#95 ある不変を呪う反逆者の物語12
◆◇◆◇◆
「くそっ······。分かってはいるけど、これじゃあ余りにも······」
「本当に嫌になるわ、しかも全員全く同じ······っ。何なのよ、この《人工生命体》ってのはっ!」
額を濡らす少量の汗を指先で払い、周囲に倒れ伏す人工生命体達に嫌悪の眼差しを向けるエミリー。その両の拳と脚は真っ赤に染まり、リードは買ったばかりの長剣に付着した赤黒い血液を乱暴に振り払う。頭では人ではないと理解しつつも、周囲に広がる光景と鼻を刺激する異臭は何処からどう見ても人そのものだった。
仮に、何も知らずにこの人工生命体達と向かい合ったならば、間違いなく人だと言うだろう。しかし、言われてみたならやはり人ではないと断言出来る。何せ、呼吸も瞬きも一度もせず、致命傷を受けても顔色一つ変えず無表情のままに襲い来る。声の一つも上げず、何の感情も伴わないその一連の動作。凡そ生物とは呼べるものではない。
それでも、人工生命体の構造は人の構造に近い共通点が多くみられる。故に、手に持つ剣が肉を切り裂く感触も、周囲を赤黒く染め上げる血さえも流れている。《これ》が本当に人の手により創られたものなのか。と、リードは思わず顔を顰めて目を逸らす。
「これが人の欲望の成れの果てです。足元に転がる《これら》の製作者が、如何に愚かで悍ましい愚物か安易に想像がつきますね」
「······あのさ、凡そでいいの。これだけの人工生命体を造るのに、一体どれだけの人の命が必要なの?」
「詳しい製法は分かりませんし、知りたくもありません。が、幼い子供達のみを狙っていた経緯を考えると、少なくとも人工生命体一体につき最低四人程の命は失われているでしょうね」
エミリーの問いにリエメルが冷静に分析した結果を告げると同時に、エミリーの右足が整地され整えられた地面を激震と共に大きく粉砕した。リード達に背を向けるエミリーの周囲は、その身体より発せられる熱気により揺らめき、まるでエミリーの殺気や怒気を具現化している様にも見えた。
わなわなと収まらぬ怒りに震えるその肩を優しく引き寄せたのはリード。自身の胸元へと引き寄せたエミリーの頭を優しく撫でながらも、そのやりきれない心中を苦し気に吐き出す。
「······どんな理由があろうとも、人の命を犠牲にしていい訳がない。それは僕らが良く分かっている筈だ。止めよう、この惨劇をこれ以上見過ごしてはいけない」
「······ええ、そうね。こんな事許される訳がない。特に、子供を狙う手口が心底気に入らない。けど、今はマリーちゃん達を助けるのが最優先ね。大丈夫よ、一瞬頭に血が上っただけ。こんな場所で本気は出さないわよ」
「頼むよ、今エミリーが本気で暴れると色々と面倒な事になるからね。どうにか抑えてくれ」
「大丈夫、もう落ち着いた。さ、急ぎましょう。きっとマリーちゃん達が不安がってる筈だから」
「そうですね、急ぎましょうか。······ん、漸く到着しましたか」
リエメルの呟きにリードとエミリーが足を止める。そして、その眼差しが向かう方向へと視線を向けると、大破した邸の門を駆け抜けてくる人物達が見えた。
「あれは······そうか、さっきのメルの魔法はこの為か」
「ええ、わざわざ場所を教え呼び寄せてやったのです。これからしっかり働いて貰わなくては」
「確かに、人手は沢山あった方がいいわ。良くやったわ、メル」
「当然の事です。使えるものは何でも使う、貴女達にも昔そう教えた筈ですよ?」
当然の様に言い放つリエメルの前へと駆け寄ってきた人々は、息を調える間もなく素早く片膝を折り頭を下げる。
「遅れて申し訳ありません大賢者様っ! 我等衛兵団、只今より戦線に参加致しますっ!」
「今は有事です、頭を上げなさい。事は急を要します、時間が惜しいので私の告げる言葉を聞き逃す事のない様に」
『はっ、何なりとお申し付け下さいっ!』
この工業都市を守護している、エルフ達で構成された衛兵団。その一団が跪き、リエメルの言葉を一言一句逃さぬ様にと真剣に耳を傾ける姿は圧巻の一言だった。
周囲に転がる死体と異臭にすら一瞥もくれず、みな一様にリエメルの話に集中している。その姿を見ると、如何にリエメルがエルフ達の中で敬われているのかが垣間見える。
「······という訳で、此よりこの邸の周囲を完全封鎖とします。ギルドのハンター達と連携を取り、迅速に行動する様に。そして、この顔を良く覚えておきなさい。これらは全て敵です、容赦も慈悲も必要ありません。発見次第排除しなさい」
『はっ、承知致しましたっ‼』
「では、私達は邸内部の捜索にあたります。足手纏いはいりません、直ちに人員を選別し編成しなさい。恐らくは隠し通路、隠し部屋があると確信しています。適切な人員を選別し、徹底的に調べ上げ、どんな些細な事も見逃さぬ様留意するように。······では、行きますよ二人共」
跪くエルフ達の集団に背を向け、毅然と邸へと向かうリエメルを、何処か関心した様に眺めていたエミリーとリードは急ぎリエメルの横へと並び歩く。
「はぁー、何だかメルがメルじゃないみたい。端から見ると、本当に偉い人みたいだったわよ?」
「何を馬鹿な事を。みたいではなく偉いのです、貴女とは違って。それに、その言葉をそっくりそのまま貴女に返しますよ。貴女も社交会や公衆演説中は偉そうに見えていましたよ、名前ばかりの第一王妃様?」
「んなっ!? 私は名実共に第一王妃よっ!? 大体、私以外まともな王妃なんていなかっ······いや、あれ? 確かに私よりもルヴィの方が王妃っぽかった様な」
「まぁ、一先ずそれは置いておこうよ。今はマリーちゃんだ、気を引き締めていこう。今度は屋内だ、無闇に壊して手間を増やさない様にね」
「分かってるわよ。······あ、ねぇメル。あんた大丈夫なの? 屋内よ? 私達を魔法で巻き込むのは勘弁してよね」
「私を誰だと思っているのですか。貴女に言われるまでもなく、屋内への対策は万全です。安心なさい、巻き込むとしても貴女だけです」
「絶対わざとやるつもりよね、それ」
などと、喧しく邸の内へと歩みを進める一行。その中でも、先程まで殺気立っていたエミリーはいつの間にか平常を取り戻し、すっかりといつも通りの調子に戻っていた。その様子を伺い、リードとリエメルは互いに視線のみで応対し静かに胸を撫で下ろす。あの殺気立っていた状態のエミリーが邸内に突入したのなら、どんな事態になるかと二人は内心安堵していた。
そうして、未だ囚われているであろうマリー達の無事を祈りつつ、リード達一行は開け放たれた扉を潜り邸の内へとその姿を消してゆく。その背に続き、エルフ達衛兵団の精鋭達が後を追う様に邸内へと突入してゆくのだった。
近年明るみに出た行方不明事件の真相とその全貌を暴き、一連の出来事に終止符を打つ為に······。
◆◇◆◇◆
光源である天井より吊るされた照明が軟らかく照らすとある部屋の一室。決して広くはないその一室の中は、様々な書物が本棚にぎっしりと整えられており、絨毯の上には羊紙が乱雑に散らばり、更に多くの羊紙が積み重ねられた大きな机がある。
その机の上の羊紙がばさばさと音を立てて床に散らばり、一人の白髪の老人が姿を現した。
「······むぅ、何の騒ぎじゃ? 一六八號、状況を報告せよ」
机に突っ伏し、羊紙に埋もれていた老人が鬱陶し気に羊紙を払いのけて身を起こす。その顔は枯木の如く深く皺が刻まれ、頬の肉は痩けて骨がくっきりと浮き出て見える。肌は乾燥しきっており、とても栄養物を摂取している様には見えない。
そんな老人の問いに答えるのは、部屋の隅にて人形の様に静かに佇む侍女だった。
「おはようございます御主人様。現在敷地内に多数の侵入者を確認しました。門前の二一七號及び二一八號、邸内の清掃にあたっていた二四五號及び二六二號、三一八號が活動を停止しました。なお、邸内部に十二名の侵入者を確認、動ける全ての家庭内労働を担う同胞達にて排除作業を続けております」
「嗅ぎ付けられたのか······急がねばならんな。上の者達には引き続き侵入者共の排除を優先させよ。儂らは至急《研究室》へと向かう、ついてこい」
「承知しました」
老人は侍女にそう告げると、ゆっくりと椅子から立ち上がり、棚に立て掛けてあった杖を手に扉を開いて控えている侍女の前を通りすぎ部屋を後にする。部屋を出た通路には岩畳が敷かれており、老人が杖をつく音だけが静かな空間に響き渡る。
「《原料》は何体揃っておる」
「現在三体を捕獲、牢内にて保管しております」
「三体、か······。備蓄してある素材はどれ程だ?」
「血液、骨格、肉、全て不備はありません。今回の捕獲分で肉体は作成出来ます」
「ならば良し。しかし······嗅ぎ付けられたからには恐らくこれがここでの最後の試みになるであろう。未だ魂の定着方法が確立していないというのに、とんだ邪魔が入ったものだ。忌々しい」
通路を歩き進み、今度は石造りの階段をゆっくりと下り始めた老人と侍女。道中苦々しく言葉を吐き出す老人だが、皺の深い瞼の奥のその瞳は、強い意志を秘めているかの如くぎらぎらと輝いていた。
軈て、長い階段を漸くと下り終えたその先には、大きく開けた空間が広がっていた。どうやら、この場所が老人の言う《研究室》なのだろう。数十名の同じ容姿をした侍女が控え、至るところに試験管や何かの実験用具、用途不明の様々な用具が設置されているその場所は異様な雰囲気を醸し出していた。
その空間の奥には、何やら氷塊の様な物体が冷気を発して備えられているのも見受けられ、より一層この空間の異質さを際立たせていた。
老人はその《研究室》に着くなり、備えてある長机に杖を立て掛けて控えている侍女達へ向かい告げる。
「ふむ······これより第三八九號、《ハミル》の肉体製作を開始する。直ちに準備を進めよ」
『承知しました御主人様』
老人の言葉を聞き、静かに控えていた侍女達が各々準備に取り掛かる。用途不明の透明な容器を数個長机へと備え、様々な道具を手際良く並べてゆくのだった。その中には、何かの臓器と思わしきものが入った容器すらも並べられている様だ。
侍女達が準備を進める中、老人はゆっくりと歩を進め氷塊へと近付いてゆく。そして、冷気を発するその氷塊を愛し気に見詰め静かに呟く。
「ハミル······愛しのハミルよ。これが恐らくここでの最後の試みとなるであろう。今を逃せばいつまた再び《蘇生術》を行えるか分からんのだ。だから、どうか降りてきてくれ。私の元へと、再び還ってきておくれ。次こそは、次こそはっ」
「それは無理なんじゃないかなぁー?」
ぐちゃりと、何かが擂り潰れる音と共に少女と思わしき声がその空間に響き渡る。
老人がその音が聞こえた方向へと視線を向けると、凡そその場には相応しくない可愛らしいひらひらとしたドレスを纏う一人の少女が笑顔を貼り付け佇んでいたのだった。その手には日傘と、頭部が完全に破壊されぴくりとも動かない侍女の一人を携えて。
「······小娘、貴様何者だ? 貴様が侵入者の一人か?」
「侵入者? 知らないわよ、ここに招待してくれたのはそっちじゃないの。私は哀れな囚われの少女の一人。あぁ、何て可哀想な私······っぷふふっ、あはははっ!」
「戯れ言を、どうやって牢を出た? あの牢には魔力遮断の魔方陣を組み込んである、そう簡単には出られん筈だがな」
「あー、やっぱりそんな術式組み込んであったんだ。ま、私には関係無いんだけどね。で、どうやって出たか、だっけ? そうねぇ······ほいっと」
少女は不気味ににやにやと笑顔を貼り付けたまま、おもむろに手に握る侍女の亡骸を自身の頭上へと軽々しく放り投げてみせた。それだけでも充分驚愕に値する行為なのだが、老人は次の光景を見て更に驚愕する。何せ、少女の影からは数本の黒い腕が伸び、侍女であった亡骸を次々と掴み合い、原形を留めぬ程に引き千切ったのだ。
老人が目を剥き驚愕する中、少女は降り注ぐ血肉を日傘で遮り満面の笑顔を老人へと向ける。そして、優しく諭す様に告げるのだった。
「······こうやって出てきた訳。ね、理解出来た? あんた頭悪そうだけど、これなら理解出来たでしょ?」
「なん、なのだ······っ。貴様は一体っ」
「ちょっと、質問に答えたんだから今度は私の番よ。······ねぇ、しっかりと答えなさいよ?」
驚愕に震える老人の問いを遮り、ゆっくりと血塗れの石畳をぱちゃぱちゃと音を立てて歩く少女。そして、その顔に邪悪な笑顔を貼り付けて少女の本来の目的である質問を問い掛けるのだった。
「あんたってさぁ、《深淵の闇》に浸かってたりするのぉ?」
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