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#85 ある不変を呪う反逆者の物語2





「ただいまー。いやぁ、すっかり遅くなってしまったね。それより聞いてよ! 凄く良い買い物が出来たんだ!」


「お帰り。珍しく熱心に回ってたじゃない、もうすっかり夜よ? それはそれとして、私達も良い買い物が沢山出来たわ。やっぱりマリーちゃんは何を着せても可愛いわぁ」


「ええ、とても有意義な時間でした。今日の所は引き分けとして、明日は絶対に私が勝つと公言しておきます」


「言ってなさい、勝つのは私よ。《お付きの人》と《奥様》との差を見せつけてやるわ。ぷふふっ、あははははっ!」


「······あの店の店員の目は既にものを見るという本来の機能が停止していたのでしょう。そうでなければ、あの様な戯言を口にする筈がありません。きっと頭と目が腐敗していたのです。寧ろ私が潰してやってもいい程です」


「あー、何があったのか今の会話で察したよ。その店員さんの目は潰さないでやってくれ。······で、肝心のマリーちゃんはどこに?」



 ん。と、エミリーが指差すベッドの上には、うつ伏せで微動だにしない何とも言えない状態のマリーが目に映る。まるで息すらしていないのではと疑う程に静かで、どんよりとした悲壮感を漂わせてぐったりとその身を横たえている。

 その光景を目の当たりにし、リードは内心後悔した。早めに買い物と下見を終わらせ合流する予定が、あのドワーフの主人と会話が盛り上がりついついと長居をしてしまい今に至る。外の景色は既に暗く、夜の帳は下りた後だった。

 流石に失敗したと今更に後悔するリードは、何処かばつが悪そうに動く気配のないマリーへと一度咳払いをして話し掛ける。



「あー、その······マリーちゃん? 本当にごめんね? 買い物に予定よりも時間が掛かってしまってね。うん、何だか本当にごめん」



 リードの謝罪の言葉にも無反応を示すマリー。どうやら本当に色々と限界らしい。これは流石にやり過ぎだと感じたリードは、未だに幸せそうに今日の戦利品であるマリーの衣服を眺める二人へと呆れ顔を向ける。



「二人共、もう少し手加減出来なかったのかい? マリーちゃんが大変な事になっているじゃないか。流石に僕も罪悪感で押し潰されそうだよ。あぁ、もっと早く合流出来ていれば······」


「うーん、確かに初日から少し飛ばし過ぎたかも? つい楽しくて気付けばマリーちゃんが動かなくなってたのよねぇ」


「貴女は本当に手加減というものを知りませんね。そんな事だから赤鬼と呼ばれるのですよ?」


「あんたも同罪じゃないの!? 何をしれっと私だけのせいにしてんのよ! それと私は赤鬼じゃない! んーでもまぁ、やり過ぎたのは認めるわ。明日はもう少し手加減するから安心してね、マリーちゃん」



 エミリーの悪びれた様子のない無慈悲な言葉に反応したのか、ベッドへとその身を任せるマリーの身体が一度大きく跳ね上がった。そして、うわ言の様にぶつぶつと何かを呟き始める。

 その呟きは、既に明日の事を考えて会話に華を咲かせるリエメルとエミリーには届かず、リードだけにしか聞こえてはいなかった。そんなマリーを労う為に、リードはベッドへと歩み寄り優しくマリーの頭を撫でる。



「明日······明日······明日も······明日もまた······」


「大丈夫、明日は僕も同行するから。今日よりも悪化はしないと誓うよ。本当にごめんねマリーちゃん。あの二人の浮かれ様を見るに、相当やられたみたいだね。僕がもう少し早めに切り上げて合流していれば、きっと少しは違っていただろうに」


「明日もまた······リードさん? リードさん、リードさん!? リードさん、一体何をしていたのですかっ!? 私が一体どれ程リードさんを待ち望んでいた事か! どうしてもっと早く助けに······わぁーん、リードさんの馬鹿ーっ!」



 漸くとリードの存在に気が付いたのか、突然勢い良く起き上がったマリーは涙目でリードへと詰め寄り、そして盛大に泣き出してしまった。

 これは相当に追い詰められたのだろうといたたまれない気持ちになり、マリーが落ち着くまで恨み言と憎まれ口を甘んじて受け入れるリードであった······。



「あはは······本当に散々な目に合わされたみたいだね。ごめん、もっと早く駆け付けるつもりがつい、ね。大丈夫、明日は僕も同行するから。今日みたいな事にはならないと約束するよ」


「ううっ、もう何着着替えさせられたか覚えてないんですっ。途中から記憶が曖昧だし、店員さんも一緒になって······。リードさんは来ないし気付けばベッドの上だしっ! こうなったら明日は休養を提案しますっ‼ 私は断固として休養を要求しますっ‼」


「だ、そうだけど······。二人共、今日を振り返って思う所があるのなら僕は受け入れた方がいいと思うんだけど?」


「む······確かに、今日は少しマリーさんに無理をさせ過ぎた感は否めません。私は止めたのですよ? しかしこの赤鬼がですね」


「ちょっと!? あんたが一番嬉々としてやってたくせに、私だけのせいにしないで頂戴!? ······んー、けど本当にやり過ぎたってのは反省してるわ。ごめんね、マリーちゃん?」


「と言う事は、マリーちゃんの提案を受け入れるって事でいいのかな? 良かったね、マリーちゃん。明日はゆっくり出来そうだよ」



 リードの胸に頭を埋め泣いていたマリーだったが、自分の提案が通ったと聞くやぴたりと泣き止み、恐る恐るといった感じに頭を上げる。そして、優しく頷くリードを見て、今度は少しだけ視線をずらしエミリーとリエメルの方を伺う。すると、二人はしっかりと謝罪の念を込めて頭を下げていた。



「······本当に? いいんですか? 明日は私の自由にしていいんですか?」


「ああ、勿論。今日のお詫びとして、今度は僕らがマリーちゃんの行きたい場所、見たい場所について行くよ。それでいいね、二人共?」


「ええ、私は問題ありません。何処に行こうとも、マリーさんをしっかりとお守りしてみせます」


「ん、私も異議なし。何だか久しぶりの買い物だったからやり過ぎたわ。明日はマリーちゃんのやりたい事沢山しましょ? それで今日の事は許してね?」


「本当に何処でもいいのですか? 屋台巡りや、色んなお店屋さんも見て回っていいのですか?」


「勿論だよ。あ、けど、食べ過ぎは駄目だよ? マリーちゃんは本当によく食べるからね」


「そ、そんな事ありませんっ! 私はそんなに食いしん坊じゃありませんっ!? あ、笑って誤魔化さないで下さいっ! ちょっと、リードさんっ!?」



 リードの胸をとんとんと叩くも、それを全く意に介さずに笑顔で笑うリード。いつの間にやらマリーの瞳から落ちる滴はすっかり乾き、笑顔が戻っていた。

 その様子をやはり笑顔で見守るリードは、やはりまだまだ扱いやすい子供だな、と内心穏やかに思うのだった。


 暫くして、一行は夕食を食べていない事を思い出し、マリーの提案で美味しい肉料理を出す店を探す為再び夜の街へと繰り出して行くのだった。

 その際に、しっかりと今日仕入れたばかりの衣服を着せられていたのだが、エミリーとリエメルのどちらが買った服を選ぶのかでひと悶着あり、最終的にリードが選び一先ずの決着をするのであった······。



「納得いかないわ。どうして私の選んだ服を選ばなかったのよ、リード。あんたならどっちが選んだ服かなんて直ぐに分かった筈でしょ?」


「あのさ、これから食事をしに行くんだよ? それも、一般大衆向けの普通の料理店だ。そんな店に、あんなに派手なドレスを着て行けと? それこそマリーちゃんがどんな目で見られるか分かったものじゃないよ。まぁ、メルの服もどうかと思うけど、今回はメルの勝ちって事で納得してよ」


「ふん、己の敗北を認める事ですね。貴女の選んだ服よりも、私の選んだ服の方がマリーさんに似合う素晴らしい服だった。ただそれだけの事です。ですよね、マリーさん?」


「肉、肉、時々野菜にお肉が沢山······え? あ、はい、そうですね? それよりも、美味しそうな匂いがそこら中からしますよ!? どんな肉料理か今から楽しみで仕方がありませんっ! さぁ、行きましょう皆さん!」


「残念だったわね、メル? もうマリーちゃんの耳には届いてないみたいよ?」


「······それでも構いません。私が選んだ服でこんなに楽しそうに、鼻唄まで歌って喜ぶマリーさんを拝めるのです。何も悔いはありませんとも」


「ぶれないね、メル。まぁ、ただ単純にドレスよりは動きやすくていいかなと思って選んだだけだけどね。僕ならもう少し違う服を選んだよ」



 エミリーとリエメルに挟まれて歩くマリーの手はお互いにしっかりと握られ、人混みに呑まれぬ様にとリードが先頭を歩き進んでゆく。時折周囲から漂ってくる料理の匂いに目移りし、恍惚とした表情を浮かべるマリーはリエメルの選んだ白のワンピースを着ている。

 この街の中でも割とよく見られる一般的な格好ではあるが、金糸で誂えた花の刺繍が入っていたり生地が滑らかで上等なものだったりと色々と金が掛かっている事は明白だった。そんなマリーの姿を伺い見て、リードは内心一体幾ら使ったんだと頭を痛める。先程のエミリーが選んで取り出したドレスといい、この妙に手の込んだワンピースといい、まだまだ蓄えはあるにしても溜め息を落とさずにはいられなかった。


 そんな事とは露知らず、マリーは物珍し気に辺りを観察していた。色々な種族の人々が行き交い、様々な料理を提供する出店、活気に溢れる威勢のいい声に楽し気に笑い合う声がそこかしこから聞こえ届く。

 空は既に暗いにも関わらず、この街はまだまだ明るさを失わずに輝いて見える。見るもの聞くもの、その全てがマリーにしてみたら初めての経験で、何処か夢の中の出来事かの様にも思えて心が踊る。


 思い返してみたら、夜の街をゆっくりと歩くのはこれが初めての事だった。

 《王都カレンス》ではリードの調べものの為にギルドから出る事は叶わず、いざ出られた時は既に渦中の最中。とても楽しめる状況などではなかったのだ。そして、次の街である《貿易都市ラングラン》。あの夜の光景は恐らく今後忘れる事は無いだろう。それ程にマリーの脳裏にしっかりと刻まれた一夜だった。


 そして今。漸く何事も無くこの活気に溢れる夜の街を歩いている。その事実が妙に嬉しくて、両方向から優しく握られる両手に、少しだけ力が入ってしまう。

 それに気が付いたリエメルとエミリーがマリーへと不思議そうに視線を落とす。それを笑顔で迎え、何でもないと応えて並んで共に歩いてゆく。きっとどんな世界でも、皆と共にならば笑って歩いて行けるのかもしれない。と、今の時間がいつかとても大切な思い出になるのだろうという予感を胸に、今のその幸せな時間を噛み締める様に繋がれた手を振りリードの背中に付いて行くのであった。


 その時、ふとマリーの小さな背中にぞわりと虫が這い上がってくる様な悪寒が走る······。



「······っひ!? あ、え?」


「ん? どうしたのマリーちゃん? 何かあったの?」


「あ、いえ。何と言うか······、いえ、気のせい、みたいです。大丈夫ですエミリーさん」


「何かあれば直ぐに言って下さい、マリーさん。いざとなれば、この私が街ごと吹き飛ばして差し上げますので。特にあの気に入らない店員のいる店を重点的に破壊し」


「あんたが言うと冗談に聞こえないから止めなさい。実際、気に入らないってだけで吹き飛ばした店なんて数え切れない程あるんだから。それにあの《貿易都市》も。あれ殆んどあんたのせいだからね?」


「知りません。あれはあの《魔神》のせいです。奴が表れて暴れなければあの様な結果にはなっていなかったでしょう。よって、私は無罪を主張します」


「はいはい、そこまでだよ。もうすぐ着くからね、マリーちゃん。遅くなった分きっちりと下調べをしてきたからさ、期待しててね?」


「あ、はいっ! 大いに期待しています! どんな料理があるのか、今から楽しみで仕方がありませんっ!」



 そうして、一行は賑わう料理店の店内へと入ってゆく。しかし、マリーはその背を走った悪寒の事を忘れてはいなかった。どうしても嫌な予感がしてならないと、食事中も何処か上の空で考え事に更ける事が度々あり、そんな様子を伺うリード達一行は首を傾げるのだった······。







 お読み頂きありがとうございます。宜しければページ下部にあります評価ポイントで作品の評価をしてくだされば幸いです。


 また、感想やブックマークもお待ちしております。


 お時間を頂きありがとうございました。

 次の更新でまたお会いしましょう。

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