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『止まり木の城』は、静かに森の中にたたずんでいた。イバラもなく、霧もかかっていないと、細部がよく見える。

「これは、物見の砦に増築を重ねたのか? 節操のない城だな。王族の末裔が暮らしていたというから、もっと洗練された城かと思えば」

 馬を下りたコベックが評するのを聞いて、私はついカチンときてしまう。

(そういうところも含めて歴史、文化でしょうが。全部グルダシアを基準にしないでほしいわ)

 黙っている私の方へ、コベックは振り向いた。

「アルフェイグ殿がオーデン公爵邸に移ってから、ここには誰もいないんだろう?」

「そうよ」

「そうか、二人だけか。……こんなに小さな城なら、すぐに見て回れそうだ。中に入ろう」

「どうぞ」

 仕方なく、私はコベックを案内して正面扉から中に入る。

 屋内で彼と二人きりになるのは嫌だったけれど、何かあれば魔法でぶっ飛ばされるってことは、彼も身に染みてわかっているはずだ。

「ふーん、中も寂しいものだ。装飾が少ないな」

 ホールを通り抜けながら、コベックはあちこちを見回した。私はため息をつく。

「言ったでしょ、貴重なものは運び出してあるって」

 オーデン王国の王宮だった場所も、きちんと管理されていなかった時期に盗賊が入り込み、あれこれ盗まれてしまった。父が公爵になってからは警備がつき、私の代でもそれを引き継いでいる。

『止まり木の城』は、せっかく百年前のままだったので、往時の貴重な品々を荒らされる前に保管しておきたかったのだ。

「アルフェイグ殿が寝起きしていたのは、この部屋か」

 塔の上まで上ったコベックは、寝室を見回した。私が吹っ飛ばしたベッドは、警備隊の手によって一応ベッドメイクされている。

「ベッドが少し傾いでいるな。脚が欠けているのか。古いから仕方ないが」

「そ、そうね」

 思い当たる節が大ありの私は、それだけ答えた。コベックは顔を上げる。

「ベッド以外はまあ、それなりに美しくないこともない。僕の趣味ではないが。……さて、一通り見たし、戻るか」

「ええ」

 私はホッとした。

(やっと屋敷に帰れるわ。そうしたら今度こそ、用事があると言って彼を追い返そう)

 一応、私を尊重してか、コベックは私に先に階段を下りるよう促した。

 私は会釈して、下り始める。

 その瞬間。

 ひゅっ、と、後ろから布のようなものが私の顔に回された。

「⁉」

 布は猿ぐつわのように私の口にかかり、最初から輪にしてあったのか、寝室側に引き上げられながらギュッと絞られた。

(しまった。口を塞がれたら、呪文が……!)

 布を緩めようとした手が、すぐにがっちりと後ろから捕まれる。

 コベックは、力だけは強い。そのまま抱き込まれるようにして引きずられた。ベッドに投げ出され、とっさに起き上がろうとしたところへ、彼がのしかかってくる。彼の右手が、私の頭上で両手首をひとまとめに押さえ込んだ。

「ルナータ。僕は、申し訳ないと思っているんだよ。君との婚約を解消する羽目になったことをさ」

 コベックはぎらつく目つきで笑う。

「だってそうだろう、あれから何年も経つのに、君は独り身だ。君を望む男がいなかったってことだろう? それとも、僕を忘れられなかったのか?」

(気持ち悪っ! 全部自分に都合のいいように考えて……っ!)

 がむしゃらにもがいたけれど、コベックの力は緩まない。

「賢い君ならわかるだろ、やり直してやろうと言ってるんだ。ノストナ家の跡継ぎ、僕がルナータに生ませてやるよ。僕たちは結ばれる運命だったんだ」

 首筋から胸元を指でなぞられて、ぞっ、と鳥肌が立った。

(やり直して「やろう」って何⁉ あなたが決めることじゃないでしょ、何様のつもりなの⁉ 私を支配しようとしないで!)

何とか足をばたつかせようとしたけれど、腿に乗られているので足を動かせない。

「ほら、わかったらおとなしくするんだ。午後に予定があるんだろ? さっさと済ませよう」

 耳にコベックの荒い息がかかる。

(嫌、誰か!)

 目をギュッと閉じ、心の中で叫んだ時──


 ドスッ、という鈍い音がした。


「うわあっ⁉」

 ──いきなり、のしかかっていた重みが消えた。

 私はガバッと起き上がり、必死で猿ぐつわを緩めて引き下ろす。

 グルゥゥゥ、といううなり声。茶色の毛皮に黒い斑点。しっかりと床を踏みしめる四つ足。

 マルティナだ! マルティナが塔の階段を上がって、寝室の扉から飛び込んできたのだ。

 そして。

「ルナータ!」

 その背から、アルフェイグが厳しい顔つきで飛び降りた。

「っ、誰だ! 無粋な真似を……!」

 マルティナに体当たりされて、ベッドから転がり落ちたらしいコベックが、素早く立ち上がる。けれど、アルフェイグは彼を一瞥しただけで、私に短く聞いた。

「ルナータ。その男は誰」

 その声も、視線も、見たことがないくらい鋭い。

「この、ひとは、あ……」

 私は答えようとしたけれど、唇が震えて声がかすれた。かぶせるように、コベックが怒鳴る。

「僕はチーネット侯爵家のコベック、ルナータの夫となる男だ。お前こそ誰だ!」

「ルナータ、本当?」

 アルフェイグはあくまでも、私にしか聞かない。

(違う、違うわ!)

 私は必死で、首を横に振った。

 すると、アルフェイグはマルティナをすぐ脇に従えたまま、大股で近づいてきた。ベッドを挟んで、コベックと対峙する。

「ルナータは違うと言ってる」

「な、何を……」

「下がってくれないかな」

 アルフェイグは素早く片膝をベッドにつくと、私をかき抱くように引き寄せた。あっ、と思っているうちに、一気に立ち上がらされる。

アルフェイグは私をしっかりと抱き支えながら、コベックを睨んだ。

「僕はアルフェイグ・バルデン・オーデン。旧オーデン王国の最後の王だ。僕の恩人であるルナータに害をなす者は、僕の敵でもある。……ああ、そういえば」

 彼は、微笑んだ。その微笑みは、まるで威嚇するかのように獰猛だ。

「ルナータと婚約していながら、あまりに頼りなくて見限られた男って、君か」

「何だと⁉」

 コベックの顔が真っ赤になる。

「この女は僕に無礼を働いたから、婚約を破棄してやったんだ!」

「ふぅん、その割にこの領地までわざわざやってくるなんて、未練たっぷりだね。しかも、彼女が呪文を唱えられないようにして襲うなんて」

 アルフェイグは、私の首周りに絡んだ猿ぐつわをシュッと引っ張って投げ捨てた。

「ひょっとして、彼女の魔法が怖い? 前に何かあったのかな?」

「な……」

 コベックは絶句した。

 アルフェイグは表情を消し、冷ややかな表情で告げる。

「選ばれなかった男は潔く、尻尾を巻いて立ち去るべきだな。さっさと帰って、別の女性のお眼鏡に適うように一から努力することを勧めるよ」

 マルティナが彼の前に立ち、荒々しい吐息交じりに低く唸った。

「……!」

 コベックは、アルフェイグとマルティナを見比べて怯んだ。そして、

「覚えてろ……!」

 という陳腐な捨てぜりふを言うなり、横歩きでマルティナを大きく迂回し、扉に向かってカサカサと移動を開始した。ガウッ、とマルティナが一声鳴くと「ヒッ」と一瞬飛び上がり、全速力で走って寝室を飛び出していく。


 アルフェイグは、そんなコベックを見送ることもなく、私の頬を両手で包んだ。心配そうに眉尻を下げる。

「ルナータ! 大丈夫?」

「大丈夫よ、嫌だこんな、恥ずかしい……」

 私は震える手で、乱れた髪を直そうとした。アルフェイグは、そんな私の目を覗き込む。。

「しっかりして、ルナータ。君が恥じることなど何一つない。恥知らずはあの男だ」

 金色の目に見つめられて、ようやく落ち着いてきた。私は一度深呼吸してから言う。

「……ありがとう……。どうして、ここに?」

 アルフェイグはちらりとマルティナを振り返る。

「あのモリネコが、アンドリューから君の状況を聞いたらしい。僕のところにすっ飛んできて教えてくれた。町なかを走ったんで、町の人たちをおびえさせて申し訳なかったけど」

 賢いマルティナは、自分の話だとわかるのだろう、のっそりと近寄ってきて私のドレスに顔を摺り寄せた。

 頬のこわばりが解けるのを感じる。私はそっと、彼女の頭を撫でた。

「ありがとう、マルティナ」

「歩ける? 戻ろう」

 アルフェイグが、手をさしのべてくれる。

 私はその手を見つめ、それから彼の瞳を見つめた。

「……あの……」

 アルフェイグは微笑む。

「話は、戻ってから」

「……ええ」

 私は、その大きな手に自分の手を預けた。


 コベックは、どうやらそのまま公爵領を逃げ出したらしい。

 屋敷に戻ってみると、コベックの従者がぽつんと待っていたので、

「ここには戻ってこないわよ」

 と教えてやると、あわてて出発していった。わざわざ従者を連れてきていたり、荷物が多かったりしたところを見ると、泊まるつもり満々だったのかもしれない。おあいにく様だ。

 アルフェイグに付き添われて帰った私の様子を見て、さすがに何かあったと察したセティスに、着替えをしながら事情を話す。彼女は黙って聞いていたけれど、乱れた髪をゆったり目に結い直してくれた後、ようやく小さく息をもらして言った。

「……ご無事で、ようございました。ルナータ様には魔法があるからと油断しておりました。申し訳ございません」

「私自身、油断していたわ。動物たちとアルフェイグのおかげで助かった」

 鏡の中の自分を見つめてから、私は立ち上がる。

「アルフェイグと、話をしてくる」

「はい」

 セティスが頭を下げた。


 小食堂で、アルフェイグは開かれた窓のそばに立って、外を眺めていた。

 私が入っていくと、彼はサッと振り向いて私を凝視する。

「……大丈夫?」

「ええ、ありがとう。着替えたらスッキリしたわ」

 かっちりした格好をする気になれず、私はいつも森に出かける時のワンピースドレスを着ていた。

「よかった……」

 彼はつぶやくように言ってから、私に近づいた。

「さっき、アンドリューが来たよ。君の無事を伝えたら安心したようだった」

「彼にもお礼を言わなくちゃ。……アルフェイグ、食事なさって。昼食、まだでしょう、こんな時間なのに」

「それは君もだよね。一緒に食べよう」

「私は」

 つい、視線を落とす。

「あなたと、その、食事できるような立場じゃ」

 言いかけたところで、不意に手を握られた。

 アルフェイグは、私の手を口元に持っていき、ゆっくりと甲に口づける。まるで優しくなだめられているようで、全て委ねてしまいたくなる。

 金の瞳が、私を捉えた。

「その話も、食べながらしよう。……いいよね」

 声は静かなのに逆らえず、私はおとなしくテーブルに近づいた。

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