#76 ある盲目少女と森の主の物語3
◆◇◆◇◆◇◆
「うーん」
「どうしたのマリーちゃん? 考え事かしら?」
「あ、いえ。考え事と言うよりは......何かを思い出せそうと言うか、何かを忘れている様な。こう、もやっとした気持ちと言うか」
花冠を頭に乗せたマリーは昼食を摂りながらも何かを考えている様で、時折焼き魚を口に運ぶ手が止まっていた。エミリーの話では、どうやらあの花畑に寝そべっていた時より何処か上の空であったと言う。
しかし、昼食を口に運ぶのは続けている辺りがまたマリーらしいとも言える。そんな様子を気にしてか、一行はたまに動きの止まるマリーを注視していた。
「何か思い当たる節があるのかい? 例えば生前の事が関係しているとか、何処かで見た景色だったりとか。そういうのはふとした瞬間に思い出すものだから、考え過ぎは良くないよ?」
「そうなのですが、どうにも心に引っ掛かって靄が掛かっているのですよね。何処かで見た様な、誰かと何かを話した様な......」
「あー。たまにあるわよね、そういうの。こう、喉元まで出掛かるけど出てこないみたいなもの。大切そうな事なの?」
「それが今一はっきりしないと言うか。何だかすっきりしません」
焼き魚にはむりとかぶり付くマリーは何処か不機嫌そうで、それでも小さく美味しいと呟くのであった。
暫くして、休憩を含んだ昼食を終えた一行は再び旅支度を始めるのだが、後片付けを進めるマリーはやはり何処か呆けていて、荷物を抱えふらふらと馬車へと向かい歩いていた。
そんな時、優しく吹き抜ける風がマリーの背中をそっと押し進める。その風に釣られて不意に花々が咲き誇る丘へと振り向いた瞬間、ある景色がマリーの脳裏へと蘇った。
「あ......、思い出しました。そう、あの盲目の少女」
「何か思い出せたのですか?」
「はい。馬車の中で見ていた夢......。この丘はその夢の景色にそっくりなのです。一面に咲き誇る花畑に聳える一本の木、そしてその木の下には......」
そこまで言うと、マリーは抱えていた荷物を地面へと音を立てて落としてしまう。その音に一行の視線は呆然と立ち竦むマリーへと向かい、マリーの見詰める丘へと移りゆく。
すると、先程までいた木の下には真っ白なワンピース姿の少女が立っていた。その白い衣服にも負けない程に白い髪と獣人特有の尖った耳とふさふさの尻尾。それに、一番特徴的な白い包帯に顔半分を覆われた姿で此方を笑顔で見詰めていたのだ。
その突然の来訪者に即座に反応したのはリードで、荷物を放り素早くマリーの前へと走り寄り油断なく少女を見詰め返す。
「初めまして。君は一体何処からやって来たのかな? ご両親や保護者の方は?」
「............」
「リードちゃん、落ち着きなさい。あの少女からは敵意や害意は感じられません。それ以前に、生気すらも感じられませんね。マリーさん確認です。あの少女に見覚えは?」
「はい、夢の中でお会いした方に間違いありません。しかし、あの場に佇む少女は既に......」
「はい、亡くなっています。いつかのあのハーフエルフの少年と同じく霊魂のみの存在です。しかし、我々全員が可視化出来る程にしっかりと実体化している処を見るに相当なものですね」
「え? あの子幽霊なの? んー、確かに匂いも気配も無いわね。《悪霊》や《屍鬼》でも無さそうだし......一先ずは安心なのかしら?」
「えぇと、あのっ! 私に......あっ、待って下さいっ!」
マリーが声を掛けるよりも早く、丘に佇む少女は楽しげに走り去ってゆく。その背中を追う様にマリーも丘へと駆け出すも、リードにその身体を抱き抱えられ頭を小さく小突かれてしまう。
「はい待った。少し落ち着こうマリーちゃん? 幾ら無害だとしても無作為に追いかけるのは良くないよ? 相手の意図が分からない以上は常に警戒を。最善ではなく最悪を想定して動く事。じゃないと咄嗟の出来事にすぐに対処出来なくなるよ?」
「あぅ、す、すみません。確かに軽率でした」
「うん、それじゃあ行こうか。メル、馬車に認識阻害の魔法を。エミリーはマリーちゃんを頼むよ。僕が先導する」
「りょーかい。見た感じあの子《獣人》だったわよね? 白いふさふさの尻尾と耳が見えたけど......」
「《獣人》の中には魔力や霊的因子が強く潜在している種族も数多く存在すると聞き及んでおります。自然との繋がりがより深い我々《亜人種族》達に良く見られる傾向ですが......余程の何かがあるのでしょうね。あれ程しっかりと実体化する程の何かが」
「考えても仕方がないさ。このまま無視して先に進む事も出来るけど、追うならそれなりの事を覚悟して行かなきゃならなそうだね。どうするマリーちゃん?」
「勿論行きますっ! あの子は私達に何かを伝えたがっている様な気がするんです。その想いに応えるのも、きっと私が此処に居る理由の一つだと思うんです。すみません、お願いします」
「うん、勿論。僕らはマリーちゃんの進む先を守る為に居るんだからね。マリーちゃんの思った通りの道を進むといい、間違っていたら流石に止めるけどね」
伺う様に見上げるマリーの小さな頭に手を軽く宛がい、優しく微笑むリードの表情は穏やかで優しくて。何処か父親の面影を重ね見るマリーは気恥ずかし気に視線を背ける。
そうして森へと走り去る少女の背を追って、一行も深緑の森の中へと歩を進めて行くのであった。
木漏れ日が射し込むその森は、凡そ人の手が入っていないのが見てとれた。伸びた草を払い、獣道を通り、踊る様に駆けて行く少女の背を見失わぬ様に追いかける。途中茂みの中から蛇の魔物がその鎌首を擡げるも、リードが難なく払い退けてみせる。
人が二人程並んで通れる幅を剣で斬り払い、続くマリー達が歩きやすい様に道を作るリードは、一切の油断や隙を見せず周囲に気を配り前を行く少女の後に続く。
そうして、真っ直ぐに先を進む少女に続き森の中へと入ってきた一行は漸くと拓けた場所へと辿り着く。その場所だけは人の手が入った様に円状に整えられ、周囲には木々は無く一面に華々しく咲き誇る花畑が美しく陽の光を浴びて輝いて見えた。
その中心には一塊の石が突き立ち、傍らには笑顔を浮かべ後ろ手に腕を組んだ獣人の少女が此方を迎えていた。
「ここが貴女の眠る場所なのですか? とても綺麗で穏やかな場所ですね」
マリーは周囲を見渡しながらもゆっくりと少女の佇む石碑へと歩み寄り声を掛ける。しかし、やはり返答は無くただただ少女は微笑むのみであった。
そんな少女は静かに組んでいた両手を広げ、空へと歌う様に口を動かした。すると、聞こえる筈の無い声が歌となり一行の耳へと響き聴こえ始める。
その歌声は美しく、周囲を油断なく警戒していたエミリーやリード、リエメルでさえも聴き惚れて静かにその瞳を閉じていった......。
お読み頂きありがとうございます。宜しければページ下部にあります評価ポイントで作品の評価をしてくだされば幸いです。
また、感想やブックマークもお待ちしております。
お時間を頂きありがとうございました。
次の更新でまたお会いしましょう。




