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9 彼はもう一つの姿も持っていました(注・そこにときめいたなんて言えません)

 悩みながら夕食の席に臨んだのに、アルフェイグは妙に元気がなかった。彼からは何も話しかけてこない。

(昼間はあんなに元気だったのに)

 心配になって、聞いてみる。

「やっぱり、本調子ではないのでは?」

 彼は首を横に振った。

「いや、ちょっと昼間、ソラワシとはしゃぎすぎただけだよ」

「そう……」

 朗らかな印象の彼だけれど、確かに少し疲れているように見えた。つき合いが浅いので、本当のところはわからないけれど。

「今日は早く眠ることにする」

 アルフェイグは食事を早々に終え、席を立った。私はうなずく。

「ええ、おやすみなさい」

 彼は、食堂を出ていった。

 残された私は、大テーブルで紅茶を飲みつつ考えを巡らせる。

 アルフェイグに事実を伝えるのが、また先延ばしになってしまった。けれど明日には、オーデン公爵領の警備隊が、止まり木の城の調査結果を持ってくるはずだ。

 バタバタするから、それを聞いてからゆっくり時間をとって話した方がいいかもしれない。

 それとも、宰相への問い合わせの返事が来てからの方が?

(ああもう。延ばし延ばしにすることしか考えないんだから)

 私は自分に呆れ、ため息をついた。


 翌朝、アルフェイグは遅く起きたようで、朝食の時間が私と合わなかった。接触することのないまま、時間が流れる。

 昼前に、公爵領警備隊の隊長がやってきた。

「公爵のおっしゃる通り、森の城には他に人はおりませんでした。生者も、死者も」

 隊長は言う。

「書物や書類のたぐいと、それに絵画を、全てこちらの屋敷の一階応接室に運ばせました。ざっと確認したところによると、オーデン領が昔、オーデン王国だったころの記録や、使用人の書いた計画書、報告書などです。全て日付がかなり古いもので……あの城、綺麗に掃除されている割に、最近は使われていなかったようですね」

(イバラに囲まれて百年経ってるからね)

 私は思いながらうなずく。

「ありがとう。他には?」

「塔の地下なんですが」

「地下? 地下なんてあったの?」

 気づかなかった。

 隊長は続ける。

「はい。階段を下りたところがホールになっていて、その奥に扉があったんですが、がっちりと施錠されていて開きませんでした。分厚い扉に鎖もかかっていて、壊そうとすると周囲の壁も崩れそうでしたので、ひとまずそのままにしてあります」

「そう……それでいいわ」

 開かずの扉。何の部屋だろう。

 隊長はさらに続けた。

「後は、そうですね、塔の屋上にちょっと変わったものがあったくらいでしょうか。太い木の棒を、こう、二本立てたところに横棒を渡して……子どもが遊ぶ鉄棒みたいに立ててありまして」

「鉄棒みたいに……ああ、もしかして、止まり木かも」

 思いついて、私は答える。

「あの城、『止まり木の城』と呼ばれていたそうなの。城でひととき休む、という意味にとれるわね。その象徴として作ったのかもしれないわ」

 隊長は「なるほど」とうなずいた。


 彼が最近の領地の様子などを報告して帰って行ってから、私は執務室を出た。

 一階の応接室に入ると、なるほど、低いテーブルの上には書物が山積みになっており、部屋の壁にはあちらこちらに絵画がたてかけてある。

 絵画のほとんどは、人物画だった。

(オーデンの王族かしら。みんな金茶色の髪ね)

 私は絵画を一枚一枚、見ていく。

 他より小さな額縁がある、と思ったら、それは若い女性の絵だった。

(綺麗な人。誰かしら……王妃の若き頃とか。……あっ)

 ふと、思い当たる。他の絵よりずっと小さいということは、持ち運ばれたということかもしれない。

(お見合い用の肖像画? じゃあ、この人が、アルフェイグの婚約者かも)

 私はその女性を、じっと見つめた。茶色の髪に金の筋、そして青い瞳をした、おとなしやかで可憐な女性。

 もし順調に事が進んでいて、カロフがこの女性を城に連れてきていたら、この女性がアルフェイグを目覚めさせたのだろう。彼が私を見た時の、あの幸せそうな微笑みは、この女性に向けられていたはず。

そして彼は、嘘のない心からの言葉で、彼女を大切にすると誓ったに違いない。

私もこんな女性だったら、アルフェイグのような男性と結ばれるのだろうか。

(って、何を考えてるのっ)

自分の浮ついた思考と、彼と結ばれなかった令嬢への罪悪感でいっぱいになり、私は急いでその絵を元の位置に戻した。

 ――最後の一枚は、動物を描いたものだった。

(これは……)

 私はそれを、じっくりと鑑賞する。

 不思議な動物だった。

 頭はソラワシにそっくりで、金色の目に鋭いくちばしがある。大きな翼は茶色、胸の羽毛は真っ白だ。

 けれど、視線を移していくと四つ足で──よく見ると、前足は鳥のような鉤爪を持ち、後ろ足は茶色のモリネコのよう。さらに、長い尻尾がある。

(上半身が白いソラワシで、下半身が茶色のモリネコ……?)

 そして、周囲に描いてある植物と比べてみると、どうやら馬よりも一回り大きいようだ。

 私は無意識に、両手を頬に当てていた。

 胸が、きゅうん、となる。ドキドキする。

「なんて大きな翼……それに、胸のあたりがふさふさしていて立派。あぁー、この胸に抱きつきたい。翼に包まれて昼寝したい。背中に乗って飛びたい。これは……恋? 一目惚れってこういうこと……?」

 ハッ、と我に返る。

 動物のこととなると妄想大爆発なのは、私の悪い癖だ。深呼吸して、たぎった心を鎮火させる。

「すー、はー。……あー、素敵だけど、きっと想像上の生き物よね。なんと呼ぶのかしら」

 つぶやいていると──

「グリフォンだよ」

 声がした。

「ひゃっ」

 驚いて振り向くと、開け放したままだった扉のところにアルフェイグが立っている。

(なっ、聞かれた⁉)

 一瞬あわてたけれど、彼はいつものように柔和な笑みを浮かべている。

「入っても?」

「あ、ええ、どうぞ」

 取り澄まして招き入れながら、彼の様子を観察した。まだ少し、疲れが残っているように見える。

「体調はいかが?」

「大丈夫。大きな荷物が運び込まれるのが窓から見えたから、何かなと思って」

「『止まり木の城』にあった書物や絵画を、盗まれないようにここに持ってきてもらったの。この動物は、グリフォンというの?」

 彼は私の隣に立って、あの不思議な動物の絵を眺めた。

「うん。これは先々代国王。僕のひいおじいさまだ」

「……どういうこと?」

 意味が分からず、聞き返すと、アルフェイグは私を見て目を見開いた。

 そして──


「知らなかった? オーデンの王族は、グリフォンの姿も持っているんだ。大人になると変身できるようになる」


「え? ……あっ!」

 私はハッとして身を翻すと、本棚に駆け寄った。一冊の本を引き抜いて、アルフェイグのところに駆け戻る。

 彼の目の前で開き、該当のページを探しながら、私は勢いよく話し始めた。

「オーデンの王族についての本なんだけど、ええと……あった、ここ。『王族は二つの姿を持つ』ってオーデン語で書かれていて、私、何か儀式の時にでも特別な衣装を着るという意味だと思っていたの、見た目が変わるような。でもそうじゃなかったのね、変身する、という意味だったんだわ、じゃあアルフェイグも変身できるの⁉」

 顔を上げてアルフェイグを見ると、彼は目を丸くしたままだ。

「うん……。あー、ルナータ、オーデン語が読めるの?」

「ええ! オーデンのことを知るには、言葉を学ぶのが一番でしょう? 言葉は文化だもの。口伝えの話も聞けるし、本も読めれば……」

(はっ)

 私はまたもや、固まった。

(危ない、うっかり「自分の領地の古い文献を読むために勉強した」って言いそうに!)

 今まで謎だった資料の内容が判明して大興奮し、オーデンが自分の領地だと口をすべらせるところだった。

「あー、んー、ええっと……」

 本をパタンと閉じながら言葉を探していると、アルフェイグが「ふふ」と笑った。

「城で儀式の準備をしていた、って話したよね。成人の儀式は、初めて変身する機会でもあるんだ。変身するところ、見たい?」

「見たいわっ!」

 即答する。もはや脊髄反射の勢いである。

(あんな、羽のもふもふと毛のもふもふを同時に味わえる動物なんて、見たいし撫でくり回したいし乗りたいに決まってる!)

 アルフェイグはクスクスと笑いながら言った。

「君は、動物の話になると、とても生き生きするね」

(しまったぁ、グリフォンを見たすぎて、つい!)

 あたふたしながら、私は話を逸らせようとした。

「あ、あら失礼。私のことなんかより、オーデンのことよね。まだお若いのだから不安も多いでしょうに」

 すると──

 笑いをおさめ、落ち着いた声で、アルフェイグは言った。

「若くても、そうでなくても、僕は王太子だ。本当のことを言ってほしい」

(え)

 息を呑み、何か返事をするよりも早く、彼は続ける。


「ルナータ。ここは、オーデン王国だよね。あれから何年経っていて、領主だという君が何者なのか、話して」

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