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21:黒き魔王に許し賜りて

「へぇ。風景画か。風景画は難しいぞ。動人物画と違って世界観を求められるからな。一見、静止画のようで簡単そうに思えそうだが、場所次第ではその景色の息吹く生命感や、遠近法も発生してくる事くらいは、解るだろう? ……って、おい。どうした」

 纏依(まとい)は友人且つ後輩の、星野あやめを自宅マンションに招き、アトリエにしている一室にいた。

 そしてキャンパスを前に椅子に座るあやめの背後から、肩越しに覗き込んでアレコレ口にしていたのだが、真横からの彼女の視線に気付いて纏依は顔を顰めた。

 肩越しに顔を背後から近付けていた纏依が、あやめへと顔を向けるとその間近さはまるで、今まさにキスでもせんばかりの距離である。

 だが当の纏依の方は、女としての自覚ゆえに、別に今の状況など気にはならなかったが。

「やっぱり格好いいです。先輩……」

「おい。勘弁してくれ。何度同じ事を言わせる気だ。お前がGL(そっち)の趣味に目覚めると言うならば、即行縁を切るぞ」

 途端、目を潤ませるあやめ。

「ゲ! 何だよおい。マジでか!?」

 目前のあやめの目を見詰めながら、纏依は容赦なく蒼顔する。

 するとあやめは体ごとこちらに向き直りながら、喚いた。

「違いますぅ! そんなんじゃないですけどぉ! だいたい先輩がいけないんですよぉ! そんな紛らわしい格好や言動と声をしてるから! あたし一目惚れ(いちキュン)だったんですよ!? しかも生まれて初めての! 返して! 返して下さい!! あたしの一目惚れ(いちキュン)!!」

「知るか! そんなのあやめの早とちりでもあるだろう!? 俺はお前の心を奪う気など毛頭なかった! そもそもメル友からと言ってきたのはお前だろう! だから普通に女として、喜んで受け取るだろうが。素直に嬉しくてOKしたのに、文句言われるとは心外だ」

 それまで座っているあやめと同じ視線に、前屈みしていた纏依は体を起こすと、窓の方に歩み寄る。

「だいたい出来すぎてるとは、思ってはいたんですよね。こんなクールビューティーなビジュアル男子。立ち振る舞いも自然にさり気無くて、大人びていて知的そうでこんなパーフェクトメンズが、当たり前の様に現れてあたしに接触してくるなんてミラクルだわって、超激感動してたのにまさかまさかの女だなんて、誰が思いますかっての! 宝ジェンヌじゃあるまいし。ハァァ〜! 所詮叶わぬ夢(むりーム)だったのね。あたしのセカンドラブ」

「褒められてんだか、(けな)されてんだか分からんが。あやめはセカンドか。いいじゃねぇか。ファースト終えてんなら。まだ星の数ほど本物の男はいるぞ」

 纏依は窓の外から車の流れを眺めながら、腕を組んで言った。それがまた、余計に様になる。

「え、ま、まさか纏依先輩は現在恋人が……」

 表情を強張(こわば)らせて口にするあやめ。

「ああ。いるぜ。まぁこの年で(ようや)くファーストだがな」

 ケロリとして答える纏依。途端。

「ヒャアアァァアアァアァアアアァァァーーーーーー!!!」

「うわあぁぁぁーーっ!!! 何だ! 何だいきなり! 虫か!? ゴキブリでも出たか!?」

 あやめの悲鳴に、纏依まで一緒になってびっくりしてパニくる。纏依はしっかり虫が苦手だ。

「いえ。恋人いると知ってびっくりしたんですけどね。やっぱそうやって一緒になって悲鳴上げている辺り、しっかりメスでしたね。これで心置きなく吹っ切れます。(もっと)も悲鳴は若干ターザン入ってましたけど。てかここゴッキー出没するんですか……って、イッタァ!!」

 大股で窓から彼女の元に戻って来た纏依から、パコン! と拳で頭を殴られて、あやめは頭を押さえる。

「ゴキはいねぇがそんだけ叫ばれりゃあ、思わずそう勘違いもするだろが! 紛らわしい! 俺、言わなかったっけ? 女だと言うプライド故に、このスタイルを保っていると。だから俺にとっての女性像は、そこら辺よりよっぽど高いわ。俺の中の女像をなめるなよ」

 纏依はフンと鼻息を鳴らすと、握った拳をまるで銃口にそうするように、フッと息を吹きかける。

「え、じゃあ彼氏の前だけでは、女らしさを見せるんですか?」

「当然だ。それ以外にそんな振る舞いなど無用だろう」

「おお! ある意味格好いいけど、その分チャンスも減らしてそう!」

「っるせぇ。チャンスなんざ一回に自然と賭けてりゃ、それでいいんだ。その恋が本物ならば、こんなスタイルの俺でも見初(みそ)めて貰えると言うもの」

 そう静かに口にしながらゆっくり、再び窓に歩み寄るうっとりした纏依の心の中では、すっかり美化されたレグルスが、無表情にも爽やかに振り向いていた。

 人は心で想い人を想像すると何故か、現実より美化される好都合心理が働くようだが、それでも纏依の中のレグルスは爽やか〜にもやっぱり無表情(・・・)だった。

「でもそれってよっぽどの変わり者じゃなきゃ、好かれませんよね? 今の先輩の彼氏って、変わり者なんですか?」

「……」

 的を得ているだけに、言葉に詰まる纏依。

「図星ですかー」

 ベシ!! 再び大股で戻って来た彼女に、今度は平手で頭をハタかれるあやめ。

「イチャイ! 先輩ぶちすぎ!」

「それだけあやめの言い分が余計だからだ」

 座った姿勢で彼女を見上げるあやめを、纏依は見下しながら吐き捨てる。

「やっぱアレですか!? 例えばあの人気少女漫画の、○NAみたいなカンジの……!」

 目を輝かせ、両拳を口元に持って来て、一人勝手にワクワクしているあやめ。

「ナ○? 何だ? 漫画は生憎(あいにく)読まん」

 纏依は腕を組みながら、素っ気無く無表情で言う。

「実写映画にもなったんですよ」

「映画はもっぱら洋画だ」

「ゲームするくせに、漫画を読まないなんて」

「ゲームと漫画は根本的に違う。ゲームは自らの操作で進展する。いや、ちょっと待てよ? 何でこんな話をしてんだ。こんな下らん話をするなら、今日はこれにて……」

 アトリエを立ち去ろうとする纏依の腕を、素早く捕まえて、それをギュッと抱き締めるあやめ。

「下らなくなんかないです! 纏依先輩はあたしのお友達でしょ!? お友達ならこういうブレイクタイムがあっても、いいじゃないですかぁ!!」

「そ、そう、なのか? しかし漫画の話なら遠慮するぞ。俺の趣味じゃないからな」

 纏依は眉宇を顰めると、ひとまずリビングに行って、それぞれがコンビニで買ってきた飲み物を持って、戻ってくる。

 そして折りたたみ椅子を広げると、文房具などでゴチャついているデスクの前に、腰を落ち着かせる。

「せ、先輩。距離遠くないですか?」

「あやめがこっちに来りゃあいい」

 そう言って足を組む纏依に、さも当然に言われあやめは、椅子を傍まで運んで座り直す。

「ねぇ先輩。彼氏いるならもうセックスはしてますよね? ってか二十二歳ならとっくにやってるか」

「セッ……、とっくに……っ」

 後輩の言葉に動揺する纏依。

「あたしなんか十八でしたよ。バージン初彼にあげたの。でも半年前に浮気が原因で別れましたけど。てか、二股かけられてたんですよ! ひどくないですか!?」

 そう言って、纏依の腕に(すが)り付いて来るあやめ。

「確かに(ひど)いが、十八で処女を失くしたお前に(むし)ろ驚いた」

「え?」

「俺なんか、それこそこの前だ」

「えええええええぇぇぇぇーーーーーー!!!」

「うおおぉっ!! てめ、いきなり耳元で大声出すのやめろ! 俺は女同士の黄色い会話に慣れていないだけに、マジビビる!!」

 纏依は顔を顰めると、あやめが自分の腕にしがみ付いたままの彼女の腕を、振り解く。

「あ、すいません。てかそれって、超遅くないですか?」

「それだけ大事にプライド高く女を守ってきたんだよ。お前と同じマジ恋した初彼の為に」

 まさか過去、淫乱呼ばわりされたせいでその行為を避けてきたなどは、口が裂けても言えまいと内心思う纏依。

「うっそ! マジ恋で、ですか!? あたしなんか流れで付き合い始めた、何となく彼氏でしたけど!」

 あやめの言葉に、唖然とする纏依。

「そ、そんなんであんな殺人行為が、よく乗り越えられたものだな……」

「だってやるまでまさかあんなに痛いなんて、想像もしてなかったですからねぇ。痛いとは聞いてても、サクッと終わりかな〜なんて軽く思ってたんで、思わずその時相手蹴っちゃいましたよ!」

 そう言ってコロコロ笑うあやめを、こいつは結構大人しい振りして(したた)かだな、と思う纏依。

「でもまぁ、今時だいたいそんなもんですよ! 先輩が寧ろ人間国宝級なくらい、貴重生物なんじゃないですかね。多分。でも凄く(うらや)ましい事ですよ〜! それって。だってマジ恋彼氏でしょー! やっぱNAナみたいなカンジなんだろうな〜」

「……ナナだかハチ公だか知らんが、少なくともそこらにいそうなカップルとは、二味も三味も違うのは確かだろうな」

 纏依は言うと、コーラのペットボトルを仰いだ。








 閉館した図書館を後にして、纏依をマンションまで拾いに行くべく、駐車場の黒い愛車(クラウン)に足早に向かっていたレグルスは、ふいに背後から声を掛けられた。

「レグルス」

 ピタリと足を止める。

 自分のファーストネームを呼び捨て出来る者は、纏依以外にいないはず……。しかも声の主は、男だ。

 レグルスは怪訝な表情で、声の方を振り向いた。

 そして相手を確認して(しばら)くしてから、顔を渋面させて相手を忌々(いまいま)しげに憎悪を含んだ黒き双眸で睥睨する。

「まさかこんな所にいたとはな。お前を見つけ出すまでに、随分長い時間を要したが……。漸くお前が私の夢に現れてくれてな。こうして居場所を突き止める事が出来た……」

 相手はそう静かに言いながら、ゆっくりと彼に歩み寄って来た。

「寄るな!!」

 レグルスは声を荒げていた。ピタリと歩を止める男。

「あの事を、まだ根に持っているのか」

「執念深いとの、神父からのお墨付きであるからな」

 互いに三メートル程の間合いを保ったまま、探り合うかのようにして言葉を交わす。

「あの事は本当に悪かったと思っている。本当だ。何だったら、ホラ、私の心を読んでも構わない。私がこうしてお前に会いに来たのも、友人としてだ」

 男は言いながら、自分の胸を指で突付いて見せてから、両手を広げて無防備さをアピールする。

 そのレグルスに向けられる男の目はまるで、牙を剥き出し警戒する孤狼の顔色を伺うのと似ていた。

「友人だと……? 笑止。何を今更。(それがし)にはもう貴様など、欠片も用はない。さっさと国に、帰るが良い!!」

「私はお前に許しを()わねばならない。それだけの事をしてしまった。ずっと心残りだった」

「ならばもう、放っておく事だな! 今後二度と、(それがし)に関わるなユリアン!!」

 レグルスは普段滅多に見せる事のない怒りを、珍しく剥き出しにすると素早く踵を返して、重厚な真っ黒なコートを(ひるがえ)し足早に車に向う。

「レグルス!!」

 自分の名を呼ぶ男を無視して、車に乗り込むや否や(すか)さずエンジンを掛け、荒々しい音と共にその場を走り去って行った。

 どの行動に於いても全て、冷静沈着なレグルスらしからぬ行動だった。

 

 その黒く艶めく新型クラウン車を、ユリアンと呼ばれた朱金のロングウェーブヘアの、異国初老男性は嘆息吐きながら見送っていた。










  某作品のタイトルありますが、決して断じてそこから纏依のキャラが、モデルになった訳ではありませんので、誤解のないようお願い致します。某作品は微塵も関係しておりません。

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