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17:今宵伽りし儀式の営み

 帰って来るや否や、纏依は()も汚れ物宜しくレグルスに襟首を摘まれて、ぺっとバスルームに放り込まれた。

「ちょっと待てよ! 俺、服とかがないから着替えが……!」

「道端に落ちていたバッグなら拾っておいたが、どの道あの調子だと中身もずぶ濡れであろうな。着替えはひとまず、(それがし)のものでも着ているがいい。とりあえずそのドブネズミ並みの姿を清めよ。一体どうしたらそこまで見事なドロ人形になれるのだか……」

 レグルスはしっかり嫌味を言うのを忘れずに、そのまま彼女を残しバタンとドアを閉めた。

「……転んだからだよ。どうせ俺の専売特許ですよっだ!」

 纏依(まとい)はべっとドアに向かって舌を出してから、グショグショの服を豪快に脱ぎ捨てる。体に張り付き、纏わり付いていた束縛感から解放されて、心なしか気分も楽になる纏依。

挿絵(By みてみん)

 しかしやはり、どうしても胸元に刻む醜い焼印が目に入った瞬間、俄かに虚しさを突きつけられる。

 胸元の中央に大きく焼き付けられた、〈 X 〉 の形の焼印。両脇側から始まったそれは、胸の中央部分で交わって、脇腹肋骨部にまで至る、大きな嫌でも目立つ通称『魔女の烙印』

 纏依は浮かない顔でその中央の交わり部分に、そっと指を当ててなぞると、一息吐いてバスタブに足を差し入れた。

 そしてシャワーのコックを捻って常温のお湯を出すと、それを首から浴びてゆく。その心地良さが、纏依の冷え切った体を温めてくれて、思わずホゥ……と吐息が漏れる。

 その時コンコンとドアがノックされたが、彼女は気付かずシャワーに身を委ね、瞑目していた。

 やがてドアが開けられ、レグルスが雨で濡れた頭にタオルを被せた状態で、顔を出しながら声を掛けてきた。

(それがし)も次に入るから、長居致すでない、ぞ……」

「え……」

 纏依は彼に背中を見せる形で振り返る。レグルスも背後からとは言え、彼女の華奢で色白の湯に濡れた裸体が目に入る。

 水を弾くほっそりとした背中に濡れた栗色の長髪がかかり、小振りだが桃のように張りのあるヒップ。そこからスラリと伸びる細い足……。

 暫く見詰め合う二人。シャワーの音だけが響いている。が、直後。

「キャアアアアアアアアアアァァァァァーーーーーーーッッッ!!!!!」

 まるで殺人事件でも起きたかのような、絹を裂くような大絶叫に、レグルスは耳を塞いで顔を顰めた。

「よもや今まで過去数々の人々を死の間際まで追い詰めた事があっても、これ程の悲鳴を上げた者はいなかったぞ……。それだけの声が出るならいざ事件が起きても、充分犯人を怯ませられるな」

「なーんーでーもーいーいーかーらーっ! とっととそのドアを閉めやがれ!! このスケベジジイ!!!」

 必死の余り纏依は、顔を真っ赤にして白黒の市松模様のシャワーカーテンで身を隠して、咄嗟にそう叫んでしまう。

 しかし薄っすらとだが白地の部分から、太ももなどの肌色が透けて見える。濡れて肌に張り付いている分、余計に何だか逆に色っぽい。 

 そんな必死な彼女にレグルスは、思わず悪戯心が芽生える。

「……それとも、(それがし)も一緒に入れてくれれば、纏めて終わるがな。色んな意味、で!?」

 途端に飛んできた研磨剤のチューブとプラスチックコップに気付いて、さすがに冷静沈着のレグルスも大慌てでドアを閉めて、それから身を守った。

 同時に、ドアに到達した衝突音が鳴り響き、直後二つそれぞれの固有の落下音が続いた。

 ……纏依に裸体でのジョークは、さすがに今はまだ通用せぬな……。確実に今のままでは殺される……。

 一つならまだしも、二つも一片に物が飛んできた事でそうはっきりと自覚する。

 ……見ておけ。万が一そなたに殺害される時は、(それがし)がその前にそなたを必ずや犯してくれる。……でなくば、いざ殺された時、間違いなくこの世に未練が残る……。

 内心密かにそんな事を思いながら、レグルスはまるで何事もなかったかのように、リビングに戻って行った。






 入浴を終えて、完成された纏依の外見は、レグルスの漆黒のサテンのシャツ一枚だけを直に着込んだ形だった。

 生足を剥き出したままのスタイルでソファーに内股正座姿勢で、チョーンと座り込んでいる。

 長身のレグルスの服は、上だけで充分纏依の全身を膝下まで隠してくれた。しかし下着がないので、やむを得ずノーブラノーパンだ。

 普段スカートなんていう、無用心な衣類を着用した事のない纏依にとって、この格好は結構抵抗を感じた。

 だがしかし、そのまま直に男のズボンまで穿くのは、更にそれ以上纏依的には抵抗があったので恥ずかしいながらも、見えないからとひとまずこのスタイルに甘んじる事にしたのだが。


「レグルス。あんたって、どこか鬼だな」

「何がだね?」

 同じく入浴を終えたレグルスは、何事もないようにダイニングテーブルに料理を並べている。

「こんな山中に雨の中、普通にミシュラン入りレストランに夕食を配達させるとは」

 そう纏依は言ったが、する方もする方だ。仮にも格式高いイメージのある、ミシュラン公認レストランだと言うのに。

「しかしこれが(それがし)の休日だ。向こうも納得の上で配達してくれている」

 レグルスはサラリと言ったが、中心区から一時間以上も掛かるこの家まで、わざわざ高級料理を運んでくれるのだ。

 本当に前回レグルスより年上のシェフが纏依に言ったように、彼専属料理人を確立させている。

「良いではないか。日本の文化では日常とされていない、チップも多めにはたいてやっている」

「当たり前だ。そうしてやらんと気の毒だろう。日本流ではそれを、交通費と言うんだ」

「……ほぅ? 覚えておこう」

 レグルスは一瞬キョトンとしてから首肯すると、やや無用心スタイルの纏依を食卓に進めた。

 纏依はソファーから降り立ちながら、しっかり用意していたガウンを羽織る。

「……何だそれは」

 レグルスが(にわ)かに顔を(しか)める。

「何って、ガウンだよ。ガ・ウ・ン。おっ借りさせて頂きま〜す♪」

「……わざわざ楽しみを減らすとは」

 レグルスは嘆息吐(たんそくつ)いて、ボソリと呟く。

「え? 何がだ?」

 キョトンとした顔で無邪気に笑いかける纏依。

「いや。そなたのその無用心なまでの薄着姿を()でながら、有り付く夕食もまた一興と……」

 途端、その言葉を(さえぎ)るように片手を突き出しながら、纏依の鋭い言葉が飛んだ。

「待て! それ以上言うな! ……どんどんレグルスが変態に見えてくるから」

「変態……」

 さすがにそれを聞いてレグルスは言葉を詰まらせると、大人しく閉口した。






 夕食後、余った時間を利用して音楽鑑賞を楽しんでいるレグルスを放っておいて、纏依は二階のバルコニーにいた。

 クラシックとか、ヒーリングだとか、嫌いじゃないけど、今はそんな気分じゃない。

 これと言って娯楽のないこの家で、そんな音楽を(たしな)んだ暁には、ものの三秒で眠ってしまいそうだったからだ。

 在里 纏依(ありざとまとい)。二十二歳。それこそ昨夜のレグルスと同じ道を、この若さで辿る訳にはいくまいと、すっかりさっきまでの雨が嘘の様に晴れ渡った夜空を楽しんでいた。

 今夜は満月で、幻想的なまでに雨に濡れた周囲の景色を照らして、その雫をキラキラと反射させている。

 綺麗だな……。実に見事な満月で、吸い込まれそうだ。心が自然と、癒される。こういう時って、歌ったら気持ち良さそうだな。何がいいだろう……。

 そう纏依は頭の中で選曲すると、それをそっと囁くように口ずさむ。

 分からない部分はハミングで誤魔化したりしていたが、次第に体が冷え込み始めて、とてものんびり月見を楽しめる状況ではなくなってきた。

 仕方がないので、ブルリと一旦震えて自分の体を抱き締めると、室内に戻ろうと身を(ひるがえ)して……飛び上がった。

 そこに長身の黒い大男が、入り口を塞ぐような形でサッシの枠に寄り掛かって、立っていたからだ。

「いたなら声くらい掛けろよな! びっくりしたじゃないか! 体でかい割には気配を感じないんだから。毎回寿命が縮み上がる思いだよ」

「そなたが歌っておられたので、邪魔を致す訳にはゆかぬかと思いましてな」

「聞いてたのか。下手だったろう。今夜夢で(うな)されるぞ」

 纏依はニッと意地悪そうに笑みを浮かべて言いながら、彼の脇をすり抜けて室内に入る。

「雨上がりの後だと、余計に冷え込むな。もう冬だな。うぅ寒い」

 背後でサッシとカーテンが閉められるのを感じながら、もう一度ブルリと震えて纏依は自分の体を抱き締める。

 すると別の温もりが、纏依の全身を背後から包んだ。思わずドキリと胸が高鳴る。

「こうすると、更に温かかろう」

「ん、うん……」

「もっと温めあう手は他にもあるぞ」

 レグルスから静かに低い声で色っぽく耳元で囁かれ、更に胸が高鳴る。

「次は(それがし)の為に歌って頂けますかな。(なま)めかしい声で」

「あ、でも……」

 どんどん鼓動が早くなり、顔も真っ赤になってくる纏依。

 するとヒョイと抱きかかえられて寝室に運ばれると、そのままレグルスも一緒にベッドに倒れ込んだ。

 そして纏依は、上に着ていたガウンをレグルスから剥ぎ取られる。下に残るは彼に借りたシャツ一枚だけだ。

 少し乱れて肌蹴た太もも辺りを、纏依は大慌てで捲れたシャツで覆い隠す。レグルスは四つん這いの格好で纏依の上を(またが)ると、抑揚のない低い声で静かに口にした。

「言ったはずだ。×(かける)2で相手をして貰うと」

「そんな! だってあたし……初めて、だから、そんな倍数、こなせないよぉ……」

 さすがの纏依も、唐突に事が始まりそうな恐怖で、やや半泣きになった。そんな彼女に優しくソフトキスをするレグルス。

「案ずるな……。そなたがその気になるまでは、(それがし)も無理強いはすまい……」

 レグルスは優しく囁くと、纏依の頬に口づけをした。

「その気にならないかも知れなかったら?」

 纏依が戸惑いながら訊ねると、レグルスはふと俄かに微笑した。

「今朝のあの反応は、その気になった証拠ではないのかね?」

「ん、うん……。あれは何ていうか……きちんとそんな雰囲気の流れが出来たからで、今はいきなりな感じがして……つい身構えるっていうか……」

 恥ずかしげに、ボソボソ口にする纏依。するとレグルスが彼女の耳元に口を当てて、囁いた。

「そなたも見たであろう。今宵の見事な月を……。満月は、生物に本能を呼び起こす……」

 渋くて熱い吐息が耳に掛かるその低いセクシーボイスに、纏依はついうっとりしてしまう。

「でも……怖いんだ……」

「抱かれるのがかね?」

 レグルスは彼女に覆い被さるとゆっくり、纏依の首元に顔を埋めながら訊ねる。

 そんな彼に首筋を(さら)して差し出しながら、脳裏を過ぎる思いを何とか彼に伝えようと言葉を綴る。

「ううん……そうじゃない……私は本当は貴方が欲しい……でも……この胸にある忌まわしく、醜い焼印を見られるのが怖くて……。この傷のせいで、私はレグルスを慰め、応えてやれない気がして……」

 するとそれまで彼女の首元を愛撫していたレグルスが、ヒョイと怪訝(けげん)な顔をして上げる。

「そんな事か。阿呆が。その事なら気にしないと前にも申したはずだ。それしきの事で(それがし)の性欲が削がれるなどとは、爪の先程も有り得ぬ。例えそなたを犯してでも、そなたの“女”は(それがし)が必ずや貰い受ける……」

 そう言うとレグルスは、今度はディープキスをしてきた。

 ゆっくりと、情熱的に、纏依の舌を絡め取る。

 彼の舌を味わいながら、纏依は少しずつ、ゆっくりと熱を帯び、その身を委ねていった。



「愛している。纏依……」

「私も愛してる……レグルス。 ―――――― ああ……!」



 そしてその夜纏依(まとい)は、初めて女としての華を咲かせたのだった……。






  やっぱ恋愛小説って事で、ソフトタッチにしてみたけど、どないです? 物足りないなら細かくするけど!?(笑)

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