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#87 ある不変を呪う反逆者の物語4





「ただいまーっと。あら、あの美人エルフはもう帰ったの?」


「私とあのエルフの会話に一切興味を示さなかった者の言う言葉ではありませんね。マリーさんを連れ回して一体何処で何をしていたのですか?」


「え? 食後の運動。マリーちゃんと一緒にね。沢山食べた後は太りやすいから適度に運動が必要なのよ」


「適度に、ね。エミリーが今小脇に抱えているマリーちゃんを見ると、とてもじゃないけどそうは見えないんだけど? 一体何をしたんだ······」



 リードが呆れた顔で指摘した様に、マリーはぐったりといった感じでエミリーに抱えられてぴくりとも身動きを見せない。恐らくは、エミリーがいつもの調子で燥ぎ回った結果だろうと安易に想像がつく。

 そんな二人を見てリードは眉間に指をあて、軽く溜め息を落とす。



「あのね、エミリーの運動量は常人では到底ついていけない程なんだよ? 前からずっと言ってるけど、少しは手加減というものを知ってくれ。じゃないとマリーちゃんが本当に動かなくなってしまうよ」


「大丈夫よ、さっきまで元気に遊んでたんだから。それよりリード、あんたはマリーちゃんに対して過保護過ぎ。聞いたわよ? あんた、マリーちゃんに魔法を使うのを禁止したらしいじゃない? どこまで潔癖なのよ、これから先絶対に自衛手段は必要だと思うんだけど?」


「僕はもう少し考えて行動をする様にと言っているんだ。魔法の件に関しては······確かに今後必要になる時が来るかもしれない。けど、それはまだ先の話だ。マリーちゃんがしっかりと《力を持つ》という事を理解した後のね。メル達の話を聞かせない様にとマリーちゃんを連れ出したようだけど、その事には素直に礼を言うよ。けど、それとこれとは話が別だ」


「落ち着きなさい二人共。ここでどうのと言っても始まりません。そもそも、マリーさんの魔法に関しては問題はありません。何せこの私が日々隠れてしっかりと教えていますからね。飲み込みも早く魔法への理解も非常に早い。このまま精進したならば私と同等······いえ、私をも超える逸材となるでしょう。流石はマリーさんです」


「な、何をしているんだよ······。いつの間にそんな事を? どうして僕に何も言わなかったんだよ」



 リエメルの衝撃の発言を聞いて、遂にリードはその場にしゃがみこみ頭を抱えてしまう。どうやら知らなかったのはリードだけの様で、エミリーもリエメルも当然といった感じで呆れ顔をリードへと向けるのであった。



「あのね、マリーちゃんだって私達に頼っている今の現状を良しと思ってはいないのよ。覚えてる? 賊の襲撃を受けて人質を救いに行った時の事よ」


「勿論覚えてるよ。彼の最後の勇姿を忘れる訳ないじゃないか。でも、どうしていきなりそんな話を?」


「分からない? あいつは両手を縛られている状態でも、それでも自分の命を掛けてマリーちゃんを守ってみせた。その前の魔神との一件だってそう。あの時私達は間違いなく死ぬ気でマリーちゃんの盾になろうとした。全てはマリーちゃんを守る為に。それがこの優しすぎるマリーちゃんをどれだけ苦しめていたか分かる?」


「苦しめて······? いや、だって仕方ないじゃないか。僕らはその為に今ここに居るんだよ? 守るのは当然の事だろう」


「だから、それを過保護って言ってんの。マリーちゃんはあれ以来ずっと何も出来なかった自分を責めているのよ。思い出して見なさいよ、リードがまだ小さくて戦い方すら知らなかった子供の頃の事を。どう思って過ごしてた? あの時代だもの、きっと多くの先人達の背中を見送ってきた筈よ? あんたの性格上、何も思わなかった訳がないわ」


「そう、リードちゃんがまだ小さくやさぐれて反抗的だったあの頃。私と初めて出会ったリードちゃんは」


「止めろぉ! どさくさ紛れに何を話そうとしているんだメル!? ······あー、つまりそういう事なんだね? 守られているだけの存在では在りたくはない、と。で、僕がマリーちゃんに魔法を使って戦闘に加わる事を禁止したから、僕に内緒で二人に師事していたと」


「そういう事。まぁリードの意見には概ね私も賛成よ? けど、別に相手を殺さなくても自衛手段として学ぶのは悪くないと思うんだけど? やっぱり不測の事態ってのも考えておかなきゃね」


「その通りです。私達の誰もマリーさんの側に居られないという事態が起きた時の事を想定するのは必要だと思います。今後も守りきれるという確証がない以上、最悪を想定して動くべきです。そして、ゆくゆくは私の全知識をマリーさんへと」


「それは駄目。あんたの知識は危ないものと余計な事が多すぎるわ。マリーちゃんには全くこれっぽっちも必要ない」



 いがみ合う二人を見てどうにも毒気を抜かれたリードは、しゃがみこんでいたその場に腰を降ろして呆れた素振りで頭を振る。



「やれやれ······。分かった、分かったよ。確かにその通りだ。僕らも常に完璧にマリーちゃんを守れる保証はどこにもない。最悪を想定して行動するのは生き残る為の絶対条件だ。それに関しては反対はしない。けど、だ。もう知ってるだろうけど、僕はマリーちゃんが相手の命を殺める事には賛成しない。マリーちゃんが他者の魂に関係する者である以上、そこは絶対に譲る気はないよ」


「分かってるわよ。あくまで自衛手段として、よ。じゃあリードも賛成するのね?」


「······ああ。くどい様だけど、あくまで自衛手段として、だ。それなら僕もマリーちゃんの力になるよ。僕でもマリーちゃんに何かを教える事が出来るかもしれないしね」


「ふむ、では賛成という事でいいですね? もう隠れて修行する必要は無い、と······。だ、そうですよ? 良かったですね、マリーさん。今後はリードちゃんの前でもしっかりと修行をする事が出来ますよ」


「え?」



 リードが一瞬呆けた顔になり、エミリーに抱えられるマリーへとその視線を移す。すると、いつから起きていたのか。もしくは、最初から全て演技だったのかは定かてはないが、そこには満面の笑みを浮かべて瞳を輝かせているマリーがリードを見詰めていたのだった。



「······リードさん、本当にいいのですね? 私達全員が聞きましたよ? 今さら無しと言うのは絶対駄目ですよ?」


「やられた······。いつから起きてたんだい? それに、どうにも皆の息がぴたりと合い過ぎている。全く、いつからこの事を計画していたんだか」


「別に計画なんかしてないわよ? ただ、今回はたまたま都合が良くてやってみただけよ。ふふふっ、女の団結力を甘く見ない方がいいわよ?」


「そうですね。私もリードちゃんに話すいい機会だと思いエミリーに便乗しただけの事。別に示し会わせた訳でも、前以て計画をしていた訳でもありません。まぁ、結果的にはいい連携だったと言えますが」


「あー······やられたな。そうか、確かに女性陣の連携というものを甘く見ていた様だ。そうだったね、君たちはどんな状況でも連携を取り合えるんだった。他の女性陣が不在だからすっかり油断していたよ」


「そういう事。私達だってやる時はやるのよ。ねぇメル?」


「癪ですがそういう事です。長年培った連携は今でも私達の中に残っているものですよ。それはさておき、良かったですねマリーさん」


「はいっ! ありがとうございますリエメルさん、エミリーさんっ! これでリードさんに隠し事をせずに堂々と練習出来ますね! リードさん、ありがとうございます。安心して下さい、リードさんから言われた言葉、今でも私の心にしっかりと刻まれています。今後私が命を殺める事は絶対にないと約束します。なので、どうか私にも皆さんの力にならせて下さい。いざという時に守られているだけ、見ているだけはもう嫌なんです。私も皆さんの為に何かをさせて下さい」



 真っ直ぐに見詰めるマリーのその視線は、確たる決意と信念の様なものを含みリードへと向けられる。そんな視線を受けて、今さら何かを言う事が出来ようか。リードは少し困った顔をしながらも降ろしていた腰を上げ、優しく微笑みエミリーに抱えられるマリーへと歩み寄る。

 そして、マリーと同じ視点になる様にしゃがみこみ、軽く頭を撫でてやる。



「······そっか。そうだよね、守られているだけは辛いよね。僕にもその経験があった事をすっかり忘れていたよ。ごめんね、気付いてあげられなくて」


「いいえ、これは私の我が儘です。それに、私如きが皆さんの力になれるなんて思えないのですけど、やっぱり何かをしたいんです。何かの役に立ちたいんです」


「うん、分かってるよ。けど、それは違うよマリーちゃん。君が僕らの役に立つんじゃない、僕らが君の役に立たなきゃならないんだよ。僕らの中心は誰でもない、マリーちゃんなんだ。これは君の物語、君の為に僕らが居る。だから何も負い目に感じる事はないんだ」


「私の······物語?」


「そう、間違いなく君の物語だ。僕らはマリーちゃんの為に今ここに存在している。リエメルはどうか分からないけどね? けど、僕とエミリーの物語は既に完結している。君が居なければ僕らはここにはいない、既に死んでいるんだからね。だから君の思う事をやればいい。君の感じた事、見た事、知った事、その全てをしっかりと記憶するんだ。そして、いつか君がやるべき事をやればいい。それまで僕らが君を助ける、その為の僕達なんだ。だから約束をして欲しい。どうか無茶をしないでくれ。そして、決してその手を血で染めないでくれ。僕からのお願いだ」


「リードさん······。はい、約束します。絶対に無茶はしません。そして、絶対に命を奪う事をしません。だから、これからも私をしっかりと見ていて下さい。何が出来るかは分かりませんが、私も皆さんと共に在りたいんです」


「うん、約束だ。絶対に忘れちゃいけないよ? これからもしっかりと見ているからね。僕ら全員が君を見ている。だから何も心配はいらない、これからも一緒に歩いて行こう」


「はいっ、約束ですっ!」



 満面の笑みを浮かべて喜ぶマリーの頭を優しく撫でるリードは、いつしか忘れてしまっていた自身の幼き日々を今のマリーへと重ねてしまう。そう、確かにあの日リエメルとの一件の際に、自身もこんな顔をしていたのだろうかと思い至り少し気恥ずかしくなる。

 その事を隠す様に、そそくさと立ち上がったリードは一度ちらりとエメルへと視線を向ける。すると、何とも言えない生温かい視線を向けられている事に気が付き即座に視線を反らして咳払いをする。



「と、とにかく、今後は無理をしない程度にメルやエミリーから色々と教わるといいよ。勿論、僕にも出来る事があるならば遠慮なく聞いてね。力になるからさ」


「はいっ、宜しくお願いしますリードさんっ! 頑張ります!」


「今は遠い懐かしの日々を思い出してしまいますね。ねぇ、リードちゃん?」


「止めろ、思い出すんじゃない。そのまま記憶の奥底に眠らせておいてくれ。間違ってもそれを口にするんじゃない。いいね?」


「あら、じゃあ私と出会った頃のリードの話でもする? あの頃のリードってばかなり尖ってたわよねぇ? ふふっ、懐かしいわね」


「確かに貴女と会った時はまだ多少尖っていましたね。けど、それ以上に尖っていたリードちゃんを知らない筈です。何せ私に対して」


「もういいだろう‼ 頼むからこれ以上僕の傷口を抉るのは止せ! これだから連携した女性達は······はい、この話は終わり! さっさと宿に帰るよ! もう夜も大分更けた頃だ、夜更かしは美容に悪いんだろ? ほら、急いだ急いだ!」


「ああっ、もう少し、もう少し昔のリードさんの話を聞きたいですっ! リエメルさん、宿に戻ったら詳しく教えて下さいねっ」


「ふふふっ、いいですよ? 私は記憶力はかなり良いので今でも当時の事を全て、鮮明に、記憶していますので。お望みならば全てをお話し致しましょう」


「なにそれ、私も気になるわね。リードが頑なに秘密にしていた過去の話を漸く聞けるなんてね。楽しみだわ」


「メルっ! 絶対に話すんじゃないぞっ!? いくらもう死んでいるといっても、それだけは絶対に許さないからなっ! 絶対に話すんじゃない!」



 騒がしくも楽しげに宿へと歩いて行く一行。その足元から伸びる影も楽しげに重なり、その距離は今までよりもより近く見えていた。その事に気が付いたのはただ一人。ちらりと視線を背後に移し、くすりと小さな笑みを溢す人物。そのほんの小さな笑みは誰にも知られる事は無く、大切な記憶として心の中へとしまい込むのであった······。








 お読み頂きありがとうございます。宜しければページ下部にあります評価ポイントで作品の評価をしてくだされば幸いです。


 また、感想やブックマークもお待ちしております。


 お時間を頂きありがとうございました。

 次の更新でまたお会いしましょう。

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