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11:魔女の告白と魔王の真実

 今夜は時間も早かったので、レグルス行きつけのミシュラン入りレストランで夕飯を済ませた。彼の夕食はほぼ毎日、その店だった。

 常連であるせいもあるが、異色に見られがちな彼を何も気にせずに普通に接してくれる、この店のシェフの好印象もプラスになっている。

 そのシェフは米国人で、レストランのジャンルは多国籍を主としている。シェフ曰く。

「僕は彼の専属料理人なのさ」

 と陽気に纏依(まとい)へ言ってきた。その若干年上のシェフ相手でもレグルスは、普段と決して変わる事のない無愛想さなのだが、シェフは全く平気で無表情のレグルスをすっかり扱い慣れている様子だった。

挿絵(By みてみん)


 そうしてレストランを後にした二人は、時間を掛けてレグルスの自宅へと帰って来た。その間、時々纏依は何かを考えている様子だったが、レグルスは本人から言ってこない限り何も訊ねはしなかった。

 家に入ると荷物を床に下ろして、ひとまず大きく纏依は伸びをした。そして自然と窓へと歩み寄ると、ふと星空を仰ぎ見る。

 レグルスはいつものように、そんな纏依の背後で重厚な漆黒のロングコートを脱ぎ始める。

「マジで、ここから見る星は綺麗だな……」

 纏依は呟くと、まるで何かを思い詰めたかのようにフゥーっと大きく嘆息吐いた。レグルスは別に何も答えずに、淡々と帰宅後の彼のお決まりの動作を行っていた。

 脱いだコートをフックに掛けると、下に着ている黒シャツの首元のボタンを外して楽にする。その間纏依は何かを決意し、腹を括っている雰囲気を醸し出していた。

 レグルスは重そうな腕時計も外して、その手首に残る拘束感を解すように、もう片方の手で手首を擦りながら、一通り一連の動作を終えたレグルスは、側の壁に寄り掛かってそんな纏依の後ろ姿を無言で見詰めた。

 するとまるでタイミングを見計らったかのように、纏依が静かに語り始めた。

「そういやレグルス、前に(かつ)て自分は魔王と呼ばれていた事があるって話、してくれたよな」

「…………ああ」

 突然そう切り出された己の忌まわしい過去の称号に、思わずレグルスは顔を僅かに渋面させて、ムッツリと頷くと不快そうに視線を逸らす。

 纏依はそんな彼の反応をまるで見ようとはしないまま、相変わらず窓の外に顔を向けたまま、続きを口にする。

「俺もさ、いつかは言わなきゃならないと、思っていた事が、あるんだ……」

 彼女の思わせ振りな言い回しに、何を言おうとしているのかに気付いたレグルスは、逸らしていた視線を纏依に戻す。

「俺はな、俺は、ちなみに……。―――― ふぅ……」

 ここまで言いかけて、やはり気が重いのか大きく嘆息吐いて深く項垂れる。しかしまるで自分の中で囚われている心の(たが)を取り払うように頭を振ると、改めて気持ちを切り替えるようにして再び顔を上げて言い放った。

「ちなみに俺はさ、魔女呼ばわりされて酷い扱いを受けてきたんだ!!」

「……」

 ついに自分から辛い過去をレグルスに語り始めた纏依。彼は黙って続きを促がす。

「ちと重い話になるけどさ。やっぱいつかは話しておかなきゃって、思ったんだ。だって、このままずっと隠し続けていたら、俺は一生レグルスに本当の自分を見せられない。一緒にいながらにして、本当の自分を偽り隠し続ける事になる。それじゃあいけないって、思ったんだ。本当は、本当はな。この事言うの、すっごく勇気要る。もしかしたらレグルス。あんたは俺の事を嫌いになるかも知れない。でもそれでも、告白しなければいけないんだ。だって、だって俺は……俺、は……」

 震え出す纏依の声。彼女の勇気が、レグルスの中に流れ込んできた。お蔭でその気持ちが痛いほど伝わってくる。

 ドクン。纏依の鼓動に合わせて、彼の鼓動も共に高鳴った。

「もうどうしようもないくらいに、レグルス、私には貴方が必要なんだ!!」

 そうして振り返った纏依からは、涙が溢れていた。思わずビクリとするレグルス。

 “貴方が必要なんだ” 頭の中で反芻(はんすう)される、彼女の言葉。少しずつ、目を見開きながら改めて纏依を見詰め直すレグルス。

 そんな言葉を言われたのは、初めてだった。今まで生きてきた中で、浴びせられてきた言葉は全て自分の存在を否定し、拒絶するものばかりだった。そう言われる人生が当たり前として、今まで生きてきた。

 心から、自分を求めてくれる言葉を受けたのは、今この瞬間が初めてで、レグルスにとって馴染みのない言葉だったのだ。一瞬理解が出来ないまま、動揺した。

「……纏依……」

 そう呟くのが、精一杯だった。

「俺は今まで誰にも必要とされなかった。いつも忌み嫌われて、女としての人生すら許されなかった。両親が浮気を理由に離婚した時に俺は捨てられ、親戚に育てられた。けど、その両親の娘ってだけで俺は、身に覚えのない非道な罪を押し付けられたからだ。浮気をする親の血を受け継いだ娘、淫乱魔女だって! 本当は違うんだ! 本当に何もしてやしない! なのに俺は……!! 学校にまでその事を叔母に触れ回されて、お蔭で散々苛められてきた。だからなんだ。俺がこうなったのは。女でいると、虐められる。女でいると、馬鹿にされる……!! なら一層の事、男の様に生きてやろうって思った。でも本当は女だから、女としての自分なりの誇りだと言い聞かせて……自分の中の女を守る為に、軽々しく(さげす)まれて見られない為に、もう二度と誰からも、い……淫乱魔女だって……言われない為に……!!」

 ここまで語る纏依の表情には、屈辱と悔しさが滲み出ていた。自分の片腕を抱きすくめるようにしていたその手は、次第に激しく震えだしこれでもかとばかりに自分の二の腕を鷲掴みにしていた。

「そうやって男同然に振舞う俺を唯一あんただけは、自然に受け入れてくれた……。俺の今までの人生の中で初めてだったんだ。こんなスタイルの俺を気にせず、女として扱ってくれた人間は……!!」

 そして纏依は懸命に溢れ出る涙を手で拭い払うが、とても追い付かずもうその手も涙でびしょ濡れだった。ついには嗚咽(おえつ)を上げながら纏依は、まるで悲鳴のように叫んだ。

「俺の体には、一生消える事のない焼印(やきいん)がある!!!!」

 途端、彼女の中の激しい憎悪と哀しみが、爆風の如くレグルスの中に突入してきた。つい顔を顰めるレグルス。それは精神力の弱い者だと、たちまち破壊されかねないほどの強力なる思念だった。

 グッと意識を集中して纏依の情念を受け止め、自分の中で柔和(じゅうわ)させるとそれを能力エネルギー体へと懐柔(かいじゅう)する。

 そうやって自分の中に混入してきた他人の思念を吸収する事により、自分の精神に掛かる負担を緩和させ、更なる能力エネルギーへと変換し役立たせるのだ。

 つまりダメージを受けた精神力をそのダメージを利用して、回復させる。それが超能力のパワーの源でもあるからだ。

 そんな彼の僅かな異変に纏依は気付く事無く、更なる思いを続ける。

「……それはとても醜く、嫌でも目に付く傷跡だ。いつもいつも、毎日毎日、着替えをする度、そしてお風呂に入る度、その傷はまるで俺が女である事を責め、(さいな)み続けるようにこの目の中に(さら)し続ける……。俺はね。そんな……そんな体の女なんだよ。本当は……。レグルス。あんたが言うような美しさなんかは、この俺には微塵(みじん)もない……!!」

 纏依は全てを告白した精神的疲労感から、その場に立ち崩れる。

「どうだ……? ここまで聞いて。これが偽りのない俺の中の真実だ……。それでもレグルスは、俺を構わず今後も同じ女としての扱いが出来るか……? こんな醜い火傷が体を覆う女などを、扱いきれるか……?」

「……」

 まるでそれは、ドシャ降りの雨の様な壮絶なまでの悲愴感と、そして、絶望感が含まれていた。

 多分もうダメだ。きっとこれで自分は嫌われるだろう。でも隠し続けていたって、いつかは必ず不自然さが生まれる……。ならば一層の事、先に白状しておいた方がまだマシだ。遅かれ早かれ、同じく嫌われる事には変わりないのなら……。

 そういう彼女の考えまでが、レグルスの中に流れ込んでくる。

「ごめん……ごめんな……レグルス……ごめんなさい……」

 まるで(うな)されるように泣きじゃくる纏依。

「……」

 相変わらず黙ったまま、深く瞑目(めいもく)して何も口に出そうとはしないレグルス。その沈黙が余計に纏依は辛かった。

 やっぱり、そうだよな。そうなるのが普通だよな……。だって、俺は女として彼を慰めてやることすら、ましてや応えてやることすら、出来ない。こんな、体だから……。

 この世で一番つまらない女だ。どんなに自分の女のプライドを守ったところでいざと言う時にせっかく守り通してきた自分の女も、発揮出来なければ本当に下手すりゃただの男と何ら変わりはない……。

 纏依は深い絶望感と虚無感の中で、ボンヤリと思った。途端。声がした。

何故(なにゆえ)謝る必要がある。纏依』

 はっとする纏依。

『そなたのどこに、否があると言うのだ。そなたの身の潔白さも清純さも、紛れもない事実。体に傷があると、不純になるのか? (それがし)にとっては今後も変わる事無く、やはりそなたは確かに美しい。纏依……』

“レ……グル……ス……?” 纏依は理解に苦しんだ。

 目を見開いて、正面の壁に凭れている彼の姿を確認する。しかしレグルスは変わらずそのままそこで、こちらをジッと見詰めていた。何も言う事無く。ただひたすら、黙ったまま。

 しかし確かに彼は、自分に語りかけてくる。しかも悠然とした姿で、優しく纏依の頬に手を当てている。そう。目前のレグルスとは別に、自分の中に彼が現実の如く存在しているのだ。

 それは起きながらにして夢を見ている感覚に似ていた。これは何だ? 俺の空想?

(いな)。そうではない。これは確かにそなたの心……意識の中だ。そこに(それがし)が入り込んでこうして直接、そなたの意識に、頭に、精神に語りかけそして、接している。そなたの意識の中に、(それがし)自身の意志で存在している』

“……レグルスの意志で存在する……? どういう事だ!? 分からない”

「 ―――――― こういう事だ」

 漸く現実でレグルスが静かに口を開いた。そしてゆっくりと歩を進めると、ポケットからハンカチを取り出して、涙でグシャグシャの纏依に差し出した。

「拭きたまえ」

「レグル……ス……?」

「これが(それがし)の魔王と称され忌み嫌われ続けた原因の最大の理由だ。某もそなたの考えと全く同じだ。こんな正体を知ったらそなたは恐れ、他の者同様に逃げ出してしまうのではないだろうか。だがしかし、いずれこのままだと知れる事となる。(それがし)とて……同じ気持ちだった……。謝るのはこちらの方だ……。すまない……。某は、読心力及び互いの精神を扱う超能力者だ」

 レグルスの思いも寄らない非現実的な告白に、纏依は頭の中が真っ白になった。


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