1 女公爵になりました(注・不本意にも)
書籍化にあたり、なろう読者さんに書籍版の一部を一足お先に読んでもらおうということになり、なろう版第一章終わりまでを書籍版に差し替えました。改稿済、校正前のものです、ご了承下さい。
「男はね。女に上に立たれるのが嫌なんだよ。ましてや、一番身近な女……妻に、上に立たれるとね。矜持を傷つけられる」
私の婚約者はそんなふうに言った上で、こんなふうに頼み込んできた。
――君の方から、婚約を解消してほしい――
その日、王宮では、春を祝う舞踏会が開かれていた。
天上の世界もかくやという優雅な音楽、くるくる回り広がる華やかなドレスの花、シャンデリアの灯りを反射してきらめくグラス。
そんな大広間の中にあって、今夜の主役の一人は間違いなく、私、ルナータ・ノストナだった。
「オーデン公爵、おめでとうございます。男子の後継者が不在だからとはいえ、まさか特例で女子が爵位を継ぐとは」
「しかし、女のあなたに公爵位などという重い荷を、ねぇ。陛下は何を考えておいでなのか」
「議席もなく、剣を帯びることすら許されていない女の身で、公爵ですからな。色々と不自由もおありでしょう、力をお貸ししますよ」
「女の独り身でこの年になられたと思ったら、名誉な驚きが待っておりましたな」
私を取り巻く貴族たちから浴びせられる、祝福と称賛に見せかけた侮蔑と嫉妬。ついでに、婚期に遅れがちな年齢への憐憫とイヤミ。
(文句は直接、国王陛下にどうぞ。私が一番わかっているわ、女公爵なんて向いてないって!)
心の中で叫びながら、私は何も気づかないふりをして微笑み、礼を言う。
「皆さま、ありがとうございます。天国の父も驚いていることと思いますが、何事も陛下の思し召しのままに……。申し訳ありません、ちょっと約束がございますので」
人の輪から抜け出し、私は大広間のテラスに出た。外階段を降りる。
さっき人をやって、コベックに手紙を届けたのだ。庭で会いましょう、と。
コベックは、私の婚約者だ。一ヶ月以上会えなかったけれど、ようやく、顔を見ることができる。
彼はすでに、あずまやで待っていた。
「コベック!」
私は思わず、彼の腕にすがっていた。
「やっと会えた。ああ、こんなことになるなんて……もう大変なのよ、聞いてちょうだい」
「ルナータ。お父上のこと、ちゃんとお悔やみを言うこともできず、悪かったね」
コベックは、私がすがりつくのをそのままに、ただうなずいた。
野性的な美貌の彼は、チーネット侯爵の次男だ。もうすぐ結婚という矢先に、私の父が急死したため、結婚を少し延期することになってしまった。
私は何とか声を落ち着けながら、首を横に振る。
「いいの、こちらこそバタバタしてしまって」
子供のころに母を亡くし、そしてまた父を失ってしまった。悲しむ間もなく、女である私に父の公爵位を継げというお達しがあり、何をどうしたらいいのか今日まで大混乱の日々だったのだ。
でも、私には新しく家族になる、この人がいる。彼が私を支えてくれるだろう。
私はコベックに微笑みかけた。
「叙爵式が終わって、今日で一区切りついたから。父の喪が明けたら、私たちのこと、きちんとしましょうね」
「…………」
コベックはふと、苦笑する。
「ルナータ、僕は驚いているんだ。まさか女である君が、辞退もせずに公爵になるなんて」
「えっ?」
彼の口調に、ちょっと呆れたような響きを感じて、私は戸惑う。
「辞退って……ええ、あの、驚きよね、私の知らないうちに陛下が議会で認めさせたのよ」
「後からでも辞退すべきだっただろ? 全く……君がそんな出しゃばりだったなんて、意外だな」
コベックはため息交じりに首を振り、そして私を見る。
「なぁ、ルナータ。僕と婚約してしばらく経つことだし、僕がどんな男か、君にもそろそろわかってきた頃だろう」
その淡々とした口調に、私は嫌な予感を募らせながらうなずいた。
「ええ……そうね、そのつもり」
「それなら、これから僕が言うことも、わかってくれると思う」
コベックは私から、手を離した。
「男はね。女に上に立たれるのが嫌なんだよ。ましてや、一番身近な女……妻に、上に立たれるとね。矜持を傷つけられる」
「…………あ、ええ、その……わかるわ」
動揺を抑え、私はかろうじて微笑んで見せる。
「でも、大げさよね、私が公爵だなんて。議席もないのよ? こんな形だけの──」
「形だけでも、嫌なんだよ。それが普通なんだ」
彼は一歩、私から距離を置いた。
「君はもちろん、わかってくれると、僕は思っていた。だから、僕の言う通りにしてほしい。……君の方から、婚約を解消してほしいんだ」