱き締めて、その(たくま)しくて彼の匂いのする首元へ(すが)るように、顔を埋めた。

 彼の男らしい馥郁(ふくいく)たる匂いは、纏依に安心感を与えてくれる。その度に彼女は心の底から思うのだ。レグルス・スレイグ、この男を誰よりも愛している、と……。

 そんな二人の乗る車の外では、他人事の様に当然何も知らない人々の声や、車のエンジン音などの騒音に溢れていた。



 ふと、肉体から自分の意識か精神みたいなものが、足を踏み外すような感じで抜ける感覚に襲われる纏依。

 現実では、目を瞑っているにも関わらず、軽くクラリと眩暈(めまい)を覚える。

 改めて意識を一点に集中させて目を凝らすと、そこは見た事のない風景だった。すると目の前に、一人の黒髪を肩まで伸ばした少年が(たたず)んでいた。

 そしてその色白の美少年は、こちらに顔を向けるとゆっくりと微笑んで、その形の良い口唇を開いた。


『――――来たな纏依』


 そうしてそのつぶらな黒い瞳を真っ直ぐにこちらに向けて、ふと嘆息を吐く。陶器の様に美しいその黒い双眸は、それでも既に、どこか哀愁が漂っていた。

『……レグルス、か?』

 纏依は静かに、まだ自分より年下であろうその異国の少年に、そっと声を掛ける。

『ああ。そうだ。これが若かりし……幼き頃の、自分の姿……』

 黒髪の少年はそう静かに答えると、ふと纏依から視線を外して自分の手の平を見詰める。

 若さや体格、そして声音以外は、黒い髪型も服装も今と大して変わらない。せいぜい若干違いがあるとするならば、その黒々とした服装がこの頃はまだ、軽量だという事くらいだろうか。

 更に四十代の彼よりかは、まだこの頃のレグルスには豊かな表情があるという事だった。

 今纏依は、レグルスの超能力を介して、彼の中に意識侵入をしていた。

 超能力者であるレグルス自身に、直に触れていなければ纏依は扱う事の出来ない、その能力。

 彼と同じ心理状態になって互いに呼応して求め合い、その波長が同調して重なり共鳴した時だけ、目覚める事の出来る纏依の彼から受ける感化能力。

 なので当然その力の内容も、レグルスの力と全く同じだ。


『改めてこうしてきちんと、ここまで侵入してみて、どんな気分だ』

 そう言う少年レグルスの口調は、今はまだ四十代のおじさんのものだ。(もっと)も、声は幼いハスキーボイスだが。

 あくまで記憶と意識が接続(リンク)した状態のせいで、見た目は記憶の中の姿でも思い出している最中の本人自身である限りは、意識している内はまだその中身は今現在四十代のレグルス自身なのだ。

『平気だ。何ともない。ただ……』

 そう口にしかける纏依の言葉に、レグルスは眉宇を寄せる。

『ただ?』

『ただ、その、余談だが、この頃のレグルスって可愛いんだな』

『本当に余談だな』

 纏依に面と向かって言われてレグルスは、その少年の外見で顔を真っ赤にしてそっぽを向く。

 うわぁ〜! マジ可愛いんだけど〜!! 

 そんなレグルスの反応に、胸をときめかせる纏依。別の言い方でこれを、“母性本能を(くすぐ)る”と言う。

 その状況に自分が陥っている事を、果たして纏依自身気付いているのかは、この際別に()いておくとして。

『あくまでもこれは、過ぎ去りし(それがし)の記憶の風景。(ゆえ)に纏依。(それがし)はともかくそれ以外に登場してくる者達に、そなたの姿も声も見聞きする事は出来ぬし、そなたもまた(しか)りだ。何も出来ぬ。ただ見ている事しかな』

『……分かっている。もし何か出来たら、それこそ過去も変えられて人生もハッピーだろうよ』

如何(いか)にも。では、改めて見るがいい。(それがし)の……惨めな過去を。もし口に合わねばいつでも抜けて構わぬぞ』

『本当、いちいち嫌味で皮肉な野郎だぜ。いいから黙って開始しろ』

 今やすっかり纏依の心構えは、男ヴァージョン化されていた。男意識の纏依に(うな)がされ、レグルスはゆっくりと意識を切り替えた……。





 ――――――――「ユリアン」

 ある建物の日陰にて、座り込んで(くつろ)ぎながら読書をしていた少年レグルスは、通り掛かった人影に気付いて声を掛けると、微笑みを浮かべた。

「……ああ。レグルス。お前か」

 それは、朱み掛かった金髪のウェーブを肩まで伸ばして後ろ一つに束ね、グリーンの瞳をした爽やかな雰囲気の美少年だった。

 その“ユリアン”と呼ばれた少年は、彼に気付いて立ち止まると、ニッコリと優しくレグルスに笑いかけてきた。




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