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#90 ある不変を呪う反逆者の物語7





「ただいまーっと。あら、可愛いお客さんね。どうしたの、この子?」


「やぁ、お帰り。向こうで一人で不安そうにしている所を保護したんだ。例の件もあるし、一人は不味いと思ってね。どうやら迷子だったらしいけど······今はこの通り」


「お帰りなさいエミリーさんっ!」


「こんにちは綺麗なお姉さんっ!」



 飲み物を手に戻ってきたエミリーの前には、長椅子にマリーと仲良さ気に並んで座る猫獣人の少女が笑顔で待っていたのだった。マリーが買い込んだ様々なものを口へと運び入れ、口元の汚れをリエメルが綺麗な布で丁寧に拭き取ってあげていた。



「ほら、動かないで下さい。服に汚れがついてしまいますよ?」


「ありがとう、リエメルお姉ちゃん!」


「これでも最初の方は警戒心が凄かったんだよ? けど、マリーちゃんが色々と世話をしている内に仲良くなってさ。子供同士って直ぐに仲良くなるよね」


「へぇー、良いんじゃない? 誰とでも仲良くなれるってのは良い事よ。初めまして、私はエミリーよ。あなたのお名前は何ちゃんかしら?」


「エミリーお姉ちゃん! 初めまして、私はミィル! ミィル・ケミコーネ!」


「ミィちゃんです! 尻尾がほわほわで気持ちいいんですよっ!」


「うん、見事に仲良くなってるわね。果実水飲む? 美味しいわよ」


『頂きますっ!』



 露店で買ってきた果実水を二人へと手渡し、揃って目を輝かせる様子を見てエミリーも思わず笑顔になる。微笑ましい二人の様子を見ていると、元々友人同士だったのではないかと思う程にその場にしっかりと馴染んで見えていた。

 仲良く並んで食事をする二人を尻目に、エミリーが買ってきた飲み物を漁るリエメルがエミリーへと不満を投げ掛ける。



「エミリー、私の注文した葡萄酒が見当たりませんが?」


「そりゃそうでしょ。買ってきてないもの。宿に帰る前でいいでしょ? 私も久し振りに飲みたいしねー」


「ほぅ、最初からそのつもりだったと? 宜しい、夜は覚悟しておく事です。私に飲み比べを挑むという事がどういう事か、しっかりと思い出させてあげましょう」


「エミリー、それは自殺行為というものだよ······。分かってるとは思うけど、潰さないでくれよメル?」


「不安ならばリードちゃんも参加すればいいのです。そこの愚か者同様、久し振りに私に挑んでみますか?」


「止めてくれ、僕じゃ全く勝てる気がしない。メルに対抗出来るのはエミリーとメイくらいのものだよ。分かってて言ってるだろう?」


「懐かしいですね、あの聖人擬きの腹黒自称聖女ですか。あれは性根が腐っているのでマリーさんに呼ばれる事はないでしょうけどね。何せ、現在の狂信者共の母とも呼ぶべき思想がおかしな方向に片寄った残念な人でしたから。その辺はどう思いますか、リードちゃん?」


「耳が痛い、こっちを見ないでくれるかな。妻として迎えざるを得なかった僕には何も言えないよ······。けど、それをメルが言うのはどうかと思うんだ。言っておくけど、メルも相当だからね?」



 何処か遠くを見詰めて物思いに更ける二人を他所に、エミリーは楽し気にマリーとミィルと名乗る猫獣人の世話をしていた。

 そんな時、マリー達の座る長椅子へと駆け寄ってくる気配が一つ。その気配を察してエミリーがミィルへと優しく問い掛ける。



「ミィルちゃん、どうやらお迎えがきたみたいよ? 良かったわね」


「え? あ、お母さんだぁ! お母さーん、こっちだよー!」


「っ、ミィル! ああ、良かった。あなた一体何処に行っていたのっ!? 駄目じゃない、あれ程一人で行かないでって言ったのにっ!」


「ミィルちゃんのお母さんですか? すいません、ミィルちゃんが一人で居る所を見掛けたもので一時的に預からせて頂きました。僕らには決して他意はなかったと誓います」


「そんな、此方こそ申し訳ありませんでした。私が少し目を離したばかりにこんな事に······うちの娘を助けて頂き本当にありがとうございました。全て私の不注意です、皆様を疑うなんて滅相もありません!」


「最近物騒な事件が多発している様なのでつい。何事もなくて何よりでした。良かったねミィルちゃん、今度はもう迷子になっちゃいけないよ?」



 椅子から静かに降り、ばつが悪そうに恐縮するミィルの背中をリードがそっと支えてやる。すると、申し訳なさ気に上目遣いでミィルがおずおずと口を開いた。



「お母さん、ごめんなさぃ。美味しそうなお肉を見ていたらお母さんが居なかったの」


「いいのよ、無事で良かった。次からは気を付けてね? 本当に心配したんだからっ!」 


「お母さん······。っ、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」


「感動の瞬間ね。何事もなくて本当に良かったわ」


「本当にね。マリーちゃんが気付いてくれて良かったよ。お手柄だったねマリーちゃん」


「ううっ、私まで泣けてきますっ。良かったです、本当に良かったですねミィちゃん······っ!」



 互いに強く抱き締めあい、涙ながに再会を喜ぶ親子に釣られて思わずもらい泣きをするマリー。

 そんな光景を優しく見守る一行だったのだが、軈て落ち着いたのかミィル親子は再び丁寧に礼を述べて手を堅く繋いで帰っていった。その際ミィルが何度も振り返り手を大きく振る度にマリーもその場で大きく手を振り返して見送り、そのやり取りは互いの姿が見えなくなるまで続き別れを惜しむマリーはその背中が見えなくなるまで静かに見詰めていた。



「さて、僕らもそろそろ行こうか。あれだけ買ったものが既に食べ尽くされちゃったしね」


「······はいっ! また沢山買わなければいけませんねっ! まだまだ今日という一日は終わりませんっ」


「そうね、まだまだこれからよ。沢山遊びましょ」


「まだ見ぬマリーさんに似合う逸品を探しに参りましょうか。リードちゃん、また荷物係をお願いしますね」


「買い過ぎには注意してね。僕も持てる数は限られてるんだからさ」


「よし、今度は私がマリーちゃんを肩車してあげる! リードよりも乗りやすいわよ? よいしょっと」


「ひゃあっ!? はや、早いですエミリーさん!? もう少しゆっくり······助けて下さいいぃぃっ!?」



 エミリーがマリーを担ぐなり、猛然と走り出して再び賑わう通りへと姿を消して見えなくなる。そんな二人を見送ったリードとリエメルは、互いに顔を見合わせやれやれと頭を振るのだった······。



 その後、再び露店巡りを再会した一行は陽が傾き薄暗くなるまで存分に買い物を満喫し宿へと戻ってきていた。その際、リードの両手は抱えきれない程の沢山の荷物でしっかりと塞がっていたのだが。



「いやー本当に沢山買ったわねぇ。夕食はもうこれでいい様な気もするわ」


「そりゃこれだけの量を買えばきっとお腹も膨れるだろうさ。でも少し多くないかな? 食べきれるの?」


「安心なさい。それは今夜の酒の席で全てなくなります。何せ夜は長いですからね」


「意味深な事を言わないでくれよ。本気で飲む気じゃないか。勘弁してくれよ本当に」


「夕食は別腹です! まだまだ入りますよっ! で、今日は何を食べましょうかね······。昨日はお肉が多めだったので、今日はお野菜ですねっ」


「そっか、まだ食べられるんだね。野菜を選んだ事は素直に良い事だとは思うよ。けど本当に食べ過ぎじゃないかな? 大丈夫なの本当に?」



 リードがやや呆れた様子でマリーを見るも、既に夕食を何にするかと考察するマリーにはその視線は無意味なものだった。

 そんな様子を見たリード達はマリーの期待を裏切る事など出来はせず、再び黄昏色に染まり始めた街へと繰り出すのであった。



「野菜っ、野菜っ、茸に木の実ぃー」


「ご機嫌だねマリーちゃん。今日一日食べてばかりだったけど、まだ食べるんだね」


「女の子に野暮な事を言わないの。いいのよ、やりたい事をやれば。それだけで気持ちも晴れるってもんなのよ」


「その通りです。たまには何の規制もなくゆっくりと羽根を伸ばす事も大切なのです。明日はまたマリーさんの服を探しに出なければならないのですからね」


「やさ······え? り、リエメルさん? 今、何と言いましたか?」



 意気揚々と大手を振り不思議な歌を口遊(くちずさ)んでいたマリーは、リエメルの一言を聞き軋んだ音が聞こえそうな程にぎこちなく振り向いた。その顔からは血の気が引いており、明らかに動揺をしている様がありありと見てとれる。



「ん? 自由権は一日だけよ? 明日からはまた私達とお店巡りしましょうね」


「そ、そんな!? まだ、まだ買うのですか!? 流石に買い過ぎですっ、私の服はもう大丈夫ですのでっ!?」


「まだです、まだ足りません。マリーさんの魅力を最大限に引き出す衣服は未だに見つかってはいないのです。まだまだ覗いていない店舗が数多く存在します。全店舗制覇するまでは終わりません」


「そ、そんな······本気で言っているのですか? り、リードさん!? リードさんならどうにか」


「ごめんね、僕にもどうする事も出来ないよ。けど安心してね、明日は僕も一緒だから前回よりは少しは負担が減る事を約束するよ」


「そんな······、救いは、救いは何処にもないのです、ね。ふふ、うふふふふ······」



 リードの言葉を最後まで聞く前にマリーはその場に膝から崩れ落ち、不気味に笑い声を上げて動かなくなった。そんなマリーを気にもせず、マリーの横腹から片手を差し入れ軽々と持ち上げ笑顔で肩に担ぎ上げるエミリー。無慈悲にも程があるその行為にリードは少し顔を引き攣らせる。



「あのさ、もう少し優しくしてあげてよ。マリーちゃんの様子を見て何も思わないのかい? そんな動物を扱う様に担ぐなんて」


「大丈夫大丈夫、きっとご飯食べれば元通りに元気になるわよ。それにこういうのは慣れよ慣れ。私達の時もそうだったでしょ? 急に隣国のパーティーだの何だのと呼ばれて着慣れないドレスやら装飾品で着飾られて大変だったじゃない」


「ん······いや、まぁ確かにそうだったけどさ。それとこれとは何か違わないかなぁ?」


「いいえ、そういう事ですリードちゃん。人は時に慣れと言う名の諦めを覚えるものです。正にマリーさんにとってこれはそういう事なのです」


「全然意味が分からないんだけど? まぁ明日は僕も行く訳だし、無理は絶対にさせないよ? 二人共熱中すると本当に周りが見えなくなるからね。しっかりと監視させて貰うからそのつもりで」


「······ちっ」


「ちょっと、今舌打ちしたのは誰だよ!? 何で舌打ちをするんだよ! 僕のいない時に一体何をしたんだ!? 何だかマリーちゃんが不憫になってきたな」



 頭を抱えるリードを他所に、エミリーとリエメルは何処吹く風と澄ました顔で人混みを歩いてゆく。

 そんな時、にわかに周囲が騒がしくざわめき、一行は顔を見合わせて思わず足を止めて周囲を見渡す。すると、何処かで聞いた声が聞こえてきて思わずその方向へと走り寄る。そこに居たのは······。



「ミィル! ミィル、返事をして! お願いだから返事をしてっ!?」


「ミィルちゃんのお母さん?」


「みたいだね。嫌な予感がする、行こう」



 一行が見たのは、形振り構わず愛娘の名を呼び探し回る獣人の女性の姿。間違いなくミィルの母親だった。

 その姿から察するに、恐らくは例の件に関わる事なのだろう。一行は人混みを掻き分けてミィルの母親の元へと走り寄る。



「落ち着きなさい、何があったのですか?」


「え!? あ、皆様はあの時の······」


「何があったか話してくれる? 私達も力になるから何があったのか説明して?」


「む、娘が······ミィルが突然居なくなったんですっ‼ 私が少し目を離したばっかりに、ミィルが、ミィルがっ!?」


「そんな、ミィちゃんが······!?」


「突然居なくなった······? すいません、少し落ち着きましょうか。大丈夫、僕らも協力します。それでいいね、マリーちゃん?」


「勿論ですっ、絶対に探しますっ、探し出してみせますっ! 急ぎましょう!」



 決意と強い意思を込めて力強く頷き返すマリーに、リード達も静かに頷き行動に移す。突然の出来事に気が動転しているミィルの母親をエミリーとリエメルと共にマリーが介抱しつつ、リードは一言だけ頼むと言い残し一人人混みをすり抜けて走り出す。


 即座に行動を起こしたリードの背は直ぐに見えなくなり、残されたマリーは言い様のない胸騒ぎと纏わりつく様な不安に震え、怯えるその手を自身の胸の前で強く握り込む。何も出来ない無力な自身に苛立ち俯いてしまう。ただミィルの無事を祈る事しか出来ないその身がどうしようもなく疎ましい。


 マリーの震える小さな手を優しく包むのはエミリーとリエメル。顔を伏せていたマリーの頭を軽く撫でてやり柔らかな笑顔を向けてやる。そんな些細な事ですらマリーにとってはとても頼もし気に感じ、どんな逆境や不安ですらも揺らぎもせずに跳ね除けてしまう様な二人の英雄に少しだけ救われた様な気がした。その温かな笑顔と掌から感じる温もりを感じながらも居なくなったミィルの安全をひたすらに願う。ただ無事でいて欲しい。今は願う事しか出来はしないが、必ず見付けてみせると自身の中で決意を新たにするのであった。


 こうして、夜闇に包まれようとしている工業都市中を捲き込んだ大検索が始まる。

 様々な想いを孕んだ長い夜が、今騒がしくも幕を開ける······。







 お読み頂きありがとうございます。宜しければページ下部にあります評価ポイントで作品の評価をしてくだされば幸いです。


 また、感想やブックマークもお待ちしております。


 お時間を頂きありがとうございました。

 次の更新でまたお会いしましょう。

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