#68 ある名もない旅人達の物語6
「あら、もう始めて宜しいのですね? では、確とその身に後悔を。分を弁えない野党風情が、我々の団欒を邪魔した報いを受けなさい。······《土》よ、その手で居並ぶ愚物に安寧の死を与えよ」
忽然と視界から消えた仲間に呆気に取られていた男達は、足元の土が突然隆起してごつい拳を形作る様に更に呆然とする。
そして、立ち竦む野党達へと土で構築された拳が猛威を振るう。
近くにいた男達を血と共に宙へとかち上げ、地面が陥没する程に殴り伏せ、木々の中へと殴り飛ばす。
その大きな土の拳に、自身が手に持つ武器を叩き付けるもまるで効果は無く、寧ろ武器の方が崩壊し使い物にならなくなる始末。
「な、何だよこりゃあ!? お、おい、止め、来るなぁぁぁ!?」
「ひっ、ま、魔法師かっ!? 一体どうやって魔法を行使してやがげぶっ‼」
「ひぃぃ、た、たすけぺっ!?」
「喧しいですね。この程度の魔法など、行使するのに何も必要としませんよ。寧ろ、この程度の物を魔法等とは呼びません」
「や、止めろぉ!? 離せ、離してくれぇ!? わ、悪かった、俺が悪かった! だから頼む!」
「あら、離せばいいのですか? ならば離して上げましょう。そうですね、方角は······この辺ですかね?」
「ちょっ!? ま、待ってぇぇぇぇ!?」
男の身体を握り掴んでいた土の手は、大きく振りかぶりその男を凄まじい勢いで宙へと投擲する。間違っても人間が飛んでゆく早さでは無い。命が残っているとは到底思えないその行為を目の当たりにし、マリーはエミリーに抱き抱えられつつも驚愕する。
「ちょっ!? リエメルさん、やり過ぎですっ! 死んじゃいますよっ!?」
「あら、死んじゃっていいのですよ。こういう輩は死んで当然の行いをして生き長らえているのです。ならば、ここで死なせてやる方が後に続く者達の為かと」
「はいはい。マリーちゃん、喋ってると舌噛むわよ? ほいっと」
「ひぎっ!」
「こっちの母親も強ぇぞ!? 囲め、囲めぇぇ!」
「んふふー。ね、聞こえたマリーちゃん? 母親、母親って言ってたわよ今」
「そ、それ処ではありませんっ!? き、来ますよエミリーさぁん!」
「大丈夫大丈夫、この程度寝てても勝てるわよ。ほいっ、さよならっと」
「あびっ!?」
迫り来る男達を次々と蹴り飛ばし地面に這いつくばらせるエミリー。迫り来る武器を軽々と躱し、男の足を払い、体勢を崩しよろめいた所に華麗に蹴りを叩き込む。
それも、全てマリーを胸に抱えたままで一連の動作を軽々と熟すその様は、まるでダンスでも踊っているかの如く美しさすらも漂わせていた。
そんな時、リードの近くにいた頭と呼ばれる男は小さく舌を打ち後退る。
「おっと、逃げないで貰えるかな? 正直追うのが面倒だ。ここで大人しくしていてくれないかな?」
「お、おいおい······。その剣は何処から出した? 今まで持ってなかったろうに」
「あったさ。最初から、ね」
「ぐあっ!?」
「言っておくけど、妙な真似をするとそれだけ死期が早まるよ? 大人しくしないなら、今すぐにでも死んで貰おうかな」
「わ、分かった、分かったよっ! ええぃ、俺達の負けだ糞がっ!」
「メル、左後方木の上。それと右前方の茂みの中」
「既に対処済みですよ。だから何も翔んでこないでしょうに」
「相変わらず仕事が早い。······良く聞け、お前達の頭は押さえた! これ以上やるならば、即座に全員殺す! そうでないならば投降の意思を示せ! ······って、あれ?」
リードが力強く宣言するも、既に無事に立っている者は居らず。地面に倒れ伏し動かぬ者、木の枝に引っ掛かり吊るされている者、中には身体を地面にめり込ませる者まで居た。それら全員既に息をしておらず、その場で果てていたのだった。
その惨劇のあった場所で、マリーの身体を高く空へと掲げてくるくると回るエミリー。それを恨めしそうに文句を告げるリエメルの姿があった。リードは小声で、本当に仕事が早い。と呟き、戦意を失い跪く野党の頭を縄で縛り上げていくのであった。
◆◇◆◇◆
盗賊襲撃の後、一行はその場を処理して盗賊達の隠れ家へと向かう事となった。
事の始まりはやはりマリーで、縛り上げた野党の頭から聞き出した情報を元に急ぎその隠れ家を目指す事となった。
話を聞くに、どうやら《人身売買》をする為に人を拐っていたらしい。更には、既に近隣の村を襲って女子供を拐ったとまで言っている。
これには流石のマリーも擁護をする事無く、厳しく野党の頭を非難した。しかし、やはり流石に殺す事はなかったとリエメルとエミリーにも言い聞かせ、出来るだけその罪を償わせたいとの意思を伝えた。
のだが······。
「あのね、マリーちゃん。そんなに上手くはいかない訳よ」
「どうしてですか?」
「色々問題はあるけど、先ずは目先の事ね。仮に、そんな大人数をぞろぞろと連れ回して旅を続ける訳? 小さな村にこいつらを連れて行っても、こいつらを閉じ込めておく場所や見張る者、暴れた時に対処出来る人材がいなきゃ余計に村を危険に晒す事になりかねないわよ?」
「うっ······。それは、そうですが」
「更に、捕まえた以上は公正な裁きを与える為に、ある程度の街に送り判決を下す事になる。その手続きと手配の間、こいつらを生かしておかなきゃならなくなる。当然、食事やらが必要になるわよね? それは誰が負担するのかしら?」
「うぅっ。そ、それは」
「更に更に、その手続きってのが厄介で、かなりの時間が掛かる訳。その間ずっとこいつらを生かしておくの? 誰かにその面倒を押し付けて、じゃあさよならー。では済まないのよ? 代わりに私達が直接大きな街まで連れて行く? 食事やらの面倒をマリーちゃんが見る?」
「うぅぅ······」
「いい? 犬猫と一緒でしっかりと自分で面倒を見切れないなら、そういう情けは掛けてはダメよ。寧ろ、こいつら相手の場合は殺してやるのが救い位な感情を以て対処しなければならないの。どうせ生き残ったって、結局は打ち首か縛り首なんだから。それだけの罪を重ねてんのよ、こいつらは」
「エミリー、そろそろマリーさんが泣きそうです。その辺にしてあげなさい」
「うぅぅぅっ······」
マリーは瞳一杯に涙を貯めて必死に耐えていた。何一つ反論出来ない自分が情けなくて、悔しくて。そんなマリーの頭を優しく撫でるリエメルはマリーを庇護する様に助け船を出したのだった。
そんな時、縄で縛られ、荷馬車に繋がれ歩かされている野党の頭がばつが悪そうに口を開く。
「まぁ······何だ。確かに嬢ちゃんの気持ちはありがてぇけどよ、母ちゃんが言う様に、俺達ゃ殺されても文句を言えねー訳よ。だからよ、そんな俺達の為に泣く必要なんざねぇって事よ。さっさと母ちゃんに謝って許して貰え、な?」
「は? どの面下げていい事言ってんのよ。元はと言えば、あんた達が身の程も弁えず襲ってくるから悪いんじゃないの。それさえ無ければ今頃マリーちゃんだって笑ってた筈なんだけど?」
「全くですね、馬鹿ですか貴方? その顔で尤もらしい事をほざくんじゃありません。そもそも、勝手に話に入ってくるんじゃありません。身の程を知りなさい、塵屑が」
「こ、こりゃまた手痛いお言葉を。全く以て返す言葉もありゃしねぇ」
「うぅ······っ。確かに、確かに反論の余地はありませんがっ。それでもやっぱり、私は命を軽んじる事を良しとは出来ませんっ。例え、死に値する罪を犯していたとしても、せめて償う機会を与えられるべきだと思いますっ」
「それはマリーちゃんの役目じゃないわよ。だって、その役目を担っているとされている御方に先日会ったばかりでしょうに」
「······え? えぇ、と?」
「あら、お忘れですかマリーさん? あれ程に存在感のある御方はそうは居ないと思いますけど?」
エミリーとリエメルが言うあるお方に漸く気が付いたのか、マリーはその方と呼ばれる者の名を口にするのだった······。
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