#77 ある盲目少女と森の主の物語4
◇◆◇◆◇◆◇
「エルゥ、そんなに走り回ると転びますよっ。それに、余り遠くに行ってはいけませんよ? 」
「はいっ! 大丈夫ですっ、私はちゃんと見えていますからっ! 心配しないで下さいお母さまっ」
「ウルリア。心配なのは分かるが少しエルゥの好きにさせてやろう。最近はエルゥにも無理を強いてきた。少し位は大目に見よう」
「エリュード......。もう、貴方はエルゥをどうしても甘やかしたいのですね」
すまん。と、小さく呟いたエリュードと呼ばれた獣人の男性の空へと尖った耳と尻尾が力なく撓垂れる。灰色の髪が陽の光を浴びて輝いて見えるその男性の隣に立つのは、美しく透き通る様な銀色の毛髪を持つ獣人の女性だった。
二人は仲睦まじく互いの身を寄せ合い、花畑を駆け回るエルゥと呼ばれた少女を心配そうに眺めている。新雪の様に真っ白で、汚れも曇りもない真性の白い髪を靡かせて踊る様に跳び跳ねる少女。
とても元気に遊び回り、遂には花畑へとその身を横たえてとても楽し気に笑う少女。その顔半分には包帯が丁寧に巻かれ、両目を塞ぎ視界を遮っていた。にも関わらず、その少女はまるで見えているかの如く鼻歌混じりに花を摘み、てきぱきと楽しそうに花冠を編み上げてゆく。
鼻歌は軈て歌声へと変わり、その美しい声が花々の咲き誇る丘へと広がり響き渡る。すると、少女の周囲には小鳥達が舞い降り何処からともなく小動物達が集まり寄って来るではないか。あっという間に動物達に囲まれ、笑顔のまま作り上げた花冠を頭に乗せて燥ぐエルゥは無邪気に本当に幸せそうに笑い声を上げて転げ回る。
そんなエルゥの姿を少し離れた位置から見守るウルリアはその瞳を涙で滲ませ、エリュードは寄り添うウルリアの肩を強く強く抱き寄せる。互いに思う処があるのだろう、二人はただただ黙ってその光景を噛み締める様に見守っていた。そして、どちらともなくその口を開くのだった。
「私達、本当にこれで良かったのかしら? あの子は本当にこれで良かったのかしら? 私には分からない、分からないのエリュード」
「間違いな訳がない、あるはずが無い。俺達が否定をしたならば、エルゥの自由そのものを否定する事になる。あの曇りのない無邪気な笑顔を見てみろ。あれこそが俺達が正しかったという証明だろう? 例え何をしてでも守り抜かねばならない。それほどに尊く気高い俺達の自慢の娘だろう?」
「そうなのだけど、このままじゃ、あの子が不憫で仕方がないの。どうしてあの子があんな目に......」
「言うな。誰のせいでもない、全てはあの忌まわしい掟のせいだ。全て俺が払い退けてやる。全て俺が被ってやる。だから安心しろ、お前はただエルゥを愛してやれ。それだけでいい、あの子にとってはそれだけでいいんだ」
「エルゥ、ごめんなさい。本当にごめんなさい。私達のせいでこんな事に......」
遂に溢れ落ちる涙を止められず、その顔を覆って俯くウルリア。その肩を強く強く抱き寄せ、動物達に囲まれて綺麗な声で歌うエルゥを様々な想いの籠った瞳で見守るエリュード。そんな視線に気が付いたのか、エルゥは元気一杯にその手を大きく振り、二人へと合図を送ってきた。それに応えるべくエリュードが少しだけ片手を上げて小さく手を振り返した。
それが、自身が目にする愛娘の最後の笑顔になるとも知らぬままに......。
「......ひゃっ!?」
「っ、エルゥ!? 貴様等ぁっ!?」
「......動くなよ? 我々とて《依り代》を傷付けたくはない。今ならまだ間に合う、家族共々村に戻れエリュード」
動物達に紛れ、密かに近付いていた一人の武装した獣人が突如エルゥの背後よりその身を拘束する。
それを皮切りに、周囲に潜んでいた獣人達がぞろぞろと集まりエリュードとウルリアすらも取り囲む。目算でざっと二十は下らない数だ。その一団はエリュードと同じく灰色の髪と尻尾を持つ獣人であった。
「散々手間を掛けさせてくれたな。貴様のせいで少なくない同胞達が死んだぞ、エリュード。だが、それももう終いだ。抵抗はしてくれるなよ? 良く考える事だ」
「止めて! 娘を、エルゥを離して上げて!? その子が一体何をしたと言うの!?」
「聞き分け下さいウルリア様。長は既に貴女の命すらも厭わぬと仰せです。しかし、このまま我々と戻るのであれば必ず許して下さる筈。それほどに貴女と《依り代》の身を按じて居られます。どうかお願い致します、村にお戻り下さい」
「身を按じるですって!? ならば、何故我が子のっ、エルゥの両の瞳を奪ったのですかっ!? 私達の事はもう放っておいてっ、お願いだからっ、娘を、エルゥをもう自由にしてあげてっ!」
「ベルクっ! 娘に手を出してみろっ、貴様等全員皆殺しにしてやるっ! その手を放せっ!」
「黙れエリュードっ! 貴様のせいでこんな事になったのだっ! 一族の掟を忘れたかっ、愚か者がっ! 貴様が一族の掟に背き、《依り代》の娘とウルリア様を拐ったからこんな、こんな事になっているのだっ! 貴様さえ、貴様さえ居なければっ!」
「お父さまっ、お母さまっ!? お願いっ、二人に手を出さないでっ!? 酷い事をしないで下さいっ!?」
ベルクと呼ばれた獣人に背後より拘束され、身動きの取れないエルゥはそれでも必死に抵抗する。じたばたと腕の中で踠き暴れるも、その腕の中からは一向に逃れる事は叶わない。
そんな中でエルゥの気持ちに応えたのは周囲に集まっていた動物達だった。
鳥達がエルゥを拘束するベルクへと殺到し、一羽の小鳥が一瞬の隙を突きその瞳に身体ごとぶつかってゆく。
そして、血飛沫と悲痛な叫びと共にエルゥはその拘束より抜け出て両親の元へと迷い無く走り出す。
「ぐおおっ、行かせるかあああっ! くそっ、どけっ貴様等っ!?」
「お父さまっ、お母さまっ!」
「エルゥ!? 今行くぞっ、そこを動くんじゃないっ!?」
周囲を取り囲む集団を強引に跳ね退け、エリュードはウルリアと共にエルゥの元へと走り出す。そんな二人を守るかの様に、エルゥの歌を聴き集まってきた動物達が次々と武装した集団へと襲いかかる。
「くそがっ、《依り代》の娘の力かっ!? 先に動物共を片付けろっ、邪魔で仕方ねぇっ!?」
「お願いっ、逃げてあなた達っ!? みんな殺されちゃう、ダメっ逃げてっ! 私の事はいいからっ、お願いだから逃げてぇっ!?」
「エルゥ、エルゥ!? ダメっ、動いちゃダメっ!?」
凶刃により次々と殺されてゆく動物達。それでも一切怯む事は無く、何かに取り憑かれた様に一心不乱に武装集団へと次々に突進してゆく。
次から次へと襲いくる動物達に苛立ちを見せる男達。その中の一人が漸くエルゥに手が届く距離まで近付いたその時、まるでエルゥを守る様に寄り添っていた小鹿がその間に割って入った。決して傷付けさせまいと自身の身を呈して立ちはだかる。
「くそがっ、邪魔だあっ!? ......あ? お、おい。何で、何をしてんだよっ!? 何て事をしてくれてんだよっ!?」
男が手に持つ剣を降り下ろしたその瞬間、エルゥは小鹿を庇う様に抱き寄せ、肩口から背中を斜めに大きく切り裂かれ、その小さく震える口から塊の様な大量の血を吐き出し力無く倒れていくのであった......。
「エルゥゥゥゥゥッ!?」
「お父さ、ま、お、かあさ......」
「うおおおおおっ!! 貴様っ、貴様等あああっ!?」
お読み頂きありがとうございます。宜しければページ下部にあります評価ポイントで作品の評価をしてくだされば幸いです。
また、感想やブックマークもお待ちしております。
お時間を頂きありがとうございました。
次の更新でまたお会いしましょう。




