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#98 ある不変を呪う反逆者の物語15


※すみません、色々と時間を取られて更新がGWの最終日になってしまいました。

今日から変わってしまった日常が再び始まります。


落ち着いてきたとはいえ、まだまだ油断は出来ません。

皆様の無事を祈っております。





◆◇◆◇◆





 マリー達が牢を抜け出し、薄暗く気味の悪い通路を恐る恐る進んでいる頃、一連の事件の元凶である白髪の老人の顔は酷く驚愕に染まっていた。


 無理もない。現在も目の前で起こっている状況に思考が追いつかず、ただただそれを眺めるだけしか出来なかったのだ。


 漸くと、老人のその髭に隠れた口が掠れた声で精一杯に紡いだ音が言葉となり、酷く肌寒く感じる周囲に響き渡る。



「なん······なのだ? 何だというのだ、貴様は一体何なのだ!」



 びちゃり、と石床を満たす血溜まりに人の形を模した人では無いもの、《人工生命体(ホムンクルス)》であった肉塊が音をたてて零れ落ちる。


 雨上がりの路上にて、日傘を片手に水溜まりで無邪気に遊ぶ子供の様に、血溜まりに落ちた《人工生命体(ホムンクルス)》の頭部を華奢で小さな足が無邪気に無慈悲に踏み潰す。その足元の血溜まりを艷やかな表情で見つめる少女が踏み潰したのだ。

 名を《ベルディア・ラッドストー》。つい先程までマリー達と同じ牢に入っており、マリー達よりも先に牢に捕らえられていた少女だった。


 赤と黒を基調に鮮やかな刺繍が施された豪華なドレスを身に纏い、その足元には怪しく蠢く影を伴う不思議な少女。

 その見目麗しき少女が、既に二桁は軽い《人工生命体(ホムンクルス)》達を軽くあしらい、次々に血溜まりへと沈めている張本人だった。


 軈て、左手で引き摺る様に掴んでいた《人工生命体(ホムンクルス)》の身体を軽々と投げ捨て、驚愕している老人へと楽しそうな笑顔を向ける。



「何って······見たら分かるでしょう? 私はあんたに拐われた華奢で可憐な哀れな少女。······但し、見た目だけだけどねぇ」



 笑みを浮かべるベルディアの頬は、返り血を浴びて赤黒く染まっていた。それを全くと気にする様子もなく、心底愉快そうに驚愕する老人を狂気の籠った瞳で見つめている。



「ねぇ、次のお人形をさっさと出しなさいよ。またぐちゃぐちゃにしてあげるからさぁ。ほら、早く。早く、早く、早く、早く、早く」


「ぐっ、い、一六八號! 動ける全ての器を出せぃ! あ奴は捕らえんでもいい、殺せ、殺してしまえぃ!」



 老人は怒りに震える声で、側に控えていた一六八號と呼ばれた《人工生命体(ホムンクルス)》へと檄を飛ばす。

 その取り乱した老人とは対照的に、静かに側に控え佇んでいる《人工生命体(ホムンクルス)》は感情のまるで籠もらない冷淡な声で淡々と業務的な言葉を呟く。



「動ける全ての同胞達は上の階にいる侵入者達の排除に向かっております。この場にいる同胞達以外、まとも(・・・)に動ける者はおりません」


「何だとっ!? たかだか侵入者数人の排除に何時まで掛かっているのだ! えぇい忌々しい、これも貴様の仕業か、小娘ぇ!」


「······はぁ? 侵入者? 知らないわよ、そんな奴ら。けど、そうねぇ······そういう事なんじゃないかしらぁ? あんたは今日で確実に終わる。今まで散々やりたい放題やってきたんだもの、終わりが来て当然よぉ。それが偶然今日だった、というだけの事よ。諦めなさいな」



 赤く高潮した顔を忌々しげに歪める老人を見て、より一層に微笑みを浮かべてくつくつと笑う少女ベルディア。

 老人に悟られぬ様に周囲に視線を巡らせると、どうやら残っている《人工生命体(ホムンクルス)》はこの場にいる数体だけのようだ。


 ならば、手早く残りの処理を済ませて目的を達成せねばと心中で呟き、距離を開けて佇んでいる《人工生命体(ホムンクルス)》達へと鋭い眼差しを向ける。



「悪いけど、私はあんたの事情なんか知った事ではないの。侵入者ってのも気になるし、そろそろ私は私の目的を遂げさせてもらうわぁ。覚悟してね」



 手始めに、一番近い位置に佇んでいる《人工生命体(ホムンクルス)》へと狙いを定め、勢いよく床を踏み込もうとしたベルディア。

 そのベルディア耳に、先程までの怒りに取り乱していた様子とは打って変わって、どこか諦めの籠った溜息が聞こえ届いた。



「······やむを得ん、か。一六八號、《処理》用以外の《出来損ない》共を解放せよ。命令は一つ、侵入者共を残らず喰らい尽くせ、じゃ」


「了解しました、《処理》用以外の《出来損ない》を解放します。全ての《出来損ない》の拘束を解除します······確認しました。続いて全ての牢の施錠を解放します」


「······ちょっと、今更何をしようっていうのよ。これ以上面倒を増やさないで欲しいんだけどぉ? いい加減諦めなさいよ」


「そうはいかん。儂はまだやり遂げてはおらん、貴様ら如きにこれ以上邪魔をされる訳にはいかんのだ。まだ終われん、終われんのだ!」



 老人は血走った目をベルディアに向けて叫ぶ。枯れ木の様に痩せ細った身体からは想像出来ない程の気迫と、狂気にも似た意思の強さを垣間見せ、老人が《蘇生術》と呼ぶものに対する異常な程の執着心の一端を見せる。


 同時に、ベルディアが歩いてきた通路からは鉄が打ちつける様な硬質な音が次々と響いてくる。その響音に若干の嫌な予感を覚えつつも、ベルディアは周囲を取り囲む《人工生命体(ホムンクルス)》達を油断無く注視する。


 そして、一六八號と呼ばれた老人の横に控える《人工生命体(ホムンクルス)》の無機質な声が響く。



「······全ての《出来損ない》の解放を確認しました。捕えてある《原料》も喰われる恐れがありますが構いませんか?」


「致し方無い。今は《蘇生術》よりも、この状況を収束させるのが先決。他の事は後でもどうとでもなる。······放て」


「命令を確認しました。これより、全ての《出来損ない》の活動を開始します」



 無機質な声がベルディアの耳にも届く中、どうにもある言葉が引っ掛かる。それは、今し方無機質な声が告げた言葉だった。


 連想されるのは先程出会ったばかりの二人の少女の顔。その二人の顔が脳裏に浮かび、ベルディアは無意識に今までの小馬鹿にした様な笑みを消して厳しい表情になっていた。



「······《原料》? 《原料》ってのは何なのよ。死ぬ前にさっさと答えなさい」


「何を動揺しておる? ······ふっ、ふははっ! 貴様も気が付いているのだろう? それなのに、わざわざ儂に解を求めるのか! ふははははっ!」


「······喧しい、さっさと答えろ」



 ベルディアはより一層に鋭くなった瞳で、老人を射抜く様に睨みつける。その瞳は冷たく、明確な殺意を容赦無くぶつけるも、既に覚悟を決めてしまった今の老人にはこの上なく愉快な事に感じられていた。


 今まで散々小馬鹿にした態度を崩さなかった目の前の得体の知れぬ少女が、初めてその態度を崩し隙を見せたのだ。それが老人には愉快で仕方がなかった。

 まるで底の知れぬ暗闇の様な存在に陰りが見えた。先程までの未知に対する恐怖は消え失せ、絶望が希望へと変わった瞬間だった。



「ふふっ、ふははははっ! 先程までの人を舐めた態度はどうした! 底が知れたぞ小娘!」


「黙れ、聞かれた事にだけ答えろ」


「ふはははは、愉快じゃのぅ! 貴様の様な者でも、人並みの情というものを持ち得ておるか。良かろう、貴様が最も聞きたくない事実を教えてやろうかの」



 未だ心底楽しげに笑い声を上げる老人は、その歪んだ笑顔のままにベルディアが考える最も最悪の事実を告げる。



「《原料》とはな、貴様らの事よ。儂の聞いた限りでは、《原料》は三体と聞いておる。ほれ、あの牢の中に貴様の他にもおったのだろう? 《それ》の事よ」





◆◇◆◇◆





「にゃあっ!? マママ、マリーお姉ちゃんっ! と、扉が勝手に開いていくよ!? 何これ、何これぇ!?」


「おおお、落ち着いて、落ち着いて下さいミィちゃん!」



 未だ薄暗い通路を慎重に慎重を重ね進んでいたマリーとミィルは、通路にずらりと並んでいる牢の鉄格子が突然開放されだした事に取り乱し錯乱していた。


 錆びついた鉄格子がけたたましい音と共に次々と開け放たれてゆく。

 鉄格子が何もしていないのに独りでに開いてゆくその現象に訳が分からなくなり、完全に二人のその足が止まる。恐怖故にがたがたと震える身体を互いに寄せ合い、言いようのない恐怖に晒される。


 恐怖とは無縁の日常を謳歌してきたミィルにとって、今現在その身に起こっている全ての事象が異常であり、未曾有の出来事の連続だった。

 あの日、母親と買い物に出ていた筈なのに、気が付けば暗く冷たい得体の知れぬ場所に閉じ込められ、今度はこの理解不能な出来事である。ミィルの心は既に限界を迎えていた。



「あわわわ······どうしようどうしようどうしようどうしたらいいのこれ何が起こるの何これ怖い怖い怖い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ助けて助けて助けて助けて」


「ミィちゃん、ミィちゃん! しっかりして下さい! ミィちゃんっ‼」



 未知の恐怖に晒され続けたミィルの心は、とうとう限界を超えて自身の思考の中に閉じ籠もってしまった様だ。うわ言の様に何かを呟き、瞳からは完全に光が消え失せた。


 マリーはその暗く忙しなく揺れるミィルの瞳を覗き込み、必要にミィルに呼び掛け続けるも全く反応は無く、しゃがみ込んだままぶるぶるとその身を震わせるのみだった。


 そんなミィルの状況にマリーは覚えがあった。忘れられる筈も無い。今のミィルの状態は、マリーが貿易都市ラングランで初めて魔神と対峙した時の状態と全く一緒だったのだ。そう、未だ体験した事のない余りの恐怖に晒され、自身の心に閉じ籠もってしまったあの時の自分がそこにいた。


 あの時、自分はどうやって自我を取り戻したのだろうか? あの時、自分を呼び続けてくれていたのは誰だっただろうか?

 そう、必死に呼び続けてくれたのはリエメルだった。あの時、心に響いた声はリエメルの声だった。


 しかし、今のこの場にリエメルは愚か誰一人として存在しない。ならば、今のマリーに出来る事は一つ。マリー自身がミィルを救うのだ。


 思い至ったマリーは、未だ蹲り震え続けるミィルの小さな身体を強く抱き締める。そして、出来得る限り必死にミィルの名を呼び続ける。



「ミィちゃん、ミィちゃん、ごめんなさい······。私が頼りないばかりに、こんなに怖い思いをさせてしまいましたね。でも大丈夫、もうミィちゃんには怖い思いはさせません、私が必ずミィちゃんを守ってみせます。だからお願い、戻ってきて······っ!」



 ミィルの震える身体を抱きしめて、祈る様に強くきつく瞳を閉じる。自身が至らなかったばかりに、ミィルにこんな辛い思いをさせてしまったと独り心中で後悔する。


 自身に足りていなかったのは、力では無く覚悟だったと、今更ながらにマリーは気付いた。恐怖に怯える自分をミィルに見抜かれていた、と心底自身を恥じる。この場には自身しか頼れる者がいないというのに、その自身が何と不甲斐ない事か。



「ごめんなさい、本当にごめんなさい。怖かったですよね、不安でしたよね。私が不甲斐ないばかりに、ミィちゃんをこんな目に合わせてしまいました。······もう大丈夫、今度こそ覚悟は決まりました。何が起ころうと、ミィちゃんだけは必ず私が守ってみせます! だからお願い、帰ってきてっ、ミィちゃんっ‼」



 マリーの覚悟と強い願いに呼応する様に、マリーの身体からは温かく微かな光が溢れ出す。その光はマリーを通してミィルに伝わり、軈てミィルの身体を優しく包み込んだ。


 ······すると。



「······マ、リー······お姉ちゃん?」



 柔らかな光に包まれたミィルが、確かにマリーの名を呼んだのだ。

 驚いたマリーは、抱き締めていた小さく蹲るミィルの身体から離れてその両の瞳をしっかりと見つめる。



「ミィ、ちゃん? 私が分かりますか? 私の事が分かりますか?」


「······うん、分かるよ。ありがとうマリーお姉ちゃん。あのね、怖くて暗くて寒い所にいたらね、マリーお姉ちゃんの声が」


「良かった、本当に良かった! 戻ってきてくれたのですねっ!」


「にゃあっ!? くる、苦しいよマリーお姉ちゃんっ。でも······怖かったよぉぉっ!」



 ミィルに飛びつき、より一層に強く抱き締めるマリー。どうやらマリーの想いと声は、無事にミィルの心へと届いた様だった。わんわんと泣き始めるミィルを、もう二度と離しはしないとばかりにマリーは強く強く抱き締める。その目に涙を滲ませながら。



「ミィルちゃん、もう大丈夫ですから安心して下さ······え? 今、何かが······」



 泣きじゃくるミィルを宥めつつ、優しく頭を撫でてやるマリーだったが、不意にミィルの泣き声意外に何かが擦れる音が微かに聞こえた。


 何かが、いる······?


 暗がりの中で何かが蠢く気配を感じ取ったマリーは、即座にミィルの身体を引き寄せてしっかりと立たせる。

 壁に備えられた照石では牢の奥までは照らし出しはせず、牢の奥の奥までは視認出来ない。しかし、何かが蠢き床石を這いずる音すら聞こえてくる。


 しかも、その音の出処は一つではない。


 周囲のそこかしこから不気味な音が聞こえ、再び二人は恐怖の淵に立たされるのであった······。







お読み頂きありがとうございます。宜しければページ下部にあります評価ポイントで作品の評価をしてくだされば幸いです。


 また、感想やブックマークもお待ちしております。


 お時間を頂きありがとうございました。

 次の更新でまたお会いしましょう。

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