10:恐怖を呼ぶ国立図書館
「いや〜、ここ数日穏やかですねぇ。副館長」
「そうだなぁ。あの不気味な外人館長もここ数日、大学の方に篭もりっ放しだし」
「その扶養者のあの男女さんの来館もないし」
「静かだぁ〜〜〜〜!!!」
図書館職員一同が声を揃えて職員室で、お茶やコーヒーを手に幸せそうな笑顔で束の間の楽園に、羽を伸ばしていた。
もう季節も晩秋を迎え、あれだけ色鮮やかだった紅葉も瞬く間に散って、庭園の木々もすっかり裸一貫枯れ枝を曝し、如何にも寒そうに冬支度をしている感じだった。
「外もこの数日で一気に寒くなりましたよね〜」
若い男の職員が笑顔で庭に面した窓を開ける。ヒュウゥ〜〜〜〜……!! 冷たい風が一気に吹き込んでくる。と、同時に職員達は思わず遠くに目を凝らした。
何か……何か、いる。迫ってくる。こちらへ。猛烈なる早足で。それは……それは、黒い。黒い、物体。……ヵ……ヵズカズカズカズカズカズカズカ!! ピタリ!!
ピッシーーーーーーーーッッ!!!! みんなして凍りつく。
「……大した庭ですな。某が暫く留守にしている間に、こんなにも様変わりするとは」
ズガーーーーーーーーーン!!!! 引き続き、地の底から轟く低い声に合わせて、職員達に落雷が直撃する。
「……副館。そなたは一体、何をしていたのかね」
副館長の薄く危険な状態の毛髪が、窓から吹き込んでくる風によって乱れている。震えているのは、その声の主が原因か。もしくはこの寒い風に曝されているからか。内外の気温差も手伝い、彼の眼鏡までが曇っている。
「この美しい庭園に枯葉の肥やしを溜め込んで、そこから出来た腐葉土にて、春に向けて農作物でもこさえるおつもりか。そなたらはわざわざ某に一言言われねば、庭掃除も満足に出来んのかね。この庭園もこの図書館の管理下であるのは周知の事実。手に余るのなら一層、庭師でも雇う手続きをしたらいかがですかな?」
たまに寡黙なこの男に一旦口を開かせると、掃いて捨てるほどの嫌味、皮肉が毒虫の如くにゾロゾロと湧いて出る。
「もももも、申し訳御座いませんでした!!! スレイグ館長!!!! そしてお帰りなさいませ!!!!!」
職員達は一斉に窓の外にいる黒々とした大男に深々と頭を下げると、それ以上の説教を与えない為にも心にもない彼の帰宅を出迎える。
その彼らの勢いにレグルスは一つ、聞こえる大きさで嘆息吐くと冷ややかに職員達を見遣ってから、クルリと向きを変えて裏口の方へと歩き出した。
「……終わった……完全に終わった……束の間の楽園が……」
「庭掃除……忘れてた……余りにも長閑なばかりに……」
「って言うかどこから現れるか……分かりませんよね……あの人……」
職員達は少しずつ強張って固まっている全身を解していきながら、声を押し殺して言い合った。
レグルスの羽織るコートも厚手になり、ただでさえ長身で体格の良い容貌が、更に一回り大きく成長したかに見えて、大男が更に進化して今や、黒の権化となりその恐怖感を増幅させていた。が、本人は更々そんなつもりはない。
彼はその、重厚なる漆黒のロングコートを最早外套の如く翻し、館内へと入ってくると何事もなかったようにツカツカと行く手を阻む来館客達を、その存在感だけで払い除けていきながら、そのまま館長室へと向かって姿を消した。
「はははは、早く、早く庭掃除を!! 掃除だ掃除!!」
副館長の引っ繰り返った声に、数人の若手職員が大急ぎでバタバタと庭園へと速攻した。
やがて閉館まで十分前となり、蛍の光の曲を館内に流しながら、庭掃除も終えて一段落ついていた職員達は、またほんの束の間の時間に身を委ねていた。
十分後には館内の片付けなどで、また小一時間程忙しくなる。
「いや〜、一時はどうなるかと思いましたけど、結局何だかんだで無事今日も終わりましたね〜」
「無事だったかどうかは、少し疑問が残るけどね〜」
「でもびっくりしましたねー! あの館長と遭遇するだけで、寿命が縮む思いですよ」
「アッハッハッハッハーー!!!」
その時だった。
「たのもーーーっっ!!!」
カウンターから響く、聞き覚えのあるハスキーボイス。
再び職員達は、ビックーーーン!! と体を弾ませる。
「ここここここの声は……!!」
「もう閉館間際だってのにまたもや問題が!?」
職員室内は騒然となる。
「どうした!! 誰も対応者はいないのか!?」
更に続くカウンターからの大声。仮にもここは図書館である。
「こここ、こんにちわ。ど、どうしました? もう今日は閉館になり……」
「んな事はこのBGMを聞きゃ分かっている!!」
対応しに来た若い男の職員相手に、その美少年……いや、男装した女は声を大にして言った。今日はゴシックパンクファッションでキメている。まるでビジュアルバンドメンバーの姿だ。
「あいつはどうした!!」
「あ、あいつ、と申しますのは、やっぱりあのお方……の事でしょうか?」
「そうだ! ここのブラックモンスターだ!! いるのか、いないのか!?」
「は、はい、スレイグ館長でしたら約四時間ほど前に戻ってこられ……」
「何ーーーーーっっ!!!?」
その女の憤怒の形相に、一抹の不安を覚えた職員達は、ビシーーーーっっ!!! と岩と化す。
「あんの野郎! 人を二度手間させやがって! 大学に行ったらいねぇもんだから、とんだ無駄足だ!! あいつは携帯電話の意味が分かってんのか! 許すまじあのジジイ!!」
「あ、あああ、あの! 申し訳ありませんがそういう事でお呼び出しするのはちょっと……!」
「安心しろ! 俺の方から直接行く!!」
「イヤイヤイヤイヤ! いくら身内の方であろうとも一般客がそう軽々しく館長室に行く事は禁止されていまして……!!」
そう威厳的に言って館長室へと足を踏み出した彼女を、職員達は一斉に引き止める。これ以上万が一また嫌味を言われるのを避ける為だったが。
「これは! 立派な! 奴への! クレェーームだっ!! 行かせんのならばここへと野郎を呼び出せ!!」
ザザザーーーーーーーー!!!! 彼女の言葉で職員達の体内の血は一気に引き、後の話によるとこの時の体温は、三十五℃を下回ったという……。
顔面蒼白になっている職員達をプイと無視して、この男勝りな少年の様な女、在里 纏依は再びクルリと向きを変えると、足早に館長室へと歩き去ってしまった。
「レグルス・スレイグ!! どうしてせめて一言電話をくれない!?」
派手に館長室のドアを叩き開けた纏依は、中にいる漆黒の大男に向かって文句を言い放った。
「……相変わらず騒々しいですな。そなたは。某は今日にはこちらへ戻ると伝えておいたはずだが?」
「だが何時だとは言わなかっただろう! 俺はまだ大学にいると思って、わざわざ行って来たんだぞ! 無駄に体力使わせやがって!!」
そんなのは自分の勝手な都合である。そこまで文句を言われても困ると言うものだ。だがあながちこうした男女の風景はありがちだったりする。この二人も外見の異色さとは裏腹に、しっかりその例を辿っていた。
ふと見ると纏依の手には、大きなバッグがあった。それを持ち歩いていたので、余計に彼女の怒りは収まらなかったらしい。
それを確認したレグルスは、ふと無表情ながらも俄かに笑いを含んだ息を吐いた。
「……何だね。その荷物は」
デスクのイスに座ったまま、彼は頬杖しながら静かに訊ねる。
「こ、これは俺の着替えだとか、浴用道具や洗顔道具だとかだな」
「つまり外泊用だと? 一体どちらに泊まられるご予定かな?」
「え? 明日月曜でレグルス休みだろ? だから……」
キョトンとする纏依。内心愉快になってきたレグルスは、更に淡々と物静かに詰問していく。
「某が一度でも、此度もそなたを我が家に宿泊させるなどと、申しましたかな?」
「……何? もしかして都合が悪いとか? 何か予定でもあったのか?」
「いや。ちっとも。明日も気長にゆるりとした休日を過ごす、暇な一日だが」
「じゃあ別に……」
未だにレグルスの意地悪な企みに気付いていない纏依は、相変わらずキョトンとした子犬の様な顔をしている。
「いやはや。まさかそなたから一方的に押しかけて来るとは思いませんでしたな。準備の宜しいことだ」
彼からの止めの言葉に、漸く彼が何を言わんとしているのか理解した纏依は、途端にカーッと顔を真っ赤にした。
「そ、そうだったな! 考えてみりゃあ確かに休みだからと言って、俺があんたの所にわざわざ泊まりに行く必要はないんだよな! 悪かったな! あつかましい行動を勝手に取って! かっ、帰るっっ!!!」
纏依は動揺を露にしながら言うと、羞恥心の余り今すぐ逃げ出したい衝動に駆られて、クルッとドアの方へと体を向けた。
しかし気が付くと、纏依は背後からレグルスに抱き締められていた。
「そなたは本当に、可愛らしいですな」
「なっ、何だよ今更! 俺の機嫌を直そうったってもう遅い……むぐ……! んむ……!」
纏依の語尾が途端にごもる。背後からレグルスが、纏依の口内に指を差し入れてきたのだ。そしてその指で彼女の舌に触れ、それを感じながら静かに耳へと直に口を当てて囁いた。
「そちらから来たからには、万が一の覚悟はあろうな。纏依……」
それから彼女の口からゆっくりと指を引き抜きながら、正面へと向かせると、敢えて纏依の口唇をその口内に入れた指でなぞる。
そうやって彼女の唾液で表面を濡らしておいてから、レグルスはゆっくりと味わうように纏依にソフトキスをするのだった。
まだD−キスはおあずけ〜☆ww。ねっとりさは熟成させないとww。
しかし一方の職員の皆さん、さんざんビビらせられておいて、まさか二人がイチャついてるとは……。知ったら知ったで、今度は別の意味でビビりそうww。