#67 ある名もない旅人達の物語5
「はい、美味しいお肉が焼けたわよー。沢山食べてねマリーちゃん?」
「············」
「肉ばかりでは栄養分が偏ります。此方の野菜も美味しいですよ。どうぞ、マリーさん」
「············」
「まぁまぁ、機嫌を直してよマリーちゃん。皆悪気はなかった訳だしさ。あ、パンあるよ。食べてね」
「どうして皆さん食事で釣ろうとするのですかっ! ······美味しいですけどもっ」
ぷりぷりと不機嫌そうにしながらも、差し出される全ての食事をちまちまと口に運んでゆくマリー。その様を三人は何故か嬉しそうに眺めていた。
荷車の中のファッションショーを終えた一行は、馬車を止めて馬の休憩がてらに昼食をとっていた。
エミリーは森へと単身駆けて消え、戻る頃にはその手に動物や自生している野菜等を沢山獲って戻って来た。それをリエメルとリードが手際良く下処理を行い、皆で調理を進めてゆく。
その最中、一人むくれっ面で不機嫌なマリーは、馬と共に三人の様子を遠巻きに伺っていたのだった。
そうして、料理が出来て一同が食事を始めると、未だ不機嫌ながらも黙々とその口に運んでゆくマリーが三人の目には小動物然とした何とも形容し難い愛らしいものに見えてしまい、ついつい餌付けをしてしまっていたのである。
「そもそも、どうしてあんなに沢山の衣服を買い込んでいたのですか、リードさんっ!?」
「いやぁ、買い物ついでにふらっとね。何となくマリーちゃんに似合うかなーと思って見ていたら、ついつい買い過ぎてしまってね」
「いい仕事ですリードちゃん。出来れば、次はもっと貴族然としたドレスや装飾の凝ったもの等も揃えておきなさい」
「貴族が着る様な仕立てのいいドレスは小さな町には流石に無いよ。それこそ、あの《貿易都市ラングラン》や《王都リード》位の大きさの街じゃないとね」
「そうね。けど、このまま行くとそろそろ東の国境付近よね? 確かあの近くには腕のいいドワーフやエルフ達が沢山いる街があるじゃない。其処までの我慢ね」
「はいっ! 私の意見も少しは取り入れた方が良いと思われますっ‼ 主に私の着る衣服ならば当然の権利かとっ!」
「確かに尤もな意見です。ではこうしましょう、マリーさんを伴い共に買い付けに行く。それで異論はありませんね?」
「あー、マリーちゃん······。それはきっと悪手だよ」
「いいわね! やっぱり本人同伴の方が買い物し易いし、何よりその場で色々試着させられるし便利よね!」
エミリーの嬉々とした表情を見て、逆にマリーは顔を青くさせてゆく。そして後悔した。きっとリードの言う様に、これは悪手だったと気付いた頃には全てが手遅れだったのだ。
「や、待って下さい、やっぱり今のは無し、無しですっ!? そうですね、やはり皆さんにお任せをするのがきっと一番」
「いやー、今から楽しみねぇ! 数日は滞在して全てのお店を巡るってのも悪くは無いわよねー」
「異論はありません。たまにはゆっくりと一つの街に滞在し、現世を知って頂くのも必要な事だと思われます。故に、一点物のマリーさん専用のドレスをオーダーするというのも悪くはありませんよね」
「いいわね! いっそ一から作って貰おうかしら! これ以上成長しないなら、今後ずっと着られる訳だし悪くはないわよね! よし、そうと決まれば今からドレスのデザインを考えておかなきゃね」
「ちょっ、ま、待って下さい!? 話を聞いて、お願いですから話を聞いて下さいっ! うわぁぁぁん、リードさん助けて下さいよっ!?」
「ごめんねマリーちゃん。こうなった二人を止める術は僕には無いよ。一日中······いや、数日は連れ回される覚悟を決めておくべきだね」
数日っ!? と、驚愕の声を上げるマリーを他所に、リエメルとエミリーは何やら買い物の予定をてきぱきと組み始める。
それを涙目で必死に阻止しようと一人奮起するマリーであったが、軈てエミリーの腕にしっかりと捕まり抱き抱えられていた。
そんな賑やかな団欒に水をさす出来事が起こる。
異変にいち早く気付いたエミリーは、胸の前に抱いたマリーごとすっと立ち上がり、無言のままに森の中へと鋭い視線を送る。
マリーは突然の出来事に辺りを見渡してみると、リードとリエメルも既に警戒感を露にしていた。そして、リエメルが溜め息を溢しつつ森の中へと言葉を投げ掛ける。
「やれやれですね、折角の楽しい一時に水をさす輩が居ようとは。さっさと出てきなさい、既にその存在は知れています」
「えっ? リエメルさん、何を」
「いやははは、そりゃあ悪かったなぁ。けどよ、こっちもこれが仕事でよ? 悪ぃけど付き合っちゃくれねぇかな、別嬪のエルフ様よ?」
「おおっ、頭ぁ! こっちのガキと母ちゃんも偉ぇ美人だぜ!? こりゃ久々に大当たりだ!」
「バカ野郎、そりゃ俺が目ぇ付けたんだ! 俺が先に楽しませて貰うぜぇ? 触るんじゃねぇぞ!?」
ぞろぞろと森の中から出て来たのは、薄汚れた衣服と申し訳程度の部分冑を付けた不衛生そうな男達。目視でざっと十五人は居るであろう。
その男達は一様に、下品な笑みと下劣な言葉を吐いて一行達の周囲を取り囲む様に位置を取る。その手には思い思いのろくに手入れもされていない武器を持っていた。
そんな悪漢達に囲まれ、マリーは何が何だかといった感じで怯えるも、その身体を抱き締めるエミリーからは微笑が聞こえ伝わる。その声を聞いた一人の悪漢が眉間に皺を作りエミリーへと肩を揺らせ近付いてゆく。
「おいおい、この状況で何笑ってんだよ? 余りの恐怖にビビって気でも振れたかよ、母ちゃんよぉ!?」
「くっ、ふふふっ。あっははははっ! ねぇ、聞いたマリーちゃん? 私達親子に見えるって! いやー、嬉しいわねぇ! マリーちゃんみたいな子供を持てて! ねぇ、メ、ル?」
「待ちなさい、マリーさんは私の娘です。断じてそこの野蛮で知性の欠片もない赤鬼の子等ではありません。そこの愚物、直ちに撤回しなさい。捻りますよ?」
「はぁ? 何言ってんの、マリーちゃんの可愛いお耳はあんたみたいに尖ってませんー。つ、ま、り! 私の娘よっ‼」
「馬鹿げた事を。その様な事何の証明にも成りはしません。それを言うならば、貴女の面影など微塵も見受けられませんが? 大体、マリーさんのその美しくも清らかな魂は、決して貴女の薄汚れた魂などとは別物です。今すぐに撤回し、全世界に対して謝罪しなさい」
「なーに言ってんのよ! どうみても私達親子でしょうが!? ほら、そこのあんた! そう、あんたよあんた! もう一度どっちが親子っぽいか、そこの長耳オバサンに言ってやりなさいっ!」
「え、俺? いや、だって······なぁ?」
「なぁ? じゃねーよ!? 知らねーよんな事ぁ! どーでもいいわ! てか、この状況で良くんなどうでもいい事言えんなてめぇ!?」
「どうでもいい? どうでもいいと言いましたか貴方? 一番どうでもいい貴方がその言葉を口にするとは。······嘆かわしい、自身の分も弁えない愚物ですね。寧ろ、その腐った瞳と共に同情の念を禁じ得ません」
「んだとごらぁ!? 何で俺がてめぇに同情されなきゃならねーんだよ!? 馬鹿にしてんのか、馬鹿にしてんだなてめぇ!」
「あーあー、落ち着け落ち着け。何だか良く分からんが、お前さん達はあれか? ハンターで合ってんだよな?」
先程頭と呼ばれた人物が煩く喚き散らす男を嗜め、唯一の男性であるリードへとその疑問を投げ掛ける。すると、リードはその両の肩を竦めて見せる。
「うーん。僕らが旅の行商人に見えるのならば、直ちに大きな街の医者に掛かる事をお薦めするよ」
「うはは、言うねぇ兄ちゃん。それに······なかなかやるようだ。その佇まい、お前さん相当なもんだな?」
「どうだろう? 自分では何とも言えないけどね。まぁ確かな事は、僕よりもそこの二人を怒らせると不味いって事だけかな?」
「ほほぅ? そりゃまた······」
「ひゃはは、聞きましたかお頭ぁ! そこの僕ちゃんはこの女共よりも弱ぇと言いやがった! とんだ腑抜けもいいとこだ!」
「違いねぇ! 恥ずかしくねぇのかよ、僕ちゃんよぉ!」
「うん。まぁ何とでも言うといいよ。それと、前もって言っておくけど······もし戦闘になるのであれば、向こうにまだ隠れてる仲間諸共、全員酷い目に合うよ?」
頭と呼ばれた男にそう告げるリードの目は、冷酷で底の知れない威圧感を孕んでいた。リードに睨まれ言い知れない悪寒を感じた頭と呼ばれた男は、咄嗟に周囲を包囲する者達へと注意を呼び掛けようとするものの······。
「リード、こいつら全員殺すわよ? 懸賞金とかいらないし」
「同感です。森の塵掃除も我々の大切な仕事です。それに······今一度宣言します。私が母親です」
「なーに言っちゃってんのよ!? わ、た、し! 私以外に母親は居ないでしょうに!」
「だーっ、煩ぇ! いい加減にしやがれっ! その口塞いでやろっ!?」
「あー、ごめん。汚い手で触らないでくれる? あと臭い。頼むから黙って視界から消えてくれないかしら?」
エミリーへと肩を揺さぶり近付いていった男が、突然その姿を消失させた。
その少し後、森の奥からは何かが動く葉摩れの音と地面を滑る音が聞こえ響いてきたのだった······。
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