#70 ある名もない旅人達の物語8
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マリー達と別れ、一人盗賊達の塒へと先行するエミリーは風に紛れる微かな匂いを嗅ぎ取っていた。
その匂いは自身の良く知る匂いで、昔日に嫌という程に嗅いできた匂いだった。
木々が焼けて燻る匂いと、微かに漂う血の匂い。そして、人の焼ける何とも言えない匂い。
それに混じり、極少量の魔力すらも漂っている。それらをいち早く察知したエミリーの行動は急行というよりも隠密に切り替える。何が起こるか分からない以上は罠や待ち伏せにも警戒を怠らず、尚且出来うる限り最大限に現場へと急行する。
そうして、目的地までまだ距離がある場所で程度な高さの木を見付けそれを駆け上がる。凡そ垂直に木を駆け上った先、その木の頂点よりも手前、その場に身を潜めて目を凝らす。
そして、自身の率直な意見を舌打ちと共に吐き出した。
「······ちっ、本っ当に馬鹿。死んでも治らないわね、こういう手合いは。······さて、可愛いマリーちゃんの傷にならない様に頑張らなきゃ」
その呟きを残して、エミリーの居た木の枝が弾け飛ぶ。そして、空中で数度小さな爆発が起こり宙を物凄い早さで駆けて行く。やがて、勢いをそのままに現場である盗賊達の塒へと突撃し、小さくはない土埃が空へと高く舞い踊る。
その後、爆発音が響き渡り炎柱が立ち上るその場所からは、男達の悲鳴と怒号が響き消えていったのであった······。
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森の中をリードとリエメルに手を取られ、何やらほのぼのと歩く一行達がいる。
その直ぐ前には縄で縛られた野党が歩き、ちらちらと後ろを振り返っては気が気ではない様子を伺わせていた。
それというのも、後ろではマリーが歩き辛い森の中をどうにか隣の二人の力を借りて歩いていたからである。
木の根に突っ掛かり、前方に倒れそうになるのを隣の二人が支えて小さく安堵の息を漏らし、真剣な表情でちまちまと歩く姿に思わず顔がにやける。
そんな時、その野党の尻を土の拳が突き上げた。
「いっ、てぇぇぇ!? い、いきなり何をしやがるっ! ぐおぉぉ······」
「顔が気持ち悪いです。にやにやと笑ったり、おろおろ心配したり。真面目に案内しないのであれば、直ちにその首を跳ねますよ?」
「だ、駄目ですよリエメルさんっ! この人だけは街へとつき出すのですっ! そして、人拐いの犯人としてしっかりとその罪を償い死の国へと赴いて頂きますっ!」
「まぁ、結局は死ぬ事になるから余り期待はしないでね? 僕は一切助けようとは思わないからそのつもりで」
未だ自身の突き上げられた尻を押さえ悶絶する野党は、涙目になりながもふらふらと立ち上り、再び案内役としての仕事を再開する。
「おー痛つつ、······分かってら。けどよ、俺だって今更逃げようだとかどうこうしようとか思っちゃいねーよ。しかも、お前さん等からは何をしても逃げられる気がしねぇよ」
それに、とマリーをちらりと見て直ぐに顔を反らしてしまう。
「まぁ、その、あれだ。俺にもよ、昔は居たんだよ······娘」
『嘘だ(です)ね』
「何っで即答すんだよっ!? 居たんだよっ! 本当にっ‼」
「同情を誘う気ですか? お止めなさい、まず信用されませんから。寝言は寝ている時にどうぞ」
「もう少しマシな嘘を言う事だね。大体、娘がいたなら人拐いなんてする訳がないだろうに」
「いや、本当にいたんだよ! 随分昔だが、な。まぁ、その時は」
「あ、マリーさん。足元の木の根にお気を付けて」
「聞いて!? 後生だから少しくらい聞いてくれよぉぉぉ!?」
野党の心の叫びも虚しく、リエメルとリードには全く響きはしなかった。
しかし、やはりと言うべきか、マリーだけは反応を示しうずうずと聞きたそうにしている。それをやんわりとリードが流し、リエメルが跳ね返す。正に鉄壁の布陣を以て過保護とも言える程に防御をしていたのであった。
そんな時、マリーを除く全員が真面目な雰囲気を取り戻す。目指す目的地へと注視して、何やら注意深く前方を伺う三人。
そして、リエメルがマリーをふっと抱き上げると、大杖をその手から離してしまった。マリーが小さく声を発するも、何故か大杖は倒れもせずにそのままふわふわと浮いた状態でその場に留まり続けていた。
呆気に取られるマリーに一度だけ笑顔を向けるリエメルは、直ぐに真面目な表情に戻りリードと野党へと声を掛ける。
「聞こえましたね? 何かが起こっているのは明確です。各々最大限に注意を」
「うん、少し急ごうか。メルはそのままマリーちゃんを頼むよ。僕と彼とで先行する」
「それはいいけどよ、この縄はこのままかよ? せめて両手を自由にしてくれりゃ、少しは働くぜ?」
「私達がそれを許すとでも? そのままでも充分に壁としてなら役立ちます。精々役目を果たしなさい」
「酷ぇ······。いや、まぁそれが普通か。よし、せめてそこのおっかねぇ長耳の姉さんよりも、お前さんの盾に成れる様に頑張ってみせるぜ?」
「······あ、あの、リエメルさん」
「駄目ですよ、マリーさん。こればかりは譲れません。さ、進みましょう」
話は終わりとばかりに、先程とは打って変わり素早く森を駆けて行く一行。マリーは何かを言いたげに野党の背中を見詰めていると、ふと少し振り返ったその目と視線が重なる。そうして、本当に穏やかな顔をして笑った野党の顔からは、確かに生前のあの優しかった父親と似た様な何かを感じたのだった。
その背に向かい、マリーが言葉を掛けようと口を開き掛けた時に一行は歩みを止める。
ここまで来たらマリーでも分かる。何かが焼ける匂いと、最近やけに頻繁に嗅ぐ血の匂い。それと、人の叫び声と争う音。全てが風によって運ばれてくる。
一際不安そうな顔でリエメルのローブにしがみつくマリーに気付き、大きく息を吸い込んだリエメルは顔を紅潮させ頬擦りを初めてしまう。
しかし、それでも声を出さない限り、マリーも少しは成長を見せているのだろうか。
「ちょっと、何をしているんだメルは。今はそんな時じゃ無いだろうに」
「余りにも母性を擽られたのでつい。さ、ここからは真剣に参りましょう。と、言っても、既に終わりそうな気配がしますがね」
「念の為だよ。全く、絞まらないなぁ。じぁあ行こうか、頼んだよ?」
「おう、こうなったら俺も腹ぁ括るぜ」
「あ、あのっ!」
そして、マリーは漸く先程言えなかった言葉を発する事が出来る。
「あの、どうかお気を付けて」
「お、おお? 俺か? 俺かぁ、はははっ、そうか、俺かぁ。はははっ、はははははははふぅ!?」
再び土の拳が出現し、今度は野党の腹部に深々と突き刺さる。地面を転がり悶絶する野党に更に冷ややかな視線が突き刺さる。
「喧しいです。あと気持ち悪い」
「それと少ししつこいね。さぁ、行こう」
「扱い! 俺の扱いよ!? なぁ、せめてもう少しさぁ······ちょ、引っ張らないで、あ、が、頑張るからな! おじさん頑張るからなぁ!」
「あ、あはは······」
何だかかんだと言いながらも、何処か息が合っている様にも思える三人に、最早苦笑いしか出てこないマリーなのであった······。
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