表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/99

#94 ある不変を呪う反逆者の物語11





◆◇◆◇◆





 リード達が強行突破した邸の前面に広がるよく整備されていた(・・・・・)庭。そこは現在見る影もなく、激しい戦闘後の破壊の痕跡が残る荒廃した場へと変わり果てていた。


 石畳が規則正しく敷き詰められた通路、様々な花木が植えられていた花壇。それらの尽く全てが破壊され、今尚至る所で炎が燻り煙を上げ、所々大きく地面が抉れている。その中には既に事切れ動きを止めた遺体が二体、最早原形も留めず無惨に地面へと転がっていた。


 その遺体を見詰め、何処かやりきれない表情を浮かべるエミリーが忌々しげに盛大な溜め息を落とす。



「······何だってのよ、この《人工生命体(ホムンクルス)》ってのは。焼いても潰しても向かって来るなんてしつこいったらありゃしない。ねぇ、本当に殺すしか止める手段がなかったの?」


「寧ろ、殺してやる事が慈悲だと思いなさい。何故ならあれらは《魂の器》と呼ばれ、根本的に生物とは呼べない存在なのですから」


「魂の······器?」


「ええ。人の手により創られ、魂を留めおく為の器。それがあの《人工生命体(ホムンクルス)》本来の在り方です。肉体を《錬金術》により人工的に創り出し、その中に魂を留め永遠と不老を得ようとした愚物達の夢の成れの果て」


「本来の、ね······。じゃああれは一体何だと言うんだい?」


「あれはただの肉の傀儡です。恐らく、魂をあの《人工生命体(ホムンクルス)》へと留め入れる手段が見付からず、術式を組み込み簡単な動作を行うのみの肉人形に成り果てた姿ですね。しかし、それも当然の事なのでしょう······。自然の摂理に逆らい、神の領分である命と魂を冒涜した人の業とも呼ぶべき禁忌。そんな欲に塗れた愚行が成就する筈がありません。何と浅ましく醜い事か」



 そう吐き捨て、動かなくなった門番達の亡骸を冷ややかに見詰めるリエメル。その視線は嫌悪感を露にし、直ぐに視線を外し邸へと歩みを進めてゆく。



「そもそもが、神が創りし人の神秘と自然の摂理により育まれる命を、人工的に創り出そうと考える事自体が烏滸がましい。その様な考えに至る事自体が傲慢、決して許される行為ではありません。それこそ、マリーさんの様に神に選ばれし存在ならば未だしも、只人如きが魂に触ようなどと自惚れも甚だしい。本当に不愉快極まりない」


「それに関しては同感だ。だけど······大方見当はつくんだけど、あの《人工生命体(ホムンクルス)》は一体どうやって造られているんだい?」


「貴方の考えている通りで間違いありませんよ、リードちゃん。人の原料は人、血と肉の他にありとあらゆるものを使うと言われています。それ以外にも様々なものが《錬金術》の素材として使われているそうです。本当に愚かとしか言いようがありませんね」


「じゃあ、今まで拐われてきた子供達はまさか······」


「恐らくは。急ぎましょう、既に猶予はないと考えた方がいいでしょう。これより先、最早手心を加える必要はありません。全力でマリーさんを救出します」


「何て事を······。そんな事が許される訳がない、許していい訳がないっ! 早くマリーちゃんを······ん、あれは」



 リードが邸へと視線を向けると、邸の扉の前には二人の侍女が佇んでいた。その侍女は無機質に佇み、その手には剣を携え何の感情も籠らぬ瞳で此方をただただ見詰めている。その二人の容姿は全くの瓜二つで、身長や体格、顔に至るまで全く同じ人物に見えた。



「メル、もしかしてあれも······」


「間違いありません。先程も言いましたが手加減は不要、完全に術式を破壊し動きを止めるまで油断はせぬ様に。どんな行動を指示されているか分かりませんが、友好的ではないという事は確かです。気を引き締めなさい」


「本っ当に悪趣味ね······っ! 許せない」


「えぇ、決して許される事ではありません。なので手加減や情けは無用、さぁ推し通りますよ」


「ああ、行こうっ!」


「その前に、使えるものは使わせてもらいましょうか。時間が惜しいので手早く進みましょうか」



 そう言うと、リエメルは細い腕を真っ直ぐに空へと向け炎の魔法を打ち放ち爆散させる。魔法を放った夜空には炎の軌跡が走り、炎の光と爆発音が周囲を騒がしく照らし出す。その爆発を合図にリードが腰の長剣を鞘より引き抜き駆け出してゆく。それに追従しエミリーも素早く駆け抜ける。


 そうして、再び戦場と化した邸前は鉄を打ち付ける剣撃の音と魔法による破壊音が響き渡る。先程リエメルが夜空へと打ち出した魔法は、静寂と夜闇に包まれた街中において大いに人目を引いた事だろう。これで心置きなく自身達の目的に集中出来ると、リエメルもリード達のいる戦線へと加わるのであった······。





◆◇◆◇◆





「······ん」



 マリー達が囚われている岩で出来た薄暗い牢屋の中、不意にベルディア・ラッドストーと名乗った少女が伏せていた顔を上げて何処か一点を見詰める様な仕草をした。

 ベルディアの様子に気が付いたマリーは、自身の膝の上で眠るミィルを労りながらもベルディアの動向を静観する。

 突然拉致されて見知らぬ場所へと閉じ込められていたミィルは、精神的にも肉体的にも疲弊していた様で今はマリーの膝の上で寝息を立てていた。


 そんな時、マリーの耳に何やら微かな物音が聞こえ届く。どうやら複数人の声と共に、慌ただしく動き回る靴音、何か鉄や陶器等が奏でる僅かな音等が周囲に反響しマリー達が囚われている牢屋にも微かに響き伝わる。


 その様子にマリーが警戒心を露にするのを他所に、無表情だったベルディアの表情に笑みが浮かぶ。



「ふふっ、漸く来たわね。待たせてくれた分はしっかりと《教育》してあげなきゃねぇ。やっとこの薄汚い場所から出られるわ」


「あの、ベルディア、さん?」


「ん? あー大丈夫大丈夫、こっちの話よ。で、あんたマリーって言ったっけ? いい、ここでその子猫ちゃんと一緒に大人しくしていなさいな。そうしたら万事全て上手くいくからさぁー」


「あ、あの、一体何をす······っ!?」



 そこまで言いかけたマリーであったが、続きの言葉は口には出来なかった。何故ならば、いつの間にか目の前に現れたベルディアの人指し指がマリーの唇に当てられ、鋭い眼差しと共に言葉を発する事を禁じられたのだから。

 あまりに突然の出来事に全く反応出来なかったマリーは旋律し、その目を大きく見開くのみであった。そんなマリーへと静かにベルディアが口を開く。



「······止めときなさい。詮索されるのは好きじゃないの。それに、余計な事を知ったら二人共無事に逃がしてあげられなくなるわよ? さぁ、理解出来たなら縦に首を振りなさい」



 ぞわり、とマリーの全身が粟立つ。


 ベルディアの漆黒の瞳がマリーの揺れる瞳を真っ直ぐに射抜き、その視線を受けたマリーは縦に頷くという選択以外他に存在しないのだと瞬時に理解した。

 そうして、間髪入れずにマリーが何度もこくこくと頷く仕草を確認したベルディアは、無表情から一転ふっと柔らかい笑顔を向けるのだった。



「うん、素直で宜しい。やっぱりあなた、賢くて物分かりのいい子ね。私、煩い子供は苦手だけど賢い子供は好きよ? よく聞いて、世の中には知らなくて良いことがあるの。その一線を越えない様にしなさいね?」


「······っ! ······っ!」


「やだ、可愛いわねぇ。大丈夫よ、落ち着いてゆっくり深呼吸してご覧なさいな。はい、吸ってぇ······吐いてぇ」



 マリーを笑顔で介抱するベルディアは優しくマリーの背を擦る。しかし、マリーはその顔を直視する事が出来なかった。自身の揺れる視点のせいではない。見てはいけないとマリーの全てが警告を促していた。


 ベルディアがまるで子供をあやす様に介抱してくれてはいるのだが、未だにマリーの呼吸は整わず鼓動は煩い程に身体を内側から激しく揺さぶっている。自身の粟立つ身体を押さえつける様に強く抱き締めるも、冷たくなった身体は一向に暖まる事はない。


 ······あの瞳は危険だ。


 マリーの全身全霊全てがベルディアという存在を否定している。何故か、それは余りにも似過ぎていたから。嘗てマリーが直面した恐怖と狂気、破壊と惨劇の権化であるあの《闇》と。

 マリーの脳裏にあの貿易都市での出来事が再び鮮明に蘇る。血と臓物の雨が降り注ぎ、何処までも深く冷たい無限の闇。その根元である《魔神》の狂気の一端は、確実にマリーの心を深く深く抉っていたのだ。



「んーっ。もう、しょうがないわねぇ。よーしよーし、大丈夫大丈夫。私が悪かったわ、だから落ち着いて。ね?」



 そんなマリーを見兼ねたのか、ベルディアは更に深くマリーを抱き寄せ介抱する。それはまるで、リエメルやエミリーがそうする様に母性にも似た温もりをすら感じる抱擁だった。

 それと同時に、マリーの鼻腔を甘く優しい香りが包む。それは何処かで嗅いだ事がある様な、懐かしくも優しい香りが心に平穏と安寧を運んでくる様な不思議な感覚を覚える。


 その甲斐もあってか、マリーの呼吸は次第に整い始め落ち着きを取り戻してゆく。



「······っ! ······っは! はっ! はっ! は、はぁ、はぁ、はぁ······っ」


「よしよし、怖かったわねぇ。ごめんね、少しやり過ぎたみたい。私も少し気が昂っていたみたいだわ、本当にごめんなさいね?」


「はっ、ふっ、はぁ······っ。だ、大丈夫、ですっ。すみません、ご迷惑をっ、お掛けしましたっ」


「良いのよ、私が悪いんだもの。もう落ち着いたかしら?」



 マリーの額を伝い落ちる滴を指で優しく拭い笑顔を向けるベルディア。その瞳からは先程感じた嫌な気配は全く感じ取る事は出来ず、改めてマリーはその胸の鼓動を落ち着かせるのであった。



「はい、っ。もう大丈夫、ですっ。······ふぅ、ありがとうございます。もう本当に大丈夫です」


「そう? もう少しこのままでも良いのよ?」


「あ、いえっ。本当にもう大丈夫ですからっ。大丈······あれっ、離れ、なっ」


「やっぱりもう少しいいじゃない! いやぁー可愛いわぁ! 何だか私、あなたの事が気に入っちゃった。とても抱き心地がいいんだもの、このまま連れて帰りたいくらいだわぁ!」


「ひゃあっ!? ちょ、ベルディアさんっ!? あの、どうして身体を······ちょっ、本当にもう勘弁して下さいぃぃ!?」



 ベルディアが妙な動きをしながらマリーを抱き締め続け、その都度マリーは身を捩らせ身悶える。どうにか抵抗を試みるも全く歯が立たず、暫しの間ベルディアにいいようにされるのであった。



「はぁーっ、堪能したわぁ。ありがとうねマリー」


「はあっ、はあっ。い、いえ、此方こそ色々とありがとうございましたっ」



 倒れ伏してぐったりとしているマリーを他所に、ベルディアは何処か満足そうに大きく身体を伸ばしていた。地面へと転がるマリーは、それでも未だに寝息をたてるミィルを離さずその小さな身体の温もりを感じていた。

 そうして、身体を解し終わったベルディアは錆びた鉄格子の方へとゆっくりと歩みを進めてゆく。その足取りは軽く、まるで散歩にでも出掛けるかの如く軽やかだった。



「んじゃ、さっき言った通り此処から出ちゃ駄目よ? お姉さんがちょちょっと済ませてくるから、その猫ちゃんと一緒に大人しくしてなさいな。大丈夫、直ぐに終わるからさ」


「あっ、あのっ! ベルディアさんっ!」


「んんー? なぁに? 無粋な事は聞いちゃ」


「あのっ、気を付けて下さいねっ。何をするかは聞きません。けどっ、どうかお気を付けて」



 マリーのその言葉を受けたベルディアは、まるで信じられないものを見たかの如く固まり、軈てにんまりと笑顔を浮かべて本当に楽しそうにマリーへと口を開く。



「あはっ、あははっ。あなた本当に可愛いわねぇ、ますます連れて帰りたくなっちゃうじゃないの。でも、うん。分かった、気を付ける事にするわ。だからマリー、決して此処から出ちゃ駄目よ? 目と耳を塞ぎ、静かにしているのよ。そうしたら······」



 言葉を区切り、手に持つ日傘をくるりと回し静かに足元へと静かに横たえる。そして、小さなその手で目の前の鉄格子を軽く握るベルディア。すると、何の躊躇いも無く握った鉄格子をそのまま腕を両方向へと開く様に、鉄の軋む耳障りな音を響かせ千切り開いたではないか。その余りにもな光景を前に、マリーは唖然とベルディアの背中を見送るばかりだった。


 改めて開けた入口を前に満足そうに一つ頷き、足元へと置いた日傘を拾い上げ、ベルディアが楽しそうな声色でマリーへと続きの言葉を背中越しに投げ掛ける。



「私が全て終わらせてあげるからさぁ」



 マリーの位置からは小さな背中しか見えてはいなかったのだが、確かにベルディアは笑ってると感じていた。何故なら、背を向けるベルディアからはまるでこれから悪戯をしに行くかの様な、そんな感情が伝わってくる程に弾んだ声が聞こえてきたのだから。


 事実、ベルディアは確かに笑っていた。その顔が狂喜に染まり、心底嬉しそうに手に持つ日傘を弄び、歪んだ笑顔を貼り付けて笑っていたのだった······。







 お読み頂きありがとうございます。宜しければページ下部にあります評価ポイントで作品の評価をしてくだされば幸いです。


 また、感想やブックマークもお待ちしております。


 お時間を頂きありがとうございました。

 次の更新でまたお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ