#91 ある不変を呪う反逆者の物語8
普段は昼夜問わず騒がしく賑わう《工業都市アルバトーレス》。しかし、その日の夜はいつもの喧騒とは違い一般の人々は静かにその身を隠し、衛兵とハンター達が街中を徹底的に駆けずり回っていた。
その全員が一様に焦りの色をありありと浮かべ焦燥感に駆られている。何せ、この街を騒がせている《行方不明事件》が発生し、幼い獣人の少女がその被害に見舞われ未だに見つかっていないのだから。
事件の発覚は、陽が沈みかけ辺りが薄暗くなり始める黄昏時。母親と共に夕食の食材を買う為に市場に出たその時。母親の話では会計を済ます為に店主と少し会話をしていたその時に、気が付けば少女の姿は周囲には無く慌てて周囲を検索するも既にその姿は見当たらなかったという。
その騒ぎの後、偶然出会ったマリー達一行も当然の様に少女の検索に加わり、マリーとリエメル、エミリーの三人はいなくなったという市場付近を重点的に検索する事になり、リードは一人衛兵達が常駐しているであろう詰所へと走った。
暫くして完全に陽が見えなくなる頃、マリー達へと走り寄ってくる人影が一つ······。
「······あっ、リードさん! リードさんが帰って来ましたよっ!? こっちですっリードさん!」
「ご苦労様。何か収穫はあった?」
「ごめん、全く情報がない。けど、昨日会った衛兵のエルフ達に伝えたら直ぐに行動してくれたよ。ギルドにも掛け合ってくれたらしくて、今はハンター達も検索に加わってくれて街中を走り回っている」
「その状況でも何の収穫も無い、と。やはり何らかの力が働いていると見て間違い無さそうですね」
「衛兵達もハンター達も色々と手立てを講じてるみたいだけど······どうも思わしくないらしい。寧ろ、何らかの手掛かりがあるなら既に解決していても可笑しくはない程手を尽くしているんだけどね」
「この街に住む全ての子供達を見張る訳にはいきませんからね。そしてこの規模の大きさの街です、検索といってもそう簡単にはいかないでしょう。さて、どうしたものか······」
「ミィちゃん······。どうか無事でいて下さい」
一行は全く全容が見えてこないこの一連の行方不明事件に頭を悩ませる中、マリーは日中出会った猫獣人の少女の顔を思い浮かべる。
最初に言葉を交わした時、あの少女はしっかりと警戒心を露にしていた。そんな少女が知らない誰かに大人しくついていくとは考えられないのだ。更に、行方不明になった場所は夕食の買い出し等で賑わう市場。人々が行き交うその場所で、堂々と誘拐を実行出来るものなのだろうか。
「一先ず、僕らは僕らの出来る事をしよう。この事件の被害者が全て幼い少女達という事が分かっている以上、マリーちゃんも既に狙われている可能性もある。二次被害を起こさぬ様、しっかり気を引き締めていこう」
「そうね。マリーちゃんがいなくなるなんて事になったら、それこそこの街が滅び兼ねないわ」
「何故私を見るのですか? そんな事をしたらマリーさんに被害が及ぶ可能性があるじゃないですか。その様な事、私がする訳ありません」
「どうだか。あんたならやり兼ねないわ」
「私がいなくなったら······? そうか、それですっ! それですよリードさんっ!」
「え? いや、まさかとは思うけど······」
マリーがふんすと鼻息を荒くし、リード達へと決意を込めた眼差しを向けて言い放つ。
「私が囮になって全容を暴けばいいのですっ!」
『駄目だ(です)(よ)』
「全員速答っ!? ど、どうしてですかっ!」
「どうしても何も······。寧ろ、何故その案を僕らが許可すると思ったのかな? 何度も言ってるけど、僕らの中心はマリーちゃんだ。そのマリーちゃんが危険な目に合うのをみすみす許可する訳ないじゃないか」
「その通りです。あの獣人の少女を捜す為とはいえ、それは流石に容認出来ません」
「心配するのは分かるけど、それじゃあ全く意味がないじゃない。そもそも危険過ぎるわ。何が起こるか分からないのよ?」
「そ、それでもっ!? 今こうしている間にも、ミィちゃんが危険な目に合っているかも知れないのですよっ!? 一刻も早く捜し出してあげなければっ!?」
「例えそうだとしても、です。こう言っては不謹慎ですが、マリーさんの安全は何よりも優先されるべき事なのです。それは行方不明になった獣人の少女の命よりも、今のリードちゃんやエミリーの存在よりも大切なものなのです。もしもリードちゃんとエミリーとマリーさんが同時に危機に瀕する状況になった時は、私は迷わずマリーさんを優先するでしょう。例え二人を見捨てる事になろうとも、私はマリーさんを優先すると断言致します」
「え······リエメル、さん?」
自身の細い目を更に険しく細め、マリーを戒める様に言い聞かせるリエメル。その何とも言い難い気迫に押されたのか、目を反らし少しだけその身を引いてしまうマリー。
そのやり取りを見て、仕方ないとばかりに溜め息を落としマリーの肩を優しく支えてやるエミリー。その顔を見上げ、揺れる瞳で何かを訴えてくるマリーに諭す様にエミリーは優しく告げる。
「ま、当然よね。私達は既に過去の人、今この場に居るのはマリーちゃんのお陰な訳だしさ。そのマリーちゃんがどうにかなっちゃったら不味いじゃない?」
「そうだね。それに、僕らの身が危険に晒されたとしても大抵の事は自身の力で切り抜けられるさ。仮に切り抜けられない程だったとしても、それはそれで仕方のない事だ。僕らには既にその覚悟が出来ている」
「でも、それを言うなら私も一度は終えた身ですっ! いつこの身が再び終わろうとも悔いはありませんっ!」
「いいえ、そう簡単な事ではありません」
「どうしてですかっ!?」
「それはね、マリーちゃん。君が主神様に選ばれた者だからだよ」
「······っ!? そ、それは······」
リードから告げられた言葉を受けて思わず言葉を詰まらせるマリー。そう、確かにその身は選ばれた。一度は終わったその魂は、確かに主神自らの手により呼ばれその想いと《本》を直接託されたのだ。それが如何に特別な事かなど、自身でも未だに信じられない程で奇跡とも呼べる一大事だ。
恐らくリードもリエメルもエミリーも、マリーの承けた使命が如何に特別な事かという事が理解出来ているのだろう。それを踏まえ、敢えて危険を犯すなと釘を刺してきているのだ。それが分かってしまうからこそ、マリーは二の句が告げられずに沈黙するしかなかった。
「確かに僕はマリーちゃんに道を決めていいと言った。けど、それは僕らが周囲にいるからこその話だ。単独で危険に飛び込んでいいと言った訳じゃない。流石にそれは認められないよ」
「······でも、それじゃあミィちゃんはどうなってしまうのですか? このまま何の手掛かりも無く、ただ闇雲に捜し回るしか方法はないのですかっ!? こうしている間にもミィちゃんはっ!」
「落ち着いて、マリーちゃん。今は出来る事をやりましょう? 私達に出来る事は、今はしっかり調べて捜す事しか手立ては無いの。大丈夫、きっと見付けてみせるから。ね?」
「············」
胸元辺りを衣服ごと強く握り締め、俯いたままに小さく頷くマリーからは何処か痛々しいものを感じられる。それが分かってしまうからこそ、リード達もお互いの顔を見合い小さく肩を落とす。
そして、再び一行は行方不明となったミィルの捜索を開始する。今度はリードとエミリーが各々単独で捜索に出発し、リエメルとマリーは行方不明になったという現場を出来うる限り必死に捜し始めるのであった······。
◇◆◇◆◇
「ここまで捜しても何の手掛かりもないなんて。明らかに異常だ」
「こんな事なら、もっとミィちゃんの匂いを覚えておくんだったわ。······全く、やってくれるわね」
「いなくなったという現場には魔法の痕跡が一切ありませんでした。全くもって不可解ですね」
「ミィちゃん······」
各々が一通りの場所を捜索した後、一行は再び集まり顔を合わせる。しかし思ったような収穫は無く、ただ時間だけが過ぎてゆく。
「魔法の痕跡が無いって事は、ミィちゃんが自主的にいなくなったと?」
「その可能性が高いと考えられます。しかし、何者かに連れ去られたという可能性も捨てきれません。人混みの中、魔法などを使わず誰にも不審がられずに少女を連れ去る事が出来る手段があるのであれば、ですがね」
「それは少し考え難いわね。もし人混みの中堂々とそんな事をしたら、きっと周囲の誰かが気付いて大騒ぎになるはずよ」
「それにあの子は警戒心が強い子だ。母親が近くにいるにも関わらず、見ず知らずの人に簡単についていくとも考え難い。ならば、魔道具なりを使った犯行ならばどうだろう? 気が付くかな?」
「それも考え難いでしょう。いえ、確かに周囲の人々の意識を一時的に奪うという魔道具がない事もないのですが······あれは規模が大き過ぎて実用的ではありません。何よりも、その魔道具はとても大きく目立ちます。起動させるのにも魔力を使いますので痕跡に気付かないという事はないはずです」
「あーもう、訳が分からないわね。何なのよ本当に······ん、マリーちゃん? 大丈夫、疲れた?」
「すみません、大丈夫です。私の事よりも今はミィちゃんの捜索を続けましょう」
「でもマリーちゃんもふらふらしてるじゃない。無理しないの」
エミリーが言う様に明らかにマリーの足元は覚束ず、疲労感がありありと見て取れる。そんな様子でも、マリーは捜索を続けようと必死に耐えていた。
「マリーちゃん、君は宿に帰って休むんだ。後は僕が捜すから安心して休んでほしい」
「嫌ですっ、絶対に諦めませんっ! 早くミィちゃんを捜さないとっ」
「そうですね。マリーさん、後はリードちゃんに任せて私達は一度宿に戻りましょう。その様子では、これ以上続けても良い成果は生まれないでしょう。休む事も大切ですよ?」
「そうね、今日はここまでにしましょう? 一先ず少し休んでからまた捜せばいいだけよ。衛兵やハンター達も動いてる訳だし、今は休みましょ?」
「嫌ですっ、戻りませんっ! 離して下さいっ!?」
「これは強引にでも休ませるべきだね。エミリー、メル、僕はこのまま捜索を続けるからマリーちゃんの事を頼んだよ」
暴れるマリーをしっかりと抱き抱えたエミリーは、リードへと頷きを返しリエメルと共に強制的にマリーを宿へと連行しようとする。それでも、マリーは必死に抵抗し捜索を続けようと言い張るも、エミリーとリエメルの前には全く敵う筈もなくそのまま宿への帰路に着く事になった。
その後ろ姿を見送ったリードは、再び捜索を開始するべく行方不明となった現場へと一人走って消えてゆく。既に闇夜に包まれ喧騒が消えた街の中を、照明として輝く照光石だけが寂しげに明かりを灯していた······。
◇◆◇◆◇
リードと別れ、リエメル達が宿へと戻った暫くの事。時刻は真夜中。未だに夜は明けきらず、宿泊している宿も静寂に包まれていた。
宿へと連れ帰られたマリーは、一言も発する事無く布団へと潜り顔を出す事はなかった。恐らく、諦めてそのまま眠りについたのだろう。布団に潜るその小さな身体は、軈て規則正しく静かに上下し始める。それを暫く見届けた後、軈てエミリーも一安心とばかりにリエメルへと目配せをし物音を立てずに部屋を後にする。再びミィル捜索を続行する為に。
それからまた少し後の事、マリーの潜っていた布団の小山がもそもそと動き始める。一人静かに椅子に腰掛け、マリーの様子を伺っていたリエメルはその様子に気付き動向を見守る様に声を掛けた。
「大丈夫ですかマリーさん?」
「······すいません、少しお手洗いに」
「そうですか。同行します」
「結構です、直ぐに戻りますからここに居て下さい」
未だに寝惚けているのか、マリーはふらふらとしながらも脱ぎ捨てた靴を履き始める。そして、開けきらぬ目を擦りリエメルへと一度ぺこりと頭を下げて覚束ない足取りで部屋を出てゆく。
そして、その後ろ姿を最後にマリーはその日部屋へと戻る事はなかった······。
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