英雄女
この世界はいつから魔物なんて危ない存在が居るんだろう?この世界では魔物がいるのは当たり前で、子供の頃には疑問に思っていても、いつの間にか納得する日が来てしまう。それでも生きていかなくてはいけないから、人間は襲われたら抵抗し、自分の居場所を作るために魔物と戦っている。
「は?何が出たって?」
「ドラゴン、ドラゴンが一体。恐日山からこちらへ真っ直ぐに向かっている」
広い草原の真ん中に作られた人の国、ソゲンという国は壁に囲まれた要塞のような場所だ。草原には四足獣の魔物が多数存在してはいるものの、あまり強くなく、比較的安全な所だ。
「何かしたのか?それとも目覚めたから餌を探しに?」
「そんな事より!非常事態だ、戦士を集めろ!」
この国は今までにない危機に瀕している。ドラゴン、最強最悪と云われる存在であり現れれば国が滅びるとさえ言われている。家畜は食われ、建物はその灼熱のブレスに焼かれ、ひとたび人が食われてしまえば味を覚えられ、狩り尽くされるまで追いかけられる。その体には兵士が100人居たとしても傷一つ与えられない。一体どうすればいいのか。国は大混乱に陥ろうとしていた。
「ギルドに集えと言われてきてみたが、こんな小さなギルドしかない国でドラゴンが追い払えるかね?」
人が入り切らず、結局外に集まる人々。だが、殆どは野次馬で戦ったことなどない人ばかりだ。戦いの経験がある者でも事情を知った途端、やる気をなくした表情で結果だけを聞こうと野次馬の中へ混ざっていく。それを見ていた流れ者の冒険者は肩を竦めた。
「さて、どんな風に対応するんかね?この国が滅んだら行き場がないな」
この国が滅べば、近辺に何もないし、ここにいる人々は本当に全員死んでしまうだろう。だからといって不用意に外に出れば魔物に狙われる。この国に来ることも離れることも簡単には出来ない。外にいる魔物が弱いといっても、四六時中狙われたらたまったものじゃない。
「直に来るぞ...」
頑丈な壁があっても、空飛ぶ魔物には手も足も出ない。逆に檻のようになってしまっている。次第に人々の顔からは絶望が見え始めた。
「死ぬの...私も?」
「子供だけでも...!」
こんな状態では、協力して解決しようにもだれも動かないだろう。数少ない冒険者も名乗りをあげようとはしない。もちろん流れ者の冒険者も諦めていた。
「あんた、冒険者だろ!力があるんなら、あたしらを守ってくれよ!」
遂に我慢しきれなくなった国民が、冒険者に訴え始めた。そんな事やっている場合ではないはずなのに、争いが始まってしまう。
「待ってください。皆さん、私が囮になり時間を稼ぎます。皆さんはその内に冒険者さんと共に南にある洞窟へ向かって下さい。あそこは特別強い魔物はおらず、ドラゴンは入ってこられないでしょう」
そんな時、するりと人々の間から出てきた女が冒険者の前で止まりそう話した。
「何言ってんだ、数秒もかからず食われちまうよ」
「そうだ、死ぬんだぞ!」
戸惑いを顕にした国民は女に話しかける。女は黒い髪に黒い瞳をしていて、落ち着いた雰囲気だった。
「ええ、そうかもしれませんね。ですが、この中の誰かが助かるのならば、数秒でも稼ぎたいのです。それに、少しですが魔法が使えます。目くらましにもう少し時間はかけられるでしょう」
こんな状況なのに、黒髪の女は安心するような優しい笑顔でその場にいる人々を魅了した。
「ここで話す時間も惜しいのです。さぁ、いって。ドラゴンはもう10分もすれば来てしまいます。私は外に出て時間を稼ぎますから、では!」
黒髪の女は近くにいた冒険者の肩を叩き、首にかけているアクセサリーを手渡した。
「これは魔物よけの香りが詰まってます。気休め程度かもしれませんが、お持ちください。...私ですか?囮役ですし必要ありません。だから、皆さんをよろしくお願いします」
声を掛けられた冒険者は何か言いたげに女を見つめたが、何かを決心したように頷くと、声を上げ、国民を連れて進み始めた。
「待ってくれ!嬢ちゃん」
流れ者の冒険者である俺は、何故か女を追いかけていた。声を掛けられた女が振り向く。
「え?どうしました?逃げなくてもいいのですか?」
「何故死にに行くような真似を。.....いや、俺も行こう。嬢ちゃん一人にゃ背負わせられない。それに、俺はこの国が好きなんでね、追っ払うくらいにはやってやるさ」
誰もいない街の真ん中で、二人だけになったからこそ言えた。この国は嫌いじゃない。いっそのこと、死ぬなら戦って役に立ちたいという思いがあった。
「ふふっ、ふふふふっ!死ぬつもりは無いですよ、私は強いですから。でも、その勇気は受け取りました!ついてきてください、戦士さん」
不思議な事に黒髪の女は全然怖がる様子もなく、それどころかどこか神秘的な気配がした。まるで英雄をみているかのような。
「手は離さないでくださいね」
その言葉と共に体が空に引っ張られて、俺は叫び声を上げてしまう。
「ぁぁあ!!なんっじゃこりゃ!お前さん何者っ、何者なんだ?」
空を飛んでいる。見下ろせば国中が見える位置で安定し、歩くように空を進む女に、俺は驚きを隠せなかった。
「私はアメルといいます。何者かといわれても、困りますね。私はたまたまこの国に来ていまして、困っているようでしたのでお助けに。しいて言うならば...旅行者ですかね」
この魔物が溢れる世界で旅行者。先程とは打って変わって明るい笑顔で語る彼女に恐怖は微塵も感じない。しばらくして遠くの方で羽ばたく魔物の姿が見えた。
「あれが、ドラゴンか」
「長生きしてそうですね、千年生きていれば相当な強さでしょう。さぁ、降りますね」
紅蓮の鱗の色は、その体の強さが現れているようで、見るだけでも圧倒される。遠くでも圧倒される程の存在感だ。勝てるわけない。
「戦士さん、巻き込まれたじゃ申し訳ありませんし、この場でじっとして貰ってもいいでしょうか?退屈させぬようにすぐに終わらせるつもりではあるのですが」
アメルは、にこやかにそう告げてドラゴンを見上げる。そしてハッとしたように俺を見つめた。
「どうした??」
「私こんな見た目ですので、終わった後に皆さんを安心させる事は出来ないでしょう。ですので、戦士さんが倒した事にして貰ってもいいですか?」
俺は思わずはぁ?と声に出す。その様子を見た彼女はコロコロとツボったように笑い出す。
「そんなに驚かなくても。他の国でもそうしています、気にする事はないですよ。こんな脅威は貴方が生きている間一度二度あるかないかですから。私は運悪く巡り会ってこれで百回目になりますが、慣れてますから」
その時に見せた表情には、すこし複雑そうな可笑しそうなものが含まれていた。何故なんでしょうね、なんて言いたそうな表情だった。
「今は後悔してませんが。こうして迎撃して多くの人を守ることが出来るのですから。続きの話はまた後にしますね、戦士さん」
そう会話しているうちにハッキリと見えるくらいにドラゴンが接近していた。雄叫びを上げ、こちらを威嚇する。あまりの恐怖に俺は膝をついた。
「勝てないだろ...」
目は紅蓮の炎を宿しているかのように赤く、獲物を見つけたドラゴンの瞳は恐ろしい程にぎらついている。力強く羽ばたく動きは全てのものを壊さんとするかのようで、存在だけでも身震いしそうだ。灼炎を宿しているという肺は大きく動き、俺は濃厚な死を意識した。
「こんな所で二人しかいないというのに選んだのが吐息だなんて...仕方ありませんね」
俺は目の当たりにした、英雄というものを。ドラゴンを相手に堂々たる姿で歩き出した彼女は、軽やかにその場を跳びドラゴンとの距離を一瞬にして縮めた。今にもブレスをしようといていたドラゴンが攻撃を止めてしまうほどの速さ。
「何故貴方がこの国に狙いをつけたのか。生きるため、あるいは別の理由があるのでしょう。ですが、同じ人として私は全ての人を守ります。悪だろうが善だろうが関係なく。何故なら私は人としてこの力を持って生まれたからです」
彼女は不意に、その両手を広げた。無防備すぎるその姿をドラゴンが見逃すはずもない。引っ込んでしまったブレスの代わりに、食いちぎろうと牙を見せた。
「全ての人に救いをー」
その手にはいつの間にか光り輝く金色の剣が握られ、音もなく縦に切り裂かれたドラゴンの死骸が地面へと落下していった。暫くその様子を見ていた彼女は、静かに手を合わせた。まるでドラゴンに対して敬意を示すように。
「何が起こったんだ...」
俺はとにかく傍に行こうと思い、1歩踏み出した。
「ぐわぁ!?目に砂がっ!」
信じられないほどの砂と石が当たる。俺は呻き声を上げながら、彼女の元へやっとの事で辿り着いた。
「戦士さん...衝撃がまだあるのに出てきちゃダメですよ、ふふっ。砂だらけじゃないですか」
どこか寂しそうに笑う彼女は、優しくハンカチを貸してくれた。目に砂が入って涙目になってしまって俺は恥ずかしく思いながらも、ドラゴンを見る。
「死んでても怖ぇよ。よくこんなの真っ二つに切れたな。どう考えても俺じゃ倒した事に出来ないと思うんだが。どうすりゃいいんだ」
「まだこれでも数百年しか生きていませんでした。魔法が効いていたんですし」
汚れ一つ付いていない彼女はサラリとそう告げると、国の方へと視線を向けた。
「どうやらもうそろそろ誰か来そうですね。戦士さん、すみませんが私はそろそろ去ります。騒ぎになってしまうのは不本意なので」
俺の目には何も見えないが、多分兵が動き出したんだろう。今更来ても死骸が残るのみだが。
「行っちまうのか。代表してっていうのは大袈裟かもしれないが、この国を救ってくれてありがとうな、アメル」
「いえ、この力を救うために使えたのならば本望ですから。戦士さん、見届けて下さりありがとうございます。一人では心細かったかもしれませんから」
それだけをいった直後に、彼女の姿は一瞬にして消えた。余程誰かに褒められるのが苦手なんだろうか。まぁもっと事情があるのかもしれないが、平和になったこの国にもう来ることはないだろう。
「ラガムさん!ご無事でしたか!?こ、これは...!ラガムさんが!?」
走ってきた兵達が十分後に現れて、死骸となったドラゴンを見て呆けた顔で俺を見る。一番先頭の兵士が何かを悟ったように遠くの方を見つめると、俺の方へきた。
「僕は先程冒険者に紛れ込んでいた者です。このネックレスを返そうと思ったのですが、もう遅かったようですね」
その手には、アメルが渡していた魔除のネックレスがあった。だが、渡されていた時よりくすんで見える。
「民の安全の為洞窟へ向かったんですが、本当に魔物が出ず、出会っても弾かれるようにして僕達に危害が加わる事はありませんでした。このお礼を返したかったんですが...」
アメルがドラゴンを倒せていたとはいえ、不安で何をしでかすか分からぬ彼等を納得させるためには連れていくしかなかったのだろう。犠牲者が出てもおかしくなかったが、それさえも防いでしまうとは思わなかった。
「...申し訳ないのですが、事態を説明するのにラガムさんにも協力してもらいたいのですが。伝わりますかね、彼女の活躍は」
若い兵は俺の姿を見て少し笑う。この兵から見ても、俺が倒すために砂まみれになったように見えるだろうか。確かに、少女が倒したというよりかは納得しやすいのかもしれないが。
「ちなみにだな、彼女の名はアメルだ。凄かったよ、英雄を見たぞ俺は」
「ええ、きっと凄かったんでしょうね。一応事実は上に伝えますよ」
この後、俺は城に呼び出されて英雄の名を貰った。結局勘違いをされてしまったようだ。その後なんとか辞退したものの、国には俺の名が知れ渡ってしまったようだ。はっきりいって恥ずかしかった。
数年後、俺は結婚し嫁と娘が出来た。未だに冒険者としているが、何だかんだこの国は平和で、あれから危機が訪れたことは無い。
「パパ、えほん」
ようやく話すことが出来始めた娘は、最近絵本にハマっている。読み聞かせして欲しいと頼みに来るのが日課になっている。
「いいぞ、今日はなんの絵本だ?」
「あら、もう新しい絵本開けちゃったの?それね、外国から仕入れた絵本なのよ、有名になってるそうよ」
「ほう?」
気になって表紙を見ると、「英雄女」と書かれていた。その下には黒髪の優しそうな女性が描かれている。優しそうだがどこか寂しそうに笑う彼女は見覚えがある。
「世界を回る旅行者だけど、とっても強いおねえさん。ある時には村を守り、ある時には街を守り、ある時には国を守り、最後には強くて悪い魔王を倒しました。誰も勝てないけど、恥ずかしがり屋のおねえさんは最後には居なくなっちゃいます。けれど今日も人を助けます。明日もその次の日も人を守る為に頑張っています。今日は私達のところへ来るかもしれないね、おしまい」
少しだけ中途半端な気がする絵本だった。だが、だれを主人公としているかはハッキリと分かった。最後に載っているアメリは、金色の剣を掲げていた。
「目立つからなぁ、あの剣は」
「パパみた?」
「見たぞー!おっきいドラゴンを倒しちゃったんだぞぉー」
「きゃー!しゅごいしゅごーい!」
はしゃぐ俺たちを見て奥さんは困ったように頬に手を添えた。
「こらこら、絵本片付けてよ?それにドラゴンはパパも倒したことあるのよ?」
「そのえほんもあるよ!パパよんで!」
その後困ったのは言うまでもない。俺は恥ずかしくなった。




