結婚式の準備は大変です(注・彼には思惑もありました) 前編
結婚式の準備というのは、ものすごく大変なものなのだろうと、私は覚悟していた。
父が存命の頃、大きい方の公爵邸で正餐会を催したことがある。要するに、父が公爵になって初めて国王陛下ご夫妻をお招きし、オーデンの地をご案内して夜は食事、みたいなアレだ。
親戚はどこまで呼ぶのか、席順はどうするのか、ドレスは、食事は……と、とにかく大忙しだった。
結婚式とくれば、それよりももっと大変に決まっている。
私は真っ先に、国の意向を伺うことにした。両陛下がご臨席になるのなら、それにふさわしい形があるし、アルフェイグにも恥をかかせたくはない。宰相に、どんな風に執り行えばいいのか相談したのだ。
女公爵と亡国の王、という前例のない組み合わせの結婚式のため、宰相もずいぶん頭を悩ませたらしい。
返事は、こうだった。
『新郎には親族がいないに等しいので、配慮が必要である。結婚式は領地にて、小規模なものを執り行うべし。そして近々、王都で王妃陛下主催の舞踏会が催されるから、夫婦で出席して華々しく皆の前で報告せよ』
王族のどなたかは結婚式に出席して下さるようだけれど、両陛下はおいでにならない、ということである。
「何でそうなるかなぁ」
朝食の席で手紙をアルフェイグに見せると、彼は不満そうに鼻を鳴らした。
「ルナータの結婚式だよ? 公爵の結婚だろう? どうして大々的なものにならないんだ。皆で祝福すべきじゃないか」
けれど、そう言った直後にすぐ、苦笑を漏らす。
「まぁ、僕のせいか。オーデンはもうグルダシアの領地なのに、オーデンの旧王族の結婚式にわざわざ両陛下がおでましに、という風にはしたくないんだろう。僕に配慮したという建前で、実際は僕に箔をつけたくない……というところだろうな。そして、ルナータの立場は後から王宮の行事で補填する、と」
「でもね、アルフェイグ」
私は、正直な気持ちを打ち明ける。
「実は私、小規模にできるなら嬉しいの。だって、親戚や使用人たち以外で、呼びたい人がいないんだもの。アルフェイグも知ってるでしょ、王宮で会った人たち。彼らを呼んだら、場所が違うだけで王宮にいるかのような結婚式になるかも……と思って、憂鬱だったの」
「あー」
王宮での出来事を振り返っているのか、アルフェイグは視線を宙に浮かせている。
そして、軽く肩をすくめた。
「それもそうか」
「でしょ? だから、私はいいの」
「わかったよ。僕がゴネたら、ルナータを取り上げられてしまうかもしれないし、文句は言わない」
彼は手を伸ばして、私の手に触れた。
「君を好きになった後、実は少し心配になったことがあった。グルダシアは、自国の公爵と亡国の王族の仲を許すだろうか、って。許されなかったら、変身して背中に君を乗せてさらって、他国に逃げようかな、とかね」
「あ、アルフェイグ」
どぎまぎして、持っていた手紙を取り落とす私である。
彼は、ははっ、と笑った。
「冗談。オーデンから君を取り上げるようなことはしないよ。……それとも、さらってほしかった?」
少し低めた声が耳をくすぐって、私は首をブンブンと横に振った。
「そんなことないわ!」
「ふーん? そうなんだ。ちょっと残念」
「だって私と同じで、あなたはオーデンを第一に考える人だから。私は、あなたのそういうところが、す」
……声がとぎれてしまった。
「す?」
軽く首を傾げ、促すそぶりのアルフェイグ。
私は早口で言う。
「なんでもありません! お、お茶のお代わりはいかが?」
「惜しい……」
何やらつぶやいているアルフェイグには構わず、私はモスリーを呼んでお茶を淹れてもらった。
(はぁ。言えなかった。「好き」って)
こっそりため息をつく。
(アルフェイグはどうして、あんなにさらっと私を「好き」って言えるんだろう。私にはとても無理だわ。一緒に暮らしたいと伝えたので精一杯よ)
お茶を飲んで落ち着いた私は、改めてアルフェイグに話しかける。
「ええと、アルフェイグ? 父と住んでいた公爵邸の方なんだけど、改修が終わったから確認してくれと言われているの。今日、時間はあるかしら」
しばらく人が住んでいなかったので、セティスが町の職人たちを雇い、必要な場所に手を入れてくれたのだ。
「うん、大丈夫。僕たちが暮らす屋敷を見られるのが楽しみだ」
彼はうなずいた。
食事を終えて立ち上がり、それぞれの部屋に戻ろうと食堂を出る。
「じゃあ、後で」
階段を上ろうと、手すりにかけた私の手に、またアルフェイグの手が触れた。
ドキッとして振り向くと、彼は言う。
「結婚式までには、君の口から聞きたいな」
「へっ」
思わず変な声を出してしまった私に、アルフェイグはただ微笑みかけて、自分の部屋へと去っていった。
私はのぼせた頭で早足に階段を上りながら、思う。
(言わなくたってわかってるくせに、ああいうこと言うんだから!)
ぐいぐい来るアルフェイグのペースにすっかり巻き込まれてしまっている私は、正直、複雑な気分なのだ。
(アルフェイグは王国時代、女性にああいう感じで接していたのかしら……)
いい年をして、余計なことが気になる私だった。
大きい方の公爵邸は、今住んでいる屋敷よりも、もう少し町寄りにある。
他国の支配下の時代に建てられた屋敷で、オーデンの文化も一部取り入れられ、華美すぎず、しかし気品のある意匠になっている。
「ここは、王国時代はなかった建物だ。美しいね」
アルフェイグは気に入ったようだ。廊下を歩きながら、私も天井や窓に視線を巡らせる。
「私は数年しか暮らしていなかったけれど、父との思い出もあるし、何だかしみじみしてしまうわ」
セティスとレムジェも、私たちの意見を聞くために後をついてきていた。セティスが、控えめに口を挟む。
「特に問題がなければ、もうお好きなときに移れますよ。お引っ越しはいつになさいますか?」
アルフェイグが私を振り向く。
「どうしようか。せっかくだから、準備でき次第、移る?」
「そうね……」
その時、ちょうど覗いた部屋が、寝室で。
もうばっちり、二人で休めるようになっていて。
「んんっ」
私はなんとなく咳払いをしてから、にっこりとアルフェイグに言った。
「や、やっぱり私は、結婚を境に新生活を始めたいわ!」
「そう? じゃあ、そうしようか。結婚式まで待とう」
アルフェイグは言い、セティスもにっこりした。
「かしこまりました。結婚式の日の夜は、このお部屋でお二人でお休みになれるよう、準備しておきますね!」
(意識させようとしてる。絶対、意識させようとしてる)
口を結んでセティスをじーっと睨むと、彼女は「ほほっ」などと上品に笑って、
「それでは私、レムジェと一緒に使用人区域を確認して参ります」
と二人で立ち去っていった。




