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13 ようやく彼と向き合いました(注・公爵として)

書籍版はここまでです。

 アルフェイグに勧められ、暖炉前の席に座る。どうやら彼は、私をはっきりと、自分より上に扱うことに決めたらしい。自分は私の斜め前に座った。

 すぐにモスターがやってきて、昼食の皿を並べる。

 モスターが出て行き、アルフェイグに促されて、スープを口に運んだ。けれどさすがに緊張していて、スープ以外のものにはなかなか手が伸びない。

 彼は口を開いた。

「今みたいな君の姿、初めて見た。もしかして、僕が来る前まではいつも……?」

「ごめんなさい。いい加減な格好だけれど、許してね」

「そうじゃないよ、似合っていてびっくりしたんだ。どっちの君も、とても素敵だと思う」

 アルフェイグは微笑んでから、居住まいを正す。

「君にかつて婚約者がいたことも、ソラワシたちに聞いて知っていた。だから、何もかも知っているフリをしてモスターから大体の事情を聞き出してあったんだ。勝手に、ごめん」

「そんな……い、いいのよ」

 私は口ごもる。

モスターは、私の方からコベックとの婚約を破棄したことは知っているだろうけれど、私が彼に恥をかかせて云々というあたりは知らないはずだ。アルフェイグには伝わっていないだろう。それだけが救いだ。

 彼はにやりと笑う。

「あんな男とは別れて正解だよ。英断だったね」

「は、恥ずかしいから、もうこの話は……。それより、いつから私の嘘に気づいていたの?」

「ファムの木のところに、君と行った日。ソラワシたちに話を聞いてすぐ、ここの書庫に入らせてもらっていたんだ。郷土史を見たよ。……まさか、眠っている間に百年も経っていたなんて。さすがにショックで、あの日は眠れなかった」

 一昨日の夜のことだろう。あの日、彼はどこか様子がおかしかった。

「当然のことだと思うわ。……教えなくて、本当にごめんなさい」

 うつむく私に、アルフェイグは穏やかに続ける。

「いや、そのことはいいんだ。すぐに気づいたから……君が僕を心配して、言えないでいるってことには」

「でも、あなたの国のことだわ。それなのに、あなたが若いからと見下すような真似をした。いいえ、本当はもっとひどくて、私が自分のことしか考えていなかったの」

 スプーンを置いた私は、膝の上で両手を握りしめる。

 正直に、言わなくてはならない。

「お前などにオーデンを任せておけない、と言われるのが怖かった。あなたにこの地を取られたくないわけじゃないのに、ただ、傷つきたくなくて……」

「ちょっと待って、そこがわからないんだけど」

 アルフェイグが軽く身を乗り出して、私の顔をのぞき込む。

「なぜ、僕に咎められる前提なの? 僕に感謝されるとは思わなかった?」

「感謝? なぜ?」

 私は顔を上げ、彼を見つめ返して首を傾げる。

 彼もまた、不思議そうに言った。

「本当にわからない?」

「……ごめんなさい、わからないわ」

(彼に隠し事をしていた上、私、わかって当然のことがわかっていないらしいわ)

 私は思わず、虚勢を張るように声を大きくした。

「は、はっきり言ってよ。どんなことでも、ちゃんと聞くから!」

 すると──

 アルフェイグは、軽く噴き出した。

「ははっ。ユイエル先生の言っていた通りだ」

「え? 先生にお会いになったの? 言っていた通りって?」

 私は戸惑うばかりだ。

 アルフェイグは姿勢を正すと、表情を引き締める。

「オーデン公爵、ルナータ・ノストナ殿。オーデンの文化を手厚く保護してくれ、感謝する。本来なら、我ら王族がなさねばならない務めだった」

「文化……」

 呆然と繰り返すと、彼はまた表情を緩めた。

「今日、町を見たよ。オーデン王国時代の建物の一つを改装して、博物館にしているんだね。遺物を保管・展示し、分散してしまった宝物の一部も買い戻して。それに、王国時代を知る人から話を聞いて、書物にまとめる活動もしているとか。そうそう、最近になって、学校でオーデン語の授業が復活したと聞いた。全部、君と君の父上がなさったことだ、とも」

「だって、当たり前のことでしょ?」

 正直、それの何が感謝されるようなことなのか、私にはわからなかった。

「この地の領主になったんだから、この地の歴史を守っていくのが務めだわ」

「今までの領主は、オーデンを田舎で無価値な土地のように扱って、オーデン文化の保護をやってこなかったらしいじゃないか。そこへ、ルナータがやってきた。開発の手を広げすぎることなく、消えそうだった歴史を救い、森も、動物たちも守ってくれた。……公爵は自分の偉業がわかっていないのかもしれない、と、ユイエル先生が言ってたよ」

 アルフェイグの手がそっと伸びて、私の手の上にふわりと置かれた。

「君が領主になって、オーデンは幸せだ。……ありがとう」

 ──ふと、こみ上げてくるものがあって、私は唇を噛んで耐えた。

(こんなふうに言ってもらったの、初めてだわ)

 アルフェイグが心配そうにささやく。

「泣いてるの? ルナータ」

「な、泣いてないわよ!」

 気を取り直したとたん、手が重なっていることをようやく自覚する。

 いつも思うのだけれど、アルフェイグは触れ合いが過剰じゃないだろうか。動物みたいに、じゃれついているのだろうか。グリフォンらしいと言えなくもない。

「あー、急にお腹が空いてきたかも」

 私はサッと手を引いて、ようやくもう一度スプーンを手に取った。アルフェイグはそんな私に気を悪くする様子はなく、同じようにスプーンを手に取る。

 ようやく、食事らしい雰囲気になった。

「スープ、これも、オーデン料理だよね。懐かしい味だ。僕のために?」

「ああ……そう。今日、隠していたことをあなたに打ち明けるつもりだったから、料理人にオーデン料理を作ってほしいと頼んだの」

 きのこを数種類使った滋味豊かなスープ、そして小麦の生地に潰した芋を包んで茹でたものは、グレイビーソースがよく合う。

 私はその料理を一口味わってから、教えた。

「うちの料理人は、アンジェという女性なのだけれど」

「うん?」

「アンジェの曾祖父が、オーデン王国の王宮に勤めていた料理人だったんですって。それを聞いた父が、彼女を雇ったの。これは、彼女の家に伝わる料理だそうよ。懐かしい味がするなら、そのせいかもね」

 はっ、と手を止めて、アルフェイグは料理を見つめた。

 私は続ける。

「料理だって文化だもの、町の飲食店にも作り方を伝授してもらったわ。今、この料理は、町の人たち皆が食べることができるの」

「……そうか。王宮の味が、今も……」

 ほんの少し、アルフェイグの声がかすれた。

 私は、さっきまで強ばっていた頬が緩むのを感じる。

「泣いてるの? アルフェイグ」

「な、泣いてないよ」

 彼は言い、そして、くしゃっと笑った。


 食事の後のお茶の時間も、私たちは長いこと話をした。

 宰相からの手紙の内容を伝えると、アルフェイグはうなずく。

「グルダシア王宮には、行くことになると思っていた。謁見を許していただけるなら、喜んで国王にご挨拶に伺いたい。国を取り戻すために蜂起したりはしないと、誓わなくては」

「では、そのようにお返事するわ。……こう言っては何だけれど、オーデン王国時代の国民は各地に分散してしまっているし、時間も経っているから、陛下はあなたの存在がそれほど脅威にならないとお考えだと思うの。だから、拘束されるようなことはないんじゃないかしら」

「うん。そのあたりも含めて、きちんと話をさせてもらうよ。今後、監視くらいはつくだろうけど、構わない」

 彼に監視がつくことは私も予想していたので、言いにくいことを先に彼が言ってくれてホッとした。

 私は続ける。

「行くなら、早い方がいいわ。コベックが、その……私とあなたを逆恨みして、変な噂をばらまかないとも限らない。そういう人なの。だから」

「そうか、わかった。モスターを借りてもいいかな? よければ、僕は明日にでも出発できる」

「待って、先に手紙で知らせないといけないし、王都のタウンハウスの準備もあるし、私は残していく仕事の手配があるから……三日後にしましょう。そうと決まれば、早く支度しなくちゃ」

 立ち上がった瞬間――

 ぱっ、と私の手を、アルフェイグが握った。

 驚いて見ると、彼は上目遣いに私を見上げる。

「……ルナータも、一緒に来てくれるの?」

「え? もちろんよ!」

 驚いて答えると、彼は手を握ったまま、まるで私の心の変化を見逃さないとでもいうように視線を外さず言う。

「でも、君は領地に引きこもっていると言っていたよね。滅多に、王都には行かないんだろう? 行きたくないからじゃないか?」

「あー…………」

 言葉に詰まる。

(そりゃ、王都に行くのは苦手だけど、さすがに今回は)

 私は軽く顎を上げ、まっすぐにアルフェイグの目を見つめ返した。

「ちょっと人付き合いが苦手なだけよ。あなたを一人で行かせたりしないわ。コベックのことでどんな迷惑がかかるかわからないし、それに、あなたの様子を陛下にお話しして、危険がないことをお伝えしなくちゃ」

「そうか。……ありがとう」

 アルフェイグは手を握ったまま、ホッとしたように笑った。

 その笑顔に、ふと、胸がきゅんとする。

(何かしら、この気持ち。大きな動物に懐かれて、愛情を返してあげたくなるような)

 ちょっと可愛い、などと思ってしまう、私だった。

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