#84 ある不変を呪う反逆者の物語1
ここはとある宿屋、その何の変哲もないその一室。なにやらその一室には、重々しく張り詰めた空気が充ちていて、姿勢を正して座る旅の一行の前に一人の女性が仁王立ちをし、神妙な面持ちで一度大きく息を吸い込む。
その異常な緊張感を発する姿を、固唾を飲んで静かに見守る一行。言い様のないその雰囲気を纏う女性が一体何を話すのかと釘付けになり、女性の動向をただ黙して待っていた。
そうして、遂に女性が意を決した様に、静かに口を開いた。
「それでは······。これより第一回、マリーちゃんに似合う服決定戦一日目を開催します!」
「え······えぇー、と? 本当に? 本当にやるんですか、これ?」
「勿論ですマリーさん。これは既に決定事項なのです。以前話していた通り、決して覆される事はありません。さぁ、では参りましょうか」
「えぇ!? ちょ、リ、リエメルさん? 目が恐······リ、リードさん、本当に助けて下さい! これは絶対に嫌な予感しかしません!」
「うーん、ごめんね? どうやら二人共相当やる気みたいだし、僕には止められないかな。それに、たまには息抜きも必要だと思うんだよ。僕は後で合流するから、一杯楽しんできてね」
「リ、リードさんの薄情者ぉーっ!! ちょ、本当に、待って、ああぁぁぁぁ!」
マリーの悲痛な叫びが一行の宿泊する宿屋の内部に木霊し、軈て遠ざかり聞こえなくなってゆく。何事かと顔を出した宿泊客へと笑顔で対応し、騒ぎが落ち着き静かになった宿をリードも遅れて後にする。
「うん、今日もいい天気だ。さぁ、僕も色々と買い物を済ませてしまわないと。ああは言ったけど、余りに放っておくとマリーちゃんの身が持たないだろうし······少し急ごうか。それにしても、二人のあんな顔久しぶりに見たな。ふふっ、無茶苦茶にしてなきゃいいけれど······」
宿を出て直ぐに、すっきりと晴れ渡る空を見上げ呟くリードは、今し方嬉々としてマリーを連れ去った二人を思い出し苦笑する。今頃は何処ぞの店にでも引っ張り込まれて困惑しているであろうマリーを容易に想像出来る。
放っておくと、恐らく本当に大変な事になるのが分かりきっている為、リードは手早く旅に必要な物資や食材、更には自身の扱う剣の下見を終わらせる為に市場へと赴くのであった。何せ、この規模の大きな街はかの《貿易都市ラングラン》以来で、リード本人もこの街を廻る事を心待ちにしていた。少しは楽しまなくては損と言うものだ。と、一人足取り軽く人の波に乗りゆっくりと歩いてゆく。
マリー達一行はエルゥ達を弔った後、数日を掛けてこの街《工業都市アルバトーレス》へと辿り着いた。工業都市と名の付く通りに工業が盛んで、繊維や食品等の軽工業商品と共に製鉄や鉄鋼等の重工業商品も良質な品々が良心的な価格帯で取引される街だ。その品々は多岐にわたり、日用品や食材は勿論、武器や防具に特殊な魔道具に術式に使う専門的な品々等、様々な物品を取り扱う店舗が建ち並ぶ。
その中でも、一際手の込んだ装飾が施された製鉄関連の店舗は賑わいを見せている。雑貨や衣類、特に武器や防具といった戦闘必需品が目玉とされ、そこかしこに剣や盾の看板を掲げ自慢の一品を展示している店舗が多く見受けられる。
それと言うのも、この《工業都市アルバトーレス》は亜人種達の聖地とも呼べる東国との国境に程近く、獣人種の様々な種族や小人種であるドワーフ、ノーム、ホビット、そしてエルフ達が数多くその営みを育んでいる。主にその道の職人達が多く、他の街では見られない細部まで拘りを見せる工芸品、多種多様な用途の品々が取引される事で有名な街だ。かの《貿易都市ラングラン》とは違う、純粋な活力と健全な活気に満ち溢れた街だった。
そんな様々な店舗を横目に、リードは賑わう通りを人の流れに逆らわずにゆったりと歩いてゆく。途中、目に留まった商品を食い入る様に観察しては再び流れに戻ってゆっくりと進んでゆく。何とも平和で充実した時間だろうか。そんな事を思い歩くリードは、ふと聞き慣れた声が耳に届き、その店舗の前で歩みを緩めて観察する。
展示してある品々を見るに、どうやら衣服を取り扱う専門店の様だ。未だ店舗の中から騒がしく聞こえ届く声は、何処から聞いてもマリー達の声だった。それを軽く聞き流し、何事も無かったかの如く人の流れに戻るリード。どうやら助ける気は更々無いらしい。
「さて、僕も楽しまきゃね。いい剣が見つかるといいけどなぁ。あ、この際防具も新調しようか。メルはいいとして、エミリー用の武具を揃えるのもいいかもね。何かいい品があるかなぁ······」
そんな独り言を呟き、笑顔を貼り付けたなに食わぬ顔で歩き去る。心の中でそっとマリーの健勝を祈りながら······。
「いいわよマリーちゃん! とっても似合ってる! それ貰うわ、寸尺の調整お願いね。じゃあ次はこっちを着せてみてくれるかしら?」
「お待ちなさい、先に此方をお願いします。さぁマリーさん、今はまだ休む時ではありません。時は有限、特にこの様な貴重な時は一時足りとも無駄には出来ません。さぁ、お早く」
「どうしてそんなに生き生きとしているのですか二人共っ!? あ、ちょっと、まだ準備が······、助け、リ、リードさぁーん!? 早く助けに来て下さいー!」
マリーの心からの叫びは届く事はなく、味方が誰一人として存在しない店舗内に虚しく響くばかりであった······。
そんな事は知らんとばかりに、リードは次々と店を周り商品をしっかりと品定めしてゆく。何が高くて何が安いか。質は何処がいいのか等、しっかりと確認して価格相場と品々の善し悪しを調べているのだ。その眼差しは真剣そのもので、店の主は何処ぞの行商人かと勘違いをする程のものだった。
そうして、気付けば本通りも終わりに近付き人の足も疎らになっていた。見上げる空はまだまだ青く、しかし確実に陽の光は傾いているのが分かる。どうやら、リード本人が考えていたよりも時間を使ってしまった様だ。手早く済ませる筈が、思いの外楽しんでいたらしい。
「しまった、大分時間を使ってしまったみたいだ。これは本格的にマリーちゃんの身が危ないかも······。ん? あんな場所に武器屋?」
ふと目に飛び込んできたその古ぼけた看板が妙に気になり、今頃は悲鳴を上げて助けを待つマリーの事はすっかりと頭の隅へと追いやられていた。それほどに惹き付けられる何かがその店にはある。と、何とも言い難い不思議な感覚にその身を任せ、ゆっくりと店舗の中へと入ってみる。
そこに規則正しく陳列されている武器達は、今まで見てきたどの店舗よりも簡素な造りであった。しかしながら、無駄を徹底的に削ぎ落としたその武骨な姿こそ、武器の本来の姿なのではないだろうかとリードは思う。武器とはあくまでも他者を傷つけ、命を奪う為の道具。その姿に偽りの飾りや豪華な彫り込みなど不要、と言わんばかりの品々が並んでいる。その、何とも言い難い色気にも似た魅力を感じ、一振りの剣を無造作に手に取ってしっかりと握りこむ。その掌より妙に手に馴染む不思議な感覚が伝わり、寒気にも似たものがリードの背中を駆け回る。
その感覚を味わったのは一体いつ以来なのだろうか。と、物思いに耽るリードは自身の背後へと気配を感じ、ゆっくりと手に取った剣を元の場所へと戻して視線を向ける。するとそこには、立派な顎髭を蓄えた一人の恰幅のいい老練のドワーフがその手に戦斧を持ち佇んでいた。
その何やら不穏な気配を感じ、リードは静かに両手を上げて苦々しい笑みを浮かべる。
「む、いや、すまんな。人の気配を感じて見に来てみりゃあ、ほほぅ、まともな来客とは珍しい。余りに珍しくて盗人かと勘違いをする所だったわぃ。次は邪魔をせん、小汚い店だがゆっくりと見てやってくれぃ」
「あはは······、此方こそ声も掛けずにすいません。けど、気配を殺して近付くなんてご主人も人が悪い」
そう。リードは呆けていたとはいえ周囲には常に気を配っていた。しかし、この店の主はもう少しでリードを間合いに捉えるという距離まで気配や物音すら立てずに接近していたのだ。例え何かに気を取られていようとも、そこまで接近されている事に気が付かなかったのだ。
恐らくは戦闘も相当に馴れているのだろう。その手に持つ戦斧も所々に歴戦の傷を刻み、よく手入れをされて使い込まれているのが伝わる程の一品だった。
その戦斧を静かに壁に立て掛け、椅子へとその腰を降ろしたドワーフは気さくに笑い謝罪した。
「がはは、すまんすまん。こんな外れの店に来る輩なんてのはろくなのが居なくてな、ついついやってしもうたわぃ。もしもうちの品を買うのなら、詫びとして少し値引かせてもらうからそれで勘弁してくれい」
「それは、尚更ここで買わない訳にはいかなくなったかな? 商売上手ですね、ご主人」
「安心せぃ、もし買わなくとも何も言いはせんよ。値引きはあくまでも誠意、何ならそこの短剣を謝罪の意として贈ってもいい」
そう言って様々な種類の短剣が陳列する棚を指差し、煤で汚れた顔でにやりと笑みを浮かべるドワーフ。顔に刻まれた皺を見るに、恐らくは長い月日を生きてきたのだろう。しかし、ドワーフはエルフ同様外見から年齢を読み取るのが非常に難しい。長寿で外見的な老いが緩やかなエルフに対し、ドワーフは長寿ではあるが外見的な老いが普通の人間と比べると若干早いのだ。言い替えるならば年相応に見られる事はまず無いという、外見からの情報が全く役に立たない種族でもある。
そんなドワーフの主人からの提案に心引かれながらも、リードは少し考察した後に笑顔で応える。
「そこまでしてもらうのは流石に気が引けます。此方にも非がある訳ですし、どうか気になさらず。その代わりにもう少し店の品を見させて頂いても? とても興味深い品々が並んでいる様なので」
「おう、存分に見てやってくれぃ。しかしまぁ欲目の無いこった。俺なら喜んで貰い受けるだろうがな、がはははは!」
「ははっ、こんな素晴らしい剣をただで貰い受ける訳にはいきませんよ。どうせならしっかりと対価を払って貰い受けたい。そう思わせる一品ばかりですからね」
「おうおう、嬉しい事を言ってくれるじゃねぇの。最近の奴らは外見ばかり拘りやがって武具の本質ってもんをまるで分かっちゃいねぇ。それを理解してくれる客が来たってんなら、こりゃ値引かねぇ訳にはいかねぇわな! ······でよ、それはそうと、お前さん相当やるだろう? あの距離で俺に気付く奴ぁそうは居ねぇぞ? 人ってのは見掛けに依らねぇもんだ。そんなひょろっちぃ身体でも強ぇんだろなぁ。えぇ?」
老練のドワーフは笑ってはいるが、その目は何処か獲物を品定めする様にじっくりとリードを見詰めていた。その瞳はまるで、珍しい玩具を興味津々と見詰める少年の様で、リードは思わず曖昧な笑みを返すしかなかった。
そして、何処か居心地が悪くなったその場を誤魔化す様に、陳列する剣を次々とその手に取り感触を確かめてゆく。剣の重さ、長さ、刃渡りに剣の先端部から柄までの比重等、事細かに自身に最適な品を選んでゆく。
軈て、商品を吟味するリードをにやにやと興味深げに見守っていたドワーフの主人の前に、リードは一振りの剣を差し出した。その剣は《長剣》と呼ばれる部類に入る両刃の一般的な一振りの剣だった。
「ほほぅ······? こいつでいいんだな?」
「ええ、その剣が一番手に馴染んだもので。とても素晴らしいものばかりで迷いましたよ」
「そうかいそうかい。強ぇうえに目も確かと来たもんだ、言う事ぁねぇわな。こいつぁ特に上質な鉄と鉱石を使って鍛えた一振りよ、切れ味はそこらの剣よりも数段上の代物だ。よし、しっかりと値引かせてもらおうかい。このまま持って帰るんだよな? 包み布ぁ必要か?」
「あ、包み布は結構です。と、その剣について一つお願いがあるのですが······」
と、リードのその願いを聞いたドワーフの主人は心底愉快と言わんばかりに豪快な笑い声を上げた。その声は店の外にまでも響き、道行く人々は何事かとその店舗へと視線を向けるのであった······。
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