#93 ある不変を呪う反逆者の物語10
「今晩は。ここの邸の主に少し話があるから取り次いで貰えないかしら?」
腕を胸元でがっしりと組み、毅然とした態度で門前に立つ全身鎧を着込み武装した二人の門番へと言い放つエミリー。その後ろに続くのは、鋭い視線のまま門の奥の邸を見据えるリエメルと、自身の首の後ろを擦るリード。
突然歩み寄ってきた三者三様のその訪問者に、様子一つ変える事なく佇む門番はまるで感情の籠らない業務的な返答を以て応えてみせる。
「主は現在不在の為お取り次ぎ出来兼ねます。後日改めて訪問下さい」
「は? 知らないわよそんなの。裏はもう取れてる訳だし、素直に従った方が身のためよ。それでも白を切るなら実力行使でいかせて貰うわよ?」
組んでいた腕を静かに解き、右手に焔を灯して凶悪な笑みを浮かべるエミリー。殺気を隠そうともせずにそのまま門番へとぶつけるも、顔全面を覆うフルフェイスの甲冑を纏う門番は怯む様子も見せずに再び静かに返答する。
「主は現在不在の為お取り次ぎ出来兼ねます。後日改めて訪問下さい」
「へぇぇ。私の殺気に怯まないなんて、相当自身があるのかしら? リエメル、やるわよ?」
「構いません。応じる気が無いのであれば、此方も相応の手段を行使するしかないでしょう。ただし、殺しは無しです。如何に咎人であろうと私達が手を下す事は避けなさい。咎人達の処遇はこの街の者に委ねましょう」
「りょーかい、殺しは無しね。生きてりゃいいんでしょ? ······さて、じゃあそういう事だから。避けるなりしなさいよ? じゃないと本当に死ぬわよ」
エミリーがそう言い放った後、邸の門前は眩いばかりの光に包まれる。次の瞬間、轟音と共に大地は揺れ、激しい爆風が邸の敷地へと破壊されて拉げた門の残骸と共に吹き荒れる。
少し遅れて門前に佇んでいた門番達が地面へと音を立てて降ってきた。門が原形を留めない程の破壊力だ、その門前に立ち守護していた門番も無事で済む訳がない。しかし、その結果に意外とばかりに驚くのはその惨劇を引き起こした張本人であった。
「······は? え、何で? な、何で避けないのよっ!? あんた達やる気だったでしょうに! あーもう何してんのよ、間違いなく殺しちゃったわあれ」
「あぁ、何て事を。メルが言った側から殺してどうするんだよ······。これじゃあどっちが悪者か分かったものじゃない」
「違っ!? だって、私の殺気を真正面から受けて微動だにしなかったのよ!? 普通は避けるなり反撃してくるなり何かあるでしょ!? 何で普通に降っ飛んでんのよ! あああ、やっちゃった······どうしようリードぉ」
「知らないよ。どうして最初から殺す気でいくのさ。あぁ、もしかしたらあの門番達は何も知らない人達だったのかも知れないね」
「やめて、それ以上言わないで。あああ、どうしよどうしよ······ねぇメルぅ、どうしたらいいのこれぇ!?」
「落ち着きなさいエミリー」
あわあわと取り乱すエミリーへと未だ落ち着き払ったリエメルが言い放つ。その瞳は未だ邸のみを見据え、表情も何処か険しい。そんなリエメルはゆっくりとエミリーの前へと進み出て、静かに倒れ伏した二人の門番へと指を指し示す。
「見なさい、あの二人はしっかりと生きています。いえ、あれを生きていると言えるのかどうか怪しいところではありますがね」
「え? あ、本当······って、は? 何よ、あれ」
「馬鹿な、あり得ない。どうしてあんな状態で立とうとしてるんだ······」
リエメルが指を指し示した先、倒れ伏して動きを止めていた筈の二人の門番がゆっくりと起き上がるではないか。しかも、その姿たるや悲惨な状態のままだった。
腕は力無く垂れ下がり、地を踏み締める足はがくがくと震え、首は根本から折れ曲がりあらぬ方向へと曲がったままの姿だった。それでも尚立ち上がる。どう見ても致命傷、即死と言っても過言ではない程の重傷を負い、それでも尚立ち上がってみせたのだ。
エミリーの渾身の一撃を真正面から受けたせいか、着込んでいる鎧は所々大きくへこみ、赤熱した部分は焼け溶けてすらいる。それでも呻き声の一つも上げず、震える身体で静かに立ち上がった。その明らかに異様な光景にエミリーとリードは思わず言葉を失う。
「やはり、どうやら思っていた通りの最悪の事態が起きている様ですね。これで全ての辻褄が合いました。······あれは人ではありません。しかし、《屍人》や《腐死人》ですらもありません」
「じ、じゃあ一体なんだってのよ!? 人じゃないなら、あれは一体何なのよ!」
「あれは《錬金術》の中でも禁忌とされ、しかしそれこそが《錬金術》の到達点とも呼べる人間の狂気と願望を具現化した最も忌諱されるべき生命を冒涜した存在······」
「《人工生命体》です」
◇◆◇◆◇
「······きて、マ······ゃん! マリーお姉ちゃん、起きて! しっかりして、マリーお姉ちゃんっ!」
誰かに呼ばれる声のままに、靄が掛かった様に曖昧な思考を廻らせるマリー。何処か聞き覚えのあるその声を頼りに、その重く塞がる両の瞼と共にゆっくりと意識を覚醒させてゆく。
すると、すぐ目の前に今まで探し身を案じていた人物の顔がぼやけて映る。
「ん······、ミィ、ちゃん? ミィちゃん、ミィちゃん!?」
「マリーお姉ちゃんっ! 良かった、やっと起き」
「ミィちゃん! 良かった、ミィちゃん! 何処も怪我とかしていませんかっ!? 変な事をされませんでしたかっ!?」
その顔を見たマリーはミィルが何かを告げる前にがばりと抱き寄せ、小さなミィルの身体を力一杯に抱き締める。そして自身の事よりも先にミィルの身体を擦り、何処か異変はないかと一生懸命に労る。
その温もりを感じたのか、まるで張り詰めていたものが解けたかの様にたちまちミィルの顔がくしゃりと歪む。
「くる、苦しいよ、マリー、お姉ちゃんっ。う、うぁ、うわぁぁぁん! 怖かった、怖かったよぉ! お姉ちゃん、怖かった! 寂しかったよぉ!」
「漸く見付けた、見付けられた! 良かった、もう大丈夫です。私が一緒にいます、もう大丈夫ですよ」
「うわぁぁぁん、マリーお姉ちゃん! マリーお姉ちゃんっ!」
懐に縋り付き泣きじゃくるミィルの頭を優しく撫で、震える小さな身体をしっかりと抱き締めるマリー。探していた人物が無事で良かったと心から安堵し、その束の間の再会の余韻に浸る。
そして、改めて自身の置かれている状況を把握しようと周囲を見渡す。そこは、決して広くはない空間を岩の壁が取り囲み、天井もそれほど高くはない様だ。自身が座るそのごつごつとした床も岩で出来ているらしい。そして、その空間には何も無い。牢屋とも言えるその薄暗い空間を微かに照らす光は、鉄格子の向こう側から届いている様だ。
どうやら完全に閉じ込められているらしい。頑丈そうな錆びた鉄格子は、恐らくリエメルより教わったばかりの魔法を行使したら抜けられるだろう。しかし、今動くのは得策ではない。相手が何人いるのか。此処は何処なのか。目的は一体何なのか。分からない事が多すぎる今、事を急ぎ動くべきではないとマリーは冷静に思考を廻らせる。
そんな時、意図せぬ方向からマリー達へと聞き覚えの無い声が飛び込んできた。
「あのさぁー、煩いんですけどぉー? せっかく気持ち良く寝てたのに起きちゃったじゃない。こっちは安物のベッドのせいで寝不足なの、少し考えてよねぇー」
突然投げ掛けられたその言葉を聞き、マリーの身体は驚きで大きく跳ね上がる。そうして、恐る恐る声のした方向へと視線を向ければ、そこには無機質な岩の壁へと寄りかかる一人の少女が静かに座り此方を睨み付けていた。
「あ、え? ええと、す、すみません。もう少し待って頂けるとありがたいのですが」
「知ったこっちゃないわぁ。子供の泣き声って頭に響くのよ、取り合えず静かにして頂戴。あーもう、ここも最悪の寝心地。さっさと終わらせてふかふかのベッドで眠りたい······ふぁっ」
欠伸を一つ残し再び顔を伏せて項垂れる少女は、マリーから見ても何処か異質な存在に見えていた。
何故ならば、マリー達と同じくこのよく分からない閉鎖的な空間へと閉じ込められているにも関わらず、どうにも落ち着き払ったその態度。そしてその存在。声を掛けられるまで、その少女の存在をまるで感じ取る事が出来てはいなかった。故に、マリーは心臓が跳び出るかの如く驚き、身体が大きく跳び跳ねたのだ。
恐らくは初めから其処に座っていたのであろう。しかし、途中マリーが周囲を観察していた時にはその存在を認識すら出来なかった。目にも鮮やかなドレスを纏い、これでもかと個人の存在を主張している筈なのに、その少女は全く視界に入ってはいなかった。
これ程に不思議な事はマリーは経験した事がなかった。しかし、何処か近寄り難いその雰囲気の中には、何故か引き寄せられる妙な魅力すらも感じられる。
そんなマリーの視線に気付いたのか、その少女は伏せていた顔を再び上げ訝しげに顔をしかめ不満を露にする。
「······何よ、何か文句でもあるのかしら?」
「え、と······すみません。あなたも同じく此処に連れて来られた方、ですよね? どうしてそんなに落ち着いているのかと思いまして」
「はぁ? 別にいいじゃないの、落ち着いてたって。寧ろ、私はその為にわざわざこんな辛気臭い場所まで来たのよ。じゃなきゃ、あんな子供騙しに引っ掛かる訳がないじゃないのよ」
「子供、騙し? それはどういう」
「あぁーもう、煩い煩いっ! 言ったでしょ、私は眠たいのっ! いいから大人しく静かにしてて頂戴っ!」
そう言って心底鬱陶しそうに再び顔を伏せる少女。その態度を受けてマリーは小さな声で謝罪を延べ、未だ泣きじゃくるミィルの身体を優しく擦るのであった。
そんなマリーの様子を盗み見ていたドレスの少女は、何処かばつが悪そうに頭を乱暴に掻き始める。
「······ま、安心しなさいよ。あんた達は無事にここから出してあげるから。ただし、大人しくしててよねぇ。それと、私の邪魔を決してしない事。それを守ればあんた達の安全は保証してあげるわぁ」
「え? と、それは」
「それと、これ以上変な詮索をしない事っ! 分かったらそこのみーみー煩いちびっ子をどうにかしなさいよっ、私子供は苦手なのっ!」
ぶっきらぼうに言い残し顔を背けるその少女からは、最初に感じた異質な気配は感じられずマリーは胸を撫で下ろす。寧ろ、此方を気遣い安心させてくれようとした不思議な少女に好感をすら持てていた。
「す、すみませんっ。えと、ありがとうございます。遅れましたが、私はマリーと申します。この子はミィルちゃんです」
「聞いてないってーの。······まぁ、そうねぇ。名乗られたらこっちも名乗らなきゃならないわよね。仕方ない、本当に仕方がないけど名乗ってあげるわぁ。光栄に思いなさいな」
やれやれと心底面倒そうに立ち上がり、ドレスに付着した砂やら埃を丁寧に払い落とす少女。そして、すっと流れる様な綺麗な動作でスカートの端をちょんと摘まみ、静かに瞳を閉じて丁寧にマリー達へと頭を軽く下げる。
「改めまして、私の名は《ベルディア・ラッドストー》。この名を聞けた事を生涯の栄誉と心得なさいな」
その《ベルディア・ラッドストー》と名乗った少女の余りに自然で妖艶な姿にマリーは思わず見惚れていた。いや、マリーだけではない。先程まで懐に踞り泣いていた筈のミィルすらも、いつの間にか顔を上げてその姿に釘付けになっていた。
その二人の反応を見たベルディアは何処か嬉しそうに小さく笑い、自身の下唇へと軽く指を添えてぺろりと上唇を舌で湿らせる。その仕草もまた二人の目を引き、憧れや尊敬すらも伝わってきそうな程に熱い視線を送るのだった。
ベルディアの足元で怪しく蠢く《影》には気付く事は無く、ただただマリーとミィルはベルディア・ラッドストーという存在に見惚れるばかりだった······。
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