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#72 ある名もない旅人達の物語10





「そ、そんな、そんなっ!? どうして、何故こんなっ!?」



 マリー達の前には、野党の男がその胸に数本の矢が突き刺さった状態で仰向けに倒れ伏していた。

 その口からは血を吹き出し、息も絶え絶えに涙をうっすらと浮かべた揺れる瞳でマリー達一行を見上げている。


 その足元には、(いしゆみ)と呼ばれる携帯型の自動弓を握り締める頭の潰れた遺体が一体。その現状を見て、その場に立ち尽くす全ての者達が理解した。そして、もう既に手の施し様が無い事も理解してしまった。



「君は······ごめん、少し油断し過ぎた様だ。本当にごめん、ありがとう」


「······最後にいい仕事したじゃない。良くやったわね、誇りなさい。あんたは心底腐りきってはいなかった。ありがとう、マリーちゃんを守ってくれて」


「ええ、本当に。貴方の最後の行いだけは褒めて差し上げます。良くやりましたね。痛みを無くす程度の事しか出来ませんが、せめてもの礼です。受け取りなさい······風よ、彼の者の苦痛を包み和らげよ」



 皆が一様に賛辞を送り、リエメルが倒れ伏す男の頭へと指を振るうと、少しだけその表情を柔らかくする。そして、その血を吹き出す口を必死に動かし、最後の言葉を伝えようと自身の命を燃やす。



「よ、悪ぃ、な。ありが、てぇ。けど、よ、壁には、っぐ、成れた、ぜ?」


「何で······っ、いえ、ありがとう、ございます。貴方のお陰で私は無事ですっ。貴方の優しさと勇敢さに最大限の感謝をっ! 本当にっ、ありがとうございましたっ!」


「そ、か。よか、た。ほん······よか」


「もういいっ! もう大丈夫ですからっ、喋らないで下さいっ!? あぁっ、血が、血が止まりませんっ!」


「マリーちゃん、彼の最後の言葉をしっかりと聞いてあげよう? 彼は今、必死にその命を燃やしているんだ。しっかりと見届けよう」


「ぐぅぅっ、うぁ、血が、血がっ!?」


「マリーちゃん、悲しいよね。けど、もうどうする事も出来ないの。ね、この勇敢な男をしっかりと見送ってあげましょう? マリーちゃんが泣いていたら、きっとこいつも安心して逝けないわ」


「うぁ、うあぁぁっ! 止まって、止まりなさいっ!? 嫌、嫌ですよっ! だって貴方は、貴方はっ!」


「マリーさん、この者の生き様をしかと見届けましょう。その灯火が消え果てるまで、しかと見届けてあげましょう。それが残された者の使命であり務めです」


「よ、泣くな、よ。笑え、笑って、くれ。そ、っの天、の笑顔をっ······てく、れ」


「うぅっ、っぐぅぅっ! わ、笑える訳、無いじゃないですかっ。っぐっ、けど······っ、は、いっ。上手く、笑えていますか? 私、上手く笑えていますか?」



 その手を強く握り締め、男の顔を覗き込むマリーの顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。その顔でどうにか笑顔を取り繕い、最後の願いに応える為に必死に笑顔を作り涙する。


 その顔を見た男は小さな笑みを作り、満足そうに口を開く。



「や、ぱり、天使······。なぁ、右、ポケ、ト。ロケ······ッ」


「え? 右のポケットですかっ!? 待ってて下さいねっ!? まだ、まだ逝かないでっ!」


「あぁ······久しぶりだなぁ。父さん、今、行く」


「ポケット、ポケット! ありましたよっ、これですか? ······ねぇ、これですよね? 答えて下さいよ。ねぇ、ねぇってば······ぅあ、うあぁぁっ!」



 それきり、男は二度と口を開く事は無く、とても穏やかな顔で永遠の眠りについた。


 自身を守ってその命を散らした男を惜しみ、マリーは全力で泣き叫ぶ。自身の至らぬばかりに一人の命を失ってしまった事の辛さと苦しさ。それらを全て吐き出す様に泣き叫ぶ。

 その様を誰も止めようとはせず、ただただ静かに包み込む。血に塗れる事も厭わず、男の胸に縋るマリーを優しく抱き寄せ包み込む。

 その優しく強いリエメルとエミリーの腕の中で、マリーはいつまでもその涙を長し続けた。





◆◇◆◇◆





「······ん、んん? 何処だここは?」



 その男が目を覚ました場所は、一面が薄暗い黒色に包まれて黒色一色の世界だった。


 上半身を起こし、周囲を見渡しても黒。上や下を見詰めても黒。全てが暗黒のその世界に、何処か悟った様に乾いた笑みを溢す。



「あー······思い出した。そういや、俺ぁ死んだんだわ。て事ぁ、ここは噂の死の国って所なのかねぇ?」


「左様。汚レシ魂ニ償イノ機会ヲ与エル地」


「うおあっ!? び、びっくり······って、更にびっくりだわ。いや、ですっ」



 いつの間にかその男の後ろには、巨体な禍々しい椅子に座り、これまた巨大なボロ布を纏う骸がその紅目を光らせ此方を見下ろしていた。

 その有無を言わさぬ威圧感に、男はおずおずと拙い敬語で質問を投げ掛ける。



「あ、あのー。もしかして······《死神》様でいらっしゃいますでしょうかこの野郎」


「如何ニモ。現世ニ生キル全テノ者ヨリソウ呼バレテイル」


「あ、あはは。本物だ、本物が居たよ。存在しないなんて言って本当にすいませんでした」


「構ワヌ。現世ノ者達ハ我ノ存在等知リモセン。例外ハ有ルガナ」



 例外? と、小首を傾げる男に死神は続けて告げる。



「汝ノ行ク先ヲ示ソウ。ソノ門ヲ潜リテ進ムガイイ。拒ムノナラバ、コノ場デ消滅ヲサセテヤルガ、ドウスル?」


「うひゃあ······、こりゃまた禍々しいこって。まぁ当然か。よっと」



 死神がその骨指を指す方には、いつの間にか巨大な門が出現し、言い様の無い雰囲気を醸し出していた。しかし、その男は身軽に立ち上がり、一度大きく身体を伸ばすと何処か晴れやかな顔でその門へと歩みを進めてゆく。


 そして、途中で振り返り思い出したかの様に口を開いた。



「あ、死神様にご質問があるのですがね」


「許可スル」


「あ、はい、ありがとうございます? ······ええと、これくらいの背丈で金髪が綺麗な小さな女の子、マリーって子をご存じで? ついでに、赤茶っぽい髪の好青年と真紅の髪をこう、横に縛ったおっかねぇ姉さん。それに、偉い美人の大きな杖を持ったエルフの意地悪な姉さん。······まぁ、知る訳」


「フム、主神ノ御使イニ《勇者》、《紅蓮ノ拳姫》ニ《大賢者》、カ。先日会ッタバカリダガ?」


「お······え? おあ? え、本当に? そうなの? 本当にそうなの?」


「我ハ偽リハ申サヌ。必要モ無シ」


「あ、あはは、ははは。はははっ! 本物か、本物かよ! やっぱりあの子は本物の天使だったのかよ!? いやっほーい、俺ぁ何てついてんだっ! 本物の天使に看取って貰ったんだぜ!? なぁ、凄ぇよな、凄ぇ事だよなあ!? それに、あの三人も······って、何で生きてんだ? まぁいいや、ひゃっほーい!」



 突然騒ぎ出す男をその紅目で見詰める死神は、無言のままに暫し男を観察する。そうして、一頻(ひとしき)り騒ぎ終えた男は照れる様に軽く頭を下げて告げる。



「······あ。こ、こりゃあ失礼を。余りに嬉しくてつい。あの、もう一つ。あの門の向こうで罪を償えば、こんな俺でも再び現世に新たな命として生まれる事が出来るんですかね?」


「汝次第ダガ、可能性ハ有ル」


「よっしゃあ! じゃあ、張り切って罪を償う為に努力しまっす! 次こそ俺ぁ真人間として真っ直ぐ生きて行くんだ! あの天使様に面と向かって礼を言えるかも知れねぇ。その為にもしっかりと励ませて頂きますっ! やる気出てきたぁ、どんな苦行でも耐えてやるぜ! うおおおっ、行ってきまーっす‼」



 門の奥へと走り去る男の背を見送り、死神はその骸の歯骨を愉快そうに打ち付ける。薄暗い黒色の世界には、暫しその音が響いていたのだった。





◆◇◆◇◆





「これでよし、と。全員の埋葬は終わったよマリーちゃん」


「ありがとうございました皆さん。では、祈りを捧げます。全ての散っていった者達が、その各々の旅路に迷わぬ為に。この場に留まらず、その旅路を無事に終える事が出来る様に。悲しき現世に別れを告げて、次なる世界に幸福が在らん事を」



 マリーが木で作られた簡素な十字架の前で膝を折り、天へと祈りを捧げる。

 名もない旅人達の旅路の無事を祈り、その頬に暖かい滴を垂らす。


 その十字架には、銀色のペンダントが掛けられていた。笑顔の少女が満開の笑みを浮かべる、古ぼけたペンダントが陽の光を浴びて輝いていた······。







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 お時間を頂きありがとうございました。

 次の更新でまたお会いしましょう。

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