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#79 ある盲目少女と森の主の物語6





「まさか、こんな手段があるとはねぇ......。同じ身体に二人の魂が入るなんて考えもしなかったわ。これって私達にも出来たりするのかしらね?」


「無理です、断言しましょう。今の二人の状態は普通では考えられない事です。どうしたらこの様な事が出来るのか......、私にも出来る気がしません。恐らく、依り代として神をその身に降ろしていたエルゥさんだからこそ出来る技とでも言いましょうか。それしか説明のしようがありませんよ」


「と、言う事はつまり......これは魔法の類ではないという事なのかな? 僕には専門外過ぎてよく分からないや」


「あ、エルゥさんが言うには、どうやらこの力は魔力とは別のものの様ですね。神力に近い様に感じますが......何か、もっと別の力だと思います。例えば、純粋な魂の力とでも言うのでしょうか? エルゥさんはその様に説明してくれました」



 一行はリードを先頭に星々が照らす薄暗い森の中をある場所に向かって進んでいた。まだまだ陽の光が顔を出す様子はなく、いつもならばマリー辺りは既に眠りについている時間だ。

 普通の者達ならば、まず間違いなくこの様な夜更けの時間には不用意に森になど入りはしない。ましてや、賑やかに談笑しながら進むなど以ての他だろう。夜を主戦場とする魔物達が如何に危険かを知っているのだから。

 小さな隙でも見せようものならば、容赦無くその命を貪り尽くす夜の住人達。群れを成して獲物を囲み、軈て夜闇の奥深くへと引き摺りこむ彼等が如何に獰猛で凶暴かを痛い程に知っているのだから。


 しかしながら、マリー達一行が襲われる気配は全くと言っていい程に皆無であった。何故ならば、ほんの少しでも一行に手を出そうとしようものならば、如何に闇の住人である彼等とてそれ以上に容赦も慈悲も無い存在ばかりが揃っているのだから。

 茂みの中より飛び掛かろうものならば風がその身を細切れに切り刻み、木々の隙間より滑空して襲い掛かろうものならば骨の欠片すらも残さず焼き尽くされる。目の前に堂々と現れたならば、雄叫びを上げるよりも早く光の剣により斬り伏せられる。そんな一行をどうやって襲おうものか。一番弱くて美味そうな少女に手を出そうものならば、全方向から存在すらも否定する様な攻撃を受ける始末。

 如何に獰猛な彼等とて、涎を垂らし黙って見送る以外に選択肢は無かった。無駄に命を散らし森の住人達の食糧に成り果てるよりは余程ましと言うものだ。それを既に嫌という程見続けてきたのだから......。


 襲い来る魔物達が静かになった頃、うんざりといった感じでエミリーが溜め息を吐き出す。



「全く、漸く大人しくなったわね。そんなに空腹なのかしら? こんなに豊かな森なのに、木の実だろうと魚だろうと動物だって食べればいいと思わない?」


「魔物達は人間が主食だろう? 動物は少なからず食べられてるだろうけど。まぁ、魔物が木の実や魚を採っていたならそれはそれで何となく納得がいかないけど」


「地域により多種多様な魔物達が居ると聞きます。なので、絶対に居ないとは言い切れませんよね? 私は木の実を主食として食べている魔物がもし居るのならば、少し見てみたい気がします」


「僕も無いよ。世界中色々と回ったけどそんな魔物......あ、木の実じゃなくて砂や石、海水や炎を食べる魔物なら知っているよ?」


「それはちょっと......。その情報だけで既に物騒で凶暴な印象しか受けませんけど」


「あら、鉱物を食べる魔物は以外に愛嬌がありますよ? あの何とも言えない不細工な顔がまた......」


「あんたのそういう所理解不能だわ。あれの何処が可愛いてのよ。それよりさ、エルゥちゃんの行きたい場所ってのはまだまだ掛かりそうなの? もし疲れたら言ってね、背負ってあげるから」


「大丈夫ですエミリーさん。今まで歩き辛かった森の中でも今はしっかりと歩けますし、夜なのにまるで昼間の様に周りが鮮明に見えています。エルゥさんのお陰ですかね」



 何処か嬉しそうに尻尾を揺らし、しっかりとした足取りで進むマリーからはそれが痩せ我慢などでは無いという事が見てとれる。今までは馴れない森の中に悪戦苦闘しながらも、ゆっくりと一歩一歩確かめる様に進んでいたさまが嘘の様に軽やかに歩いてゆく。



「そう言えば、エルゥちゃんはマリーちゃんの中で何をしているの? 何か異常や異変は無いのかしら?」


「異常というか、寧ろ居心地が良いみたいで......その、眠っています」


「ね、寝てるの? 大丈夫?」


「はい、とても気持ち良さそうに眠っていますよ? 場所は私が分かりますし、何より私がエルゥちゃんを休ませてあげたいと思い提案したのです。私達には見せませんでしたが、どうやらとても衰弱している様なので。一緒に居るから分かります、相当の無理をしてきたのでしょうね」


「それはそうだろうね。死してなお、この世に未練を残してあの場所に留まり続けていたのだから。一体どれ程の月日をあの場所で過ごしていたのだろうね......。それは僕らには理解出来ないけど、きっと相当の負荷だったろうに」


「それもそっか......。私は何の未練も無く召されたから、最後がどういう感じだったのか余り覚えてないのよねぇ。リードの時はどうだったの? 未練とかやっぱりあった訳?」


「え......? ううーん、そうだなぁ」



 エミリーからの質問にリードは藪を斬り払っていた手を止め、一息小さく吐き出すと夜空に輝く星達を仰ぎ見る。木々の隙間から見える空を暫し眺め、自身の生きた遠い昔日を懐かしむ様に目を細める。



「未練は、うん、あったかな。やっぱり王としてまだまだやらなきゃならない事、やっておきたい事、伝えたい事に残したい事......、本当に沢山あったよ。けど、最後のその瞬間に思った事は、未練ではなく感謝だったかな」


「感謝ねぇ......。リードらしいっちゃらしいわね。で、誰に感謝したの?」


「君達だよ、エミリー。僕を信じて支えてくれた全ての人達さ。国を建てる時に色々と支援してくれた近隣諸国。お金を無償で出資してくれた豪商達。国に集まった全ての民達。それ以外でも、色んな人達に本当に良くして貰って感謝しているよ。けど、やっぱり一番側で僕を支え続けてくれた妻達と、最後のその時まで僕を看取ってくれたリエメル。皆には本当に心から感謝しているよ」


「ちょっ、い、いきなり本気で見詰めないでよ! まぁその......、どういたしまして」


「貴方を看取るのは私の当然の義務です。なので私に感謝をする必要はありません。しかし、悪い気はしませんので気持ちだけは受け取っておきます」


「素直じゃないな。僕が《勇者》として世界を救えたのは、他でもない皆のお陰じゃないか。あの時リエメルが僕を救ってくれなければきっとあのまま死んでいただろう。それに、その後に出会う全ての人達。僕一人だけじゃない、皆で勝ち取った世界だったんだと心底思ってるよ」


「む......。分かりましたから真顔で恥ずかしい事を言うのは止めなさい。此方まで気恥ずかしくなります」



 リードの視線から逃れる様に顔を背け、珍しく顔を紅潮させるリエメル。そんなやり取りを眺めているマリーは、エルゥとの融合により生えた尻尾をぶんぶんと振り回し三人のやり取りを見守っていた。

 軈て、マリーの視線を感じ取ったリエメルとエミリーは一つ咳払いをしてリードへと睨みを効かせる。



「わ、分かったから! ほら、早く道を作りなさい。あんたに聞いた私が馬鹿だったわ。ほら、早く早く!」


「全くですね。リードちゃんならばそういう答えが返ってくると容易に想像出来るでしょうに。私まで余計に巻き込まれたじゃありませんか。なので、そろそろその期待に満ちた瞳を向けるのは止めて貰えませんか、マリーさん?」


「いいえ、非常に気になりますっ! 書物や口伝でしか見聞きしていない、勇者リードの物語の真実を聞いているのです! これが期待せずにいられますか!? さぁリードさん、色々と話して下さい! 道すがらでいいのでもっと詳しく話して下さい! さぁ、さぁ!」


「駄目よマリーちゃん。リードの邪魔しちゃ悪いから今は止めておきましょうね? それにほら、急がないと陽が昇ってしまうわ。一刻も早く目的の場所まで行かなきゃね」


「ええその通りですマリーさん。物事の優先順位を間違えてはいけません今はその獣人の子の魂の未練を晴らす事こそ最重要案件ですさぁ急ぎましょうそうしましょう」



 有無を言わさずマリーを抱え上げ、未だに激しく揺れる尻尾をどうにか抑え込むエミリーが軽くリードに蹴りを入れて先を急かす。そして、未だに輝くマリーのその好奇の眼差しから逃げる様に周囲を警戒するリエメル。

 そんな時、ふとリードとマリーの視線が交差する。すると、エミリーとリエメルには見えない様にリードは小さく片目を瞑り笑顔を作って優しく微笑んでみせた。まるで、いつもやりたい放題やられている訳ではないのだぞ、と言わんばかりに。


 マリーは三人の顔を見渡し一人改めて心中で思う。


 肉体が死して人生を全うした後も尚、切れない絆や目には見えない想いは必ずあるのだ、と......。







 お読み頂きありがとうございます。宜しければページ下部にあります評価ポイントで作品の評価をしてくだされば幸いです。


 また、感想やブックマークもお待ちしております。


 お時間を頂きありがとうございました。

 次の更新でまたお会いしましょう。

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