14:男女であらば火照る体に戯れを
クンクン……アロマの香りに混ざって、男性フェロモンの匂いも一緒に夢現の纏依の鼻孔を擽る。
クンクンクン……いい匂い……そっか。俺今レグルスと一緒に寝てんだ……。小鳥の囀りが聞こえる。もう朝か。早いな。あっと言う間って感じだけど。
“レグルスの匂い。異性の匂い。中年になると加齢臭とかっつって臭くなるって言うけど、全然臭くない。寧ろ凄くいい匂……”
「誰が加齢臭だ」
レグルスの不機嫌な低い声が、纏依の心の声を一蹴する。
「いちゃちゃちゃ……。聞こえちぇちゃにょか……」
纏依はレグルスに頬をつねられながらも、不気味にニヤけている。半分まだまどろみが混在しているので、頬をつねられても半分は麻酔化している。
無意識にもレグルスの匂いに動物並みに興奮して、心の声に熱がこもってしまったらしい。しっかりレグルスに届いてしまったようだった。
「でも凄くいい匂いだよ。俺はレグルスの匂い、大好きだな……」
そう言いながら纏依は、まどろみながらも彼に腕を回しながら甘えて擦り寄ってゆく。
「そうであろうな。でなくば、そうして寝ながら涎を流したりはすまい」
レグルスのその言葉に、纏依は一気に現実に引き戻されてバチッと目を見開くと、ガバリと飛び起きて大慌てでパジャマの裾で口元を拭う。
「……冗談だ」
「へ? 冗談?」
パチクリさせる纏依の様子が可笑しくて、内心密かに愉快がるレグルス。にも関わらずやっぱり表情には出ていないが。
「共に眠った初日からそんなアホ面曝け出された日には、さすがに某も今後の対応に戸惑うところだ。何事もなく清らかな寝顔でしたぞ」
「俺の寝顔見てたのか?」
「十分前くらいに目が覚めたものですからな」
そう言うや否や上半身を起こしている纏依へと腕を回して、ドサンと再びベッドに寝かせる。
「せっかくの休日……共にベッドの上……もう少しゆっくりこのひと時を楽しもうではないか」
「クス、うん。レグルス……」
纏依は嬉しそうに、肘枕をして半身を僅かに起こした姿勢でいる彼の顔を見遣る。俄かに黒髪が顔に掛かっているレグルスが、妙にセクシーに見えてくる。
何だろう……昨夜からやたらと今まで以上に、レグルスを見るだけで男として意識してしまって……凄くドキドキする。こんな気持ち初めてで、でも何だか凄く……胸が温かくなってくる……。
「随分鼓動が高鳴っておられるな」
「……へ?」
ハタと気付くとレグルスの大きな片手が纏依の心臓の上に当たっている。つまりそれは……。
「わぁ!」
纏依は慌てて胸元を隠す。勿論パジャマの上からだったが。通りで胸が温かくなるはずである。
「良い反応だ。その方が某も楽しみの甲斐があると言うもの……」
そう静かに呟きながらレグルスは、纏依の片手を掴んで覆い被さってきた。
「え!? そんな! レグルス! 俺にはまだ……ん……ふ……」
必死で言い逃れようとする纏依の口は、レグルスの口づけによって塞がれる。そしてゆっくりと口唇を離すと、静かに囁いた。
「昨夜図書館にて、某が言った事を忘れたとは言わせませんぞ」
「え……? あ……」
―――― そちらから来たからには、万が一の覚悟はあろうな纏依 ――――
館長室にて、耳元で彼に囁かれた言葉が蘇る。
再びレグルスの口唇が重なる。どうしよう……まさかこんなに早く、しかも朝からなんて……。早鐘を打つ纏依の鼓動。
「濃密さに欠けるな。もういい加減、ステップアップしたいところですな」
「ス、ステップアップと言いますと、やや、やっぱり……?」
焦る纏依。
「やっぱり? やっぱりとは?」
意地悪そうに、彼女の口から答えを聞き出そうと尋ねてみるレグルス。
「いや、だから、その……むが……」
またしても語尾をごもらされる纏依。
「これだ纏依……。そなたのこれを、味わいたい……」
「……ほげ(これ)……?」
レグルスから口内に指を差し込まれた状態で、キョトンとする纏依。
「一口でキスと言っても、いろいろあることくらいは存じておろう? 子供ではあるまいし……」
「……映画とかで見る、あの……? でも俺そんなの初めてだか、ら……」
一度キスで口を塞いで纏依を一旦黙らせると、レグルスは改めて言った。
「ひとまず舌を出してみよ」
「う、うん……」
纏依は顔を赤らめながら、チョロリと舌を出す。
「……」
無言のまま、これ以上言わせるなとばかりに眉宇を寄せて訴えてくるレグルス。
……も、もっと出さなきゃいけないのか……。
纏依は迷い戸惑いながら、更にそのピンク色の舌を伸ばしてみる。恥ずかしさの余り、思わず固く目を瞑る。
するとレグルスの舌らしきモノが触れてきた。ドキンと胸が高鳴る。徐々にゆっくりと、レグルスは舌を絡めてくる。
纏依の鼓動は更に早くなる。余りにも緊張しすぎて、思わず体が小刻みに震え出す。
するとそれに気付いたのかレグルスは、落ち着かせる為になのかそのまま口唇を重ねて、今度はレグルスの方から口内に舌を差し入れてきた。
纏依は何とかレグルスに応えようと、自分なりに舌を動かしてみる。互いの舌が絡み合う。するとなぜか、不思議と体がカァッと熱くなる。
纏依はゆっくりと両腕を上げると、そのまま上にいるレグルスをギュッと抱き締めた。彼も彼女の背に腕を回して、グッと胸元を持ち上げる。
途端、まるで魔法にでも掛かったように先程までの緊張感が消え去り、今はただレグルスとのディープキスに夢中になった。
やがてレグルスは口唇を離すと、纏依の首元に顔を埋める。
無意識の内に纏依の息は、俄かに荒くなっていた。
「ん、あ……レグルス……好き……」
「纏依……」
レグルスは纏依の首元から顔を上げて彼女の瞳を見詰めると、再び熱くディープキスを交わした。
そして首筋を伝い、彼女の襟間から覗き見える、鎖骨の中央部にまで口唇を這わせる。
「あ……ハァ……」
纏依の火照り始めた肉体は、その下部に覆う醜い焼印の存在を束の間、忘れさせてくれた。
「纏依。そなたが欲しい……」
そう囁いてきたレグルスの言葉には、熱がこもってとてもいやらしかった。そんな彼の囁きが、一気に纏依の心に火を点けた。
「レグルス……私 ―― も……!?」
その言葉を掻き消すようにけたたましく鳴り響き始めた、ヘビーメタルの着信音。
「……何だこの騒々しい音は」
一気に現実に引き戻される二人。
「……アハ。俺の携帯電話の着信音……」
「……」
レグルスは憮然とした様子で、纏依の上から体を退ける。
纏依は気まずそうに枕元の携帯電話を手に取って対応すると、たちまち形相を変えて跳ね起きる。
その様子から、今はひとまずここまでだなと悟ったレグルスは、ベッドから出ると窓から外の景色を伺う。
会話を終えた纏依は、更に気まずそうに苦笑いをして見せながら、レグルスに声を掛けた。
「あ、あの……よ、宜しければ、そのぅ……パソコンをお借り出来ますでしょうか……?」
「仕事の締め切りが昨夜までだったのであらば、こちらに押し掛けて来る前に済ませてから来るべきでしたな。全く。ここまで思わせ振りな行為をさせておいてお預けとは、体に毒だ」
「ご、ごめんなさい……。依頼されていたイラストを、編集者にパソコンで送信するだけの事だったから、つい油断して忘れてまして……」
纏依は申し訳なさそうに呟く。
「……ふん。今宵を覚悟致せ。今の分と×2で相手して貰う」
レグルスは低い声で静かに言うと、初めてニッと意地悪そうな微笑を浮かべてから、寝室を出て行った。
「……×2……殺されるかも……」
纏依はボソリと呟くのだった。