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18:戦慄を呼ぶ国立図書館



「何ですか副館長。この絵画は……」

「あの館長に館内に飾るように言われてね。君、やっといてくれる?」

「え、僕がですか? ……分かりました」

 副館長の嫌味な視線に、その若い男の職員は渋々引き受けると、その絵の額縁を手に取る。そして職員室に戻っていく副館長を、最後まで見送る事無くどの辺にこの絵を飾ろうかと思案した。

 その絵は風景画で、どこかダークチックの中にも幻想さが漂っていて、ミステリアスな美しさが見事に表現された作品だった。

 このタッチの油絵なら、自然史のエリアか美術史のエリア……かな。

 そう思いながら彼はトコトコと、ひとまず美術史のエリアへと足を運ばせる。そしてギョッとするなり、キッ! と足に急ブレーキを掛けた。

 そこの隅の方には一人用のテーブルがあるのだが、そこにたった一人だけがこのエリアにポツンと陣取り、他には誰もいない。

 元々普段から、余りこのエリアは専門的人間しか寄り付かないせいもあって、人気(ひとけ)は少ない方ではあったが……。そこには。


 男装ルックの、例のお騒がせ(おとこ)女がいたのだ。

 彼女は無言で有名画家の書籍を数冊手元に取り寄せ、その内の一冊を開いて眺めていたが、職員の気配に気付くとギロリと睥睨(へいげい)した。

「あ、こ、今日和」

 若い男の職員はぎこちない笑顔を見せる。

「……」

 無言で彼をジッと睨み付ける纏依(まとい)

「すみません。いるとは知らずにノコノコと……」

「……」

 プイとそっぽ向いて再び本に視線を落とす纏依。

「い、いらっしゃってた……んですね。き、気付きませんでした……」

「そっちは何か、仕事的な用があってここに来たんだろう? いちゃマズイか?」

 本に視線を落としたまま、静かに吐息雑じりで尋ねる纏依。

「いえ! とんでもございません! どうぞごゆっくり!」

「……」

 職員は慌てて早足でカウンターに戻る。

「あ、あの館長の扶養者の方、来館してたんですね。びっくりした……」

「え!? 来てるの!?」

 若い男の職員の言葉に、カウンターにいた数人の職員が一斉に声を揃える。

「え、ええ。美術史のエリアにたった一人、居座ってましたよ?」

 キョトンとしてそう言う彼の言葉に、一人の中年女性が呟く。

挿絵(By みてみん)

「本当に!? 気付かなかった……」

 それに他の職員も同調する。

「そう言えば、今日あの人静かですよね。ってか、大人しいっていうか、存在感が消えてるというか……」



 実は纏依は、現在今度開催する個展の為に、参考として著名ある画家たちの作品を研究し、インスピレーションを得ようとこうしているのだが、それ以前に大人しくしておきたい大きな理由があった。


 在里 纏依(ありざとまとい)。二十二歳。

 昨夜初めて愛する異性(レグルス)に纏依は女として体を抱かれ、成人を過ぎたこの年齢にして(ようや)く失う事となった処女。

 それは事実、単なる好奇心と背伸びから無残に情けなくも、早々に処女を捨ててしまう女子が増加する最近の現状としては、女性ではまさに理想的な素晴らしき処女喪失の状況であり、また女としても実に立派で素敵な、周囲の女なら誰もが羨む自慢の出来事にはなるのだが。

 ……そこには恐ろしいまでの天国と地獄が混在している事を、彼女はまさにその身を持って痛感(・・)させられたのだ。

 流れは天国。実行は地獄。

 そう。彼女はとにかく処女だったのだ。なので理解に苦しんだ。


 なぜだ。なぜ初めはあれ程までにどうしようもなく惑わされ、理性を失うくらいに夢中で相手を求める程、渾然(こんぜん)とした愛欲な催淫(さいいん)心理にまでさせられ、この上なく幸福な気持ちでいられるって言うのに……。


 ―――― いざ受け入れた途端の、あの殺人的なまでの激痛は!!?


 あれぞまさに刺傷行為。きっと刺殺される時の痛みは、あの行為のものと同じくらいの激痛のはずだ。

 刺殺はその後死ねるからいいものの、あれはイカン! 後々もジワジワと続行されるのだ。まさに生かされながら甚振(いたぶ)られる針地獄。

 しかも時間が経過し行為が進む度、改めて刷り込まれ叩き込まれていく更なる超激痛……脳味噌にまで直接針を幾つも刺されて行く様なあの痛み……。

 お蔭でそれまで感じていた催淫心理によりすっかり失っていた理性とやらも、一気に引き返してきたくらいの痛みを、彼女は味わった訳だ。

 纏依は悩んでいた。

 どうしてだ。どうしてあれ程の激痛を伴うにも関わらず、他の者達はそれを二度三度と更なる回数を、重ねていけるのだろうか、と。

 彼女はまだ、営みが(いざな)う天国の更なる上、極楽というのを知らないのだ。それどころか、それ以前の行為段階で味わう天国、快楽の喜びすらまだ纏依は辿り付けていない。

 それもそのはず。とにかく彼女は二十二歳にして処女だったのだから。

 その儀式の余韻(よいん)は、まだ彼女の女の部分を微かに残る痛みとして、(うず)かせていたのだった。




 一方、その彼女をそうさせた張本人である、黒き不気味な容貌を(かも)し出すここの館長はというと。

 …………ヵッヵッカツカツカツカツカツカツカ!! ピタリ!!

 ビックゥーーーン!!!!

 毎回毎回、この足早で迷いなく一直線に突き進んでくる足音が、誰の物であるのかを把握してはいながらも、いざ目前に颯爽とその黒々とした大きな容貌を無遠慮に現して無表情を向け、立ち止まられる行為には、何度経験しても未だに職員達は慣れる事無く飛び上がる。

「あ、か、館長。おはようござ……」

「 ―――――― その絵……。確か頼んだのは開館前だったはずだが、それから早四時間……。一体いつまでも、何をしておいでですかな」

 カウンターの奥にある業務用デスクに、無造作に置かれた絵画を見遣ってから、重低音を効かせた抑揚のない声で、威圧的に誰へとなく静かに口にした。

「す、す、すみません!! この絵に相応しい場所を、真剣にみんな(・・・)と話し合いながら考えていたら、すっかりこの時間に……!」

 若い男の職員がつい恐怖の余り、嘘も方便に頭を下げながらでっち上げる。

 “みんな”と言われた他の職員達は、ギョッとしてその彼を引き攣った顔で注目する。

「ほぅ。それ程時間を掛けてまで、この絵の相応しき場所への思案での遅れであられたか。それは頼もしい。さぞかしこの作品を活かせる絶好なる場所が、選ばれるのでありましょうな。期待しておりますぞ」

 しっかりと言葉の中に、辛辣(しんらつ)さを込める事を忘れずに威光を放つとレグルスは、バサリと勢い良く重厚的なロングコートを(ひるがえ)して、いつもに増して力強い足取りで館長室に戻って行った。

「……何だか……今日の館長……エネルギッシュですよね……」

「……動きにキレがあると言うか……」

 他の職員達も戦々恐々ながらも、揃って頷いた。

 それもそのはず。

 昨夜たっぷり時間を掛けて処女の生気(エナジー)を味わったのだから。

 レグルス・スレイグ。四十二歳。これで気持ちが若返らないはずがなかった……。





 一時間後、例の職員が再び美術史のエリアに行って見ると、纏依は顔を伏せた形で肩を静かに上下させていた。

「……あの〜……すみません。こちらに絵を飾ろうと思いますので、少しお邪魔いたしま……」

「……スー……スー……」

 も、もしかして……眠ってる、のか……?

 若い男の職員は恐る恐ると近寄って見る。まるで危険物を取り扱うように。

 すると腕の隙間からチラリと見える、纏依の柳眉(りゅうび)と黒々とした長い睫毛(まつげ)。そこにサラリと腕に掛かる、長めの栗毛の前髪。

 思わずドキッとする。……この人……よくよく見ると意外に美人で可愛いじゃないか……。その若い男性職員がつい普段粗暴な纏依の寝顔に、心ときめかせる。彼も纏依と同じ年頃だった。

 しかし、その、背後で。

「……彼女に何か、御用ですかな」

 地獄の底から轟く抑揚がないどころか、威圧感溢れる低い響きの声に、その職員は驚愕の余り振り向き様に、腰を抜かして倒れてしまった。

 ギラギラと光るその黒き双眸は殺気立ち、この若き職員をまさに蹂躙(じゅうりん)せんとばかりに、冷ややかに見下すその眼は既に、本来の人間の域をすっかり超えてしまっている。

 これぞまさに、大いなる最高位魔族の中の公爵クラス……。


 ―――――― 魔王 ―――――― !!!!


 マ、マズイ。魂が、魂が何か視えない力によって、抜けてゆこうとしている……。磁場だ。これはこの恐怖の魔王が造りたもうた、魂を狩るべくして放つ磁力に違いない。

 若い男の職員は、半ば意識が恐怖の余り失いかけ、朦朧(もうろう)としている。そこへ大慌てで、異変に気付いた先輩職員が駆けつける。

「し、失礼しました館長! 何か問題でもありましたでしょうか!?」

(それがし)が頼んでおいた絵画……、よもや床に落とされる事になろうとはな」

 見ると、額縁のガラス盤に(ひび)が大きく走っていた。

 スコーーーーーン!!!

 その先輩職員の魂も、恐怖によるショックから肉体から弾き出る。そこへワラワラと他の職員数名が、その場を何とか取り繕おうと引け腰で集まってきた。

「即効に、新たな額縁に収納し直し、直ちに見栄え良い壁に飾りたまえ。たかが絵一つを壁に飾るだけでこの面倒……呆れずにはいられませんな。(それがし)が頼んだ事でこの始末と言うならば、今後(それがし)自身で雑用を行うようにすべきと言う事ですかな?」

 ザシュザシュドシュッ!!!

 視えないレグルスの呪詛なる矢が、次々と職員達の心臓を貫く。

 そうしてこの騒ぎの中にも関わらず、寝こけている纏依の様子に嘆息吐くと、レグルスは静かに公衆の面前の中で、彼女を優しく抱き上げた。

「頼みますぞ」

 後からやって来た副館長を冷酷に見下すと、静かな声で威圧的に言い残して立ち去った。

「キャア! あのスレイグ教授でもあんな素敵な真似をするんですね! 本当に扶養者と保護者の仲なのか、疑わしい雰囲気だと思いません!? う〜ん。やっぱり相手が有名画家だと、扱いも自ずと丁寧になるんですかね! スレイグ教授も♪」

 数日前に入った短気自習としての大学生の女の子が、はしゃぎながらやってきた。

 彼女はレグルスの授業を、学科の一つとして専攻している生徒でもあったが、美術業界にも知識が長けていた。

「え゛!? 有名画家!?」

 その場にいた職員みんなが、一斉に目を剥く。

「はい。まぁ、美術に興味がある人にしか知られてはいないとは思いますけど、最近は俄かに世界でも名が知れ始めている、美術界の新星なんですよ。あ、そこに落ちている絵、今教授に運ばれていった在里画伯の作品の一つですよ。あたし画伯のファンだし、彼女の作品は個性的ですぐ見れば判るんです♪」

 その女子学生は無邪気に、自分の知る限りの情報を提供した。

 そんな彼女からの悪意なき情報に、副館長の薄くて危険な状態の毛髪が、儚くも心なしか数本舞い落ちた気がした……。




 昨夜はエネルギーを使わせた分、時間を掛けたせいで睡眠時間も短縮されたからな。思わず睡魔に襲われてもやむを得ぬやも知れん。

 レグルスは館長室のソファーに、纏依を横にさせながら密かに思った。

 処女であった彼女の痛みを極力軽減させるべく、焦らずゆっくり時間を掛けて優しく労わってやったのだが。

 涙を流しながら、彼にしがみ付いて必死に耐える彼女が健気で、彼の中の彼女への愛おしさが抑え切れなかったというのもあった。

 ……纏依の中では針地獄との壮絶なる戦いが、繰り広げられていたにも関わらず。


「ク……。ご苦労であったな纏依……感謝する」


 レグルスは彼女の寝顔を優しく撫でて、滅多に表面化しない微笑を(にわ)かに浮かべると、その(まぶた)に優しく口づけをするのだった。








  ふざけてない! ふざけて……! ハイ……。ちょっとだけ……。ってか、自分で書きながら吹き出してるしww。処女のエナジー吸収して若返ったらアカーン!! 42歳!! いやまぁ、別にいいですけどね。そういう形もあるって事でww。エネルギッシュ!!ww。いやだから、あくまで彼はセクシーハンサムダンディーなんです!!(強調)。

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